2016年06月14日

「叱ってはいけないし、褒めてもいけない」というのは「何もしなくていい」というわけではない

アドラー心理学にハマって離婚危機に!? 実践して大失敗しちゃった人たちの悲痛な叫び - 新刊JPニュース

アドラー心理学の強みはスティーブジョブズのプレゼンとかに通じるそのシンプルな教えにありますが、「シンプル」であればあるほど誤解される可能性も大きくなる危険はあるわけです。

記事中の失敗例をやや註釈しますと、要するに、アドラー理論の色んな前提がすっ飛ばされて、「褒めてはいけない」とか、「他者信頼」とか、そういうキャッチコピーだけを「実践」したという感があります。

「褒めてはいけない」ではなくて、「勇気付ける」ということなんですよ。間違っても不作為に放ったらかしにするわけではない。そして、何が勇気付けになるかはその時その状況における発信者と受信者の相関関係で決せられるわけでして、「褒め言葉」や「勇気挫き」と言われる言葉でも、状況次第で勇気付けとなるケースもあります。

こういう判断は認知論や主体論といったアドラー心理学の基礎理論についてある程度の素養があってこそ、よくなし得るものであり、要するに勇気付けるというのは単に褒めることよりも遥かに難しいんですよね。

で、「他者信頼」というのも、あくまで「交友のタスク」の支配原理なので「仕事のタスク」に無条件に適用すべきものではない。「仕事のタスク」の起源は「個体として劣った人類が過酷な自然環境を生き延びるため」なので、当然、優先されるべきは条件付きの「信用」なのです。

ええっと、この辺りは「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」をきちんと読み込めば解るはずなんですけどね・・・?アドラー心理学はあくまで心理学的法則に則った「ルール」なので、適用条件を誤れば当然、誤った結論しか出てこないわけです。

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タグ:こころ
posted by かがみ at 00:41 | 心理療法

2016年06月09日

ベーシックインカムは具体的な制度設計がわからない限り永久に議論がかみ合わない

スイス 国民投票で「ベーシックインカム」導入否決

反対8割。さすがにあまりにも革命的すぎると思ったんでしょうね。

月の支給額27万円ってすごいなって思うけど、スイスは世界一物価が高いことに注意です。例えばマックの店員の時給は2000円。ビールやチョコレートみたいに安いものもあるので、これだけでは単純比較できませんが、万が一、可決されていたら、よもやソ連成立に匹敵する社会実験になったでしょうが・・・。

参考までにBIに関して肯定論としては「とりあえず死なないで済む」「ブラック企業的労働が減少」「社会保障制度のコストが減少」ということが言われます。これに対して否定論からは「誰も働かなくなる」「生き甲斐がなくなる」「どこにその財源があるのか?」という点が言われる。

ただ、これらの議論は中身というか、具体的な制度設計がわからない限り永久にかみ合わないと思うんですよね。皆それぞれ「ぼくのかんがえたさいきょうのBI」みたいなものを暗黙の前提に好き放題言い散らしているだけというのが現状という気がします。

ただ少なくとも、結果支給される額が、現在の生活保護の最低生活費以下の額となると、貧困層にとってはただの切り下げになってしまい、治安維持や公衆衛生の上では確実に問題がありすぎる。現在のBI議論が新自由主義的な観点から多くを語られ、治安維持・公衆衛生という側面をやや忘却している感があるのは、そういう意味で気になるところではあります。

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タグ:法律
posted by かがみ at 02:12 | 法律関係

2016年06月01日

【書評】アルフレッド・アドラー『個人心理学講義』〜劣等感と劣等コンプレックスは違う

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本書は成立における諸般の事情も相まって「読みにくい」とか「体系だっていない」という評価もありますが、それはその通りだと思います。また『嫌われる勇気』で大きくクローズアップされている、勇気づけ、課題の分離などについてはあまり立ち入った考察はされていないです。

よってアドラー理論を生活の中でいますぐ役立てたいという人向きではないと思います。ただ、アドラー理論の中核である、優越性の追求からライフスタイルの形成、劣等コンプレックスに至るまでの論証はとても詳細でわかりやすい。

フロイトの精神分析によれば、人の根本衝動はおなじみ「性欲」とされますが、アドラーはこれを否定して、人の根本衝動を「いまよりより良くなろう」とする「優越性の追求」であるとする。

つまり、人はあくなき優越性を追求する生き物であり、逆に言えば現状に常に満足していない。これを称して「劣等感」という。劣等感は否定されるべき感情ではなく、より良くなろうとする優越性の追求と裏表の関係(相補的関係)にあります。

そして優越性の追求(劣等感)の結果、形成された個人的な信念や世界観をライフスタイルと呼び、何らかの挫折経験でライフスタイルを拗らせてしまった状態が「〜だから俺はダメなんだ」という劣等コンプレックスと呼ばれるものということになります(そういう意味で劣等コンプレックスというものは精神分析でいうエディプスコンプレックスとは位相を異にするものであり、どちらが根本的なコンプレックスかという二者択一的な議論はやや的外れのように思えます)。

やや話が逸れましたが、こういったアドラー心理学の根本を為すともいえるロジックが本書において実に詳細に展開されている。アドラー自身が本書の結語で述べている通り、個人心理学の方法論は劣等感の問題に始まり、劣等感の問題に終わるということがよく理解できる。本書でアドラーに入門するのはお勧めできないですが、参考書としては必読ともいえるでしょう。
posted by かがみ at 05:11 | 心理療法

2016年05月31日

【書評】向井雅明『ラカン入門』。

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「入門」とは銘打っているものの、初心者には難しい。なんかラカンってサブカル評論でよく出てくる名前だし、さくっと全体像だけ掴みたいな的なニーズには向かない本かもしれません。もちろんそれだけ濃密な内容ということなので、一通りの全体像を見渡せるようになってもう一度再読すればかなり勉強になりそう。

最初読んだときは文章が若干回りくどいと感じられて、読書メーターでも申し訳ないことに初読の率直な感想をそのままにそういう書評を書いてしまったんですが、その後、新宮本やフィンク本などに当った後に再読するにあたって思うのはこれは多分、ラカニアンの方の中では相当わかりやすい部類なんじゃないでしょうか、ということです。かなり誠実に書かれているように思う。本書はもともと「ラカン対ラカン」という表題で出版されたものの改訂版であり、奇怪難解で知られるラカンの理論体系をラカン自らを以って明らかにしようとした試みでもあります。

ラカン読解の手順としてはとりあえず現実・想像・象徴といった例の三幅対を抑えた後は前期理論の集大成と言われる「欲望のグラフ」の解析に取り組むべきなんでしょうかね・・・向井さんは欲望のグラフについて本書でかなりのページを割いて丁重に解説されています。

欲望のグラフにせよ父性隠喩にせよ、ラカンの理論の中核は一貫してフロイトのエディプスコンプレックスの構造的・理論的解明なんですよ。いまどきエディプスコンプレックスなんて大真面目に言うと嘲笑されるのかもしれませんが、そもそもあれは分析主体の個人的経験として理解するべきではないんでしょう。人間に先天的に内在する母性原理と父性原理の止揚の過程における一つの神話的な説明であるというという理解であれば、ある程度、納得できる部分もあると思われます。
タグ:こころ
posted by かがみ at 01:45 | 心理療法

2016年05月24日

アイドルという供給過剰なブラック産業

痛いニュース(ノ∀`) : アイドルがファンに20カ所刺され重体 - ライブドアブログ

なんとも凄惨な事件で、被害に遭われた方には本当にただただお気の毒としか言いようがありませんが・・・

今更こんなところで一般論的な何かを言うのもなんですけど、誤解を恐れずに言えば、今の時代、人並みの容姿の女の子であれば、(食っていけるかどうかは別として)わりと簡単にアイドル(みたいなもの)になれてしまう。これはいわば規制緩和による供給過剰ともいうべき事象でしょう。もともとニッチな業界でメジャー、インディー入り乱れてのパイの仁義なき奪い合いが行なわれた結果、産業構造が加速的にブラック化しているわけでして、この過当競争に生き残るためには、多かれ少なかれ「ファンとの距離の近さ」っていう関係性自体を商品とせざるを得ない。そこに生じる「私は商品として『親しい関係』という幻想を貴方に売りましたけど、売り手の私自身は別に貴方と『親しい関係』になるつもりなんか微塵もありません」という矛盾に満ちた定式に、アイドル、ファンの当事者のどれだけが自覚的かというといささか覚束のない状況のように思えます。

被害に遭われた方はどうやらアイドルというよりもシンガーソングライター的な方向性でやられていたようなので、上記のような定式がそのまま当てはまるわけではないでしょうけど、そもそも論として表現活動全般に大なり小なりこういったリスクが伴うということも事実なんでしょう。一日も早いご回復を祈念しています。


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タグ:社会
posted by かがみ at 01:42 | 文化論