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現代情報環境論

精神病理学の諸論点

ラカン派精神分析の諸論点

その他

2025年09月22日

オープンダイアローグにおける「斜め」の空間



* オープンダイアローグとは何か

フィンランドの西ラップランド地方トルニオ市にあるケロプダス病院のスタッフを中心に開発された「オープンダイアローグ(OD)」は、従来、薬物や入院が必須と考えられていた急性期の統合失調症を「対話」の力で寛解に導くことで精神医療に大きなインパクトをもたらしました。

ODの実践は一見、極めてシンプルです。クライアントやその家族から電話などで支援要請を受けたら24時間以内に治療チームが結成され、クライアントの自宅を訪問。治療チームと本人、家族、友人知人らの関係者が車座になって対話が行われます。

この対話においてはすべての参加者に平等に発言の機会が与えられます。ミーティングは1回につき1時間から1時間半程度で、ミーティングの最後にファシリテーターが結論をまとめます。本人抜きではいかなる決定もされないこともODの重要な原則です。何も決まらなければ「何も決まらなかったこと」が確認されることになります。このミーティングはクライアントの状態が改善するまで、ほぼ毎日のように続けられる場合もあります。

このようにODの特色は治療者側が「チーム」で介入する点にあります。チームは精神科医、看護師、臨床心理士などで構成されますが、チーム内での序列はありません。皆が自律したセラピストとして対等の立場で対話に加わります。

そして、今後の治療方針を決める治療者同士の話し合いも患者側の前で行われます。これは「リフレクティング reflecting」と呼ばれる家族療法家のトム・アンデルセンによって開発された技法です。診断、見通し、治療方針に関する議論を全て患者の前で開示することで、さらなる対話が促進され患者の意思決定も容易になるということです。

こうしてODでは対話の場に参加者の言葉が投入されることで、自律性的に作動する対話システム(対話クラウド)が形成されていきます。こうした対話システムが作動する目的はその作動それ自体がであり、その結果として患者の中で「新しい現実」が創出され、その副産物、ないし廃棄物として症状の改善や治癒が降ってくるというイメージです。では、このようなオープンダイアローグという対話システムはいかなる治療原理によって作動し、そこではいかなる主体が現れ出る空間として把握されうるのでしょうか。


* 精神分析との比較から考える

この点、松本卓也氏は「精神分析とオープンダイアローグ」(2022)という論考(初出:石原孝二・斎藤環編『オープンダイアローグ 思想と哲学』)で精神分析との比較からODの特性を際立たせています。精神分析とODの相違はまず何よりもそれぞれの臨床が行われる空間配置にあります。よく知られるように精神分析の創始者ジークムント・フロイトはごく初期には対面法(治療者と患者が相対するような形で面接を行う方法)を用いていましたが、のちに患者を寝椅子(カウチ)に横たわらせ、治療者はその傍らに座るという特異な空間配置(背面式自由連想法)を用いるようになりました。

このような空間配置は精神分析が分析家と分析主体のあいだに生じる垂直的な関係を治療のための原動力として用いていることを意味しています。すなわち、分析家に頭を向けて寝椅子に横になることで、分析家という他者が自分の頭上にいるような位置関係が生じます。換言すれば精神分析における空間は寝椅子に横たわることで人間同士の水平的関係を人工的な垂直的関係へと作り替えているということです。そして、このような空間配置は当然、精神分析の過程で生じる現象にも関わってきます。

その典型例が「転移 übertragung」です。ここでいう「転移」とは患者が幼少期において体験していた重要な他者(両親などの養育者)との関係が現在時における患者と分析家とのあいだで再現されることを指しています。このような転移の発生を本論考は分析の場と幼少期との空間的な類似性に関連づけており「いまだ直立二足歩行を身につけていない子どもは、横たわった状態で、自分の『上』に他者がいるという空間配置のなかで人生を始めるのである」といいます。

そして精神分析の治療原理とは、このような転移を通じて患者が分析家を「厳しい超自我(これは患者の幼少期における養育者の権威的な像に由来するとされます)」として体験することに始まり、このような超自我と同一視された分析家が患者に解釈を投与することで患者が徐々に過去に形作られた超自我のイメージをより抑圧的ではないものへの更新することによって終わると考えられています。


* 水平方向のダイアローグと垂直方向のダイアローグ

では翻ってオープンダイアローグにおける臨床空間はどうでしょうか。先述のようにODのミーティングの特徴は関係者が車座になって座り、平等で開かれた対話がなされる点にあります。こうしたことからODにおける患者の語りは独語的モノフォニーではなく、多数の声が響き合うポリフォニーとなります。

このようにODでは精神分析のように患者と治療者の関係が垂直方向において展開されるのではなく水平方向において展開されており、しかも患者と治療者の関係はふたり(だけ)の関係から多数の関係へと拡張されることになります。

ただしそれはODが水平的な他者関係のなかだけでなされる治療法であるということを意味しません。ODにおいては患者の前で治療者同士が治療方針を決める「リフレクティング」により、水平的な関係のなかに垂直的な関係がいわば「弱毒化」された形で再導入されていることがきわめて重要となります。つまり患者は「リフレクティング」を観察することで、自分の心から発せられる「内なる声」と垂直的に対話することが可能となるということです。

ODの開発者であるヤーコ・セイックラが述べているようにODにおける対話には、すべての参加者のあいだで行われる「水平のダイアローグ」と、それによって触発された個人の内部での「内なる声」としての「垂直のダイアローグ」のふたつがあり、このふたつの対話の協同こそが重要になってきます。すなわち「『内なる声』が超越的な権威として作用しないようにするための「抑え」として水平方向のダイアローグを用いること。そうすることによって個人における変容を引き起こすこと。それこそがオープンダイアローグの空間で生じる治療の原理なのである」と本論考は述べています。


* 裂け目としての主体

次に本論考は精神分析とオープンダイアローグの相違を「主体」との関係から検討します。この点、精神分析における「主体 subject」とは「自我 ego」とは似て非なるものです。ここでいう「自我」とは精神分析において様々な対象を取り込んで作り上げられるパーソナリティのような比較的安定したものを指すのに対し「主体」とはむしろそのような安定したものの「裂け目」においてはじめて現れるものであるといわれます。

そしてフランスの精神分析家ジャック・ラカンは精神病(統合失調症)は「発言すること prendre la parole」を要請されるときに発病すると述べています。つまり統合失調症とは、患者が他者との関係のなかで生じた裂け目に対して主体定立的な言語的応答を行わなければならないときに、自分が他者に向けて「発言すること」ができない代わりに、他者が自分に向けて語り始めるという仕方で、発病するということです。

こうしたことからラカン派においては統合失調症の患者に対して主体を再生するようなアプローチが推奨されてきました。その一つに治療者がラカンのいう「狂者の秘書 secrétaire de l'aliéné」になるというものがあります。すなわち、妄想する患者に語りに同調するのではなく、語りを聞き届ける役目を果たすというアプローチです。

この点、本論考は統合失調症の患者は一方では「他者の世界(すなわち妄想の世界)に否応なく引き寄せられてい」ますが、他方では妄想を「自ら主体的に語り直すことによって、現実世界とも関わりを持つことができる」のであり「このような二重のあり方を利用し、妄想を否定せずに現実とも折り合いをつけていけるような構造的な二重見当識を獲得させること」こそがラカン派における統合失調症の治療指針とされてきたといいます。


* オープンダイアローグにおける「斜め」の空間

これに対してオープンダイアローグでは統合失調症における主体化の困難に対してオルタナティヴな解答を提供しているように思われると本論考はいいます。すなわち、統合失調症が主体化の要請によって発病する病であるとすれば、その主体なるものを単数的な個体に属するものとして扱うのではなく、複数的な声(ポリフォニー)が鳴り響く空間へと開くということです。

このような実践は精神分析の文脈でいえばラカン派の臨床に対するラディカルな批判を行った精神分析家フェリックス・ガタリのそれと一定の類似性を持つように思われると本論考はいいます。フランスのラボルド病院における「制度論的精神療法」の実践から出発したガタリは病院というシステムがしばしば患者に対して上から命令を押し付ける「垂直方向」と平準化された横並びの「水平方向」の両方においてそれぞれ極端化しがちであるという認識に基づき、その両方の極端さを乗り越える次元としての「斜め横断性」の重要性を説いています。

ここには全ての参加者のあいだで平等に行われる「水平方向のダイアローグ」と各個人の中で行われる自己対話である「垂直方向のダイアローグ」の協同としての「斜め」を重要視するODとの共通性を見出すことができるでしょう。

またガタリはラカン派の精神分析が想定していたようなあらゆる言語的な行為を個人における「主体」に帰属させる「言表行為の主体」の単数的モデルを批判し、その対立物として「集団的主体性」という概念を採用しています。こうしたガタリのいう「集団的主体性」の概念もやはり専門家や患者といった単一の声(モノフォニー)を持つ人物が主体の座を占めるのではなく、複数的な声(ポリフォニー)が鳴り響く空間のなかで「主体を別様に機能させる」というODの実践に通じているといえます。

松本氏は本論考も収録されている近著『斜め論』(2025)において従来の精神病理学や精神分析が特権化しがちであった「垂直方向」の言説や実践に対する異議申し立てとしての「水平方向」の言説や実践が開く「ちょっとした垂直性」としての「斜め」に注目した議論を展開しています。こうした観点からいえばオープンダイアローグは極めて洗練された「斜め」の実践であるといえます。そして同時にそれは従来の精神病理学や精神分析がほとんど自明視していた「主体」とはひとりの個人に帰属するという前提を根本から揺るがす契機をもたらす実践であるといえるでしょう。






















posted by かがみ at 21:34 | 精神分析

2025年08月24日

不気味なものと不気味でないもの



* 快感原則の彼岸と不気味なもの

精神分析を創始したジークムント・フロイトは1919年に「不気味なもの Das Unheimliche」と題される論文を発表しています。この1919年という年はフロイトが「快感原則」を根底におく前期の理論体系から「快感原則の彼岸」としての「死の欲動」の存在を仮定する後期の思想に移行する過度期に位置しています。ここでいう「快感原則」とは心的エネルギーの恒常性(ホメオスタシス)を保つための自動調整作用をいいます。フロイトによれば「快」とは興奮量の低い状態を指し、反対に「不快」とは興奮量の高い状態を指し、興奮量が低い方が心は安定するため人は快を好むということになります。

そしてフロイトはこの快感原則に1人の人間の心的統一性を保証する機能を見出しています。よく知られるように精神分析の革新性は1人の人間の中に知覚と運動を制御する複数の審級を見出し、それら諸審級の争いを発見した点にあり、この複数の審級は前期のフロイトにおいては「意識/前意識/無意識」からなる第一局所論として、後期フロイトにおいては「自我/超自我/エス」からなる第二局所論としてモデル化されています。つまり1人の人間の中に複数の心的人格が競合する場=空間があり、これらの心的人格の競合を調停して個人の心的統一性を保証するものこそが快感原則であるということです。

このようにフロイトはその前期においては人は畢竟、快のみのために生きると考えました。ところがその後期になると人は快のみのために生きるのではなく、そこにはしばしば、あるズレが忍び込み、人は不快へと駆動されると考えるようになります。

フロイトは1920年の著作『快感原則の彼岸』で、そのズレを「反復強迫」に見出しています。この点、ある種の神経症患者や幼児においては、しばしば同じ外傷ないし苦痛の感覚を飽きることなく反復することが観察されていますが、彼らのその行動を快感原則から解釈することは困難です。では彼らを駆動するものは何なのか。この問いは後期フロイトの精神分析理論の中核に位置することになり「不気味なもの」という論文もまたこうした問題意識から記されています。


* フロイトの不気味な経験

この「不気味なもの」という論文でフロイトは「不気味さ」の本質は親しく熟知しているはずのものが突然に疎遠な対象に変わるその逆転のメカニズムにあると述べています。そして同論文は「不気味なもの」の感情の起源についていくつかの仮説を検討したのち、最終的に「反復強迫を思い出させるものこそが不気味に感じられる」と結論づけています。このように「不気味さ」とはフロイトによれば快感原則からの逸脱の想起にともなう感情であるということになります。

フロイトがそこで挙げる「不気味なもの」の典型例はそれ自体では無意味な出来事の偶然的な反復、例えば1日の間に同じ数字に何度も出会うといった現象ですが、同時に彼は「不気味なもの」の例として神経症患者が「自分たちが考えていたその人間に決まって出会う」という体験を挙げています。

事実上の偶然としか言いようがない数の反復と異なり「自分たちが考えていたその人間に決まって出会う」という体験が生じる理由はある程度分析できます。もとよりフロイトは「自分たちが考えていたその人間に決まって出会う」という体験について1901年の著作『日常生活の精神病理学』においてフロイトは街頭で不愉快な友人について考えていた直後にその当人に出会うという自身の経験を次のように分析しています。

フロイトは2人の距離がまだ遠く離れている時点でその友人がこちらに歩いてくる姿を知覚しますが、その知覚自体は感情的な動機により抑圧され、意識にのぼりません。にもかかわらず他方でその情報を受け取った無意識は独自に連想の糸を辿り、その友人を空想のかたちで意識にのぼらせます。

つまり、ここでは一つの情報が二つに分割され、そののちに別々に処理されていることになります。そして、その間にフロイトと友人との距離は縮まっており、結果としてフロイトはちょうど友人のことについて考えていたときにまさにその当人から声をかけられるという「不気味な」体験をすることになるということです。


* 不気味なものと無意識

こうした初期フロイトの仕事を手がかりとして東浩紀氏は「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか」(1997〜2000)という論考においてフロイトのいう「不気味なもの」が生じるメカニズムを次のように解釈します。

まず同論考は『日常生活の精神病理学』におけるフロイトの分析が人の心の内部で稼働している複数の情報処理装置の衝突(より正確にはその処理経路とその中を通過する速度の衝突)への着目によって成立している点を挙げます。すなわち、人の心は「意識」という情報処理装置のバックグラウンドで「意識」とは異なる演算速度を持つ「無意識」という情報処理装置が稼働しており、我々は一つの情報を常に同時に複数の経路を通じて処理しているということです。従ってその演算結果も複数出力されることになり、それらの出力結果が相互に矛盾し衝突することでヒステリーといった症状や夢内容や失錯行為が生じることになります。

『ヒステリー研究』(1985年)から『夢判断』(1900年)、そして『日常生活の精神病理学』へと至る世紀転換期のフロイトは一貫してこの演算結果の衝突の問題を扱っていたと同論考はいいます。また『ヒステリー研究』の出版とほぼ同時にフロイトが書き記していたとされる『科学的心理学草稿』においては既に心のメカニズムを説明するための中心概念として「経路」という発想が持ち出されています。

この『科学的心理学草稿』によれば情報=知覚はニューロンの興奮を引き起こし、次にその興奮は移動してニューラル・ネットワークの中にそれが通過した痕跡を残し、それが「経路」になり、この「経路」の深さや大きさは各興奮に与えられたエネルギーの量(備給)により決定されることになります。そして、このテクストでフロイトは不条理な夢内容やヒステリー症状が複数の経路の存在によって生まれることをはっきりと述べています。

初期フロイトにおけるこうした生理学かつ機械論的な心のモデルはやがて主体間の言語コミュニケーションに基礎を置いた解釈学的方法としての精神分析の確立により表面的には放棄されてしまいます。しかしその発想はフロイトの仕事の根底に常に潜在していたと同論考はいいます。

すなわち、この文脈において「不気味なもの」との出会いという体験は、人の心の内部を走る諸経路の複数性、情報処理の並行性をその人自身がはっきりと自覚する体験として解釈できます。我々は通常、自分を1人の人間だと考えていますが、それは畢竟、心に宿る情報処理装置が一つだと考えていることを意味しています。しかしながら前述のような「不気味な」体験において人はしばし意識とは無関係に処理された別の情報がやや遅れて意識へと回帰する現象に出会うことになり、その時、我々は心が分散されているという事実に直面し、その分散状態の再認こそが「不気味さ」と呼ばれる特殊な感情を引き起こすことになります。


* 不気味なものとソーシャルメディア空間

以上のようにフロイトは快感原則から逸脱する存在を「不気味なもの」と名付けました。そして東氏によれば、それは心の内部を走る諸経路の複数性、情報処理の並行性から生じるものであるとされます。そして氏は今日における情報社会論の基礎にはこうした「不気味なもの」の感覚を置くべきであると主張しました。

この点「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか」において氏は「分身」と「不気味なもの」を対置し、その対立をさらにウィリアム・ギブスンの小説とフィリップ・K・ディックの小説に重ねるという議論を展開しています。

まず氏はギブスンを「分身」の作家として位置付けます。なぜならば彼のいう「サイバースペース」とは人々が「分身(アバター)」を送り込む仮想空間のことだからです。「サイバースペース」という言葉が広く人口に膾炙するきっかけとなったギブスンの小説『ニューロマンサー』は情報社会の主体はネットワークに触れることで物理的身体と電子的身体に分裂し、後者をサイバースペースに送り込むというイメージの上で語られており、そこでは情報技術の本質は自分の電子的分身を生み出すことにあると考えられています。

これに対してディックの小説で重要な役割を果たすモチーフが「不気味なもの」です。それは例えば『火星のタイムスリップ』であれば時間感覚を変容させる幻覚剤であり『パマー・エルドリッチの三つの聖痕』であれば幻覚剤とジオラマを組み合わせた仮想現実キットであり『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』であればアンドロイドであり『ユービック』であれば死者の脳を活性化する技術です。そしてこのような「不気味なもの」との接触によって登場人物が現実感を失っていく経験をディックは繰り返し描いており、その世界観はしばし「悪夢的」とも形容されます。

以上のようにギブスンが「分身」によって此方(=現実)と彼方(=サイバースペース)とをきっちり区別した世界を描いたのに対して、ディックは「不気味なもの」によって此方と彼方の境界が融解していくような経験を現代社会の本質として捉えているということです。

そして東氏は後に『観光客の哲学』(2017)において「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか?」の議論を更新しており、そこで同論考の主張は20年が経ったいま多く人が体感できる話なのではないかと述べています。例えば現代のSNSのユーザーはしばしば現実に紐づいた実名アカウントである「本アカ」と、現実から切り離された匿名アカウントである「裏アカ」を使い分けていますが、この区別を援用して説明すれば、ギブスンが描いたのはいわば本アカと裏アカがきちんと区別できている世界であるといえます。

しかし実際問題、本アカと裏アカを使い分けているうちに、その当人もその使いわけがだんだんできなくなってくることがしばし生じます。裏アカで吐いた毒はまさに「不気味なもの」として、徐々に本アカのコミュニケーションに歪みを与えていくことになります。我々はいままさにそのような事例をヘイトやフェイクニュースの隆盛という形で日常的に目にしているように思われます。ディックの小説はその「悪夢」を正確に予見しており、それゆえに氏は情報社会論はギブスンのいう「サイバースペース」のうえにではなく、ディックが描いた「悪夢」のうえに設立すべきだといいます。

確かにこのような「悪夢」的な傾向はコロナ・パンデミックを経てますます加速しているといえるでしょう。今日のソーシャルメディア空間におけるアテンション・エコノミーの加速とポピュリズムの台頭は様々な局面における社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こし、いまやSNSは一方でフェイクニュースや陰謀論の温床となり、もう一方では正義の名の下に失敗した他人に安全圏から石を投げつける安価で高性能な投石機と化していると言わざるを得ないでしょう。

そして、こうしたソーシャルメディア空間に広がる病理はまさに「不気味なもの」への過剰なコミットメントによって生じているといえます。今日の情報社会において人はどうあっても「不気味なもの」から逃れられません。ではこうした「不気味なもの」に対処するにはどうすればよいのでしょうか。答えはある意味で極めて単純です。「不気味なもの」を「不気味でないもの」に変えてしまえばいいということです。


* 無意味の諸相と不気味でないもの

この「不気味でないもの」を哲学的な概念として提示する千葉雅也氏は『意味がない無意味』(2018)という論集の冒頭に置いた総論的な論考「意味がない無意味−−自明性の過剰」で「意味」に対する「無意味」を〈意味がある無意味〉と〈意味がない無意味〉から論じています。

まず、ここでいう〈意味がある無意味〉とはある対象(例:トマト)から様々な意味(例:トマトは赤い/夏野菜である/栄養がある/美味しい/たくさん品種がある/庭で栽培している・・・etc)を汲み尽くしてもなお「いわく言いがたさ」が残る「謎のx」としての「無限の多義性としての無意味」のことをいいます。

つまり、あらゆる対象は有限に有意味なものとして現前すると同時に無限の多義性としての〈意味がある無意味〉を持つ「謎のx」なのであり、我々はその周りを「空回り」するようにして意味を生産し続けているということです。同論考は〈意味がある無意味〉とは意味の世界に空いた「穴」のようなものであるといいます。そして、この「最強の重力を持つ中心点」に向かって「意味の雨」が降り続け、その「穴」は決して埋まることはありません。

このような〈意味がある無意味〉の典型例がフランスの精神分析家ジャック・ラカンのいうところの「現実界」です。よく知られるようにラカンは人間の精神活動を「想像界(イメージの次元)」「象徴界(言語の次元)」「現実界(イメージと言語の外部の次元)」という三つの次元から説明していますが、このようなラカン的構図において「想像界」と「象徴界」の外部に位置する「現実界」は「謎のx」として無限に「意味」を産出する「意味の彼岸」としての〈意味のある無意味〉に位置付けられます。

これに対して〈意味がある無意味〉へ向けて降り注ぐ「意味の雨」を堰き止めるような無意味が〈意味がない無意味〉です。同論考は〈意味がない無意味〉とは意味の世界に開いた「穴」に蓋をする「石」のようなものであるといいます。つまり〈意味がある無意味〉とは「もっと何かを言いたくさせるような無意味」であり〈意味がない無意味〉とは「我々を言葉少なにさせ、絶句に至らせる無意味」であるということです。

もっとも同論考は二つの無意味は同じ場所で重なっているかもしれないといいます。すなわち、同じ場所が同時に「穴」であり、かつその「穴」に蓋をする「石」であり、しばし意味を発生する何かが意味を遮断する何かにすり替わり、あるいは意味を遮断する何かが意味を発生する何かにすり替わることになるということです。

そして同論考は〈意味がない無意味〉を「身体」の問題として論じます。つまり〈意味がある無意味〉から〈意味がない無意味〉への転換とは、無限の多義性に溺れる「考えすぎること」から無限に降り注ぐ意味の雨を跳ね返す「行為する身体」への転換であるということです。

例えば千葉氏の最初の著作である『動きすぎてはいけない』(2013)が打ち出した「接続過剰から非意味的切断へ」というテーマはこうした思考から身体への転換に相当し、ここでいう「非意味的切断」の「非意味」が〈意味がない無意味〉に相当します。

なお、ここでの「身体」という言葉は人間や動物の「からだ」のみならず、英語の「body」が意味するところの「物体」や「物質」、あるいは「集団」をも含み、さらには同論考はイメージや絵画における「形態」も、音楽における「メロディー」や「リズム」も「身体 body」として捉えています。そして、こうした意味での「行為する身体」を捉えるために千葉氏が提示する概念が「不気味でないもの das Un-unheimliche」です。


* 不気味なものと不気味でないもの

この点、フロイトのいう「不気味なもの das Unheimliche」はラカンにおいては「不安」の現象として捉えられます。それは「馴染み heimliche」であるはずの事物の状態が、ふとした瞬間に、漠然とした違和感を呈する事態をいいます。すなわち、ラカン的構図における「不気味なもの」とは「現実界」つまり〈意味がある無意味〉が急に意味(想像的かつ象徴的)の地平に迫り出してくる事態であるといえます。

このことを千葉氏は次のように再解釈します。「馴染みのもの」とは有限に有意味な事物のことであり、それは〈意味がある無意味〉の無限の多義性の減算によって生じています。他方「不気味なもの」とは、通常は身体によって抑圧されている〈意味がある無意味〉の無限の多義性がにわかに浮上し、つまり身体性が弱まることによって、意味の有限性が不安定になるという事態であるということです。

このように「馴染みのもの」と「不気味なもの」は互いを前提し合う=相関性を成しています。そこで氏は馴染みのものと不気味なものの相関性の外部に〈意味がない無意味〉に相当する第三項として「不気味ではないもの」を想定します。それは有限化を引き起こす「身体」それ自体の性質です。

フロイトのいう「不気味さ」とは、いわば無限性の迫り出しによる有限性の破れですが、ここでは立場が逆転してます。千葉氏のいう「不気味でなさ」とは有限性の迫り出しによる無限性の破れであるということです。

それはもはや無限性と相関しない「ラディカルな有限性」であり、不安の反対の極端である「馴染み以上」のものであり、通常の「(不安の反対としての)馴染みさ」を「自明性」と呼ぶのであれば、不気味でないものとは「自明性の過剰」であるといえます(この用語法は統合失調症における「自明性の喪失(ブランケンブルク)」という事態が念頭に置かれています)。このような「自明性の過剰」とは「現実性の過剰」であり、それは行為の純粋化に他ならないということです。

そして、このような「ラディカルな有限性」に至るための技法として千葉氏が『勉強の哲学』(2017)で提唱した「ラディカル・ラーニング(深い勉強)」を位置付けることができるでしょう。

この点「勉強」というのは基本的に「馴染みのもの」へ「アイロニー」を入れて「不気味なもの」に変える営為であるといえます。しかし人はしばしこの「不気味なもの」の中に何か「至高なもの」を見出してしまいます。こうした「アイロニーの有限化」を同書は「決断主義」と呼びます。そしてソーシャルメディアの様々な病理の根源にあるのはこうした意味での「決断主義」に他なりません。

そこで同書は「勉強」を「ユーモア」によって多重化し、さらに「享楽的こだわり」による「ユーモアの有限化」により思考の足場を「仮固定」することを勧めます。こうした「アイロニーからユーモアへの折り返し」は、いわば「不気味なもの」から生じる無限の意味を蒸発させ「不気味でないもの」に変える営為であるといえるでしょう。

こうしてみると同書の提唱する「ラディカル・ラーニング」は「不気味なもの」が跋扈する現代情報環境に対する優れた処方箋でもあります。すなわち、情報社会論の基礎に「不気味なもの」の経験があるとすれば、その突破口は「不気味でないもの」によって切り開かれるといえるのではないでしょうか。















posted by かがみ at 22:11 | 精神分析

2025年07月27日

リゾームとアーキテクチャ



* アンチ・オイディプスの衝撃

フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著『アンチ・オイディプス−−資本主義と分裂症』(1972)は1968年にフランスで起きたいわゆる「5月革命」を駆動させた「欲望」の奔流を原理的に考察して1970年代の大陸哲学最大のムーブメントを巻き起こしました。

同書の主旋律を成すのはその極めて激越なまでの精神分析批判です。この点、精神分析を創始したオーストリアの精神科医ジークムント・フロイトは19世紀末、当時謎の奇病とされたヒステリーをはじめとする神経症の治療法を試行錯誤する中で、その原因が幼児期の性生活に由来する性的欲望と性的空想のなかにある事を突き止めて、幼児期の性生活の中核には、異性の親に愛着を持つ一方で同性の親に対する憎悪を抱くという「エディプス・コンプレックス」なる心的葛藤があることを発見しました。

この一見して奇怪なフロイト神話を構造言語学の知見を用いて再解釈したのがフランスの精神分析家ジャック・ラカンです。ラカン理論の最も大きな特徴は人の精神活動を「想像界(イメージ領域)」「象徴界(言語領域)」「現実界(外部)」という三つの位相によって把握する点にあります。そして、ラカンはエディプス・コンプレックスを「象徴界」という「シニフィアンの構造」を統御するシニフィアンである〈父の名〉の導入として捉え、この〈父の名〉が正常に導入されているか否かを基準として、人の心的構造を「神経症」「精神病」「倒錯」のいずれかへと鑑別しました。

これに対してドゥルーズ&ガタリはフロイト=ラカンが提示するエディプス・コンプレックスに規定された「神経症=いわゆる正常」という構図を真正面から批判します。この点、ドゥルーズ&ガタリは「欲望機械」という奇妙な概念を提示します。彼らによれば「欲望」とは自然、生命、身体、あるいは言語、商品、貨幣といった様々な「機械」に宿る非主体的な力の作用であり、これら「欲望機械」は、それぞれ相互に連結して作動する一方、同時にその連結に必然性はなくたちまち断絶し、別のものへと向かい新たな連結を作りだすといいます。こうした矛盾した二面性からなるプロセスを彼らは「結びつきの不在によって結びつく」「現に区別されているかぎりで一緒に作動する」といった両義的な表現で定式化しました。

この「欲望機械」なる概念はガタリが提示した「機械-対象 a 」という概念に由来します。ガタリは「機械と構造」(1969)という論文において「構造」を重視する1950年代のラカンを批判しつつ「構造を超えるもの」として1960年代のラカンが提示した「対象 a 」に注目し「機械-対象 a 」という概念を提示しました。この点、ラカンのいう「対象 a 」とは「構造を越えるもの」として「構造」を安定させる装置であり、そこに「構造」それ自体を変革する契機は存在しません。これに対して、ガタリのいう「機械-対象 a 」は「構造」という名の因果の連関を多様多彩な形へと切断して「構造」に規定された「一般性」に回収不能な個々の「特異性」を切り出す機能を担っています。すなわち「機械-対象 a 」はいわば「構造」を常に脱構築していく装置です。このような「機械-対象 a 」の持つ機能をさらに拡大したものがドゥルーズ&ガタリのいう「欲望機械」です。

こうしたことから、ドゥルーズ&ガタリにとって「欲望」とは本来的に「こうあるべき」という「コード(規則)」に囚われない多様多彩な「脱コード的」な性格を持っているものとして捉えられます。それゆえに彼らは「欲望は本質的に革命的である」という基本的テーゼを打ち出すことになります。


* ツリーからリゾームへ

こうした本来的に脱コード的ないし革命的な欲望に対して、これを規制して秩序化する社会様式をドゥルーズ&ガタリは「原始共同体」「専制君主国家」「近代資本主義」という三段階に区分しました。そして、これらの社会様式を欲望の側から見た場合、それぞれの特質は「コード化」「超コード化」「脱コード化」にあるといいます。

すなわち、近代資本主義というシステムは外部の多様多彩な脱コード的な欲望によって駆動しつつも、これらの欲望を「代理-表象」として整流して内部に還流させることでシステムを安定させようとする「公理系(パラノイア)」として作動していることになります。こうした意味において、幼児の多様多彩な欲望を「父ー母ー子」のオイディプス三角形へと整流する精神分析とは、システムの安全装置以外の何物でもなく、それゆえに彼らはラディカルな批判を浴びせます。

そしてドゥルーズ&ガタリはシステムを内破するモデルを「分裂症(スキゾフレニア)」に求めました。資本主義システムが排除する分裂症はまさにシステムの外部をなしています。すなわち、この世界を分裂症の側からみるということは欲望における本来的な外部性を奪還するということに他なりません。こうしたことからドゥルーズ&ガタリは精神分析のオルタナティブとして、いわば「神経症の精神病化」を目論む「分裂分析」を提唱します。

このように『アンチ・オイディプス』においてドゥルーズ&ガタリが目指したのはいわば千の欲望の表出であり、これはやがて同書の続編として公刊された『千のプラトー』(1980)において打ち出された「ツリーからリゾームへ」というテーゼへと昇華されることになります。

ここでいう「ツリー(樹木)」とは1本の幹を中心に根や枝葉が広がり階層化されており、我々が一般的に「秩序」と呼ぶものの特性を備えています。これに対して「リゾーム(根茎)」とは全体を統合する特権的な中心も階層もなく、ただ限りなく連結して、飛躍し、逸脱し、横断する要素の連鎖からなります。こうした「リゾーム」という言葉によってドゥルーズ&ガタリは旧来の家父長的規範性からの逃走と偶然的接続による多様な生のなかに、単なるカオスではない別の秩序の多様な可能性を見出していくのでした。


*『構造と力』とニュー・アカデミズム

オイディプスの首を切り飛ばし、千の欲望を表出せよ!こうしたドゥルーズ&ガタリの激越なメッセージは1970年代という革命の夢が潰えた時代においてはある種の解毒剤の役割を果たし、フランス内外で熱狂的な反響を呼び起こしました。そして日本でも1980年代以降における国内批評シーンにおいて彼らは少なからぬ影響力を行使しています。

日本経済が空前のバブル景気へ向かいつつあった1983年9月、勁草書房という人文系出版社から一冊の本が出版されました。タイトルは『構造と力』。著者は浅田彰。当時、京都大学人文科学研究所助手のポストにあった弱冠26歳の青年が著したこの本はフランス現代思想を題材にした難解な思想書にもかかわらず15万部を超えるベストセラーとなり、世の中に「ニュー・アカデミズム」と呼ばれる空前の現代思想ブームを巻き起こします。

同書は「序に代えて《知への漸進的横滑り》を開始するための準備運動の試み−−千の否のあと大学の可能性を問う」において、いま大学という場で真に学ぶべき知とは何かという問いにつき、重要なのは「感性によるスタイルの選択」であり「言ってしまえばシラケつつノリ、ノリつつシラケること、これである」と主張します。こうした観点から同書の第T部においては構造主義とポスト・構造主義のパースペクティヴが素描され、第U部においては構造主義のリミットとしてラカンが位置づけられ、その後いよいよポスト・構造主義の大本命としてドゥルーズ&ガタリが登場します。

この点、同書はドゥルーズ&ガタリの「コード化」「超コード化」「脱コード化」という三段階説に依拠した上で、脱コード化を極限まで推し進め「内部」から「外部」に出よと力説します。もっとも、ドゥルーズ&ガタリがいうところの「オイディプス的三角形」をはじめとする近代資本社会に実装された様々な「整流器」は「脱コード化」を促す過剰の奔出をなし崩し的に解消して、同書が「クラインの壺」と呼ぶ無限循環回路へと還流させていくことになります。腰を落ち着けたが最後「外部」は新たな「内部」になります。こうした「クラインの壺」の中でなお「外部」へ突き抜けようとするのであれば、重要なのは「常に外へ出続ける」というプロセスに他ならないということです。


* パラノ・ドライヴとスキゾ・キッズ

こうして同書終盤で示された「パラノイアックな競争/スキゾフレニックな逃走」というコントラストは浅田氏の次著「逃走論(1984)」においてポストモダン社会における「若者の生き方論」へと接続されることになります。

同書は「過去のすべてを統合化=積分して背負いこみ、それにしがみついている」ことを偏執型(パラノイア)に準えて「パラノ型」と呼び、これに対して「そのつど時点ゼロにおいて微分=差異化している」ことを分裂症(スキゾフレニー)に準えて「スキゾ型」と呼びます。

そして「パラノ人間」が「《追いつけ追いこせ》競争の熱心なランナー」であり、これに対して「スキゾ人間」は「《追いつけ追いこせ》競争に追い込まれたとしても、すぐにキョロキョロあたりを見回してとんでもない方向に走り去ってしまう」のであり「《追いつけ追いこせ》のパラノ・ドライブによって動いている近代社会は、そうしたスキゾ・キッズを強引にパラノ化して競争過程に引きずり込むことを存立条件としており、エディプス的家族をはじめとする装置は、そのための整流器のようなものである」といいます。

こうして浅田氏は今こそ「パラノ・ドライブ」の外に出て「スキゾ・キッズ」の本領を発揮し、メディア・スペースで遊び戯れる時が来たと力説します。つまり既存の秩序である「ツリー」から逃走し、自在に「リゾーム」を作り出す「スキゾ・キッズ」への生成変化こそがポストモダン社会における若者の生き方であるということです。

こうした考え方は消費化情報化社会が爛熟し、バブル景気へと突入しつつあった1980年代中盤の日本社会の気分と見事に同調することになりました。「パラノ/スキゾ」という言葉は1984年の第1回流行語大賞新語部門で銅賞を受賞し、浅田氏は自らその「逃走」を実践するかのようにマスメディアの寵児となっていくのでした。


* 管理社会の拡大

ではオイディプスなる近代の亡霊が退場したのであれば、後はリゾームが自在に広がっていく自由で開放的な社会が実現されるのでしょうか。もちろん事態はそう単純ではありません。この点、ドゥルーズは1990年に公刊した『記号と事件』に収録されたテクスト「追伸−−管理社会について」においてオイディプスが失墜した後に到来するであろう未来図を「より悪いもの」が出現したある種のディストピアとして描き出しました。

同テクストでドゥルーズはミシェル・フーコーの権力論を参照し、現代はフーコーのいう規律訓練型権力が中心的に作動する「規律社会」にとって変わり管理型権力が中心的に作動する「管理社会」に変わりつつあると主張します。

同テクストが前提とするフーコーの権力論とは次のようなものです。フーコーは1975年に公刊した『監獄の誕生』において近代社会の権力は、もはや国家から市民に対して一方的に働くものではなく、市民ひとりひとりの価値観を変え、国家的な目的に自発的に従っていくような行動様式を作り上げる複雑な装置として機能していると主張しました。すなわち、権力には人々に特定の行動を選ばせる「強制的」な側面だけではなく、その行動様式を選ぶように価値観を変えていく「構成的」な側面があるということです。

そしてフーコーは、このような権力は「規律訓練」の場を通じて作動すると論じました。彼がその典型としてあげるのがイギリスの社会思想家ジェレミー・ベンサムが18世紀末に考案した「一望監視施設(パノプティコン)」です。この施設では中心にある塔の周囲に牢獄が円環状に配置されており、この牢獄は独房に区切られ、それぞれの独房は塔に向かって窓が開かれています。塔からは独房が監視できますが光量と角度の関係で独房からは塔の内部は見えません。

つまり、この「一望監視施設(パノプティコン)」において囚人はつねに監視される可能性に曝されていますが、現実に監視されているかどうかは分からず、つねに架空の視線に怯えて暮らさねばなりません。結果として彼らは監視の視線を徐々に内面化させていくことになり、自分で自分を監視するようになります。フーコーによれば、この「視線の内面化」こそが規律訓練型権力の雛型をなしています。監視される対象のなかに監視の視線が内面化されたとき、そのときこそ監視はもっとも効率よく機能することになります。

例えばジョージ・オーウェルが1949年に公刊した『1984年』は、こうした権力と視線の関係をそのまま小説化したような作品です。そこで描かれる未来社会では、公共空間と私室とを問わず、あらゆる場所に「テレスクリーン」と呼ばれる監視カメラ兼スクリーンが設置されています。街のそこかしこには「ビッグ・ブラザーはあなたを見ている」という標語が貼られ、人々はつねに監視に怯えていますが、肝心のビッグ・ブラザーは実在しません。

そして、この世界ではビッグ・ブラザーに服従するだけでは十分ではなく、彼を内面から愛さなければなりません。このように同作ではフーコーが『監獄の誕生』を公刊した四半世紀以上前に一望監視施設の構造と規律訓練の本質が明確に描かれています。


* パノプティコンからコンピュータへ

こうしたことからフーコーは現代社会においても多くの制度が一望監視施設の応用で作られていると考えていました。これに対してドゥルーズは同テクストにおいて規律訓練という権力形式は二十世紀の初めに頂点に達して現在はすでに衰退しており、かわりに台頭しつつあるのは情報処理とコンピュータ・ネットワークに支えられた「管理型」と呼ぶべき新しい形式であると主張します。彼によれば規律訓練型権力は人々に規範を植え付けるため学校や工場のような監禁環境を必要としましたが、管理型権力はそのような場を必要とせず、個人の行動を数字に置き換えて直接に制御するとされます。

たとえばドゥルーズが例に挙げたのは、位置情報と個人認証を結びつけた緩やかな監視システムの可能性です。そこでは、決められた障壁を解除する電子カードを所持することで、各人が自分のマンションや地域に自由に出入りすることができます。しかし特定の日や時間帯には同じカードが拒絶されることもあります。このような秩序維持の方法は門番や警備員が巡回しているわけではなく、かつ住人のいかなる自己監視(視線の内面化)も必要としないという点で強制型とも規律訓練型とも異なるものです。

そして、このようにドゥルーズが管理社会を語る時に念頭にあるのが資本主義の変化です。つまり規律社会から管理社会への移行とは「生産を目指す資本主義」から「販売や市場を目指す資本主義」への変化、つまり消費社会や情報社会への変化に対応しています。そして、こうした管理社会では個々人の個人情報は情報収集のためのデータとして、例えば乗客のデータとして、小売店のデータとして、飲食店のデータとして、金融機関のデータとしてさまざまな断片に分割されていきます。したがって管理社会において個人情報は断片的なデータとしてユビキタスに管理され、しかも管理は終わることなく続いていくことになります。

まだインターネットがほとんど一般的ではなかった当時においてドゥルーズは現代社会の未来図をほとんど的確に予言しているといえるでしょう。現代社会において個々人の行動は至るところで捕捉され、記録保存されていき、しかもその情報は相互に流通し合い、蓄積されていくことになります。このようなシステムから現代人はどこまでも逃れることができません。

しかしながらその一方でドゥルーズはこうした管理社会を憂いつつも、その対応策を何ら提示することなくテクストを閉じています。オイディプスについてはあれだけ饒舌に語り倒すことができたドゥルーズが管理社会についてはほとんど沈黙を強いられたというこの事実は、管理社会がもたらす問題の複雑さと深刻さを何よりも雄弁に物語っているといえるでしょう。


* リゾームとアーキテクチャ

このドゥルーズの管理社会論は多くの研究者の関心を惹きつけ、その後も様々な議論が提示されることになります。ここでは東浩紀氏が2002年から2003年にかけて中央公論で連載した「情報自由論」をみてみましょう。周知のように氏はゼロ年代の批評シーンを切り開いた『動物化するポストモダン』(2001)の著者として知られており、氏によれば同論考は「2000年代はじめの僕は、第1章でポストモダンの理論的な問題を扱い、第2章でその情報社会における展開を扱い、第3章でそのサブカルチャーにおける展開を扱う大部の著作を夢見ていたことがありました。『動物化するポストモダン』はその第3章が、「情報自由論」は第2章が変形したものです。したがって、この論考は、『動物化するポストモダン』と双子の関係にあると言えます」ということです。

現代情報社会における「自由」を問い直すことを主題とする同論考はアメリカの憲法学者ローレンス・レッシグの著書『CODE』(1999)に依拠し、人間の行動を制限するには「法」「社会的規範」「市場」「アーキテクチャ」の4つの方法があり、この4つ目の「アーキテクチャ」を「環境」と意訳して、ドゥルーズのいう管理社会における権力の作動様式を「環境管理」と呼びます。

このような「環境管理型社会」は当然、両義的な意味を持っています。規律訓練型社会は社会をまとめ上げる「大きな物語」によるイデオロギーの統一を必要としますが、環境管理型社会はそのようなイデオロギーの統一を必要としません。換言すれば後者の社会では特定のイデオロギーと秩序維持の目的が切り離されているということです。

したがって、「大きな物語」が機能不全に陥るポストモダン状況が加速する現代社会は厄介な二面性を帯びることになります。それは一方では一つの「大きな物語」の強制を放棄し、多様な価値観を歓迎する寛容な社会であると言えます(多文化主義)。ところが他方ではそのような多様性を担保するため絶えず個人認証と相互監視を必要とする強力な管理社会でもあります(セキュリティ化=排除社会)。このどちらかに注目するかでポストモダンの捉え方は全く変わってしまうと同論考は述べます。

こうした観点からいえば、かつてニューアカデミズムが言祝いだ「リゾーム」とはポストモダン社会の多様性のみに注目した一面的な見方だったということになります。つまりドゥルーズ&ガタリのいう「脱コード化」された社会としての「リゾーム」は、ある意味で実現されたかもしれませんが、そこにはカオスと紙一重であるリゾームの多様性を円滑に問題なく維持するためレッシグのいう「アーキテクチャ」が必要になってくるということです。


* 現代情報環境における自由の在り処

では、こうしたアーキテクチャがもたらす「自由」とは本当の自由なのでしょうか。この点、同論考はレッシグと大澤真幸氏の議論を参照し、ポストモダンにおいては選択肢の多様性としての「消極的自由」が拡大する一方で、個人の価値基準を規定する「大きな物語」が機能不全に陥った結果、選択肢を選ぶ動機としての「積極的自由」もまた機能不全に陥っているとした上で、こうした「積極的自由」を情報技術によって補完するものとしてユーザーに最適化された選択肢を絞り込むフィルタリングシステムの普及を位置付けています。

2002年時点におけるこの指摘が極めて的を得ていた事は日常のあらゆるところでフィルターバブルが前面化した2020年代におけるプラットフォームの現実を見れば明らかでしょう。我々は自由に選択しているように見えて実は知らず知らずにアーキテクチャによって選択させられているということです。

そして、このようなアーキテクチャに管理された「自由」とはユーザーの個人情報の蓄積によって実現されるものであり、いわば「匿名性」を放棄した「顕名性」によって得られるものです。こうした観点から同論考はハンナ・アーレントが『人間の条件』で提示した「活動」「制作」「労働=消費」という枠組みを再解釈します。

情報技術の発達はこのアーレントの提示した三領域の全てを拡張します。それは一方で新たな公共空間を開くこともあれば(活動)、新たな協働のモデルを用意することもあるでしょう(製作)。しかしそれは他方でセキュリティとマーケティングの精緻化を介して秩序維持の媒体にもなり得ます(労働=消費)。

この点、アーレントはコミュニケーション(活動)の場を「顕名性」の領域として捉え、日常生活(労働=消費)の場を「匿名性」の領域として捉えていました。しかし同論考は人々がアーキテクチャに無自覚に個人情報を差し出している現代においては、前者を「能動的な顕名性」の領域として捉え、後者を「受動的な顕名性」の領域として捉え直す必要があるといいます。すなわち、現代の情報環境において人はもはやユビキタスな顕名社会から逃れることはできないということです。

このように同論考は『動物化するポストモダン』で提示したシミュラークルの層とデータベースの層からなるポストモダンの二層構造の裏側に、リゾームの層とアーキテクチャの層、イデオロギーの層とセキュリティの層、多様性の層と情報管理の層、寛容の原理が支配する層と排除の原理が支配する層という二層構造があることを明らかにしていきます。

そしてそれは活動の層と労働=消費の層、能動的な顕名性の層と受動的な顕名性の層、人格が問われる層とユビキタス技術で常時監視される層であるともいえます。こうしたことからポストモダンの二層構造とは「人間が人間でいられる層」と「人間が動物として管理される層」の二層構造であり、ポストモダン状況の加速とは前者の層の拡大というよりも、むしろ後者の層のますますの肥大化であるといえるでしょう。






















posted by かがみ at 22:30 | 精神分析

2025年06月25日

情報社会と不気味なもの



* ポストモダンにおける主体性

しばし現代は「ポストモダン」の時代と呼ばれることがあります。ここでいう「ポストモダン」とは端的にいえば近代社会をまとめ上げていた「大きな物語」が機能不全に陥り、その結果として個々人が任意に選択した「小さな物語」が相互無関係的に乱立する状態を指しています。この点、東浩紀氏はそのデビュー作である『存在論的、郵便的』(1998)の公刊後に発表した一連のテクストで現代におけるポストモダン状況を次のように論じています。

まず東氏は「棲み分ける批評」において「アカデミックな批評」と「ジャーナリスティックな批評」の「棲み分け」を例に1990年代以降の日本社会では「徹底化されたポストモダン」が進行しつつあるといいます。続いて「ポストモダン再考−−棲み分ける批評U」において「ポストモダニズム」と「ポストモダン」を区別し「近代」の解体や超克を語る一種の「時代精神」としての前者は今やその役割を終えているが、その一方で社会状態の変化としての後者とはいまもますます過激に進んでおり、今後も衰える兆しは全くないと述べます。

そして氏は「郵便的不安たち−−『存在論的、郵便的』からより遠くへ」においてポストモダンにおける「大きな物語」の機能不全をラカン派精神分析における「象徴界(主体が面する情報に「意味」を与える社会的な言語システム)」の機能不全と重ね合わせています。

ではこのような「ポストモダン」と呼ばれる時代状況において人間のあり方は、精神分析でいうところの「主体」はどのように変容を被るのでしょうか。このような問いに対して東氏は上記のテクストと同時期に執筆された「サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか」(1997〜2000)という論考でひとまずの解答を与えています。


* 地球村からサイバースペースへ

同論考のいう「サイバースペース」とはコンピュータをつなぐネットワークを一つの「空間(スペース)」として捉える隠喩的な表現です。このようなネットワークの空間的理解は1962年に公刊されたマーシャル・マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』に遡ります。メディア論の起源とされる同書は電子メディアの発展の延長線上に「地球村(グローバル・ヴィレッジ)」なるものの出現を予見していますが、その議論はきわめて両義的な意味を帯びています。

一方で同書は「地球村」を電子メディアの発展による世界の縮小化として捉えつつ、他方で同書は「地球村」を電子メディアによって生み出される新たな「精神圏」としても捉えています。このように同書の特徴はメディアを移動速度や通信速度といった「速度的=距離的」なもののみならず「空間的」な隠喩から捉えている点にあります。つまり同書のいう「地球村」とは現実空間とメディア空間とで同時に構想されているということです。

そして、このようなメディアの空間的理解は1980年代以降「サイバースペース」という語の流通によりますます強化されることになります。この言葉が広く知られるようになったきっかけはウィリアム・ギブスンが1984年に出版した小説『ニューロマンサー』だと言われています。ギブスンはこの小説でネットワークへのアクセスを「没入(ジャック・イン)」という言葉で形容し、そのことによって登場人物の意識が物理的身体から電子的身体へ切り替わるかのように描写しました。

つまり彼は近未来の情報ネットワークを目の前の物理的な現実とは異なるかたちで自立して存在する電子的な並行世界であるかのように描いたわけです。その並行世界が「サイバースペース」と呼ばれています。これは今でこそ古臭く響く言葉ですが、一時はかなり広く普及しており、日本語では「電脳空間」とも訳されていました。今でいえば「VR(仮想現実)」の概念が近いでしょう。

ともあれこの「サイバースペース」という言葉は多くの読者を惹きつけ、多くの小説や映画が似たイメージを採用しています。『ニューロマンサー』が開いたその潮流は文化史では「サイバーパンク」と呼ばれ、例えば日本では士郎正宗氏の漫画を押井守氏が映画化した『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)が有名でしょう。


* 情報社会と不気味なもの

もちろんコンピュータの情報ネットワークは現実には異世界を作り出すわけではありません。にもかかわらず「サイバースペース」なる隠喩は1998年代半ば以降の情報社会論に決定的な影響を与えました。こうしたなかで東氏は同論文で情報技術の本質は「サイバースペース」のような単純な隠喩では捕まえられるようなものではないと主張します。そこで要請されるのが「不気味なもの」という概念です。

ここでいう「不気味なもの」とは精神分析を創始したジークムント・フロイトが提唱した概念です。フロイトは1919年に書いた「不気味なもの」と題する有名な論文で、不気味さの本質は親しく熟知しているはずのものが突然に疎遠な対象に変わるその逆転のメカニズムにあると述べています。

例えばひとつしかないはずのものがたくさんに増殖したり、一度しか起こらないはずのことがなんども続けて起こったりすると、不気味さのメカニズムが発動することになります。そしてそのメカニズムは後期フロイトにおける重要な概念である「死の欲動」や「反復強迫」といった問題にも深い関係にあるとされます。

この点、東氏は同論考において情報社会論の基礎にこの「不気味なもの」の感覚をおくべきだと主張しました。つまり情報技術に接触すると人は「新世界」に行くというよりもむしろ「幽霊」に取り憑かれるのだということです。


* 分身から不気味なものへ

そして同論考で氏は「分身」と「不気味なもの」を対置し、その対立をさらにギブスンの小説とフィリップ・K・ディックの小説に重ねるという議論を展開しています。

まず氏はギブスンを「分身」の作家として位置付けます。なぜならば彼のいう「サイバースペース」とは人々が「分身(アバター)」を送り込む仮想空間のことだからです。『ニューロマンサー』の物語は情報社会の主体はネットワークに触れることで物理的身体と電子的身体に分裂し、後者をサイバースペースに送り込むというイメージの上で語られており、そこでは情報技術の本質は自分の電子的分身を生み出すことにあると考えられています(このような主体を分裂させる想像力はおそらくは同時期に流行した多重人格の現象と深い関連を持っていると氏はいいます)。

ではディックはネットワークとの接触による主体の変容をどのように描写したのでしょうか。この点、ディックは必ずしもコンピュータやインターネットを主題にした作家ではありません。そもそも1982年に亡くなった彼はパーソナルコンピュータの本格的な普及を見ていません。にもかかわらず彼の小説は来るべき情報社会の特徴を捉えた文学として高く評価されています。

このようなディックの小説で重要な役割を果たすモチーフが「不気味なもの」です。それは例えば『火星のタイムスリップ』であれば時間感覚を変容させる幻覚剤であり『パマー・エルドリッチの三つの聖痕』であれば幻覚剤とジオラマを組み合わせた仮想現実キットであり『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』であればアンドロイドであり『ユービック』であれば死者の脳を活性化する技術です。そしてこのような「不気味なもの」との接触によって登場人物は本物か偽物かわからないなにか、人間か非人間かわからないなにか、生物か無生物かわからないなにかに取り囲まれることになります。

このような構図を現代思想の言葉で表現すれば彼らは「シミュラークル」に取り囲まれているといえます。ディックはこうした「不気味なもの=シミュラークル」の出現のため、登場人物が現実感を失っていく経験をディックは繰り返し描いており、その世界観はしばし「悪夢的」とも形容されます。

以上のようにギブスンが「分身」によって此方(=現実)と彼方(=サイバースペース)とをきっちり区別した世界を描いたのに対して、ディックは「不気味なもの」によって此方と彼方の境界が融解していくような経験を現代社会の本質として捉えているということです。

そして東氏はディックの最晩年における作品『ヴァリス』の読解を通じて「分身から不気味なものへ」というテーゼを抽出し、こうしたディックが提示した世界観こそが本当の意味で新しい情報社会論の基礎になるはずだと述べています。


* 想像的同一化と象徴的同一化

ではこのような「不気味なもの」に囲まれた主体とは従来の主体と一体何がどう違うのでしょうか。この点、フランスの精神分析家ジャック・ラカンによれば人間の主体は「想像的同一化」と「象徴的同一化」という二つのメカニズムの組み合わせで構成されることになっています。

まず「想像的同一化」とは目で見ることができるイメージへの同一化を意味しています。もともとこれは幼児が鏡に映る像を自分と認識する働き(鏡像段階)を意味する言葉ですが、ラカンの理論ではより広い文脈でも使われます。

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(『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか』より引用)

この図においては主体からスクリーンの特定の箇所(イメージ)に矢印が向かっています。この矢印が想像的同一化の作用を表しています。ここでいうスクリーンとは主体から見た世界のことです。子どもは誰でも成長の過程で世界の誰かに同一化します。具体的には両親や教師や先輩といった人物です。このような想像的同一化の対象と自分を重ね、その立ち居振る舞いを模倣することで子どもは成長します。

これに対して「象徴的同一化」とは目で見ることができないシンボルへの同一化を意味しています。

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(『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか』より引用)

この図は先の図を拡張したものです。この図でも主体はスクリーン=世界を眺めていますが、今度はその背後にスクリーン=世界を成り立たせている秩序が書き込まれている点が異なっています。このようなスクリーン=世界を成り立たせている秩序をラカンの理論では「大文字の他者」と呼ばれます。

そしてこの図では主体からは想像的同一化の矢印の他にもう一つの矢印が描かれています。このもう一つの矢印はスクリーン=世界を飛び越えて「大文字の他者」から主体へと向かう「視線」に宛てられています。この矢印が「象徴的同一化」の作用を表しています。つまり「象徴的同一化」とはスクリーン=世界を成立させるメカニズムそれそのものへの同一化であるということです。

換言すれば人間は「見えるもの(イメージ)」に同一化するだけではなく「見えないもの(シンボル)」に同一化するという二重の同一化によってはじめて主体になるということです。この点、ラカンはこの「見えるもの(イメージ)」を「想像界」と呼び「見えないもの(シンボル)」を「象徴界」と呼んでいます。そしてこの「象徴界」を統御するものが「大文字の他者」であるということです。


* インターフェース的主体とエクリチュール

このようなラカンのいう主体はしばし映画の観客に準えられます。すなわち「想像的同一化」とはいわば観客がスクリーン上に映る俳優に同一化している状態をいい「象徴的同一化」とは観客がその俳優たちをまなざすカメラ、すなわち映画監督の視線に同一化している状態をいいます。そして後者へ同一化することが「成熟した(=主体的な)」映画鑑賞であるとされます。

これに対して東氏はポストモダンの主体をパーソナルコンピュータのGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を操作するユーザーに準えて「インターフェース的主体」と呼びます。ではそのような「インターフェース的主体」がいかにしてラカンのいう想像的同一化と象徴的同一化の二重性を確保するのでしょうか。このような問いに対する東氏の解答が次の図です。

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(『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか』より引用)

この図ではもはやスクリーン=世界の背後の構造は描かれていません。それはポストモダンの時代において主体はもはや社会を支える象徴秩序(象徴界=大きな物語)にアクセスすることができず、したがってそこには同一化の欲望を向けることもできないことを意味しています。

ではこのような状況でいかにして主体は想像的同一化と象徴的同一化の二重性を確保するのでしょうか。ここで氏が提示したのが「宛先の二重化」という観点です。この図では一つのスクリーンのうえに想像的同一化の対象(イメージ)と象徴的同一化の対象(シンボル)が等価に並ぶ様子が描かれています。

このようにポストモダンの世界ではスクリーン=世界の上にイメージとシンボル、見えるものと見えないもの、現象とそれを生み出す原理が同時に並び立つことになります。そしてインターフェース的主体はこの二つに同時に同一化することによって構成されることになります。

換言するとインターフェース的主体はスクリーン=世界を「エクリチュール」の集積として捉えているともいえます。この点、東氏が『存在論的、郵便的』で論じたポスト構造主義を代表する思想家ジャック・デリダによれば「エクリチュール」とは、ときに「絵(イメージ)」として見られ、ときに「言語(シンボル)」として聞かれる「目と耳のあいだ」の経験であるとされます。

こうした意味での「エクリチュール」の集積に直面するインターフェイス的主体こそが「大きな物語」を喪い「不気味なもの=シミュラークル」に曝されるポストモダンの主体に他ならないということです。


* 不気味なものとしてのキャラクター

なお付言すれば、このような同論考が提示したインターフェース的主体はゼロ年代において東氏が展開したサブカルチャー論を理論的に準備したといえるでしょう。

まず氏は『動物化するポストモダン』(2001)においては「シミュラークルの全面化」からオタク系文化における漫画やアニメのキャラクターの「データベース消費」を論じ、その続編である『ゲーム的リアリズムの誕生』(2007)においては当時文芸市場を席巻していたライトノベルをキャラクターのデータベースを人工環境として記述される「キャラクター小説」と位置付け、キャラクターの持つメタ物語性から「ゲーム的リアリズム」を提示します。

この点、ポストモダンにおけるインターフェース的主体たるオタクはあるキャラクターが一方でただのイラストであることを理解しているにもかかわらず、他方でそのキャラクターがあたかも実在しているかのような強い感情をしばし向けることがありますが、このような両義性はキャラクターを一方でイメージ(イラスト)として、他方でシンボル(人間を表す記号)として二重に処理するメカニズムから生じています。すなわち、キャラクターをめぐる「データベース消費」や「ゲーム的リアリズム」といった経験は精神分析的見地からいえば畢竟「不気味なもの」の経験に他ならないということです。






























posted by かがみ at 22:07 | 精神分析

2025年05月26日

郵便化するポストモダン




* デリダはなぜかくも奇妙なテクストを書いたのか

「脱構築」で知られるポスト構造主義を代表するフランスの哲学者ジャック・デリダは当初は現象学の研究者として出発し、1960代にはマルティン・ハイデガーの哲学を継承しつつ構造主義、精神分析、文学などを横断する議論を展開する新進気鋭の思想家として知られるようになります。

ところが1970年代から1980年代中盤のデリダはイェール大学を中心としたフランス国外での「脱構築」の受容になかば応じつつ同時にそれを裏切るかのように、伝統的な哲学のフォーマットにはもはや収まらない奇妙なテクスト実践を展開するようになります。

このようなデリダの奇妙なテクスト実践に光を当て「デリダはなぜかくも奇妙なテクストを書いたのか」という問いを真正面からテーマとした独創的なデリダ論が東浩紀氏のデビュー作となる『存在論的、郵便的』(1998)です。

同書において東氏はデリダの「脱構築」を二つのモデルに分類しています。まず一つめの脱構築のモデルはある表象システム全体の中に存在する表象不可能な「穴=ゲーテル的亀裂」を発見することでシステム全体を解体してしまう「ゲーテル的脱構築=否定神学的/存在論的脱構築」です。そして二つめの脱構築のモデルはその都度のコミュニケーションの経路の不完全性、あるいは送受信の失敗や取り違えに着目する「デリダ的脱構築=精神分析的/郵便的脱構築」です。

前者はあるシステムにおける決定不可能性に依拠することで、その決定不可能性そのものを神秘化してしまいます。これに対して、後者はあるネットワークにおける誤配可能性に注目することで、その誤配可能性から生じる訂正可能性を開いていくものであるといえます。

このように同書は1970年代にデリダが行っていた奇妙なテクスト実践を手がかりに「脱構築」の再解釈を試みた著作ですが、同書は同時に1990年代の日本社会で生じつつあった「ポストモダン」の進行という時代的状況を反映した著作であるともいえます。

ここでいう「ポストモダン」とは端的にいえば社会をまとめ上げる「大きな物語」が機能不全に陥り、その結果として個々人が任意に選択した「小さな物語」が相互無関係的に乱立する状態を指しています。この点、東氏は『存在論的、郵便的』と「ポストモダン」の関係を『郵便的不安たちβ』(2011)の冒頭に置いた「状況論」と題される3つのテクストで次のように論じています。


* 徹底化されたポストモダン

まず東氏は「棲み分ける批評」において「『批評』という言葉は今や形骸化している」といい、その「形骸化」の理由をアカデミックな批評とジャーナリスティックな批評の「棲み分け」に求めています。すなわち一方で主に大学の文学研究者によって担われるアカデミックな批評は確かに高い知的緊張に支えられていますが、今や社会的効果を失っており、他方で職業的な文芸批評家によって担われるジャーナリスティックは批評は社会的効果への強い自覚に支えられていますが、批評文そのものの知的緊張を半ば意図的に欠いているということです。

もっとも同論考によればここで重要なのは「この両者が単純に対立するのではなく、むしろ相補的な役割を担って共存している奇妙な状況」であり、このような両者の「棲み分け」こそが「知的緊張と社会的緊張を同時に担う批評が現れることを妨げる、あるいはそのような批評が書かれない状況を追認する構造にほかならない」として、このような条件が「『批評』の機能から遠く離れていることは明らかである」と述べます。そして、このような「棲み分け」が強力に機能してる理由を氏は1990年代以降の日本社会で進行しつつある「徹底化されたポストモダン」に求めています。

このような「徹底化されたポストモダン」においては、社会全体をひとつにまとめ上げる「大きな物語」という意味づけのネットワークが機能不全に陥った結果、ある言説(メッセージ)の「意味」は社会的に共有されることなく、あらゆる言説(メッセージ)は発信された瞬間に無意味な情報として流通し、その「意味」は受け手が勝手に解釈し、想像的に埋めることになると同書はいいます。だからこそ批評文の「意味」に固執するアカデミックは批評は流通可能性を捨てざるを得ず、流通可能性を重視するジャーナリスティックな批評は「意味」を無視せざるを得ず、かくして両者の「棲み分け」が強力に機能することになります。


* ポストモダンとポストモダニズム

続いて氏は「ポストモダン再考−−棲み分ける批評U」において「ポストモダン」と「ポストモダニズム」という区別を提案します。まず同論考のいう「ポストモダン」とは1970年代から先進国で始まった社会的・文化的・認識論的な変化の総称を指しています。これに対して「ポストモダニズム」とは1970年代から1980年代にかけてアメリカを中心に幅広い地域と領域で猛威を振るった「近代」の解体や超克を語る一種の「時代精神」です。

この区分からいうと社会状態の変化としての「ポストモダン」とは1990年代に入り世界的にも日本的にもますます過激に進んでおり、今後も衰える兆しは全くありません。これが「棲み分ける批評」でいうところの「徹底化されたポストモダン」です。その一方で「時代精神」としての「ポストモダニズム」は1990年代に入りその存在感を低下させ、今やその役割を終えているといえるでしょう。

この点、1990年代においてはこの両者を混同し「ポストモダンはすでに終わった」という言説が広く流布していました。しかしそれは実際のところ「ポストモダン」という時代の始まりを告げる「ポストモダニズム」と呼ばれる「時代精神」が終わったという意味でしかありません。換言すれば「ポストモダニズム」は「ポストモダン」がますます進んだからこそ終わりを迎えたということです。

なお日本における「ポストモダニズム」の流行はプラザ合意に始まりバブル崩壊に終わる断続的な好況期とほぼ重なっています。この時期の日本は膨れ上がる海外資産と右肩上がりの株価、強い円、低い失業率と高い生産性などの経済的な条件を反映して、多幸症的な「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の幻想に陥っていました。1980年代に一世を風靡した「ニュー・アカデミズム」に代表される日本型ポストモダニズムはまさにこのようなナルシシズムを理論的に肯定する言説として現れました。

つまり当時の日本では「ポストモダン的であること」と「日本的であること」がぴったりと一致してたということです。このようなポストモダニズムとナルシシズムの奇妙な融合が英米系のポストモダニズムと異なる日本型ポストモダニズムの特徴であったいえるでしょう。


* 郵便的不安から郵便的享楽へ

そして氏は「郵便的不安たち−−『存在論的、郵便的』からより遠くへ」において『存在論的、郵便的』はどのような社会の現実に対応していたのかという点について次のように論じています。

同論考は1990年代の日本社会においては社会をひとつにまとめ上げる「大きな物語」がいよいよ機能不全に陥り、様々な「小さな物語」が乱立する「(徹底化された)ポストモダン」と呼ばれる現象が急速に進行しているという現状認識から、こうした状況においていまや人々はいつも他者とのコミュニケーションが思わぬ誤配を引き起こしてしまう「郵便的不安」に取り憑かれているといいます。

そして、こうした時代状況において氏が『存在論的、郵便的』を書きつつ考えていたのはそのような「郵便的不安」から逃げるのではなく、それを反転させ、いわば「郵便的享楽」に変えるようなテクストを書けないかということであったということです。

ところでこのような「大きな物語」の機能不全はラカン派精神分析の用語では「象徴界」の機能不全に相当すると同論考はいいます。ここでいう「象徴界」とは主体が面する情報に「意味」を与える社会的な言語システムのことを指しています。

こうした「象徴界」というシンボリックな領域が機能不全に陥った結果、若年層においては「恋愛問題や家族問題といったきわめて身近な問題と、世界の破滅のようなきわめて抽象的な問題が彼らの感覚ではベタッとくっついてしまっている」ようになります。このような感覚をラカン派の用語でいえば「想像界(恋愛問題や家族問題)」と「現実界(世界の破滅)」が直結しているということです(ゼロ年代初頭において一世を風靡した「セカイ系」と呼ばれる作品群はこのような感覚を直截に描き出しています)。

では、イマジナリーな領域(日常)とリアルな領域(セカイ)しか存在しない世界にどのようにしてシンボリックな領域(社会)を復活させることができるのでしょうか。ひとまず大きく二つの方向性が考えられるでしょう。ひとつは新たなシンボリックな「大きな物語」を捏造してしまうという方向性です。もうひとつはイマジナリーな「小さな物語」に充足してしまうという方向性です。

こうした中で氏はこの両者とは異なる方向性を提示します。すなわち、それは様々に異なる「小さな物語」を生きる他者とのあいだに「大きな物語」という「共通の言葉」を媒介としない新たなコミュニケーションの回路を開くということです。そして氏は『存在論的、郵便的』をその試みの一つとして位置付けています


* 郵便化するポストモダン

この点、同書ではデリダを精神分析でいうところの「転移」を操作する哲学者だったとも述べています。つまり相手によって使う言葉を変え、けれど会話が終わってみると相手が使っていた言葉の意味そのものが変わってしまっている、そんなコミュニケーションをデリダは目指していたということです。氏はこうしたコミュニケーションを「言葉の転移化」と呼びます。

同書のとりあえずの結論は1970年代以降のデリダが奇妙なテクストを書くようになったのは、この「言葉の転移化」にますます敏感になったせいではないかということです。そのようなデリダの戦略が果たして成功していたかどうかはともかく、それ以前に大事なのはポストモダンの断片化した世界においてはそういう哲学のあり方しか成立しないだろうし、それを先駆的に示したデリダに最大限に学べるべきものを学ぶべきだと氏は述べます。

近代社会においては個々人の生を規定する「小さな物語」の上に社会をまとめ上げる「大きな物語」が存在した(と信じられた)ことで「小さな物語」を超出する思考運動としての「超越論性」が確保されていました。しかしポストモダンが加速する現代社会においては「大きな物語」が機能不全に陥った結果、このような「超越論性」もまた機能不全に陥りました。

そうであれば、ポストモダンが加速する現代社会においては「小さな物語」から「大きな物語」へと遡行する思考運動としての「上向きの超越論性」ではなく、複数の「小さな物語」のあいだを突き抜けていく思考運動としての「横向きの超越論性」を実践することが重要になってきます。そして、このような「横向きの超越論性」を氏は「郵便的超越論性」と呼びます。

こうした意味で『存在論的、郵便的』という著作は単なるデリダ研究の枠に止まらず、ポストモダンにおける超越論性を確保するための基礎理論としても読めるでしょう。そして同書が描き出した「存在論的から郵便的へ」というパースペクティヴはゼロ年代以降の国内批評シーンにおいて「物語からデータベースへ」「セカイから日常へ」「消費から浪費=贅沢へ」「アイロニーからユーモアへ」「垂直方向から水平方向へ」といった様々な形で変奏され続けているといえるでしょう。



























posted by かがみ at 22:17 | 精神分析