【参考リンク】

フランス現代思想概論

ラカン派精神分析の基本用語集

現代アニメーションのいくつかの断章

2021年01月31日

実存と構造



* 果たして主体は存在するのか

我々は普段、自らを自由意志に基づいた主体として行動しているように思い込んでいます。けれど我々は時として、自由意志を超えた「何者か」によって「行動させられている」ようにも感じる事があります。

果たして自由意志に基づいた主体なるものは本当に存在するのでしょうか?ここで問題になるのが「実存」と「構造」の関係です。


* 実存は本質に先立つ

この点、自由意志に基づいた主体の存在を最大限に肯定したのがジャン=ポール・サルトルに代表される「実存主義」です。サルトルは1945年に行われた「実存主義はヒューマニズムか?」と題する講演において、次のように言います。

いま仮にここに1本のペーパーナイフがあるとする。これがどのようにして作られたのかというと、職人がまず頭の中にこれから作るペーパーナイフの姿を、いわばその「本質」を思い浮かべてから制作に取り掛かったはずである。すなわち物品の場合、その「本質」は「実存」に先立つ事になる。

ところが、人間の場合は全く逆である。もし神が天地の創造者だとすれば、神は一人の職人になぞらえることができる。そうであれば神は人間を創造する前に、自分がこれから作り出す人間の「本質」をあらかじめ知っていなければならない。従って人間の「実存」に先立ち、神の思考のうちに人間の「本質」が存在しなければならない。

けれども、今ここで仮に神の存在を括弧に入れるのであれば、全ての人間に共通した一つの「本質」というものが始めに存在することはあり得ないことになる。したがって人間の場合は物品の場合と異なり「実存は本質に先立つ」と言わねばならない。


* 実存とは何か

実存は本質に先立つ。こうしたサルトルのテーゼは、何か我々を勇気づける素晴らしい力を宿しているような気がします。では一体、ここでいう「実存」とは何なのでしょうか?

ここでサルトルが行ったのは「本質(essence)」と「実存(existence)」の区別です。この点「実存(existence)」の語源はラテン語の「existentia」ですが、中世のスコラ哲学は「SはPである=本質存在(essentia)」と「Sがある=現実存在(existentia)」を区別していました。

従って、この区別を踏まえると「実存(existence)=現実存在(existentia)」ということになりそうです。けれどそうだとすれば「実存が本質に先立つ」のは何も人間に限らず、例えばその辺にいる犬だって「実存が本質に先立つ」ことになってしまいます。

しかし当然のことながら、ここでサルトルがいう「実存」は、そういった「本質存在/現実存在」という伝統的形而上学の枠組みに依拠したものではありません。意味合いとしてはむしろマルティン・ハイデガーのいう「現存在(Dasein)」に近いでしょう。

ハイデガーは「存在」と「存在者」を厳格に区別します。この点、その辺にいる犬は「ある」という「存在」を了解していない「存在者」です。これに対して、我々人間は自らが「ある」という「存在」を朧げながらも了解している「存在者」です。そこでハイデガーは人間を「存在が開示される場/存在の現れの場」としての「現存在」として定義します。

この点、フランス語の「existence」という単語は、もともとはドイツ語の「Existenz」と「Dasein」の両方の意味を含んでいましたが、ハイデガーが「Dasein」にこのような特殊な意味を持たせて以降、フランスでは「Dasein」は「existence」ではなく直訳である「être-l à」が当てられています。

この「現存在(être-l à)」という語を、サルトルはその実質的意味である「人間存在(réalité humanine)」と言い換えています。すなわち、この「人間存在」こそが、ここでいう「実存」に相当するということです。

そして、サルトルによれば人間の「実存」とは一つの企てであるといいます。すなわち、事物が単に「あるもの」で「ある」に対して、人間は、自分が現に「あるもの」で「あらぬ」ように、かつ「あらぬもの」で「ある」ように、自己の外にある彼方へ向かって常に「自己」から「脱出」していく「脱自」的な存在であるという事です。


* 野生の思考

こうした「実存主義」に対して真っ向から鋭い批判を提起したのがクロード・レヴィ=ストロースに代表される「構造主義」です。

レヴィ=ストロースは1949年に公刊された学位論文「親族の基本構造」において従来の人類学において難問とされていた2つの謎を解明しています。その一つは「インセスト・タブー」と呼ばれる、なぜ近親間で婚姻が禁止されるのかという謎です。そしてもう一つはなぜ多くの部族で「平行イトコ婚(母の姉妹の子ども、父の兄弟の子ども)」が禁止され「交叉イトコ婚(母の兄弟の子ども、父の姉妹の子ども)」が奨励されるのかという謎です。
 
ここでレヴィ=ストロースはロマーン・ヤコブソンの音韻論を手掛かりに理論を構成し、これをブルバキ派の現代数学によって論証したことで、世界中の様々な親族関係を規定する一連の規則的な変換パターン、すなわち「構造」の存在を明らかにしました。
 
「構造」の発見は、それまで素朴に信じられてきた「進んだ西洋社会」と「遅れた周辺社会」という西洋中心主義的世界観を転倒させることになりました。周辺社会の人々が現代数学でようやく解明できた「構造」に基づく思考によって親族関係を作り上げていた事が明らかになり、もはや知的レベルの優劣で西洋社会と周辺社会を区別する事は適切ではなくなったということです。そしてこうした「構造」に基づく思考をレヴィ=ストロースは「野生の思考」と呼びます。
 
この点、サルトルによれば主体的決断の「正しさ」はマルクス主義という「現代的な思想」が明らかにした「歴史」の審級によって保証されるとされます。けれどレヴィ=ストロースに言わせれば、その「歴史」の「正しさ」など「構造」という点では周辺社会の部族民の掟と何ら変わらないということです。


* 無意識の主体

では、サルトルのいう「実存」とはレヴィ=ストロースのいう「構造」の前では所詮、まやかしに過ぎないのでしょうか?この点、構造主義の枠組みを前提としつつ、その中で「主体」の占める位置を究明したのがジャック・ラカンです。

ラカンは「無意識はひとつのランガージュのように構造化されている」といいます。もっともここでいう「ランガージュ」とは「ラング(既存の言語体系)」としての「言語」ではなく、既存の言語体系を超えた「シニフィアン連鎖(順列組み合わせ)」による自律的な構造化を行う「言語」です。そしてラカンはこうした自律的な構造化の中に「無意識の主体」を認めます。

「無意識の主体」は、語りの中における言い間違い、言い淀み、情動的な反応などの「裂け目」として現れ、次の瞬間消えていく拍動する点のようなものです。そして精神分析は、こうした「無意識の主体」を鋭く捉えて、解釈を投与することで「構造の変化」を引き起こします。

このように、ラカンの構造主義は「構造の変化」を問題にします。すなわち、ラカンの理論はレヴィ=ストロース的な「構造」を前提としつつも、その外部からサルトル的な「実存」のダイナミズムを再導入していると言えるでしょう。


* 実存が構造を乗り越えるということ

多くの人は普通、かけがえのない自らの生を主体的な「実存」として生きたいと思っているでしょう。けれども実際には「実存」は「構造」に規定されているということです。

しかし「構造」は揺り動かす事はできます。その限りで「実存」は「構造」を乗り越ることができる。少なくとも乗り越えたふりをすることができるでしょう。それはもとより錯覚なのかもしれません。けれど、そんな錯覚の中にこそ、生きているという手ごたえがあるのではないでしょうか。














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2020年12月30日

無意識からララングへ



* ポスト・神経症の時代

1952年の初版発行以来、今や精神医学のグローバル・スタンダードとして君臨する「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)」は、1980年発行の第3版において「精神分析の母」とも言える「ヒステリー」を診断カテゴリーから削除しました。ここから「ポスト・神経症」の時代が幕を開けることになります。

ラカン派精神分析の強い影響下にあるフランスにおいても、1990年代後半になると、ラカン派の伝統ともいうべき「神経症」「精神病」「倒錯」という三位一体の構造論を揺るがせる患者群が注目されるようになり、神経症はもはや往時の勢いを失ってしまったことはもはや明らかでした。こうしてラカン派内部で「ポスト・神経症」における新たな主体概念の議論が活性化しました。

この点、ジャック・ラカンの娘婿にしてラカン派の主流「École de la cause freudienne(フロイト大義学派)」を率いるジャック=アラン・ミレールは「ふつうの精神病」なるカテゴリーを提唱します。これは、近年、前景化してきた「精神病の軽症化」に対処するための暫定的なカテゴリーです。ミレールは予備面接段階において、幻覚や妄想を伴う古典的な「並外れた精神病」ではないけれど、その心的構造に明らかな精神病的特徴が見られる場合は、ひとまず「ふつうの精神病」として、自由連想などの通常分析を控えるべきであると言います。

これに対して「Association Lacanienne Internationale(国際ラカン協会)」のジャン=ピエール・ルブランは「ふつうの倒錯」なる概念を提唱します。「ふつうの倒錯」は「真正の倒錯」と同様「否認」というメカニズムによって基礎づけられます。この点「真性の倒錯」においては「象徴的去勢」あるいは「享楽の喪失」という「欠如」を「拒絶」するという「積極的否認」により自らを主体化します。ところが「ふつうの倒錯」の場合、この主体化自体を「回避」するという「消極的否認」にその特徴があります。

こうした「消極的否認」の背景には、現代における核家族化や消費化情報化社会の進展があり、このような環境をルブランは「否認共同体」と呼びます。否認共同体の庇護のもと、子どもはいつまでたっても「欠如」に直面することができず「自分は本当はすごいんだ」という幼児的万能感を大人になっても持ち続けることになります。このような「ふつうの倒錯」の主体を「ネオ主体」と言います。


* フロイト的無意識の衰退

また「ヒステリー」の衰退と入れ替わるように顕著になったのが「心身症」の増加です。同じ身体症状でもヒステリーにおける比較的手の込んだ劇的な症状と違い、心身症で顕著なのは、頭痛、胃痛、下痢、便秘、吐き気といった、どちらかといえば単純な症状です。

この点、フランスの精神科医、クリストフ・ドゥジュールは「リビドー転覆」の理論によって神経症と心身症を切り分けます。まず、ドゥジュールによれば人は「生物学的身体」と「エロース的身体」という二つの身体を生きているといいます。「生物学的身体」とは人体を構成する臓器や神経系統の物理的総和としての身体であり、これに対して「エロース的身体」とはセクシュアリティと密接に関連した、あらゆる主観的・心理的経験の舞台となる身体です。

そして、ドゥジュールはフロイトの「寄りかかり理論」という欲動論を参照し「エロース的身体」は「生物学的身体」に寄りかかって発達してくるといいます。すなわちエロース的身体は生物学的身体に寄りかかって発達した後、やがて生物学的身体を乗っ取ってしまうということです。これをドゥジュールは「リビドー的転覆」といいます。こうして「リビドー転覆」によりエロース的身体が生じる。そして神経症とはこのエロース的身体の上で形成される病理ということです。

問題は「リビドー的転覆」のプロセスが何らかの事情で停止し、エロース的身体の形成が不十分な場合です。この場合「リビドー的転覆」が及んでいない身体機能は未開発の領域として取り残されることになります。

こうした身体を持つ主体が、なんらかの精神的負荷を負った時、エロース的身体の代わりに当該負荷の受け皿となる生物学的身体は端的な失調状態に陥ります。ここで現れるのが頭痛、胃痛、下痢、便秘、吐き気など、心身症と呼ばれる各種の身体化症状ということです。

この点、ドゥジュールはこうした身体化症状に関わる無意識を「アメンチア無意識(inconscient amentiel)」と呼び「抑圧されたものの場」という意味での従来のフロイト的な「無意識」と区別します(「アメンチア」とはラテン語でいう「a-mens(精神を欠いた)」という意に由来しています)。

このように「リビドー転覆」の理論からすれば、神経症とは「エロース的身体」の上で形成される病理であり、これに対して、心身症とは「生物学的身体」の上で生じる病理ということになります。そして心身症の増加とは「エロース的身体」に関わる従来のフロイト的な「無意識」の割合が低下し、代わりに「生物学的身体」に関わる「アメンチア無意識」の相対的割合が大きくなっていることを意味しています。


* ラカン派における「無意識」

こうした状況を前提にすれば、我々の生きる現代は「無意識」が失墜した時代と言えるでしょう。周知の通り、従来の精神分析的実践とは「無意識の形成物」たる症状に隠された「意味」を読み解く作業でした。では「無意識」が失墜した時代において精神分析はもはや無用の長物なのでしょうか。

少なくともラカン派にあってはそうではないと言えます。では、そもそもラカン派において「無意識」はどのように捉えられているのでしょうか。この点、ラカンは1950年代において「無意識は言語によって構造化されている」という有名なテーゼを提示しました。ここで無意識は一種の言語構造の場として捉えられ、そこでは様々なシニフィアン(表象)の結合が「メノトミー」と「メタファー」という、以下のような異なる二つの様式として現れています。

⑴ メノトミー(換喩)

まず、ラカンによれば「メノトミー」とは「シニフィアンとシニフィアンの連結」を言います。ラカンはメノトミーの例として「30の帆」という表現を引き合いに出します。このメノトミーが表すのは、言うまでもなく「30艘の船」ですが、この両者の連結からは新たなシニフィエ(意味)は生まれてきません。メノトミーにおいてシニフィエはシニフィアン連鎖の上で先送りされていくだけです。ゆえにラカンはメノトミーのアルゴリズムを以下の式で表します。

f(S...S')S≅S(-)s

ここで大文字のSはシニフィアン、小文字のsはシニフィエを指しています。そして左辺のS...S'はシニフィアンの通時的な連結を表わします。すなわち「船→帆→甲板→船員・・・」と伸びていく連想や「私は一人っ子で、いまは祖母と一緒に住んでいて、好きなものは・・・」などという言語連鎖のことです。そして右辺の(-)は「意味形成の抵抗」の横棒とされ、シニフィアンとシニフィエを分かつ断絶が乗り越えられていないことを示しています。

⑵ メタファー(隠喩)

これに対して、ラカンによれば「メタファー」とは「ひとつのシニフィアンの他のシニフィアンへの置き換え」を言います。ラカンはメタファーの例として旧約聖書の「ルツ記」に因んだヴィクトル・ユゴーの詩「眠るボアズ」の一節「彼の麦束はまったくごうつくでもなければ人嫌いでもなかった」を引き合いに出します。

ここで「彼の麦束」が「ボアズ」の名を代理していることは明らかですが、両者の間に換喩的な結びつきはありません。そして、この「置き換え」によって、落ち穂が取り持ったボアズとルツの馴れ初めから、やがてダビデ王を産む系譜へ至る結末までもが一挙に想起されます。すなわち、ここではメノトミーには生じない「意味効果」が生じているということです。ゆえにラカンはメタファーのアルゴリズムを以下の式で表します。

f(S'/S)S≅S(+)s

左辺の分数が「置き換え」に当たります。ここでシニフィアンSはシニフィアンS'に置き換えられてます。そして右辺では括弧の中が−ではなく+である点がメノトミーと異なります。この+が表すのが単にシニフィアンにシニフィエが加算されるのではなく、メノトミーにおける「意味抵抗の横棒」がここでは乗り越えられ、それによって「意味効果」が生じていると言うことです。

そして、ラカンによればメノトミーはメタファーに先行します。そしてメタファーの介入により、置き換えられたシニフィアンはメノトミー的連鎖から弾き出され、ここに詩的意味が生じるということです。こうしたメタファーの詩学は、まさに神経症の構造と同一平面にあります。すなわち各種の神経症的症状とは、一面において無意識に弾き出された欲望の隠喩に他ならないという事です。


* ララングの方へ

このようにラカン派において長らく「無意識」とはもっぱらシニフィアンによって構造化された「言語的無意識」として捉えられていました。ところが1970年代においてラカンは「無意識」における理論を大幅に更新することになります。

70年代におけるラカンはシニフィアン連鎖以前の、言語として構造化されていない「単独のシニフィアン」を重視します。この点、子供が最初に出会うトラウマ的シニフィアンを、ラカンは「ララング(lalangue)」といいます。ララングとはラカンの造語であり、冠詞付きの国語(la langue)の冠詞と名詞を一語に融合させたものです。

子どもの身体がララングと邂逅した時、その痕跡は「一の印」として身体に刻み込まれ、トラウマ的享楽がもたらされることになります。子どもにとってララングとは情報の伝達手段ではなく、トラウマ的享楽を反復するための私的言語に他なりません。そして、ラカンによれば、こうしたララングは「神経症」「精神病」「倒錯」の区別なく、凡そ全ての主体に刻み込まれているということです。

しかしある時から、大多数の子どもはララングを使うことを諦め、情報の伝達手段としての言語(langage)の世界である「象徴界」へ参入します。こうして子供は次第にララングと折り合いをつけ、結果、シニフィアンによって構造化された言語的無意識が形成されるわけです。

換言すれば、従来の言語的無意識の根源にはトラウマ的享楽と結びついたララングがあります。そして、こうしたララングが支配する領域こそがまさにラカンが象徴界のリミットとして位置付ける「現実界」の境位に他ならないということです。


* 逆方向の解釈

こうして晩年のラカンは症状における象徴的側面ではなく、その現実的側面を重視するようになります。ならばその実践としての精神分析的解釈においても従来のような無意識の「意味」を読む解釈(順方向の解釈)とは正反対の技法が要求されることになります。これが現代ラカン派が言うところの「逆方向の解釈」です。

逆方向の解釈は、シニフィアン連鎖を切断し、まさしくララングの方へと向かいます。すなわち、ここで解釈とはもはや症状の「意味」を読む実践ではなく、症状の「無意味」を読む実践に他ならないということです。そして、こうした実践においてはフロイト的な無意識、言語的無意識は二次的な問題に過ぎません。このような現代ラカン派の実践は「ポスト・神経症」の時代、すなわち「無意識」が失墜した時代における精神分析の新たな可能性を示しているといえるでしょう。


* 生きている手ごたえ

臨床心理学者、河合隼雄氏は、不朽のベストセラーとして知られる名著「こころの処方箋」の最終講において、人は誰でも全ての人がその内にその人だけの「創造の種子」を持っているといい、心理療法とはクライエントの「創造の種子」が発芽して伸びてゆくことを援助して、その人の生き方全体をまさに「私が生きた」ものとして創造していく営みであるといいます。

そして、その結びでは「私が生きた」という創造の実感を持った時、あまり社会的評価は気にならなくなり、普遍的な存在の一部としての責任を果たした自己評価につながっていくと、氏は述べています。

ここで述べられていることをラカンの言葉で翻案すれば「創造の種子」とはまさしくその人だけが持つララングに他なりません。それゆえに「私が生きた」といえるには、自らの中にあるララングの方へ向かい、その特異的な創造性を手放さないままに普遍的な一般性へと調和を果たしていく過程が必要となってくるということです。

多くの場合、それは苦しみの伴う試行錯誤の過程となるでしょう。けれども、こうした過程も含めて「創造」される生の中にこそ「私が生きた」という「生きている手ごたえ」と呼ぶべきものがあるのではないでしょうか。













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2020年11月27日

少女のエディプス・コンプレックス−−享楽・純潔・花物語



* 少女のエディプス・コンプレックスが孕む曖昧さ

時は19世紀末、精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは当時、謎の奇病とされていた「ヒステリー」の治療法を試行錯誤する中で、人の無意識の内奥に「母親への惚れ込みと父親への嫉妬」という心的葛藤を発見します。そしてフロイトは、このような心的葛藤をギリシアのオイエディプス悲劇になぞらえて「エディプス・コンプレックス」と名付けました。

この「エディプス・コンプレックス」なる仮説によれば、幼児は当初、母親との近親相関的関係の中にあり、やがてこれを禁じる者としての父親がもたらす去勢不安によって、幼児の自我の中に両親の審級が落とし込まれ、ここから自我を統制する超自我が形成されることになります。

そしてフロイトによれば、少年と少女では去勢不安への反応は異なるものとされます。すなわち、少年はペニスの喪失を怖れる結果、父親のような強い存在になろうとする。これに対して、少女はペニスの不在に気付いた結果、父親に愛される存在になろうとする。

こうした相違からフロイトの中では、去勢不安をドラスティックに克服する「少年のエディプス・コンプレックス」こそが「真のエディプス・コンプレックス」であるとされる一方、去勢不安がダイレクトに直撃しない「少女のエディプス・コンプレックス」は、あまりぱっとしない、曖昧な立ち位置に追いやられています。

けれどその一方でフロイトは、女性の夢には少なくとも一箇所、未知なるものにつながっている「臍」のような場所があるという趣旨のことも述べています。ここでフロイトは女性性における「謎」に直面しています。だとすれば現代における「少女のエディプス・コンプレックス」はどういった立ち位置にあるのでしょうか?


* 父性隠喩における女性の論理

エディプス・コンプレックス。現代の発達心理学の知見からすれば、およそまやかしにしか聞こえないようなこのフロイトの神話を構造言語学のアルゴリズムによって解読したものが、フランスの精神分析医、ジャック・ラカンによる「父性隠喩」と呼ばれる以下の構造式です。

父性隠喩.png


繰り返される母親の現前/不在というセリーに直面した子どもは「母親が不在になる謎=x」をシニフィエとする「原-シニフィアン=母の欲望」を構成し、子どもは「xの想像的形態としてのペニス=想像的ファルス」への同一化を試みることになります。これがいわゆる「鏡像段階」に相当します。

けれどもこの同一化は当然、上手くいかず、やがて「母の欲望」は〈父の名〉という「法のシニフィアン」に隠喩化されることになります。結果「言語構造としての無意識=A」が成立すると同時に、セクシャリティを規範化する「欲望のシニフィアン=象徴的ファルス」が成立します。

そして男女の性差はまさに、この象徴的ファルスに対する態度に関わります。ここで、象徴的ファルスを保有しようとする態度は男性性を構成し、象徴的ファルスを仮想しようとする態度は女性性を構成することになるわけです。これを「象徴的去勢」といいます。

こうした父性隠喩の理論は言語構造の導入やセクシュアリティの規範化の巧妙な説明である事は確かです。のみならず、セックスとジェンダーの区分が曖昧だった1950年代の時点で生物学的差異ではなく言語学的差異から性差を捉えるラカンの着想は注目すべきものがあるでしょう。

けれども、やはり〈父の名〉とか、ファルスなどといった術語から明らかなように、父性隠喩という理論はどうにも父権主義的な色合いの強い言説であることもまた事実です。けれどラカンはこの立場に留まる事なく、その後、セクシュアリティに関する理論を飛躍的に発展させています。そのひとつの到達点が、セミネール20「アンコール(1972〜1973)」において示された「性別化の式」です。


* 性別化の式における女性の論理

性別化の式.png

まず上図左側が男性性の式を表します。この点、先に見た父性隠喩の理論によれば、母の欲望が〈父の名〉によって隠喩化された結果、言語構造としての無意識と象徴的ファルスが成立し、この象徴的ファルスの保持を欲望するのが男性性のあり方でした。

これは性別化の式においては「全ての男性はファルス関数に従う(∀xΦx)」という定式で表されます。そして「全ての男性」という「普遍」が成立するには、集合論的には少なくとも一つの「例外」を必要とするため、ここから「ファルス関数に従わない男性が少なくとも一人存在する(∃xΦx)」という定式が導出されます。

すなわち、男性性はファルス関数による象徴的去勢の結果、欲動満足の極点としての「絶対的享楽」へ達することは決して叶わず、せいぜい「対象 a 」に切り詰められた享楽で満足するしかない。このような享楽を「ファルス享楽」といいます。

これに対して上図右側が女性性の式を表します。この点、女性性といえども男性性同様、ファルス関数による象徴的去勢を逃れるわけではないため「ファルス関数に従わない女性がいるわけではない(∃xΦx)」とされる一方、ここでは男性性のような「普遍」と「例外」の関係が成り立っていないため「全ての女性がファルス関数に従うわけではない(∀xΦx)」という定式が導出されます。

すなわち、女性性においてはファルス享楽にも絶対的享楽にも回収されない、その人だけが持つ特異的な享楽へ向かう可能性が開かれていることになります。このような享楽を「〈他なる〉享楽」といいます。

こうしてみると、かつてフロイトが直面した女性における「謎」としての「臍」のような場所は、ラカンのいう「〈他なる〉享楽」の在り処をすでに示唆していたようにも思えなくもありません。


* 少女小説における女性の論理

このように男性性を規定するのが「ファルス」なる超越論的シニフィアンを中心にすべてのシニフィアンが構造化される論理だとすれば、女性性を規定するのはこうした構造化を解体する可能性を内在させた論理であるという事です。

この点、日本ではすでに大正期において「少女小説」と呼ばれるジャンルの中で、こうした「女性の論理」を胚胎させた優れた物語が多く紡ぎ出されてきました。その例として、少女小説初期の代表作として知られる「花物語(吉屋信子)」に収められた「白百合」という一編を見てみましょう。

物語は主人公「私」の通う女学校に新任の音楽教師がやってくるところから始まります。まだ女学生の初々しい雰囲気を幾許も残し、教師らしさとはまるで程遠く、おずおずとはにかむその姿が印象的な「葉山先生」は瞬く間に女生徒たちの心を囚えてしまいます。

そして「私」も葉山先生に想いを募らせるあまり、その日記には毎日の如く葉山先生の一挙手一投足が偏愛的に書き連ねられていくわけですが、気の弱い「私」は先生とお近づきになりたくともとても近づけず、ただ悶々とした日々をおくります。

そんな折に、上級生の誘いから禁を犯して活動写真へと出かけ、遅い帰宅を寮監に咎められた「私」は、葉山先生が咄嗟に機転を利かした偽りのアリバイ証明のおかげで窮地を救われます。

この御恩は忘れませんと泣き縋る二人に対して、葉山先生は自分もあの日、実は同じ場所に行っていたことを告白した後、次のような後にも先にも一度限りの熱弁を振るいます。

「しかし、この事を、私のこの心を長く忘れないで、どうぞ(純潔)を、常に変わらぬ魂の純潔、行為の純潔を私に誓って守ってください。これが私の対するあなた方お二人の何にも優る報恩ですの、ね、忘れないで、純潔!私の大好きなあの白百合の花言葉の(純潔)をお互い守りましょう、生涯通じて私達は!」


その後、健康を害した葉山先生は教職を辞して故郷に帰り、翌年には帰らぬ人となりました。そして物語は「私」の次のようなモノローグで結ばれます。

「こうして先生のお姿は見えなくなりました。けれども先生の清い愛の生命を形取った白百合の花が(純潔)と囁いてこの土の上で咲く限りは、その花の姿とともに先生の、みこころは私共に永久に生きるのでございます。」


言うまでもなく、白百合の花は「純潔」の象徴として知られています。けれども、ここで葉山先生が言っているのは父権主義的な貞操観念に規定された処女としての「純潔」ではない「魂の純潔、行為の純潔」です。そして「私」は、こうした意味での「純潔」を「清い愛の生命」として称揚するわけです。

このように「白百合」という物語は、同性を思慕する女性の物語として始まりながらも、異性愛のオルタナティブとしての同性愛に回収されることなく、むしろファルス関数を逃れていく「純潔」の物語として幕を閉じていると言えます。


* 特異性を手放さなずに生きるということ

人は本来、ひとりひとりが特異的な存在でありながらも、我々は一般的な規範の中で生きていかなければなりません。

この点、社会共通の規範である「大きな物語」が強力に機能していた近代社会においては、特異性を切り捨てて一般性へと同一化していく「少年のエディプス・コンプレックス」が範例的位置にくるのは確かに不自然なことではありません。

けれども消費化、情報化、ポストモダン化の進行により「大きな物語」が失墜した現代社会においては、特異性を手放さないまま一般性とも調和していく「少女のエディプス・コンプレックス」こそが範例的位置にくるのではないでしょうか。

少年から少女へ−−おそらく葉山先生の言う「純潔」とは、ここでいう「特異性」のことに他ならないでしょう。あるいは晩年のラカンが精神分析の終結条件として「症状への同一化」を宣明して「サントーム」の臨床へと向かったのも、こうした時代の変遷とリンクしていたと言えます。そういった意味で、現代においては男女関わらず、まさしくすべての人に「魂の純潔、行為の純潔」が問われているという事なのでしょう。













posted by かがみ at 00:14 | 心理療法

2020年10月27日

流動化・幽霊化・生成変化




* アンチ・オイエディプスとは何だったのか

フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズと精神分析家、フェリックス・ガタリの共著「アンチ・オイエディプス−−資本主義と分裂症(1972)」は、1968年にフランスで起きたいわゆる「5月革命」と呼ばれる学生運動/労働運動を駆動させた多様多彩な「欲望」を原理的に考察した哲学書として知られています。

同書(以下AO)は発売されるや否や、新たな時代のあり方を示す思想として若年層を中心に熱狂的に歓迎されました。AOで展開されるのは激烈な近代資本主義批判、精神分析批判です。オイエディプスの首を切り飛ばし、千の欲望を表出せよ!ドゥルーズ=ガタリのメッセージは1970年代当時、革命の夢が潰えた時代において、ある種の解毒剤の役割を果たしました。こうしてフランス現代思想のモードは「構造主義」から「ポスト・構造主義」へと遷移します。

そしてその後、オイエディプス的価値観はポストモダン状況の進行の中で失墜し、いまや切り飛ばそうにもその首自体が無いという状況ですらあります。公刊から半世紀近くが経ち「68年5月」も遠い記憶となりました。では今日においてAOを読むのはもはや単なる懐古趣味かといえば、もちろんそうではありません。

この点、AOにおいて究明されたテーマは「欲望」でした。ここでドゥルーズ=ガタリは「欲望機械」という奇妙な概念を提示します。つまり「欲望」とは自然、生命、身体、あるいは言語、商品、貨幣といった様々な「機械」に宿る非主体的、非人称的な力の作用のことを言います。

これら「欲望機械」の動きをドゥルーズ=ガタリは「結びつきの不在によって結びつく」「現に区別されているかぎりで一緒に作動する」といった表現で定式化します。このようにAOにおいて欲望機械は「接続」と同時に「切断」するという両義的な動きとして記述されています。この欲望機械の動きをどのように捉えるかによって多様な解釈が導き出されることになります。では現代思想の俊英たちはAOをどのように解釈してきたのでしょうか。


*「構造と力」におけるAO解釈

⑴ コード化・超コード化・脱コード化

まず「欲望機械」の「接続」の動きを重視しているのが浅田彰氏の「構造と力(1983)」におけるAO解釈です。

同書を貫通するのは「差異化」というキーワードです。浅田氏は同書の冒頭「序に代えて」でフランスの人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが理念化した「冷たい社会」と「熱い社会」という分類を「差異」と「差異化」という二項対置へ抽象化します。

この点「差異」とはスタティック(静態的)な秩序であり「差異化」とはダイナミック(動態的)な運動をいいます。そして氏は同書においてその表題通り、安定した「差異=構造」に対して、果てしなき「差異化=力」によって孕まれる過剰性を肯定していきます。

こうした視野から同書の第T部においては構造主義とポスト・構造主義のパースペクティヴが素描され、第U部においては構造主義のリミットとしてフランスの精神分析医、ジャック・ラカンが位置づけられ、その後いよいよポスト・構造主義の大本命としてドゥルーズ=ガタリが登場します。

この点、同書はドゥルーズ=ガタリの「コード化」「超コード化」「脱コード化」という三段解説に依拠した上で、浅田氏は脱コード化を極限まで推し進め「内部」から「外部」に出よと力説します。

もっとも、オイエディプス的家族をはじめとする近代資本社会に実装された様々な「整流器/加速器/安全装置」は「脱コード化」を促す過剰の奔出をなし崩し的に解消して、同書が「クラインの壺」と呼ぶ無限循環回路へと還流させていきます。腰を落ち着けたが最後「外部」は新たな「内部」になる。こうしたクラインの壺の中でなお「外部」へ突き抜けようとするのであれば、重要なのは「常に外へ出続ける」というプロセスに他ならないということです。

⑵ 流動化するドゥルーズ=ガタリ

こうして同書終盤で示された「パラノイアックな競争/スキゾフレニックな逃走」というコントラストは浅田氏の次書「逃走論(1984)」において「若者の生き方論」へと接続されます。

この点「パラノ」とはパラノイア(偏執狂)の略で、これまでの過去の全てを「積分=統合化」して囲い込む生き方です。他方「スキゾ」とはスキゾフレニー(分裂症)の略で、いまここの現在をアドホックに「微分=差異化」し続ける生き方です。

浅田氏は今こそ「パラノ・ドライヴ」の外に出て「スキゾ・キッズ」の本領を発揮し、メディア・スペースで遊び戯れる時が来たといいます。こうして「スキゾ・キッズ」は当時の流行語となり、浅田氏は自らその「逃走」を実践するかのようにマスメディアの寵児となっていきました。

差異から差異化へ。「構造と力」が描き出すのはいわば「流動化するドゥルーズ=ガタリ」です。こうした考え方は消費化情報化社会が爛熟し、バブル景気へと突入しつつあった1980年代中盤の日本社会の気分と見事に同調したのでした。


*「存在論的、郵便的」におけるAO解釈

⑴ 否定神学と郵便=誤配

次に欲望機械の「接続」の動きを重視しつつ「切断」の動きから生じる効果にも注目するのが東浩紀氏の「存在論的、郵便的(1998)」におけるAO解釈です。

同書の主題は「脱構築」で知られるフランスの哲学者、ジャック・デリダのテクスト読解にあります。東氏によれば「真理の配達人」をはじめとする70年代デリダのテクストにおいて遂行されているのは「否定神学システム」の批判と、これに代わる「郵便=誤配システム」の提出に他ならないという。

すなわち「否定神学システム」によれば、シニフィアンの循環運動は不完全であり、最終的には「単一の超越論的シニフィアン=シニフィエなきシニフィアン」によって担保されることになります。こうした「否定神学的システム」に依拠した思考は1960年代のフランス現代思想を強く規定していました。「象徴界」のリミットとしての「現実界」を想定するラカン派精神分析はその典型例と言えます。また、ドゥルーズのいう「差異化」も「対象=x」といった一義的な存在を想定する点でやはり否定神学的色彩を帯びていると言えます。

否定神学的思考は単数の超越論的シニフィアンを想定することで、オブジェクトレベルでシステムを解体したと見せかけて、メタレベルで再びシステムに全体性を付与してしまいます。これは浅田氏のいう「脱コード化」を阻む「クラインの壺」の構図そのものです。まさにデリダはこの点を批判しているわけです。

そしてデリダが提出した「郵便=誤配システム」とは、シニフィアン循環運動の決定不可能性を様々なコミュニケーションの失敗に求め、超越論的シニフィアンを複数化=幽霊化する思考です。そして東氏によれば、AOもまたデリダ同様の郵便的思考によって駆動しているということです。

⑵ 幽霊化するドゥルーズ=ガタリ

この点、氏はAOの郵便化においては「機械」「モル的」「分子的」といった概念を持ち込んだガタリの理論的役割が決定的だったと推測する一方で、ドゥルーズのテクストにもまた、否定神学的思考に回収されない契機が多く含まれていると言います。

特に、AOの3年前に公刊されたドゥルーズの単著「意味の論理学(1969)」ではその傾向がはっきり見て取れます。同書は第26セリーまでは実在性と潜在性という二つのセリーから成る「表面」の構造が考察され、この二つのセリーを共鳴させる媒介項として「対象=x」が位置付けられます(静的生成論)。ところが第27セリー以下、最後の8セリーでは「表面」が「深層」から生成される過程が考察されます(動的生成論)。そして東氏はこの最後の8セリーにおいてはまさに「否定神学システム(表層)」と「郵便=誤配システム(深層)」という二つのシステムの関係が主題となっていると把握しています。

単数的超越性から複数的超越性へ。「存在論的、郵便的」が描き出すのはいわば「幽霊化するドゥルーズ=ガタリ」です。こうした考え方は大きな物語が失墜し、小さな物語が乱立するというポストモダン状況が加速し始めた1990年代後半という時代状況に相応しいものでした。


*「動きすぎてはいけない」におけるAO解釈

⑴ 非意味的切断の原理

そして「欲望機械」の「切断」の動きを強く際立たせたのが千葉雅也氏の「動きすぎてはいけない(2013)」におけるAO解釈です。

ここで氏が注目するのがドゥルーズのデビュー作「経験論と主体性(1953)」以来、幾度となく再浮上を繰り返すことになるデイヴィット・ヒュームの経験論的哲学、いわゆる「ヒューム主義」です。

ヒューム主義において志向されるのは、バラバラな断片的所与の仮設的な連合と、それらの偶然的な解離からなる多元論的な世界です。これを「連合-解離説」といいます。こうしたヒューム主義からドゥルーズを再読解する事で取り出されるのが「非意味的切断の原理」です。

こうした「非意味的切断の原理」から「意味の論理学」を読み解く時、同書は第13セリー「分裂症と少女」を境に前半と後半に分けられます。すなわち、前半は「表面」の「意味=出来事」を扱ったシニフィアンの哲学であり、後半は「深層」の「非意味=物体」が露わにされシニフィアン以前の身体の哲学です。

この点、前半を体現する作家としてルイス・キャロルが、後半を体現する作家としてアントナン・アルトーが位置付けられます。そしてドゥルーズは第13セリーの最後において「キャロルの全てを引き換えにしても我々はアントナン・アルトーの1頁も与えないだろう」と述べます。

アルトー的な深層にあるのはシニフィアン以前の非意味的な物体達に他ならない。こうした物体達はキャロル的ノンセンスを生産しない一方、聴覚イメージによるメレオロジカルな〈まとまり〉を形成します。これを同書はアルトーに倣い「器官なき身体」といいます。すなわち、ここでドゥルーズのヒューム的主義的な主体化は「器官なき身体」における個体化に呼応しているということです。

⑵ サンボリックに超克されなくても良い鏡像段階

そして同書は、この「器官なき身体」を第27セリー以降の動的発生論において〈サンボリックに超克されなくても良い鏡像段階〉として位置付けます。

鏡像段階とは周知の通り、先に何度か言及したジャック・ラカンが提唱した発達段階概念です。ラカンによれば、生後6ヶ月から18ヶ月の時期を迎えた乳幼児は鏡に映った自身の姿を始めとした鏡像的他者のイメージを通じて身体像と自我を獲得するという。

この鏡像段階は後のラカンによるエディプス・コンプレックスの議論の中では想像的ファルスへの同一化の段階に相当します。そしてラカンからすれば、ここからさらに象徴的ファルスを受け入れて自我を象徴界に登録することで子どもは主体化を完了することになります。

これに対してドゥルーズはイギリスの精神分析家、メラニー・クラインの理論をやや変形しながら援用し、クラインのいう部分対象が、ラカンのいう象徴的ファルスへ回収される手前の状況に注目します。これが、諸々の部分対象が想像的ファルスによって「器官なき身体」としてまとまっている〈サンボリックに超克されなくても良い鏡像段階〉です。同書はこうした発達状況を肛門期と性器期の中間にあるいわば「尿道的」な状況だといいます。

こうした点で「意味の論理学」とはラカンに強く影響された書物であると同時にラカンから分離する書物でもあるということです。そして部分対象が象徴的ファルスに回収される手前で「器官なき身体」としてまとまっている状況は、ラカン派の精神病/倒錯/神経症という切り分けから言えば半ば倒錯的な状況にあると言えます。

⑶ 生成変化するドゥルーズ=ガタリ

こうした観点から千葉氏は、AOをある種の倒錯論として解釈します。すなわち、同書における健康化された分裂症の核心とは、まずは精神病と倒錯のオーバーダブを神経症から切断する事であるということです。

或るまとまりから別のまとまりへ。「動きすぎてはいけない」が描き出すのはいわば「生成変化するドゥルーズ=ガタリ」です。こうした考え方は、ソーシャルメディアが日常に普及し「共感」「きずな」「つながり」といった「接続過剰」な言葉が何かと強調される2010年代以降の社会におけるひとつの処方箋とも言えるでしょう。


* オイエディプスよりも「さらに悪いもの」

流動化・幽霊化・生成変化。こうしてみるとAOは極めて複雑な響きの上に成り立っていることがわかります。確かに今やオイエディプス的価値観は失墜したことは疑いないでしょう。けれど現代とはオイエディプスよりも「さらに悪いもの」が出現した世界でもあります。

こうした世界の到来をかつてドゥルーズは「制御社会」として的確に予見していました。制御社会においては、人々を命令と懲罰で従属させる「規律権力」よりも、人々の生活環境に恒常的に介入する「生権力(環境管理型権力)」が優位となり、様々なアーキテクチャによる統制の下、個人はデータベース化され、あたかもモルモットか何かのように飼い殺されていくことになります。

もっとも、制御社会というのはかつてのオイエディプスがアーキテクチャへと置き換わっただけであり、その構造自体はクラインの壺=否定神学システムである事に変わりはありません。むしろ制御社会において人の欲望はより巧妙な形で平準化されているとすら言えるでしょう。

すなわち、ここでもAOが提出したシステムに内部化された欲望の外部性をいかに奪還するかという問題がそのまま反復される事になります。こうした視点から再びAOを読み直すとき、そこにはかつてとはまた違う、新たな輝きを発見することもできるでしょう。












posted by かがみ at 23:23 | 心理療法

2020年09月27日

誤配される手紙、あるいは「苦海浄土」



* 手紙は常に宛先に届くのか?

フランスの精神分析医、ジャック・ラカンがその難解極まりない事で知られる主著「エクリ」の冒頭に置いた「盗まれた手紙のセミネール(1956年初出)」はラカン派精神分析の基本的思考が集約されたテクストとして知られています(もちろん一読しただけではちんぷんかんぷんなんですけど)。

このセミネールは表題通り、エドガー・アラン・ポーの有名な短編小説「盗まれた手紙」をラカンが解釈するものです。そこでラカンは、ポーの小説の中で特権的な役割を果たす「手紙」に注目し、結論として次のように述べます。

つまり、言うなれば送信機は受信機から自分自身の伝言を逆さまの形式をとおして受け取るのです。それゆえ〈盗まれた手紙〉さらには〈保管中の手紙〉なる言葉の真意は、手紙というものはいつも送り先に届いているということなのです。(E41)


このセミネールでラカンが提出したのは「手紙は常に宛先に届く」というテーゼです。これに対してフランスの哲学者、ジャック・デリダは論文「真理の配達人(1975年初出)」において「手紙は常に宛先に届かない可能性がある」というテーゼを提出します。

届くとか、届かないとか。ここで両者が現実の郵便制度を論じているわけではない事はもちろん明らかですが、なにぶん議論が無駄に抽象的すぎて、一体何を問題にしたいのか、何ともよくわかりません。この点について明快な読解を提示してくれるのが、東浩紀氏の「存在論的、郵便的」です。


* 形而上学と否定神学

東氏によれば「真理の配達人」においてデリダは二重の批判を行なっている事になります。すなわち、それは「形而上学的思考」への批判と「否定神学的思考」への批判ということです。どういうことでしょうか?

まず「形而上学的思考」によれば、全てのシニフィアンはそれぞれ対応するシニフィエに回付され、こうしたシニフィアンの循環運動は最終的には「超越論的シニフィエ」によって担保される事になります。エトムント・フッサールの現象学、バートランド・ラッセルの記述理論、アンナ・フロイトの自我心理学などは、こうした形而上学的思考の典型例とされます。

けれども数々の精神分析の症例が示すように、もちろん世の中はそんなにうまく出来ていない。真理、理想、正義、希望。こうした言語を超えた「過剰な何か」に奇妙なほどに魅入られてしまうのが人という生き物です。

これに対して「否定神学的思考」によれば、シニフィアンの循環運動は不完全であり、最終的には「超越論的シニフィアン=シニフィエなきシニフィアン」によって担保されることになります。こうしたシニフィアンの循環運動の不可能性として「現実界」を想定するラカン派精神分析は否定神学的思考の典型例と言えるでしょう。

すなわち、ラカンがいう「手紙は常に宛先に届く」とは「全てのシニフィアンは常に唯一のシニフィエなきシニフィアンへ回付される」という事です。


* 行方不明となる手紙

否定神学的思考は言語を超えた「過剰な何か」を一見うまく説明できています。けれども同時に、こうした思考法は、唯一の超越論的シニフィアンを想定することで、オブジェクトレベルでシステムを解体したと見せかけて、メタレベルで再びシステムの全体性が回帰することになります。これがいわゆる「クラインの壺」です。まさにデリダはこの点を批判するわけです。

もっとも、ここでのデリダの批判は自己批判の側面もあります。こうした否定神学的思考はデリダ的には「差延」に代表される「ゲーテル的脱構築」に相当するということです。そしてここでデリダが提示しているのは「否定神学的思考=ゲーテル的脱構築」から逃れるもう一つの脱構築です。東氏はこれを「郵便的脱構築」と呼びます。

つまり「手紙」が「デッド(行方不明)」となるのは郵便制度自体の欠陥に起因するのではなく、端的に一つひとつの手紙の、その都度その都度の送付行為の失敗に起因するということです。

すなわち、デリダがいう「手紙は常に宛先に届かない可能性がある」とは「全てのシニフィアンは常に様々な想定外のシニフィアンに回付される可能性がある」ということです。

こうしたシニフィアンの循環運動の決定不可能性をデリダは「幽霊」といいます。この点「現実界」は単数ですが「幽霊」は複数です。コミュニケーションの様々な失敗や揺らぎ。ここから様々な「幽霊たちの声」が出現する。このようなコミュニケーションに内在するメカニズムを東氏は「誤配」といいます。


*「苦海浄土」が描き出したもの

そして、こうした「誤配」が生み出す「幽霊たちの声」はしばし時代を突き動かす原動力となる事があります。東氏が近著「テーマパーク化する地球」において高く評価する「苦海浄土」も、まさにこうした「幽霊たちの声」に真摯に耳を傾けた作品と言えます。

周知の通り、同作は日本の高度経済成長がもたらした負の側面である「水俣病」の存在を一躍、世界的に知らしめる立役者となりました。ところが同作は一見、水俣病被害者の聞き語りをもとに構成されたノンフィクションの体裁をとっているものの、実際はかなりの部分が著者である石牟礼道子氏が「創作」した、いわば氏の「私小説」であるということが現在では広く知られています。

こうした手法は現代におけるエヴィデンス至上主義的な「正しさ」の基準に照らせば当然の如く批判を浴び、著作は回収され著者は謝罪に追い込まれることになるでしょう。

けれど「苦海浄土」はそうはならなかった。それどころか同作が描き出した「虚構」は文学的手法として広く理解され、公害反対運動という「現実」に大きな影響をもたらしました。


*「幽霊たちの声」に耳を傾けるということ

もちろん、このような石牟礼氏の手法が現代においてそのまま通用するかというと何とも言えないところがあります。けれど、ここで気付かされるのは「当事者の声」の「代弁」と「反復」は明らかに違うという事です。

当時の担当編集者に事実関係を問い正された彼女は−−まるでイタズラを見つけられた女の子のような顔で−−「だって、あの人が心の中で言っていることを文字にすると、ああなるんだもの」と、そう答えたそうです。

事実として語られた事だけが全てではない。あの人が心の中で言っていること。その無根拠の闇を引き受けた上で「正しさ」とは何かを問う。それこそが、本当の意味での「当事者の声の代弁」となるときもあるでしょう。

こうしてみると「苦海浄土」という作品が告発するのは水俣病という公害を超えて、現代のエヴィデンス至上主義の中、見せかけの「正しさ」で思考停止する我々の態度そのもののようにも思えてくるわけです。

見せかけの「正しさ」へと回収されない「幽霊たちの声」に真摯に耳を傾けていくということ。おそらくはこうした態度こそが、大きな公共なき現代において我々に残された数少ない、人が人たりうる公共性の在り処となるのではないでしょうか。











posted by かがみ at 01:23 | 心理療法