【参考リンク】

現代思想の諸論点

現代批評理論の諸相

現代文学/アニメーション論のいくつかの断章

フランス現代思想概論

ラカン派精神分析の基本用語集

2023年11月25日

認知症の時間論



* 認知症における「回復の試み」としてのBPSD

認知症(神経認知障害群)とは一度獲得された認知機能が脳の器質的病変によって持続的に変化した状態をいいます。かつて認知症は知能の低下や人格の荒廃を想起させる「痴呆」とも呼ばれていましたが、近年において認知症とは様々な認知機能の変化であることが明らかになりました。認知症の下位分類としては一般的に次のような4つが知られています。

認知症の中で一番多いアルツハイマー型認知症は脳の全般的な萎縮、神経原繊維変化、アミロイドβ蛋白の沈着といった脳病理所見が確認されており、主な症状は記憶や学習を中心とする認知機能の慢性かつ進行性の低下です。血管性認知症は脳梗塞などの脳の血管の変化によって生じた脳実質の障害によるものであり、その発症は脳梗塞や脳出血などと時期を同じくすることが多く、症状としてはかつて「まだら痴呆」と呼ばれたように認知機能の低下が起きる部分とそうでない部分に差が見られ、同じことをするにしても一日の中でも差が見られることがあります。

前頭側頭型認知症は前頭葉や側頭葉の萎縮によって起きる認知症であり、記憶の障害よりも脱抑制や人格変化が目立ち、典型的には礼儀を欠いた行動や悪ふざけ、万引きや痴漢といった行動の障害が見られます。レビー小体型認知症は進行性の認知機能の障害の他に認知機能の動揺(短いスパンでの日内変動)、幻視(具体的で人物や小動物が家に入ってくると訴えられることが多い)、パーキンソニズム(寡動や筋固縮、振戦など)、レム睡眠行動障害(レム睡眠の時期に見ている夢の通りに体が動いてしまう)という4つの中核症状が見られます。

超高齢化社会を迎えた現代において認知症は「正常ならざるもの」として対象化されるだけではなく、いつかは誰もが「それとともに生きていかなければならないもの」「それ自体を生き抜かなければならないもの」となりつつあります。このような認知症の全般化は人がどうしようもない不可逆的な「老い」を生きていかなければならないということを文字通りに突きつけることになります。

この点、近年では認知症の症状を記憶障害や見当識障害といった中核症状と妄想や作話や徘徊といった周辺症状に分けて、後者を認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia :BPSD)と呼ぶ理解が広まっています。もっとも、こうしたBPSDと呼ばれる認知症における周辺症状はある意味で当事者の「回復の試み」であるともいえます。

すなわち、認知症の当事者は記憶障害や見当識障害といった自らが抱える症状に困惑しながらも、責任ある主体として行動しなければならないという思いを持っており、その結果としてなされた「回復の試み」が時として周囲から妄想とか作話とか徘徊などと呼ばれることになるわけです。

このような認知症における「回復の試み」を「時間」という観点からいえば、認知症の当事者はいまにもばらばらになりそうな自身の「時間」を通常とは別の仕方で再びひとつの「時間」としてまとめ上げようとしているといえそうです。認知症を生きる当事者の「時間」とはいかなるものでしょうか。

* 時間の三つの総合

ポスト構造主義を代表する論客の1人でもあるフランスの哲学者ジル・ドゥルーズは前期の主著である『差異と反復』(1968)において「時間の三つの総合」という議論を展開しています。これは人の精神において「時間」が発生するプロセスを論じるものです。

まず、ここでいう「時間」の前段階となる非時間的位相は「反復における不連続性と瞬間性」と呼ばれます。すなわち、これは経験に与えられる諸要素は原則としてそれぞれ不連続的かつ瞬間的であり、ある要素は次の要素が提示された時点では既に消えてしまい保持されていないという位相です。

つまり、この非時間的位相において与えられた諸要素は「1、2、3・・・」と先行する要素を踏まえながら展開していくことができず、あたかも瞬きするたびに記憶喪失するかのようにその都度その都度「1、1、1・・・」がひたすら生じることになります。

通常、人は「私」という主体がまず自明なものとしてあって、その「私」が何か色々と経験して、その経験のもろもろが「私」においてまとめ上げられていると考えがちですが、ドゥルーズにとっては経験の連続性とその統一を保証する、あるいはその統一性そのものである「私」という主体自体が決して自明の前提ではないわけです。

それゆえにドゥルーズは互いに独立した不連続的瞬間が結びつけられて関係づけられ、何かしらのまとまりを得るというプロセスを問い直します。それは非時間的位相からの「時間」の根源的な総合を論じることであり、また、そのような総合とともに立ち上がる主体を論じることでもあります。

* 生ける現在−−時間の第一の総合

この点、まず「時間の第一の総合」においては「想像」という作用が重要な役割を演じることになります。一般的に「想像」といえば現前しないものをいまここにありありと思い描くことをいいますが、ここで重要なのは「想像」が「新しいものが現れたときに以前のものを保持する」という点です。

こうして非時間的位相おいては「1、1、1・・・」とその都度消え去る不連続瞬間が「想像」によって縮約されて、先行する瞬間が次の瞬間に保持され「1、2、3・・・」と系列的に展開していくことになります。

このように「想像」は直前の瞬間を把持して直後の瞬間を期待することで、直近の過去と未来を含み込んだ厚みのある「生ける現在」という最小限の時間的シークエンスからなる原初的な「時間」の単位=統一性を構成します。すなわち、このような「生ける現在」の構成が非時間的位相としての不連続的瞬間からの「時間の第一の総合」です。

そして「私」という主体もまた「生ける現在」と同じく「想像」によるばらばらな諸要素が暫定的な縮約されたもの(習慣づけられたもの)として誕生することになります。それは文字通り暫定的な「縮約」のまとまりとして受動的に構成された主体であるということです。

ドゥルーズはこのような主体を「幼生の主体」と呼びます。未だ恒常性なき瞬間ごとに転変する世界に生まれ落ちた人間存在はまず「想像」によって自らに暫定的なまとまりを与えながら、その生へと乗り出していくわけです。

* 純粋過去−−時間の第二の総合

しかし、このような「生ける現在」と「幼生の主体」はあくまで局所的で有限的なものです。「想像」による諸要素の縮約は、直前直後の要素のみを保持しておくことができるに過ぎず、それを超えて永続することはありません。とりあえず縮約された現在、習慣づけられた主体はその限りでは永続することなく、やがて再び不連続的瞬間へと解けていくことになります。ドゥルーズはこれを「疲労」と呼びます。

それゆえに時間の総合はさらに不連続的瞬間を縮約した現在が尽き果てることなく、その中を過ぎ去り、その中で保存されていくような大域的な時間形式を要請します。ここにドゥルーズは「生の哲学」として知られるフランスの哲学者アンリ・ベルクソンがいうところの「純粋過去」を位置付けます。

ここでいう「純粋過去」とは新たに生じる「現在」をその先端として、過去に生じた様々な「現在」を水準の差異としてその中に保存する「巨大な時間の器」として機能します。この「生ける現在」から「純粋過去」への乗り越えが、すなわち「想像」から「記憶」への乗り越えが「時間の第二の総合」です。

つまり「時間の三つの総合」とは非時間的位相である不連続的瞬間が、まず⑴「想像」によって「現在」に縮約され、次に⑵「記憶」によって「過去」として保存され、さらに⑶「思考」によって「未来」が到来するという現象発生の内的論理を説明するものです。

*「疲労」の全面化としての「老い」

そして、こうした『差異と反復』において展開された時間論はドゥルーズ晩年の著作である『哲学とは何か』(1991)において別の観点から光が当て直されることになります。この点、ドゥルーズ研究者の小倉拓也氏は「老いにおける仮構−−ドゥルーズと老いの哲学」という論考において『哲学とは何か』で提示される「仮構」という概念に注目し、ドゥルーズとともに、ひとつの「老いの哲学」を試みています。

まず『差異と反復』における非時間的位相としての不連続的瞬間は『哲学とは何か』では「カオス」と呼ばれ概念化されることになります。ここでいう「カオス」とは経験に与えられる諸要素がドゥルーズがいうところの「誕生と消滅の無限速度」で「1、1、1・・・」というように、ただ現れては消えていくだけでいかなる結果ももたらさない状態です。

そして『哲学とは何か』においてもやはり『差異と反復』同様の枠組みから、カオスの把握の一つの仕方として無限速度で流産し続ける諸要素を縮約する「想像」が位置付けられます。

しかしながら、この二つの著作のあいだにはある決定的な差異があり、これこそが『哲学とは何か』の独自性を構成します。『哲学とは何か』における「カオス」は確かに『差異と反復』における不連続的瞬間と同じく「想像」により縮約される位相としても論じられていますが、それ以上に「想像」による縮約がままらなくなり崩壊していく位相としての意味合いを強く持っています。

すなわち『差異と反復』では時間や主体といった何かが「生み出されること」が論じられました。しかし『哲学とは何か』では『差異と反復』と同様の枠組みを用いながらも、時間や主体といったものが不可逆的かつ再開不能な仕方で「終わっていくこと」が強調されます。そして、そのような『哲学とは何か』における議論の萌芽は既に『差異と反復』おける「疲労」という概念に見出すことができます。このような「疲労」の全面化を『哲学とは何か』は「老い」として定義します。

* 記憶なき現在の仮構

では、このような「老い」の果てにいったい何が残されているというのでしょうか。そもそも『差異と反復』の議論でも「想像」により縮約された「現在」はそれだけでは永続し得ず「疲労」によって再び不連続的瞬間への解けていくのでした。しかしながら「現在」がそのように尽き果てることなく保存されるのは、もっぱらそれが「記憶」によって純粋過去へと乗り越えられたからです。

だとすれば「疲労」の全面化である「老い」においてまず損なわれるのは「現在」における縮約ではなく「過去」をなす「記憶」なのであり、むしろそれによって「現在」はたとえ今まさに消え去りながらも、剥き出しの状態で現出することになります。

このような意味での「記憶」によることなく、おのれだけで持ちこたえる「現在」をドゥルーズは「モニュメント」と呼びます。そしてこのような「モニュメント」の行為として「記憶」から解放され、自分で打ち立て持ちこたえる「現在」の縮約をドゥルーズは「仮構 fabulation」といいます。

ここでいう「仮構」とはやはりベルクソンから援用された概念であり「想像」の一種ですが、ベルクソンによれば「仮構」は「想像」の中でも社会的紐帯の解体に反発して宗教的、迷信的な絆を構成するものであり、また、死などの意気消沈させるものの表象に対抗する表象を創り出すことで抗うものと限定されています。

こうしたことからドゥルーズにおける「仮構」とは社会や個人が直面する耐え難いものに対して自然が用意した防御反応であり、それは「老い」において不可逆的にほどけていく世界を「記憶」から解放されたかたちで縮約し、迷信のようなまがいものの絆を与えることで当の耐えがたい崩壊に抗う行為である、と小倉氏はいいます。

* 創造としての作話=仮構

そしてこの「仮構」という概念はしばし「作話」という日本語に訳されます。そこで認知症における周辺症状としての「作話」をドゥルーズのいう「仮構」に代入してみると、この「作話=仮構」という営為が新たな相貌を持って現れてきます。すなわち「作話」とは認知症における病理現象などではなく、むしろ当事者が「記憶」の後ろ盾なく「現在」を「想像」ならぬ「創造」していこうとする「仮構」であり、それはドゥルーズに倣えば「カオスに抗う闘い」であるということです。

近年、認知症におけるケアとして「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの基本動作の中に徹底的に「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを入れていく「ユマニチュード humanitude」という技法が日本でも導入されつつあります。

この「ユマニチュード」という言葉には「人間らしさを取り戻す」という意味が込められています。こうした意味で、ユマニチュードの理念を実践する上で当事者が生きている「時間」がどのようなものかに思いを致すことは「あなたのことを大切に思っています」というメッセージが持つ響きをより豊かで、より生きたものにするのではないでしょうか。





























posted by かがみ at 22:03 | 精神分析

2023年10月28日

解離的な時間としてのポストモダン



* ヒステリーから解離性障害へ

「ヒステリー」とはギリシア語の「子宮 hystera 」に由来する用語であり、古代ギリシアの医師ヒポクラテスが「子宮による窒息(子宮が湿気を求めて女性の体内を動き回ることによって呼吸器が圧迫され窒息をきたすこと)」を記載したことから医学的記述に用いられるようになりました。中世以降、ヒステリーは悪魔と結託した徴候を示すものとされ、近世では魔女狩りの対象となることもありました。しかし近代医学の成立の中で次第にヒステリーは精神障害として捉えなおされるようになります。

本格的なヒステリーの記述を初めて行ったピエール・ブリケによれば、ヒステリーは圧倒的に女性に多く、夫婦間や家族間の確執、夫や肉親の死、夫や親からの虐待などの原因が発症に関与しており、多彩な身体症状がみられるといいいます。もっともヒステリーに見られる身体症状は実際に脳や神経が障害されているわけではないため、筋肉や神経が機能しなくなる(例:手が持ち上げられなくなる)というよりも、その筋肉や神経を使って何らかの行為ができなくなる(例:水が飲めなくなる)と考えられています。

19世紀後半にはフランスの神経科医ジャン=マルタン・シャルコーが意識消失や筋硬直を伴う激しい発作性の病態を「大ヒステリー」と呼んでその概念を整理しました。この頃にはヒステリーは子宮の病気ではないし、男性も罹患しうる病気だと正しく理解されるようになっています。また周知の通り19世紀末から20世紀初頭にかけてオーストリアの精神科医ジークムント・フロイトはヒステリーの治療法を試行錯誤する中で精神分析という治療実践を確立しました。しかしその後、20世紀中葉にもなるとヒステリーは医学的な関心の衰退と並行して少なくとも病院を訪れる表面的な患者数は減少することになりました。

ところがこのようなヒステリーの現代的回帰ともいえる病態が20世紀後半から注目を集めることになります。これが「解離性障害 dissociative disorders」と呼ばれる病態です。

ここでいう「解離」とは何らかの刺激に反応して意識状態が変容し、現在の知覚や記憶や身体感覚が断片化する状態を指します。過去の辛い出来事を予期せずに思い出してしまうフラッシュバックは最も未分化で原初的な解離症状です。これに対して、本人の意思とは無関係に全く別の人格に入れ替わったかのように態度が豹変する多重人格(解離性同一性障害)は最も症状の分化した解離症状です。その他、解離性障害には一過性健忘や、知らぬ間に遠方に行ってしまう遁走、被害的な幻聴、現実感の喪失、手足の麻痺などさまざな症状が含まれます。

「解離性障害」という概念が使われるようになったのは1970年代になってからのことです。この頃、特にアメリカで多数の多重人格症例が報告され、ヨーロッパもそれに続きました。また日本においても1990年ごろから徐々に多重人格の症例が増え始め今日においてはごく一般的な病態として知られるようになりました。

* 離隔と解離感

この点、イギリスの心理学者エミリー・ホムルズらは「解離」という現象を「区画化 compartmentalization」と「離隔 detachment」に区分しています。「区画化 」とは人格交代、健忘、遁走、転換症状、幻覚など認知行動面で明確な障害が生じる解離症状であり、それに対して「離隔」とは離人、現実感喪失、体外離脱体験、自己像幻視、感情的麻痺など体験基盤の変容が生じる解離症状をいいます。

区画化と離隔は元来は症状を分類する際のカテゴリーとして提唱された概念ですが、区画化の背景には必ず離隔があり、解離の本質病理は区画化ではなく離隔にあるとも言われます。また解離性障害患者一般からしばし感じ取られるいわゆる「解離感」は、こうした離隔という事態に由来するとされます。

そして、このような離隔や解離感の生じるメカニズムを考える上で参考になるのがオノ・ファン・デア・ハートらの「構造的解離理論」です。彼らは慢性外傷を受けた人々の示す解離症状は「一見正常に見える人格部分 Apparently Normal Part of Personality:ANP」と「情動的な人格部分 Emotional Part of Personality:EP」が交代するところから始まると考え、ANPで暮らしているときに瞬間的にEPへの交代が挟まれるのがフラッシュバックであり、ANPとEPが複雑に分裂して行けば多重人格(解離性同一性障害)となるといいます。

こうしたことから解離性障害患者は外傷体験とつながる情動性を遮断するために周囲世界と一線を引き、周囲世界の生き生きした姿に触れることで感情を動かさないよう注意しながら生きることになります(離隔)。それゆえに周囲の人たちはその人がいくら明るく振る舞ってもどこかよそよそしさを感じることになります(解離感)。

* 過度期としての境界例

このようにヒステリーと解離性障害は知覚や記憶や身体感覚が断片化するという点で共通の病理を持っています。そしてヒステリーが表向き減少してから解離性障害が増加する間の時期にはやはり両者と共通項の多い「境界例」と呼ばれる症例が増加しています。

「境界例」とは感情や対人関係が不安定でしばしば衝動的な自殺行動が生じる病態です。この病態はそもそも精神分析の治療経験から誕生した概念です。フロイトによってヒステリーをはじめとする神経症治療に導入された精神分析は患者の無意識的葛藤を意識化させることで症状を軽減することを企図した治療法ですが、一見して神経症に見える患者に精神分析を施した結果、逆に精神病症状を引き出してしまうケースがその導入の当初より相次いで報告されました。こうした病態は神経症と精神病の境界線上に位置する個別的な臨床例として理解され「境界例」と呼ばれることになりました。

精神分析的観点から境界例は幼児期の母親から分離する時期に安心して母親から自立ができなかったためと説明されることがあり、事実、境界例では身近な他者との二者関係で悩むことが多く見られます。境界例の特徴は常に身近な他者に対して理想化したり罵倒したりを繰り返し、見捨てられないようにしがみついたり激しい怒りをぶつけたりして安定した人間関係を保つことができないことにあります。境界例においては全般的に衝動的刹那的な行為に身を投じることが多く、過食、嘔吐、アルコール依存、薬物依存、性的な乱脈などが見られ、また自殺企図や自傷行為がしばしば認められますが、そこには周囲の人に苦痛を訴える目的が隠されていることが多いと言われます。

境界例の精神病理の根本には周囲世界を経験する際に基礎となる安定感の不在という事態があります。どのようなものを見ても聞いても全てが漠然とした不安に覆われており、患者本人はそれを「慢性的な空虚感」として体験します。この空虚感を満たすため、その都度そばに寄り添い手を差し伸べ、自分の全てを受け止めて承認してくれる他者を必要とします。

そこに境界例特有の二者関係の病の根源があります。彼らは助けてくれると直感した他者に対しては理想化して自分にとっての必要性を全身全霊で訴えかけ、当の他者もそれが必然であるかのような気持ちにさせられますが、その後、本人の期待通りにならないことがあればその他者は一転して最低の人間であるかのように非難され罵倒されることになります。

1960年代から1970年代において境界例に関して活発な議論が行われていましたが、1990年代になると解離性障害の増加とともに境界例の患者は減少に転じるようになりました。なお1980年に改訂されたDSM−V以降では「境界例」は「境界性パーソナリティ障害」に位置付けらていますが、偏った思考や行動のパターンがおそらく終生固定されているとされるパーソナリティ障害と境界例は少し異なるのではないかという意見もあります。

* 世界に対する不信

こうしてみるとヒステリー、境界例、解離性障害という三つの病態は大きくいえば主体の世界に対する不安感ないし空虚感という点で共通しているといえそうです。しかしその一方でこの三つの病態においては主体の世界に対する信頼度という点からそれぞれの差異を見出すことができます。

まずヒステリー患者の場合、その激しい身体症状は他者への依存を表しており、その裏には世界への全面的な信頼感があります。また境界例患者の場合、その怒りの表出は一見、他者への不信と憎悪を表しているかのように思われますが、そのような不信と憎悪は実のところ他者から見捨てられてしまうことの不安の裏返しでもあります。つまり境界例においては世界を十分には信じることができないけれども、怒りを訴えることで何かが変わると信じている点でまだ世界に対するアンビバレントな信頼感が残されているわけです。

ところが解離性障害ではヒステリーや境界例に見られたような激しい情動性は日常的には見られません。短期的なフラッシュバックやパニック発作や錯乱状態を除き、解離性障害の患者は基本的に空虚で平板で虚構的な日常を生きています。そこにあるのは非常に根深い他者への警戒心です。

それは「不信」と言い換えても良いでしょう。解離性障害の患者の場合、目の前の他者に対しても自分の所属する集団や社会に対しても、安心して向かいあって身を委ねることができず、決して本音は見せることなく表面的な関わりに留まっています。彼らは世界に何の希望も見出せず、ただただ今を刹那的にやり過ごしているといえます。

このように19世紀のヒステリーは世界に対する全面的な信頼があり、20世紀の境界例でも世界に対するアンビバレントな信頼が残されていましたが、現代の解離性障害においては世界に対する絶対的な不信が少なくとも前景に立っているといえるでしょう。

* コントラ・フェストゥム

日本を代表する精神病理学者である木村敏氏は様々な精神病理を「ポスト・フェストゥム(あとの祭り)」「アンテ・フェストゥム(祭りのまえ)」「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)」という時間構造から切り分けた「祝祭論」で知られています。ここでいう「ポスト・フェストゥム」は「取り返しがつかない」といううつ病に特徴的な時間構造であり「アンテ・フェストゥム」は未来先取り的な統合失調症に特徴的な時間構造であり「イントラ・フェストゥム」は「永遠の現在」というべき覚醒てんかんや躁鬱病に特徴的な時間構造です。

こうした木村氏の「祝祭論」の現代的展開として精神病理学者の野間俊一氏は「コントラ・フェストゥム(祭りのかなた)」という第四の時間構造を提唱しています。ここでいう「コントラ・フェストゥム」とは時間体制としては木村氏のいうイントラ・フェストゥムと同じく「いま」の枠内にあるものの、本来のイントラ・フェストゥムが生き生きとした「いま」に満ちた「永遠の現在」であるのに対して、コントラ・フェストゥムはただただ空虚な「いま」が流れては消えていくような単なる「瞬間の継起」として捉えられます。

すなわち、本来のイントラ・フェストゥムはまさに我を忘れて「祭り」の中で皆が入り乱れて踊り狂っているようなイメージですが、コントラ・フェストゥムは決して「祭り」の中に身を投じない、あるいは体は「祭り」の狂乱と喧騒の中にあったとしても心は「祭り」から切り離されて、ひとり遠く異次元に取り残されているというようなイメージです。

野間氏によればこの両者を隔てているのはその身体性(身体感覚の総体)に対応する空間性(身体が働きかける諸事物の総体)であり、本来のイントラ・フェストゥムが「飛翔」する身体性に対応する「充溢」した空間性が想定されているのに対して、コントラ・フェストゥムは「浮遊」する身体性に対応する「空疎」な空間性の中に位置しているといいます。

こうして時間体制としてのイントラ・フェストゥムはその空間様式において「狭義のイントラ・フェストゥム(充溢した空間様式)」と「コントラ・フェストゥム(空疎な空間様式)」に二分されることになります。そして下図のように野間氏はヒステリーや境界例を「狭義のイントラ・フェストゥム(充溢した空間様式)」に位置付け、解離性障害を「コントラ・フェストゥム(空疎な空間様式)」に位置付けています。

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(野間俊一『身体の時間』より)


* キャラとしての承認

また精神科医の斎藤環氏は戦後の精神史を「神経症の時代(1960年代)」「統合失調症の時代(1970〜80年代中期)」「境界例の時代(1980年代後期)」「解離の時代(1990年代後期)」「発達障害の時代(2000年代後期〜現在)」の五つに区分した上で「解離の時代」以降を「承認の時代」として捉えています。

それまでの「境界例の時代」における若年層の不安は「自分が何者であるか(自分探し)」という「実存不安」が多くを占めていました。けれども「解離の時代」においては、それまでの「実存不安」と入れ代わるようにして「承認不安」が前面に出てくることになります。

これは望ましい自己イメージが「本当の自分」から「他者から承認される自分」にシフトしたことを意味しています。すなわち、現代では若年層を中心にかつてないほど自身の価値を他者からの「承認」に圧倒的に依存しているということです。このような「承認依存」の背景には言うまでもなくスマートフォンの普及やソーシャルメディアの台頭といった情報環境の変化が大きく関わっています。

こうした「承認依存」は若年層の対人評価の基準がほぼコミュニケーションスキルに集約される「コミュ力偏重」というべき事態を生じさせました。ゼロ年代以降の顕著な傾向として「コミュ力」「KY」「コミュ障」「非モテ」「ぼっち」「リア充」「陽キャ」「陰キャ」「パリピ」といったコミュニケーション関連の流行語が急増したことはよく知られるところでしょう。

そして斎藤氏によれば「承認依存」と「コミュ力偏重」という二つを媒介するのが「キャラ」です。ここでいう「キャラ」とは端的にいえば、ある個人における一つの特徴を戯画的に誇張した記号のことをいいます。

学校や職場といったコミュニティ内部で個人は何かしらの「キャラ」を割り振られることになります。この点「キャラ」にはコミュニケーションを円滑にする機能があります。相手のキャラが分かればコミュニケーションのモードも自動的に決まり、その後はそのモードで会話を続ければよく、また互いのキャラの相互確認だけで親密なコミュニケーションが取れているかのような気分にもなります。その意味で「キャラ」はあるコミュニティ内でその人の「居場所」を与えてくれるという機能があります。

さらにいえば「キャラを演じているに過ぎない」という自覚はキャラの背後にある(と想定される)「本当の自分」の存在を信じさせ、また保護さえしてくれます。仮に誰かに傷つけられたとしても所詮それは演じられたキャラなのであり「本当の自分」とは関係ないと割り切ることができるでしょう。

こうしたことから氏は「承認依存」とは実は「キャラとしての承認」への依存を意味しているといいます。ここでの「承認」は「本当の自分を肯定してほしい」という欲望とは異なり「キャラとしての自分を受け入れてほしい」という欲望に近いということです。こうしたある種のコミュニケーションのモードが凝集された擬似人格ともいえるキャラの特徴は多重人格の交代人格の特徴と通じる点があるでしょう。

* 解離的な時間としてのポストモダン

以上のような野間氏のいう「コントラ・フェストゥム」と斎藤氏のいう「キャラとしての承認」はポストモダンと呼ばれる現代の特徴をそれぞれ裏面から照らし出しているように思えます。

社会をまとめ上げる「大きな物語」が失効したポストモダンにおいて個人は任意の「小さな物語」を選択して別の「小さな物語」を生きる他者の承認を得ることでその実存を確保しようとします。すなわち「コントラ・フェストゥム」とはこうした「小さな物語」同士による終わりなき承認ゲームという「祭り」から疎外された「かなた」にいるような空疎な感覚を指しています。

そして、こうした「コントラ・フェストゥム」における空疎な感覚は「キャラとしての承認」に由来します。どれだけ他者から承認を得られようが所詮それはどこまでも「キャラとしての承認」に過ぎず「本当の自分」が承認されていることにはならないからです。すなわち、ここでは「キャラとしての自分」と「本当の自分」が解離的に共存していることになります。

この点、東浩紀氏は『動物化するポストモダン』(2001)においてやはり解離性障害を参照しながらポストモダン的主体を動物的欲求と人間的欲望が解離的に共存した「データベース的動物」として描き出しましたが、これは別の観点からいえば「キャラとしての自分」と「本当の自分」が解離的に共存した主体であるともいえます。こうした意味で現代において人々は多かれ少なかれ「解離的な時間」を生きることを余儀なくされているといえるのではないでしょうか。





















posted by かがみ at 00:30 | 精神分析

2023年09月27日

「うつ病」の諸相と魔術的自立主義



*「うつ病」の現在地

かつて「うつ病」といえばもっぱら「メランコリー(内因性うつ病)」を指していました。このタイプのうつ病者は一般的にその発症前から几帳面、凝り性、責任感旺盛で、秩序を重んじ、自分への要求水準が高く堅実、誠実、世話好きといった性格を持つことで知られています。

この点「メランコリー親和型うつ病」という疾患概念の提唱者であるドイツの精神病理学者フーベルトゥル・テレンバッハは内因性うつ病者が持つ特徴を「インクルデンツ(秩序のなかに閉じ込められている状態)」と「レマネンツ(自分自身に常に負い目のある状態)」と呼んでいます。また同じくドイツの精神病理学者アルフレッド・クラウスは個人のアイデンティティ(自己同一性)を「自我アイデンティティ(純粋に自分自身について持つアイデンティティ)」と「役割アイデンティティ(社会の中での自分の役割について持つアイデンティティ)」の二重構造から成り立っているとして、内因性うつ病者は「自我アイデンティティ」の形成が不十分であるため「役割アイデンティティ」が優勢となり、社会的・対人的な役割関係を守ることに自分の価値を見出していると考えました。

このようにメランコリー親和型のうつ病者は社会の中で規定された秩序や役割に縛られており、彼ら/彼女らが自分自身に課された秩序や役割に対して負い目を感じたとき、症状としてうつ病が発症することになります。

しかしながら今日において「新型うつ病」や「現代型うつ病」といった名で世界的な拡大を見せている「うつ病」は伝統的なメランコリーとは異なっていると言われており、このようなタイプの「うつ病」は「メランコリー」とは区別して「デプレッション」と呼ばれることがあります。

* メランコリーとデプレッション

そもそもメランコリーとデプレッションは出自の異なる概念であり、前者は主に精神科医によって、後者は主に内科医によって、それぞれ記載され、治療されてきた歴史的経緯があります。

まずメランコリーは18世紀末フランスにおいてフィリップ・ピネルの「メランコリー mélancolie」や、その弟子であるジャン=エティエンヌ・ドミニク・エスキロールの「リペマニー lypémanie」などに始まり、ジャン=ピエール・ファルレの「循環性狂気 folie circulaire」やジューヌ・バイヤルジェの「二相性狂気 folie à double forme」など、興奮状態と抑うつ状態の周期的交代に着目する見解を経由して、1899年にエミール・クレペリンがそれらをまとめる形で「躁うつ病 manisch-depressives Irresein」の概念を作ることによって一通りの完成を見ることになります。

これらの病は「狂気 folie/Irresein」という強い言葉が使われていることからもわかるように、外来診療で対応可能なものではなく、そのほとんどが入院環境下で治療されるような激しい症状を伴うものであり、まさに「精神病」と呼ぶにふさわしいものでした。

これに対してデプレッションは一つの疾患というよりも基本的にストレス反応とされてきました。この意味でのデプレッションの範例となるのはジョージ・ミラー・べアードが提唱した「神経衰弱 neurasthhenia」という概念です。べアードは19世紀中盤のアメリカの産業革命下で生まれた神経疲弊状態を「神経衰弱」と呼びました。それは疲労、不安、頭痛、神経痛、抑うつ気分などを特徴とする状態であり、彼はその原因を当時の長時間にわたる非人間的な工場労働に帰しています。そしてその後、20世紀になるとやはりクレペリンがベアードの神経衰弱概念に関心を寄せ、1913年に出版した『精神医学総論』第8版の中で仕事による疲弊のため不眠、頭痛などが生じる病態として「作業神経症」なる心因性疾患を記述しました。

このようにかつてはメランコリーは精神病院への入院必須な「狂気」であり、デプレッションは内科外来で治療しうる「ストレス反応」であるという差異がありました。けれども三環系抗うつ薬イミプラミン(製品名「トフラニール」として広く知られています)の登場を期に、近年ではメランコリーの中でも外来において治療可能な症例が増加します。

こうしてメランコリーとデプレッションは重症度以外の質的差異を認めず両者は本質的に同じものであるとする見解が主流になっていきます。1980年に改訂された「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」の第3版においては、メランコリーとデプレッションは一括して「感情障害 affective disorders」に分類され、以降両者の鑑別診断を不問とする臨床と研究が世界中を席巻することになります。

もっとも、いかにメランコリーとデプレッションが接近したとしても両者は鑑別可能です。両者を鑑別するための最も有用な特徴とされてきたのは「アンヘドニア」と呼ばれる症状です。

通常、メランコリーではどんなに楽しいことがあろうとも、たとえ発病の誘引となった状況が変わろうとも症状は変化しません。このような事態を「アンヘドニア」といいます。他方で、デプレッションでは何か楽しいことがあったり、患者を苦痛に至らしめた状況が好転したりすれば、患者は喜びを感じて病それ自体も好転する傾向にあります。

* グローバル資本主義の病としてのうつ病

ところでベアードが「神経衰弱」という概念を提唱した当時のアメリカは急速な経済発展をしつつあり、1865年には大西洋海底電線ケーブルの施設が始まるなどグローバルな情報化社会の端緒が訪れようとしていました。またクレペリンはベアードのいう神経衰弱を「われわれの時代の病気と名づけてもほとんど間違いではない」と規定し「われわれの文化の発展の性急な進歩が個人の精神病、道徳的、身体的な能率に課する要求の急激な増大の中には、神経的な荷重負担の重要な要因が存在する」と述べています。こうしてみるとデプレッションは資本主義社会の発達と共に前景化してきた病態であるともいえそうです。

この点、精神病理学者の加藤敏氏は「現代型うつ病」と呼ばれる一群をべアードの神経衰弱の現代版とみなし「職場結合性うつ病」という造語を提唱しています。ここでいう「職場結合性うつ病」とは対人関係や自己同一性の双方での明らかなパーソナリティ機能の問題が認められない安定した社会機能を有する個人が職場での過重労働(目安としては1ヶ月あたり100時間を超える時間外労働)を誘因として発病したうつ病に対して提唱された概念です。この病態は不安、焦燥が前景に立つために、うつ病としての診断がつきにくく、パニック障害の併存も多く認められます

そして加藤氏は「現代の日本で増加している職場結合性うつ病は、ベアードのいう神経衰弱、またクレペリンのいう作業神経症の病態水準からより深い段階へと進行した病態と位置付けることができ、19世紀に比べて仕事のスピード、仕事量が加速度的に増大した産業・情報社会のありようと大きく関連していることは間違いない」と述べています。

氏によれば「職場結合性うつ病」という神経衰弱性の病態の増加の背景には「職場のメランコリー親和型化」があるといいます。通常「メランコリー親和型」といえばテレンバッハが指摘したような内因性うつ病(メランコリー)を発症させやすい個人の性格類型を指しています。ところが氏は現代において「メランコリー親和型」の特徴を示しているのはもはや個人ではなく職場の側にあるといいます。

すなわち、グローバル資本主義における過度の競争にさらされて十分な休息もなしに熱心に働かされるという現代の職場環境は個人がいかなる性格であろうと旧来のメランコリー親和型者に匹敵する働き方を全ての人間に求めていると言い得るでしょう。こうしてみるとビアードの神経衰弱が19世紀アメリカの産業革命下での疲弊であったとすれば、職場結合性うつ病は今日において拡大加速を続ける一方のグローバル資本主義下での疲弊として位置付けることができるでしょう。

* メンタルヘルスと自己責任

「世界の疾病負荷研究(GBD)」によれば現在、世界のうつ病患者数は約2.6億人とされています。この数字はDSM改定によって「うつ病」と診断される範囲が広がったことに加えて、1980年代末から1990年代にかけて新世代抗うつ薬SSRIが登場したことで製薬業界とも結びついた世界的なマーケティングが行われ「うつ病」の概念が拡散したことも関係しているといわれています。

資本主義にとってはうつ病は「生産性」を低下させる病として「管理」すべき対象であるといえます。よって企業や事業主は被雇用者のメンタルヘルスの監視=管理に少なくないコストを支払うようになります。例えば日本では2015年に改正労働法に基づく「ストレスチェック制度」が施行され、労働者が50名以上いる事業所では同年12月から毎年1回ストレスチェックを全ての労働者に対して実施することが義務付けられています。

この「ストレスチェック制度」は被雇用者のメンタルヘルスの恒常的な「管理」を一つの目的とすると同時に、ストレスチェックを受けさせることで被雇用者自身が自分のストレス状況にやメンタルヘルスの問題について「自己分析」に基づく「気づき」を得て「自主的に」うつ病の予防やメンタルヘルスの健康管理に努めるよう促す目的も含意されています。

ここで労働者に暗に要請されているものは徹底したメンタルヘルスの自己監視・自己管理です。現代の企業は労働者に対してメンタルヘルスの疾病予防、あるいはそこからの早急な回復のために「レリジエンス」を身につけることを不断に要求します。すなわち、現代を席巻する新自由主義ないしリベラル能力資本主義のもとでは蔓延化、慢性化するメンタルヘルスの疾病あるいは職場結合性うつ病は社会的・政治的課題として真剣に検討されることはなく、あくまで個人の「自己責任」によって解決されるべき問題として位置付けられているといえます。

* 魔術的自立主義におけるうつ病と自己啓発

イギリスの批評家マーク・フィッシャーは現代における支配的なイデオロギーとしてイギリスの心理学者デイビッド・スマイルが提唱した「魔術的自立主義」を位置付けています。ここでいう「魔術的自立主義」とは「自分の力だけが自分を変えて、なりたい自分になることができる」という「自立」に対する無根拠な信念です。自身もまた重いうつ病を患っていたフィッシャーはこのような「魔術的自立主義」の裏面が現代社会に蔓延するうつ病に他ならないといいます。

そしてこのような「魔術的自立主義」のもう一つの裏面が「自己啓発」です。「自己啓発」は「自分が変われば世界も変わる」という唯心論的、独我論的な世界観がそのベースにあります。けれども、それはどこまでも世界に対する個人の「解釈」の変化に過ぎず、世界それ自体は何一つ変わりません。

自分が変われば世界も変わる。それは希望であると同時に呪いでもあります。こうした意味で「うつ病」と「自己啓発」は新自由主義ないしリベラル能力資本主義が生み出した双子の関係に立っています。そしてそれは、いずれも「自立」という幻想に立脚した病であるといえるでしょう。




















posted by かがみ at 23:56 | 精神分析

2023年08月23日

祭りのかなた−−現代の病理における時間構造



* 木村精神病理学における祝祭論

日本を代表する精神病理学者、木村敏氏はさまざまな精神病理を「自己」という問題から統合的に考察したことで知られています。この点、木村氏はうつ病者においては「自己」と他者との「あいだ」が問題となり、統合失調症者においては「自己」の成立そのものが問題となるといいます。すなわち、統合失調症者においては自己と他者が同時に発生する場としての「あいだ」が極めて不安的であることから、木村氏のいう「ノエマ的自己(意識対象)」が対象化されておらず「ノエシス的自己(意識作用)」が成立していない状態にあるということです。

そして次に木村氏はこうした「自己」をめぐる問題を「時間」の問題として捉えました。これが木村精神病理学における「祝祭論」として知られる一連の有名な議論です。


* あとの祭り−−うつ病における時間構造

かつて「うつ病」といえばもっぱら「内因性うつ病(メランコリー親和型うつ病)」を指していました。このタイプのうつ病者は一般的にその発症前から几帳面、凝り性、責任感旺盛で、秩序を重んじ、自分への要求水準が高く堅実、誠実、世話好きといった性格を持つことで知られています。

この点「メランコリー親和型うつ病」という疾患概念の提唱者であるドイツの精神病理学者フーベルトゥル・テレンバッハは内因性うつ病者が持つ特徴を「インクルデンツ(秩序のなかに閉じ込められている状態)」と「レマネンツ(自分自身に常に負い目のある状態)」と呼んでいます。また同じくドイツの精神病理学者アルフレッド・クラウスは個人のアイデンティティ(自己同一性)を「自我アイデンティティ(純粋に自分自身について持つアイデンティティ)」と「役割アイデンティティ(社会の中での自分の役割について持つアイデンティティ)」の二重構造から成り立っているとして、内因性うつ病者は「自我アイデンティティ」の形成が不十分であるため「役割アイデンティティ」が優勢となり、社会的・対人的な役割関係を守ることに自分の価値を見出していると考えました。

このように内因性うつ病者は社会の中で規定された秩序や役割に縛られており、彼ら/彼女らが自分自身に課された秩序や役割に対して負い目を感じたとき、症状としてうつ病が発症することになります。こうしたテレンバッハ/クラウスの議論を受けて木村氏は内因性うつ病患者の病前性格の基本的特徴を「現状維持への活動的執着」であると捉え、それが様々な事情によって維持できなくなった時「取り返しがつかない」という抑うつ気分が生じるとして、また、いわゆるうつ病の三大妄想と呼ばれる「罪責妄想」「心気妄想」「貧困妄想」も、やはり「取り返しがつかない」という意味方向を持っているといいます。

そして、このようなうつ病者における「取り返しがつかない」という根本気分が回復不能なまでに棄損されたとすれば、それはまさしく「あとの祭り」というべき事態となります。こうしたことから木村氏はこの内因性うつ病における時間構造を「あとの祭り」のラテン語である「ポスト・フェストゥム(post festum)」と呼びます。


* 祭りの前−−統合失調症における時間構造

これに対して統合失調症者における時間体制はまったく異なる位相にあります。統合失調症の中核症状である被害妄想は「誰かに狙われている」という追跡妄想や「周囲の人たちに見られている」という注察妄想という形を取りますが、このように自分を迫害してくる他者とは誰それという具体的個人ではなく、たいていは漠然とした「人びと」であり、多少具体的になっても「正体不明の組織」であったりします。

いずれにしても統合失調症者が何らかの被害妄想を持つとき、実際には具体的な他者が怪しい態度をとっていたり自分の生活環境に不審な変化があったりするわけではなく、まず本人が何かの被害を被っているという恐怖感を持ち、そこから二次的に周囲の他者や環境が不審に思えてくるわけです。そして、そのような被害妄想に対して統合失調症者は反撃することも無視することもできず、迫害してくる相手は「絶対的な他性」ともいうべき抗い難い力を持って現れます。

このような圧倒的な「絶対的な他性」を前にして統合失調症患者は「何かが起こるのではないか」という不安と警戒のなかで日々を過ごすことになります。とりわけ「この世の終わり」とでもいうべき破滅的状況が起こりそうだという統合失調症的体験は特に「世界没落体験」と呼ばれます。

いずれにせよ統合失調症患者は常に周囲世界から何かを感じ取り、先へ先へと行動しなければいけないと気分の中で生活してます。いわば統合失調症患者は、未来先取的、予感的、先走り的な時間の中に生きているといえます。木村はこの統合失調症患者特有の時間構造を「祭りの前」を意味するラテン語である「アンテ・フェストゥム(ante festum)」と呼びます。


* 祭りのさなか−−てんかん・躁うつ病における時間構造

精神疾患の中には脳の神経伝達が一時的に乱れることで意識や身体に障害が生じる「てんかん」と呼ばれる疾患があります。この疾患はまず「いつもと何かが違う」という落ち着かない気分が生じ、そのうち両腕両足が硬く突っ張ったのちに大きく痙攣して意識を喪失する発作を起こす、いわゆる「アウラ体験」で知られています(もっともこれはあくまで典型例な発作例です)。

このような「アウラ体験」では通常、意識が朦朧とするため、大抵はその時のことを覚えていませんが、原因不明の脳波の乱れが脳全体で生じる突発性全般てんかんの一種で朝方の覚醒直後に発作を起こす「覚醒てんかん」においては、ほんの僅かな時間の「アウラ体験」を覚えている患者もいます。

それはまさに生の実感と死の境域が同時に立ち現れる体験であり、自分と世界が渾然一体となっているかのようなヌミノーゼ的な体験であり、その瞬間には過去も未来もない「永遠の現在」が出現しているといわれます。これこそまさに「祝祭」そのものの体験であり、このようなてんかん患者に特有の「永遠の現在」というべき時間構造を木村氏は「祭りのさなか」を意味するラテン語である「イントラ・フェストゥム(intra festum)」と呼びました。

この点、木村氏によればアンテ・フェストゥムとポスト・フェストゥムのあいだには質的な差異がありますが、これに対してイントラ・フェストゥムは量的な差異であるとされます。例えば躁うつ病(双極性感情障害)では現在中心のイントラ・フェストゥム的特徴が認められると同時に、内因性うつ病との連続性においてポスト・フェストゥム的特徴も併存しています。そして、このようなイントラ・フェストゥム的特徴を示す精神疾患として覚醒てんかんや躁鬱病の他にも非定型精神病、境界例、ヒステリーなどがあげられます。


* 祭りのかなた−−現代の病理における時間構造

このように木村氏の「祝祭論」はあらゆる精神疾患を−−さらにはあらゆる人間存在を−−その体験の基盤にある時間構造によって切り分けた点で卓越しています。もっとも木村氏がはじめて「祝祭論」を世に問うてから40年以上の歳月が経過しています。この点、精神病理学者の野間俊一氏は『身体の時間』(2012)において2000年型抑うつ(新型うつ病)、解離性障害、摂食障害、自傷行為、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)といった現代的な病理の中に木村氏の「祝祭論」を位置付け直す議論を展開しています。

まず同書で野間氏はこれらの現代的な病理がいずれも木村氏の「祝祭論」におけるイントラ・フェストゥムの枠内にあることを確認する一方で、その時間構造は木村氏の記述したイントラ・フェストゥムのような生き生きとした「いま」に満ちた「永遠の現在」とは真逆ともいえる、ただただ空虚な「いま」が流れては消えていくような単なる「瞬間の継起」であることを指摘します。

永遠の現在と瞬間の継起。この両者を区別するのは何なのでしょうか。野間氏によればこの両者を隔てているのはその身体性(身体感覚の総体)に対応する空間性(身体が働きかける諸事物の総体)であるということです。

我々はそれぞれ固有の身体を持つがゆえに我々にはそれぞれ個別の空間のあり方があり、また時代によって異なったそれぞれの空間のあり方があります。こうしたことから木村氏のいう本来のイントラ・フェストゥムでは「飛翔」する身体性に対応する「充溢」した空間性が想定されているのに対して、現代の病理は「浮遊」する身体性に対応する「空疎」な空間性の中にあるということです。

もっとも、こうした現代の病理を生きる人々が常に「空疎」な空間性を生きているわけではなく、瞬間的には例えば解離性障害における不穏状態や、広汎性発達障害における予期せぬ事態に対するパニックなどという形で「充溢」した空間性を体験することもあります。けれどもこうした「充溢」は長く続くことはなく、あくまで基調は「空疎」であるということです。

この点、木村氏のいうイントラ・フェストゥムは「祭りのさなか」という字義通り、まさに我を忘れて祭りの中で皆が入り乱れて踊り狂っているようなイメージです。これに対して現代の病理を生きる人々からは決して「祭り」の中に身を投じない、あるいは体は「祭り」の狂乱と喧騒の中にあったとしても心は「祭り」から切り離されて、ひとり遠く異次元に取り残されているというイメージが浮かび上がります。

こうしたことから現代の病理における時間構造を野間氏は「祭りのかなた」を意味するラテン語である「コントラ・フェストゥム(contra festum)」と呼びます。すなわち、ここでは時間体制としてのイントラ・フェストゥムはその空間様式において「狭義のイントラ・フェストゥム(充溢した空間様式)」と「コントラ・フェストゥム(空疎な空間様式)」に二分されることになります。

なお、この「コントラ・フェストゥム」について木村氏は1988年のある座談会で既に言及しており、そこで氏は「シラケ人間」と形容されるある種の人々における時間は「コントラ・フェストゥム」と呼びうると指摘し「アレキシサイミア(失感情症・感情失読症)」との関連を示唆しています。そして野間氏によれば、この「コントラ・フェストゥム」という時間構造こそがまさに現代の病理の枢要部に位置しているということになります。


* 近代の時間からポストモダンの時間へ

木村氏の提唱したアンテ・フェストゥム、ポスト・フェストゥム、イントラ・フェストゥムの三つ組に加えて、野間氏が提唱したコントラ・フェストゥムを加えると四者の関係は次のように示すことができます。

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(野間俊一『身体の時間』より)



こうして見ると現代における時間体制はアンテ・フェストゥムやポスト・フェストゥムからイントラ・フェストゥムへと遷移しており、なおかつ空間様式は狭義のイントラ・フェストゥムからコントラ・フェストゥムへ遷移していることがわかります。そして、このような時間体制と空間様式の遷移は大きくいえば「ここではないどこか(過去・未来)」に規定されていた「近代の時間」から「いまここ(現在)」が全面化した「ポストモダンの時間」への遷移ともある程度対応しているともいえそうです。

すなわち、一つの社会をまとめ上げる「大きな物語」が機能していた近代において個人は自身を生を基礎付ける「小さな物語」を「大きな物語」と同調させることで自己を自己としてあらしめていました。そうであればアンテ・フェストゥムは「大きな物語」が不在の時間であり、ポスト・フェストゥムは「大きな物語」から逸脱する時間であり、イントラ・フェストゥムは「大きな物語」に叛逆する時間であるともいえるでしょう。

そして「大きな物語」が失効したポストモダンにおいて個人は任意の「小さな物語」を選択して別の「小さな物語」を生きる他者の承認を得ることで自己を自己としてあらしめることになります。そうであればコントラ・フェストゥムとはこうした「小さな物語」同士による終わりなき承認ゲームという「祭り」から切断された「かなた」にある時間であるともいえます。こうした意味で現代の病理を規定するコントラ・フェストゥムという時間構造はポストモダンにおける個人の生のリアリティを裏面から照射しているともいえるのではないでしょうか。























posted by かがみ at 00:51 | 精神分析

2023年07月28日

水平方向のケア論



* 垂直方向から水平方向への方向転換

精神病理学者の松本卓也氏は「水平方向の精神病理学に向けて」という論考において「べてるの家」の活動で知られる向谷地生良氏の次のような言葉を引用して、統合失調症から回復はしばし「垂直方向から水平方向への方向転換」がきっかけとなってはじまることが経験的に知られていると述べています。

向谷地 面白いのはね、そういう(妄想の)話をしていくなかに、(身近な)他者が出てこないんです。さっきの神様とのテレパシーもそうだけど、話題はつねに「テレパシーと神」なんですよ。

−−神と一対一なんですね。

向谷地 リアルワールドじゃない「アナザーワールド」のなかでその関係に苦しんでいるんです。食事がまずいとかおいしいとか、誰々さんのことが好きだとか嫌いだとか、そういうリアルな現実との話がほとんど出てこないんですよ。だから、そういう話が出てくると、「あっ、回復が始まったな」と思う。むしろ、そういうことをいかに起こしていくか、ってことです。

(『精神看護』19巻2号「向谷地さん、幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいんですか?・1−−その神様ってどのへんにいるんですか?」より)


ここで向谷地氏が述べている「神様とのテレパシー」という「アナザーワールド」と「食事」「誰々さん」という「リアルワールド」とはそれぞれ、松本氏のいう「垂直方向」と「水平方向」に対応しています。では、このような「垂直方向から水平方向への方向転換」がなぜ統合失調症の回復をもたらすのでしょうか。


* 精神病のあらゆる可能な治療に対する前提的問題について

統合失調症においては、多くの人にとってはある意味で当たり前な「世界に棲まう」という根本的な様式に何らかの障害があるといわれています。こうした統合失調症が生じる構造的条件をフランスの精神分析家ジャック・ラカンは「〈父の名〉の排除」にあると定式化しました。

1955年から1956年にかけて行われた『精神病』というセミネールにおいてラカンは〈父の名〉なるシニフィアンは通常、人が人生における重大な局面(例えば進学や就職や結婚や昇進といったライフイベント)において参照する幹線道路のようなものであるとして、こうした〈父の名〉がもともと排除されている精神病者(統合失調症者)は人生における重大な局面で父性を担うように呼び掛けられてもその〈父の名〉という幹線道路を利用できず、その周囲に張り巡らされた小道をさまよいながら妄想的な仕方で父性を実現することになるといいます。

そしてこのような『精神病』のセミネールにおける〈父の名〉の排除の議論を体系化すべく、その後ラカンはエディプスコンプレックスの構造論化に取り組み、その一連の議論をもとに1958年に執筆した論文が「精神病のあらゆる可能な治療に対する前提的問題について」です。


* 世界を秩序づける神の女になる

同論文においてラカンは「シェーマI」と呼ばれる次のような図式を用いて精神病における発病と治癒のプロセスを論じています。

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(「水平方向の精神病理学に向けて」より)

ラカンによれば精神病者には元来、象徴界を統御するシニフィアンである〈父の名〉が欠けていますが、発病前の精神病者はその欠陥を、すなわち〈父の名〉の排除を直視せずに済ませており、多くの場合は自分と同性の隣人を一種のロールモデル(想像的杖)とすることによって現実社会に適応しています。しかし、何らかの形で彼/彼女に父性の問いを突きつけるトリガーとなるような父的存在が現れた時、彼/彼女はたったひとりで父性の問題に直面することになり、その際に〈父の名〉の排除が明らかになり、精神病が本格的に発病することになります。

そして精神病者は〈父の名〉の排除(P0)とその帰結であるファルスを起点とするセクシュアリティ形成の失敗(φ0)を、妄想の中で補修することによって神経症者の「父性隠喩」に相当する「妄想性隠喩」を構築するに至ります。

例えば『ある神経病者の回想録』(1903)で知られるダニエル・パウル・シュレーバーの場合(いわゆる症例シュレーバー)では〈父の名〉の排除によって不安定化した象徴界(言語領域)を安定させるため「世界を秩序づける」という妄想の軸(M→I)と、〈父の名〉の排除の帰結としての想像界(イメージ領域)における男性的同一化の失敗を防ぐため「神の女になる」という妄想の軸(i→m)がそれぞれ生じ、この二つの妄想の軸を結合した結果として最終的にあの有名な「世界を秩序づける神の女になる」というシュレーバーの妄想(=妄想性隠喩)が生み出されることになります。

このようにラカンのシェーマIは〈父の名〉の排除(P0)とファルスを起点とするセクシュアリティ形成の失敗(φ0)を補修する一連の妄想形成の作業をそれぞれ右側の象徴界の曲線(M→I)と左側の想像界の曲線(i→m)によって示したものです。それゆえに、ここでのラカンの精神病論は、その発病論(P0/φ0)においても、治療論(M→I/i→m)においても、もっぱら垂直方向の運動を取り扱っているものとしてひとまずは考えられています。


* 私たちに向けられている/妻を愛する

けれども話はここで終わりではありません。このシェーマIにおいて精神病の妄想は象徴界と想像界のそれぞれに空いた二つの穴(P0/φ0)の周囲を二つの曲線(M→I/i→m)が垂直方向に旋回することで生じているように見えますが、その上下にはさらに二つの直線が水平方向に走っています。ラカンはこの「私たちに向けられている/妻を愛する」という二つの直線が「現実が主体のために修復された際の諸条件を表している」のだといいます。

すなわち、シュレーバーの妄想は垂直方向の曲線だけでは際限なく拡大し、現実を極端なほどに歪めてしまう可能性がありますが、水平方向の直線が妄想に一定の枠を与えることで、現実を生き延びる可能性を開くことになります。

こうしてみるとラカン派においてしばしば語られてきた精神病の治癒像としての妄想性隠喩は実は真の治癒像ではないといえます。シェーマIに描かれたシュレーバーの真の治癒は「私たちに向けられている」と「妻を愛する」ことによって起こっています。すなわち、垂直方向の高みにある神のような超越的他者に向かうのではなく、水平方向のフィールドにおいて病者の語りを聴き取る者である「私たち(精神科医/精神分析家)」や、絆をつなぎ止める「妻」に向かうということです。


* 水平方向の治癒論としてのサントーム

もっともラカンは同論文においてこの「私たちに向けられている/妻を愛する」という二つの水平方向の直線を、それぞれ「患者が訴えかける読者としての我々が、彼にとっていったい何であるのか」「彼の妻との関係に関して残っているもの」であると説明するだけでこの話題を終えています。しかしながら松本氏は1970年代において再開される後期ラカンの精神病論を1958年の論文においては十分に扱うことができなかった「水平方向の治癒論」として読解していく道が残されていると述べています。

例えばラカンは1975年から1976年にかけて行われた『サントーム』のセミネールの中で精神病を疑わせる微細な症状を持ちながらも本格的な発病に至らなかったアイルランドの作家のジェイムズ・ジョイスを論じ、ジョイスにとって彼の妻のノラが果たした役割を「サントーム」にあたると述べています。ここでいう「サントーム」とは「症状」の古い綴り方であり、ラカンはこの術語によって自分の症状を社会の中で生きうるようになった神経症者や精神病者のあり方を示そうとしていました。

またこのセミネールでは〈父の名〉の位置付けも大きく変化しており〈父の名〉は「それを使うという条件のもとで、それをやりすごすことができる」ものとされています。これらの記述は父としての機能を果たさない父を持ち、父を否認しながらも父に深く影響されていたジョイスが、本格的な発症を来さずに創造行為を行うことができたことの理由を反-垂直方向において説明しようとすることを試みていると考えることができる、と松本氏は述べます。


* 当事者研究とは何か

そして向谷地氏が設立した「べてるの家」の活動の中にもこうした反-垂直方向ないし水平方向へと向かう運動を見出すことができるでしょう。「べてるの家」は1984年に北海道浦河町に設立された精神障害等を抱える当事者の地域活動拠点であり、今では「当事者研究」の先駆けとしても知られています。

統合失調症の症状に由来する「爆発」がおさまらず行き詰まっていた青年に向井地氏が「一緒に研究してみないか」と声をかけたところからはじまった「当事者研究」とは当事者が自らの「苦労」をグループの前で発表することで参加者と共にその「苦労」のパターンを明らかにしながら自分の助け方を考えて、ソーシャルトレーニング(SST)と呼ばれる当事者主体の運用が可能な訓練技法によって自分の助け方を練習していくという一連の活動を指しています。

このような当事者研究においては、これまで当事者があいまいな形で抱えていた「苦労」をきちんと言語化して仲間とシェアすることにより、例えば自分を侵襲する迫害的な幻聴が対話の相手である「幻聴さん」になっていくというように「症状」と呼ばれていたものの性質が大きく変化することになります。

そしてこうした「苦労」のシェアにより当事者の周囲においても「爆発を繰り返す〇〇さん」という理解から「爆発を止めたいと思っても止まらない苦労を抱えている〇〇さん」という理解に変わり、その人の抱える「問題」がその人自身から切り離されることになります。

また当事者研究のプロセスにおいては、例えば「統合"質"調症・難治性月末金欠型」というような「自己病名」が案出されることがあります。このように自身の「苦労」にオリジナリティを与える「自己病名」は当事者が自分自身の個別性を回復する試みの一環であると同時に、自身の抱える「苦労」をユーモアと共にシェアするきっかけにもなるのでしょう。


* 水平方向のケア論

現象学者の村上靖彦氏は、このような「当事者研究」における営みは投薬や隔離によって当事者の手を離れた「苦労」を、自ら取り組めるものとして本人に取り戻す働きがあり、そこには「苦労をユーモアへと反転する力」があると述べてます。

ここで村上氏のいう「苦労をユーモアへと反転する力」とは、松本氏の述べる「垂直方向から水平方向への方向転換」と軌を一にする運動であるといえるでしょう。あるいは当事者が自身の「苦労」を特異的=単独的なものとして引き受ける「自己病名」とはまさに「サントーム」というべき「症状」の「発明」であるともいえそうです。

村上氏は近著『ケアとは何か』(2021)においてケアとは単なる苦痛緩和や生活支援にとどまらず「生きることを肯定する営み」「病む人と共にある営み」であり、その目的とは「患者や苦境の当事者が自分の力を発揮しながら生き抜き、自らを表現し、自らの願いに沿って行為すること」であると位置付け、同書は精神疾患に限らず身体疾患や終末医療、あるいは在宅介護から児童養護施設やこども食堂にいたる多種多様な領域における対人援助職の語りを現象学的な視点から記述しています。

こうした同書が描き出す理念型としてのケアラーはまさに水平方向における他者(ラカンのシェーマIにおける「私たち」)というべき存在であるといえます。そうであれば、その語りの中からはいわば「水平方向のケア論」と呼ぶべき声を聴き取ることができるのではないでしょうか。





















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