【参考リンク】

現代批評理論の諸相

フランス現代思想概論

ラカン派精神分析の基本用語集

現代アニメーションのいくつかの断章

2022年02月26日

世界の二重構造と幽霊の審級



* デリダはフロイトの中に何を見たのか

精神分析という営みは19世紀末当時、謎の奇病とされたヒステリーの治療法としてジークムント・フロイトによって産み出されました。その後、精神分析はフロイトの後継者達によって多様多彩な発展を遂げていく事になりますが、創始者フロイトが抱え込んでいた精神分析における「科学」と「精神療法」の間の矛盾は、そのまま米国自我心理学と英国対象関係論という学派的な対立に引き継がれていきました。

こうした中で構造主義的言語学の知見からフロイト理論を徹底的に読み直し「科学」と「精神療法」を統合した強力な精神分析理論を創り上げた人物がジャック・ラカンです。これに対してフロイト理論に真っ向から反旗を翻し、独自の分裂分析を提唱した論客がジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリです。

ところでラカンが緻密に読み解きドゥルーズたちが苛烈に批判したフロイトをまったく別の角度から読み直していたことで知られる同時代の人物がいます。その人物こそ、ポスト構造主義を代表する論客にして「脱構築」の名で一斉を風靡したフランスの哲学者、ジャック・デリダです。果たしてデリダはフロイトの中に何を見たのでしょうか。


* 「盗まれた手紙のセミネール」と「真理の配達人」

まずデリダは次のようにラカンを批判しています。ラカンがその難解極まりない事で知られる主著「エクリ」の冒頭に置いた「盗まれた手紙のセミネール」はラカン派精神分析の基本的思考が集成されたテクストとして知られています。このセミネールは表題通り、エドガー・アラン・ポーの有名な短編小説「盗まれた手紙」をラカンが解釈するものです。そこでラカンは、ポーの小説の中で特権的な役割を果たす「手紙」に注目し「手紙は常に宛先に届く」というテーゼを提出しました。

これに対してデリダは「盗まれた手紙のセミネール」の批判的読解である「真理の配達人」において「手紙は宛先に届かないことがありうる」というテーゼを提出します。このデリダのテーゼにおいては「ありうる=確率可能性/反復可能性」という位相が重視されています。素朴に考えても実際、我々は自身の記憶を忘却したり勘違いをしたり、あるいは様々な情報を読み間違ったり書き間違ったりすることが「ありうる」でしょう。すなわち、デリダによればラカンはこの「ありうる=確率可能性/反復可能性」という位相を取り逃していることになります。


* 形而上学システムと否定神学システム

ここでデリダは二重の批判を行なっていることになります。すなわち「形而上学システム」と「否定神学システム」への批判です。

まず「形而上学システム」とは、すべてのシニフィアンからシニフィエへの循環運動は超越論的シニフィエ(形而上学的原理)という最終審級によって担保されると想定する思考です。

ここではオブジェクトレベルとメタレベルは完全に峻別されており、この認識構造を図式化すれば底面(オブジェクトレベル)が頂点(メタレベル)によって吊り支えられた円錐構造となります。

例えばプラトン以降の西洋哲学は典型的な「形而上学システム」です。また世の中の様々な法律や理論や思想は形而上学なテクストで記述されています。形而上学的システムは超越論的シニフィエを頂点とした体系的思考を展開します。けれどもいかなるシニフィエも、それは結局シニフィアンによって記述される以上、その体系の中には常に脱構築可能な「穴=ゲーテル的亀裂」を抱え込んでいます。

次に「否定神学システム」とは、シニフィアンからシニフィエへの循環運動の「穴=ゲーテル的亀裂」を発見した上で、この「穴=ゲーテル的亀裂」を「超越論的シニフィアン」で縫合し、全てのシニフィアンの運動をこの超越論的シニフィアンという最終審級へと回収してしまう思考です。

ここではオブジェクトレベルとメタレベルは短絡されており、この認識構造を図式化すれば底面と頂点の間で循環運動が生じるクラインの壺構造となります。そして、こうした「否定神学システム」の代表例がマルティン・ハイデガーの哲学です。


* ハイデガー哲学が切り開いた境域

ハイデガー哲学は「存在」とは何かを思考します。我々の世界は様々な「存在者」が「存在」することで構成されています。そして、我々は「存在者(オブジェクトレベル)」を思考対象とする事はできますが、その存在者が世界に「存在(メタレベル)」するという思考形式それ自体を思考対象することは定義上不可能とされます(メタレベルはオブジェクトレベルにはならない)。

ところがハイデガーは様々な存在者の中に思考対象(オブジェクトレベル)と思考形式(メタレベル)が折り重なった「二重襞」を持つ特異的な存在者を発見しました。その特異的な存在者こそがまさしく、ハイデガーが「現存在」と呼ぶ我々人間のことです。

「現存在(人間)」は思考対象(オブジェクトレベル)でもあると同時に思考形式(メタレベル)の源泉でもあります。ゆえにハイデガーは「現存在=思考対象(オブジェクトレベル)」について思考する事は間接的に「存在=思考形式(メタレベル)」について思考する事にもなるのではないかと考えました。

このようなオブジェクトレベルとメタレベルを短絡させる二重構造=クラインの管は「実存論的構造」と呼ばれます。

こうした「実存論構造=クラインの管」を可能とする「穴=ゲーテル的亀裂」は「呼び声=実存性の開示」によって開かれます。「呼び声」はクラインの管を循環して、世界(Da)における「穴=ゲーテル的亀裂」をより高次において縫合する否定神学システムを構成します。

ここで「穴=ゲーテル的亀裂」を縫合する「呼び声」とは否定神学システムにおける超越論的シニフィアンの役割を担います。世界(Da)には「穴=ゲーテル的亀裂」が開いています(開示性)。しかしその「穴」が開くことで世界はむしろ閉じられるということになります(覚悟性)。


* ハイデガー哲学の功罪

1920年代における前期ハイデガーは以上のような実存論構造(=否定神学システム)の構造を思考しました。その成果が主著「存在と時間(1927)」における現存在分析です。そして1930年代における後期ハイデガーはこのような実存論構造(=否定神学システム)の成立根拠(=超越論的シニフィアン)へと遡行します。これがいわゆるハイデガーの「転回」と呼ばれるものです。

この点、後期ハイデガーにおいては存在の源泉を現存在には求めるのではなく、むしろ存在こそが現存在の源泉となると考えます。この時期から超越論的シニフィアンに相当する語も発信元不明な「呼び声」ではなく「存在」から「現存在」へ向けて発信される文字通りの「存在の声」と呼ばれるようになり、そこでは現存在分析以前の「存在」そのものが分析されることになります。

問題なのは後期ハイデガーが「存在」の分析において様々な哲学用語(哲学素)を「固有名」として読解した点にあります。その思考は詩的言語に支えられた差異の領域へ遡行し、ある種の神秘主義的なブラックボックス的言説を形成します。この点、ハイデガーの思考はルドルフ・カルナップが批判するように「論理形式の名詞化」を引き起こしています。

そしてハイデガーの影響を受けた1960年代のフランス現代思想シーンは、概ねこの「否定神学システム」の磁場に支配されていました。当時のラカン派精神分析にはその範例的な思考を見出すことができます。

いわば「否定神学システム」は表面的には「形而上学的システム」を脱構築する一方で、その残余=脱構築不可能なものを基礎付けるブラックボックス的言説を経由することで、いわば裏口から「形而上学システム」を再導入してしまう思考ともいえます。


* 存在論的脱構築と郵便的脱構築

ゆえに「真理の配達人」におけるデリダのラカン批判は間接的なハイデガー批判といえます。この点、東浩紀氏はデリダの「脱構築」には二つの側面があると言います。まず一般的に「いわゆる脱構築」として理解されているシステムの最終審級を無効化させる側面(ゲーテル的脱構築)と、次にその「いわゆる脱構築」が取り逃がした「剰余=(脱構築)不可能なもの」を捉えようとする側面(デリダ的脱構築)です。そして、このような後者の「不可能なもの」を捉える脱構築には「否定神学的-存在論的脱構築」と「郵便的脱構築」の2つのルートがあるとされます。

この点、存在論的脱構築にとって「不可能なもの」とは単数的な観念です。そして「不可能なもの」の存在論化においては哲学素の固有名化が利用されるため、その言説は後期ハイデガーのようにかなり秘教じみたものになります。

これに対して、郵便的脱構築は「不可能なもの」を複数的な物質として捉えます。そしてここでは精神分析のメカニズムを応用した哲学素の転移化が利用されます。郵便的脱構築において用いられる転移技法は「古名」の操作と呼ばれます。これはまず⑴ある概念に還元される様々な確定記述が抜き取られ、次に⑵残ったその概念の名を利用した確定記述の「接木/拡張」という二段階で行われます。

こうした「古名」の操作を可能とするのが、あらゆるシニフィアン(表象)に宿る確定記述の束に等置不可能な「剰余(plus)」です。そしてこの「剰余(plus)」はあらゆるシニフィアンと、その背後に取り憑いている「コーラ(=器)としてのエクリチュール」との間に生じる差延から生じることになります。


* 郵便=誤配システム

すなわち、存在論的脱構築も郵便的脱構築も世界(Da)から排除された「不可能なもの」を言語化しようとする点では共通しますが、以下のような相違があります。

ハイデガーの世界(Da)はシニフィアン(存在者)のみで構成されており、そこにはひとつの穴(存在)が空いており、ここからクラインの壺の底面と頂点を短絡させる管=クラインの管を経由して超越論的審級から「存在の声」が降り注ぎます。

これに対してデリダの世界(Da)はシニフィアン(存在者)とエクリチュール(幽霊)の二重構造になっており、その二重性の間から崩落したものがクラインの管が分岐化された空間=郵便空間を経由して「幽霊の声」として再来します。

このように「不可能なもの」を思考しつつ、なおかつ「否定神学システム」から逃れていく思考様式を東氏は「郵便=誤配システム」と呼んでいます。そして、このようなデリダの「郵便=誤配システム」の背景にはフロイトの影響が認められます。

デリダは「フロイトとエクリチュールの舞台(1966)」において、フロイトの著作群の中で「科学的心理学草稿(1895)」と「マジック・メモについてのノート(1925)」という、どちらかというと周縁的なテクストを高く評価しています。そして、ここでデリダが注目したフロイトのテクストからは、ラカンが緻密に読み解きドゥルーズたちが苛烈に批判したエディプス・コンプレックス至上主義者たる「いわゆるフロイト」とは異なる「もうひとりのフロイト」を見出すことができます。


* 経路

まず「科学的心理学草稿」においてフロイトは人の心=心的装置を「知覚表象の保持(=ニューロン)」とその間に張り巡らされた「経路(=ネットワーク)」として捉え、その情報処理の過程を心的エネルギー量の移動によって説明しています。

そして、フロイトは「二次過程(=意識的情報処理)」と「一次過程(=無意識的情報処理)」の差異をその心的エネルギーの流動性から区別します。一次過程の心的エネルギーは二次過程の心的エネルギーに比べて流動性が高く、その経路の途中に障害(例えば外傷的表象)がある場合はより抵抗の低い経路へと迂回/逸脱します。この迂回/逸脱を繰り返す過程で心的エネルギーは圧縮ないし分割されることになります。

すなわち、ここでは無意識における「経路(=ネットワーク)」の複数性が仮定されています。そして、夢・錯誤行為・神経症といった奇妙な表象(無意識の形成物)はこうした無意識における錯綜した情報処理によって形成されることになります。


* マジック・メモ

つぎに「マジック・メモについてのノート」においてフロイトが取り上げた「マジック・メモ」という装置は、暗褐色の合成樹脂あるいはワックスのボードに厚紙の縁を付けて、その上に二層構造のカバー(透明なセルロイドと半透明の薄いパラフィン紙)を取り付けた子供用のオモチャのことです。

この装置に棒や爪などで文字を書くと、その筆圧がかかった箇所ではカバー下層とボードが粘着し、その痕跡が黒い文字として視認できます(カバーが二層に分かれている理由は刺激に弱いパラフィン紙を保護するためです)。そして、その書き込まれた文字を消して新たに文字を書き込みたい場合は、今度はカバーを二層ごとに引き上げ、ボードとの粘着状態を元に戻します。

このような構造を持つマジック・メモにフロイトが注目したのは、この装置の構造が人の心的装置における特性をよく表していたからです。フロイトはカバー下層を知覚-意識系に、ボードを無意識にそれぞれ準えます。

そしてここでのポイントは知覚-意識系(カバー上層)が受容した情報は意識の上では忘却(カバーを剥がした)後も、その記憶は無意識(ボード)に物理的な文字の痕跡として残り続けるという点です。


* 語表象と物表象

この点、フロイトは「無意識について(1915)」という論文で「意識的な表象は物表象とそれに属する語表象を含むが、無意識的な表象は物表象だけである」という重要なテーゼを提出しています。

つまり心的装置は「二次過程(意識的情報処理)」においては「物表象」と「語表象」を用いることで「知覚同一性/思考同一性」という二種類の同一性論理で情報を処理しますが「一次過程(無意識的情報処理)」は「物表象」による「知覚同一性」の論理しか扱えないということです。

一次過程の典型例は我々が夜見る夢を生み出す無意識の作業(夢作業)です。この点、フロイトが「夢判断(1900)」で様々に例示するように、夢は二次過程に属するある表象(日中残余)を再び一次過程(夢作業)に差し戻します。この夢作業の過程で、その表象から語表象の資格が失われて、思考同一性の論理が剥奪されます。それ以降。当該表象は物表象となり、知覚同一性の論理によって分解・結合・圧縮される事になります。それ故に夢においては名詞と論理形式は混同され、論理形式が奇妙な形で名詞化=視覚化されることになります。


* 幽霊の審級

ここまでのフロイトの議論を先述のデリダの議論に接続すると、経路はクラインの管の分岐化に、マジックメモは世界(Da)の二重構造に、語表象はシニフィアンに、物表象はエクリチュールに相当します。

つまり世界(Da)の二重構造によりシニフィアンから引き剥がされたエクリチュールは無意識=郵便空間を経由して「幽霊の声」として回帰することになります。そして、否定神学システムとは、こうした郵便=誤配システムの効果として生じる仮象として処理されます。そして我々の日常的なコミュニケーションやテクスト読解もまた、こうした郵便=誤配システムによって駆動されているといえるでしょう。

こうしてみると真に脱構築的なコミュニケーションやテクスト読解とは「いわゆる脱構築」からイメージされるダブル・バインドの暴露による最終審級の無効化に止まることなく、その先にある「ありえたかも知れない」という「幽霊の審級」とでもいうべきものの出現を目指す営為ということになるのではないでしょうか。

















posted by かがみ at 23:47 | 精神分析

2022年01月30日

等価交換の外部を開くということ−−脱構築の諸相


* 脱構築とは何だったのか

いわゆる「ポスト・構造主義」の代表的論客と目されるフランスの哲学者ジャック・デリダが提唱した「脱構築(デコンストリュクシオン)」とは、文字通り既存の枠組みを「脱」して新しい枠組みを「構築」するという哲学的営為です。こうした「脱構築」を武器にデリダは哲学、文学、法律、政治といった古今東西の様々なテクストについて極めて斬新な読解を提示してきました。

やがて脱構築批評は文芸批評の世界で一種の知的流行となり、1970年代のアメリカではイェール大学を中心としたポール・ド・マンら「イェール・ディコンストラクション派」が台頭します。彼らのその主張は概ね次のようなものです。

あらゆる言語はすべからくメタフォリカルなものであり、従って言語が文字通りに「文字通りなもの」と信じるのは誤りである。哲学も法律も政治理論も詩と全く同じようにメタファーに頼った虚構である。メタファーは本質的に無根拠であり、言語は最も強く人を説得しようとするその瞬間にメタファーの塊たる自らの虚構性と恣意性を曝け出さずにいられない。

そして言語のそうした両義性が最もよく表れている領域が「文学」である。読者は「文字通り」の意味と文彩的な意味との間で引き裂かれ、両者いずれも選べないままに「読めないもの」になったテクストの底なしの言語的深淵へと眩惑のうちに投げ入れられる。文学は批評家がわざわざ脱構築してやるには及ばない。文学は最初から自ずから脱構築されており、しかも文学は実際には脱構築そのものについても語るのである。

そして読者は互いに調和もしなければ拒絶もしない二つの意味に挟み撃ちにされ、文芸批評はいきおいアイロニックで不安定な営みとなる。テクストの内なる真空では意味の虚構性、真理の不可能性、あらゆる言説の欺瞞的二枚舌的性格が赤裸々に暴かれる。いまや文学はその言語の無能ぶりの証左になった。文学とは意味指示の廃墟であり、コミュニケーションの墓場である。

こうしてアメリカにおける脱構築批評は文学テクストの意味をひたすら解体し続ける退廃的な知的ゲームと化していきました。ともすればあるテクストを脱構築したはずの批評がその背後からさらに脱構築されるという事もざらにあります。ここでは自分の手持ちのカードを全部捨て去って空手で座り仰せた者が勝者となるということです。


* デリダにおける「剰余」

確かに脱構築という営みが、あるテクスト=システムを規定する階層秩序の決定不可能性を暴露するための思考運動であることは疑いないでしょう。これは形式的にはゲーテル的決定不可能性の問題でもあります。そしてデリダ自身はこうした思考運動を「代補の論理」と呼んでいます。

けれども他面でデリダのテクストには「ゲーテル的決定不可能性=代補の論理」の発見に止まらない「剰余」があります。

例えば、しばしデリダにおける「脱構築」の範例的テクストとして取り上げられる「プラトンのパルケマイアー」において、デリダは「パルマコン」と呼ばれる「薬」と「毒」という両義性を持つ語を代補としてプラトン哲学を脱構築しています。

しかしデリダのテクストはそこで終わりません。彼は「パルマコン」という両義性を持つ語に注目する一方で、その「パルマコン」という「ことば」そのものに執拗に拘り、そこに「真理」「家族」といった問題系など、多くの参照の糸を絡ませていきます。

あるテクスト=システムを形式的に脱構築をするだけであれば、それらの隠喩の配置は必要なかったはずです。これは「プラトンのパルケマイアー」だけの問題ではありません。ではそこでデリダは一体何を行おうとしたのでしょうか?


* ゲーテル的脱構築とデリダ的脱構築

この点、東浩紀氏はデリダの「脱構築」には二つの側面があると言います。まず一般的に「いわゆる脱構築」として理解されている、あるテクスト=システムの最終審級を無効化させる側面と、次にその「いわゆる脱構築」が取り逃がした「剰余=不可能なものの経験」を捉えようとする側面です。

そして東氏は脱構築のこの二つの側面を「ゲーテル的脱構築」と「デリダ的脱構築」と名付けます。前者が「脱構築可能なもの」を扱うとすれば後者は「脱構築不可能なもの」を扱います。

そこで東氏が注目するのがデリダのテクストに初期からしばし出現する「郵便」の隠喩です。ここでデリダのいう「郵便」とは、手紙(情報・記憶)がどこかに行方不明になったり違う人に誤配されたりする不完全な情報空間のことを指しています。では、この「郵便」なる隠喩を用いてデリダは何を行おうとしたのでしょうか?


* 形而上学・否定神学・郵便空間

まず「ゲーテル的脱構築」により「脱構築可能性なもの」を「形而上学システム」と言います。この「形而上学システム」において、すべてのシニフィアンからシニフィエへの循環運動は超越論的シニフィエ(形而上学的原理)という最終審級によって担保されると想定します。

ここではオブジェクトレベルとメタレベルは完全に峻別されており、この認識構造を図式化すれば底面が頂点によって吊り支えられた円錐構造となります。

世の中の様々な法律や理論や思想は形而上学なテクスト=システムで記述されています。形而上学的システムは超越論的シニフィエを頂点とした体系的思考を展開します。けれどもいかなるシニフィエも、それは結局シニフィアンによって記述される以上、常に脱構築される可能性に曝されます。

つぎに「ゲーテル的脱構築」における「脱構築不可能なもの」を捉える一つの思考様式を「否定神学システム」と言います。この「否定神学システム」おいては、シニフィアンからシニフィエへの循環運動の「穴=不可能性」が発見されます。しかしこの「不可能性=穴」は「超越論的シニフィアン=シニフィエなきシニフィアン」で名指され、この超越論的シニフィアンが全てのシニフィアンの運動を回収する最終審級として現れます。

ここでオブジェクトレベルとメタレベルは短絡されており、この認識構造を図式化すれば底面と頂点の間で循環運動が生じるクラインの壺構造となります。

いわば「否定神学システム」は表面的には「形而上学的システム」を脱構築する一方で「穴=超越論的シニフィアン」というブラックボックスを経由することで、いわば裏口から「形而上学システム」を再導入してしまう思考ともいえます。

こうした「否定神学システム」の代表例がマルティン・ハイデガーの存在論です。そしてハイデガーの影響を受けた1950〜1960年代のフランス現代思想シーンもまた概ねこの「否定神学システム」の磁場に支配されていました。そしてそれはデリダ自身も例外ではありませんでした。

デリダは自らの思考がしばし「否定神学システム」的なブラックボックスに陥りがちであった事にかなり自覚的であったといわれています。そしてデリダの「郵便」の隠喩はこうした文脈の中に位置付けられます。

すなわち、東氏の仮設する「デリダ的脱構築」とは「ゲーテル的脱構築」の残滓=不可能性を思考し、なおかつ「否定神学システム」から逃れていく、いわば「郵便空間システム」と呼ぶべき思考です。ではデリダはこうした「郵便空間システム」の思考を具体的には、どのように展開したのでしょうか?


* 不可能性の単数化−−盗まれた手紙のセミネール

この点、フランスの精神分析医、ジャック・ラカンがその難解極まりない事で知られる主著「エクリ」の冒頭に置いた「盗まれた手紙のセミネール」はラカン派精神分析の基本的思考が集成されたテクストとして知られています。

このセミネールは表題通り、エドガー・アラン・ポーの有名な短編小説「盗まれた手紙」をラカンが解釈するものです。そこでラカンは、ポーの小説の中で特権的な役割を果たす「手紙」に注目し「手紙は常に宛先に届く」というテーゼを提出しました。

まず、ラカンによるとここでいう「手紙」とは、ラカン派精神心分析でいうところの「ファルス」と「対象 a 」に相当します。「ファルス」とはシニフィアンの循環運動(ラカンのいう象徴界)の「穴=不可能性」を開くシニフィアンであり「対象 a 」とはその「穴=不可能性」を再び閉じるシニフィアンです。

ポーの小説において「盗まれた手紙」は、王から王妃へ、大臣へ、デュパンへ、そして警視総監へと絶えず移動していきます。ここで「手紙 」はオブジェクトレベルではどこにも届いていませんが、メタレベルでは「常に宛先に届く=どこにも届かない」という逆説的位置に必ず届いています。

すなわち、ラカンによれば、分割可能な「主体(脱構築可能なオブジェクトレベル)」の裏側でつねに分割不可能な「穴(脱構築不可能なメタレベル) 」が超越論的シニフィアンとして出現することになります。この単数的な「穴=超越論的シニフィアン」の出現こそがラカンにとっての最終審級です。

超越論的シニフィアンは、それ自身が単数で分割不可能な限り、それは再びシステムの全体性を否定的に表象してしまいます。これはまさしく否定神学システムそのものの思考です。


* 不可能性の複数化−−真理の配達人

これに対してデリダは「盗まれた手紙のセミネール」の批判的読解である「真理の配達人」において「手紙は宛先に届かないことがありうる」というテーゼを提出します。

この点、ラカンは、手紙(=記憶/情報)は「常に宛先に届く=どこにも届かない」という場所に必ず転送されるという誤配なきネットワーク空間を暗黙裡に想定しています。実際、ラカンは様々な哲学的・文学的言説から「不可能性」の痕跡を探し出してきては、それらを単数的な「不可能性」へ再構成します。ラカンの中ではフロイトもハイデガーもポーも皆同じ「不可能性」に直面しているとみなされます。そこで歴史は事実上、抹消されており、それらはすべて「ファルス」や「対象 a 」という「超越論的シニフィアン」をめぐるラカン的問題の反復でしかないということです。

これに対してデリダは「手紙=記憶/情報」は宛先に届かないことが「ありうる=確率可能性/反復可能性」という位相を重視しています。素朴に考えても実際、我々は自身の記憶を忘却したり勘違いをしたり、あるいは様々な情報を読み間違ったり書き間違ったりすることが「ありうる」でしょう。この確率可能性/反復可能性という位相をラカンは取り逃しているといえます。

このような宛先に届かず行方不明になったり誤配されたりする手紙の中にこそデリダは「不可能性」を見出しています。ゆえにデリダの「不可能性」は複数性を帯びています。かつてフロイトたちが直面した「不可能性」とデリダの直面する「不可能性」が同じものである保証はどこにもないということです。


* 等価交換の外部を開くということ

このようなデリダ的な思考からみると「否定神学的システム」における「穴=超越論的シニフィアン」とは「郵便空間システム」の中で生じる仮象的効果として捉えられることになります。

そしてこうしたデリダの「郵便空間システム」が開くのが「幽霊」という位相です。我々は日常的な会話や読書といったコミュニケーションにおいて、もっぱら特定のコンテクストに依存するパロール(発話)の審級にのみ注目しますが、その一方で特定のコンテクストから断絶したエクリチュール(文字)の審級は常に我々の無意識を侵食してきます。

そしてデリダによれば、このようなパロールとエクリチュールの往還運動の中には「散種」が宿るといいます。「散種」とはパロールによっては記述不可能なエクリチュールに固有な意味の多様性をいいます。そしてそこには「過去・現在・未来」という一般的な時間性とは別様の様々な「現前しなかった過去−−〈かもしれない〉」という特殊な時間性が生じます。このような特殊な時間性をしばしデリダは「幽霊」というメタファーで名指します。

「幽霊」はコミュニケーションにおける等価交換の外部を開きます。例えばコミュニケーションにおける「共感」とは一般的に「相手の気持ちを理解する」という等価交換を目指した営みといえるでしょう。けれどもコミュニケーションが「郵便空間システム」に規定されている以上、その中において完全な共感=等価交換は原理的に成立しないことになります。こうした共感=等価交換の誤配のなかで、様々な〈かもしれない〉という幽霊たちが産み出される事になります。

もちろん通常の社会生活を営む上ではひとまず、我々はひとまず共感=等価交換が成立している「ふり」をしないといけないでしょう。けれどもその一方で共感=等価交換の名において切り捨てられた幽霊たちへのまなざしを完全に忘却してしまった時、きっと我々のコミュニケーションにおける創造性や、世界の解像度などといったものはどんどん雑なものになっていくのではないでしょうか。

社会共通のコードが失われ脱コード化が加速する現代はまさに「誤配の時代」といえます。そうした現代におけるコミュニケーションの知を−−そのわかり合えなさをいかに分かり合えるのか、あるいはいかに愛でていけるのかという知を−−問う上で、エクリチュールから産み出される幽霊の位相を無視することは決してできないようにも思います。









posted by かがみ at 22:13 | 精神分析

2021年12月25日

例外なき例外を生きるということ



* キルケゴール哲学と「肉体の棘」

実存主義の始祖とされるセーレン・キルケゴール(1813〜1855)は19世紀前半のヨーロッパを席巻していたヘーゲル哲学に抗い、形而上学的真理に回収されない「実存」たる人の主体的な個別性を称揚しました。キルケゴールによれば人は以下のような実存段階を経ることになります。

最初の実存段階は「美的実存」と呼ばれます。これは人生のあらゆる快楽や美に身を任せ感覚的に生きる俗世間的な実存段階です。この美的実存の挫折を乗り越えるために人は次の実存段階である「倫理的実存」へと移行する必要があります。これは普遍的な倫理や正義に基づく社会的な自己実現をはかる実存段階です。

そして人がこの倫理的実存のアポリアに直面した時に、最後の実存段階である「宗教的実存」への道が開かれます。この「宗教的実存」とはキルケゴールによれば、人が自己自身の罪の意識に基づいて神の前にただ一人の「単独者」として立ち、自らにとってのひとつきりの真理を発見する実存段階です。

このようなキルケゴール哲学の起源の一つには「レギーネ体験」とも呼ばれる有名な婚約破棄事件があります。1837年、24歳の青年キルケゴールはレギーネ・オルセンという15歳の少女と出逢い、その後キルケゴールはレギーネに執拗に結婚申し込みを繰り返します。そして1840年、ようやくキルケゴールの努力(?)が実ったのか、二人は婚約します。ところがどういうわけか婚約から11か月目にキルケゴールは一方的に婚約指輪をレギーネに送り返し婚約を破棄してしまいます。

これだけみると完全に意味不明なキルケゴールの行動ですが、彼はレギーネとの婚約破棄を自身の「肉体の棘」によるものだとしばし述べています。ここでいう「肉体の棘」とは一体なんなのでしょうか?


* ラカンはキルケゴールの中に何を見たのか

この点、キルケゴールの病跡学的研究によれば、キルケゴールが何らかの疾患を抱えていることが彼の日記から明らかになっており、このことから、側頭葉てんかん説、メランコリー説、脊椎結核説、慢性脊椎炎説、ポルフィリン症説などが主張されています。

こうした諸説の中で、キルケゴールが梅毒などの性感染症に罹患していると信じ込んでいたという説があります。史伝的事実によれば生涯一度きりしか性交渉を持たなかったらしいキルケゴールが果たして本当に性感染症に罹患していたかどうかの真偽は今もって不明ですが、少なくとも彼が自らの身体的不調を性感染症によるものだと信じ込んでいたとすれば、彼がレギーネとの婚約を破棄したのは性感染症の影響を恐れてのことではなかったのかという推測も成り立ちます。

いずれにせよキルケゴールの中ではこの「肉体の棘」によるレギーネへの接近不可能性という論理が成立しているわけです。その後、彼のレギーネへの愛は、その接近不可能性ゆえにますます強く燃え上がり、彼は死ぬまでレギーネを愛し続け、その不可能な愛こそがキルケゴールの実存哲学を駆動させていくことになります。

フランスの精神分析家、ジャック・ラカンはキルケゴールを「フロイト以前に魂についてもっとも鋭く問いを立てた人物」として称揚します。ラカンといえば周知の通り、精神分析の始祖であるジークムント・フロイトの著作を徹底して読み抜くことで独創的な精神分析理論を発明した人物であり、フランス現代思想史においては「構造主義の騎手」としても知られています。

そのラカンが構造主義によってとっくの昔に乗り越えられたはずの実存主義の始祖であるキルケゴールをこうまで高く持ち上げるのはどうにも奇妙な気もします。ラカンはキルケゴールの中に一体、何を見たのでしょうか?


* キルケゴールの愛と宮廷愛

この点、キルケゴールのレギーネに対する愛は一見して、いわゆる「宮廷愛」と呼ばれるものと似たような構造を持っているようにも思えます。ここでいう「宮廷愛」とは12世紀ヨーロッパに起源を持つ詩歌の一つのジャンルであり、高貴な既婚女性を対象とする肉体関係抜きのプラトニックな愛をいいます。

このような「宮廷愛」をラカンはセミネール7「精神分析の倫理(1959〜1960)」の中で「昇華」の形式の一つに位置付けています。一般的な心理学的意味での昇華は「実現不可能な欲求を別の社会的に望ましい行為を通じて実現すること」などと定義されますが、ラカンがいうところの「昇華」とは「ある任意の対象を〈もの〉の尊厳まで引き上げる営為」を指しています。

ここでラカンが〈もの〉と呼ぶ境域は、シニフィアンよって象徴化不能な領域である現実界を構成するものです。つまりラカンのいう「昇華」とは〈もの〉への到達不可能性を「芸術」や「愛」などといった何か尊いものへと高揚する創造的営みであり、その昇華の一類型である宮廷愛は、ある女性との想像的関係を〈もの〉という現実的極限として見立てているということになります。


* 性別化の式におけるファルス享楽

その後、ラカンはセミネール20「アンコール(1971〜1972)」において宮廷愛を再度取り上げます。ここで宮廷愛は同セミネールで展開する「性別化の式」における「男性側の式」の中に位置付けられます。

性別化の式.png

まず男性側の式の左下(∀xΦx)は「すべての男性はファルス関数に従属しており、彼らが得ることができる享楽はファルス享楽だけである」という「普遍」に関する命題を示しています。

「ファルス関数」とは完全な欲動満足である「絶対的享楽」を禁止する機能を持ちます。象徴界への参入以降、〈もの〉への接近が不可能となるのと同様に、このファルス関数によって、すべての男性は「絶対的享楽」に関して去勢され、彼らの享楽は「対象 a 」に切り詰められた残滓としての「ファルス享楽」で満足するほかなくなります。ここから「性関係の不在」という後期ラカンのよく知られたテーゼが導かれます。

そして男性側の式の左上(∃xΦx)は「少なくとも一人以上、ファルス関数への従属を免れている例外が存在する」という「例外」に関する命題を示しています。そしてその「例外」は「絶対的享楽」から去勢されておらず「ファルス享楽」ではない「〈他〉の享楽」を得ていると想定されます。


*「例外」を夢想するということ

ここでいう「例外」の位置には、典型的にはフロイトの論文「トーテムとタブー」に登場する「原父」のような存在が想定されますが、男性にとって「例外」として機能するのは何も「原父」とは限りません。「原父」と同様に「宮廷愛」における「La femme(女性なるもの)」も男性にとっての「例外」として機能します。ラカンは「La femme」は「〈父〉のバージョン違い」であると述べています。

「La femme」とは宮廷愛によって〈もの〉の高みまで引き上げられた女性像です。そして男性が「La femme」への接近不可能性という「性関係の不在」を自らが置く障壁に見立てた時、そこには「それさえなければ、あのLa femmeを手に入れられるのに」という宮廷愛の構図が成立します。

言うなればラカンは「精神分析の倫理」の段階では宮廷愛を、ある女性を〈もの〉とみなす「昇華」として捉えていましたが「アンコール」の段階では宮廷愛を「性関係の不在」の隠蔽装置として捉えていることになります。この点につきラカンは宮廷愛を「性関係の不在を補填するためのまったく洗練された方法」「男性にとっては、性関係の不在からエレガントに抜け出すための唯一の方法」と述べています。いずれにせよ、ここには〈もの〉や「La femme」といった「例外」を夢想する構図が見出せます。

そうなると、キルケゴールのいう「肉体の棘」によるレギーネへの接近不可能性という論理は「男性側の式」でわりとありがちな宮廷愛の変奏曲として処理可能なようにも思えます。ところが「アンコール」おいてラカンは「男性側の式」ではなく「女性側の式」の中でキルケゴールの愛について言及しています。これはどういうことなのでしょうか?


* 性別化の式における〈他〉の享楽

ここで「性別化の式」における「女性側の式」である(∃xΦx)と(∀xΦx)を見ると「女性におけるすべての享楽はファルス的でないわけではないが、それはファルス的でない享楽があり得ない」という何とも不可解な命題が示されています。ここでラカンは女性も男性と同様にファルス享楽と関わらないわけではないけれど、それに加えて女性はファルス享楽を超える「〈他〉の享楽」を得る可能性があると主張しています。

もっとも、このような「〈他〉の享楽」を手に入れる可能性を持つのは生物学的意味での女性のみならず、キリスト教の神秘主義者をはじめとした傑出した男性にも〈他〉の享楽に到達する可能性があるとラカンはいいます。

そして「アンコール」の中でキルケゴールについて明確な言及がなされるのはまさにこの文脈においてです。すなわち、ここでラカンはキルケゴールの愛を単なる「宮廷愛」を超えた、神秘主義者たちの「〈他〉の享楽」にも匹敵するような愛として読み解いているということです。


* 二段階の去勢

この点につきラカンは「キルケゴールは、自らを去勢し、愛を諦めることによってのみ実存にアクセスできると考えています」と述べています。ここでラカンがいう「去勢」とは古典的なフロイト的意味における「去勢」とは異なります。おそらく婚約破棄以前のキルケゴールはファルス関数の枠組みの中でレギーネを「対象 a」として愛するファルス享楽の段階にいたはずです。しかし彼は婚約破棄により、レギーネに対するファルス享楽の愛を諦めました。そのことをラカンは「自らを去勢し、愛を諦めること」と表現しています。

つまり(ラカンが読み解いた)キルケゴールはここで二段階の「去勢」を経由していることになります。第一段階目がファルス関数によるフロイト的意味の「去勢」であり、第二段階目がファルス関数に「否」を突きつけるラカン的意味での「去勢」です。

キルケゴールにとってレギーネとの婚約破棄は「神との聖なる婚約」であったといいます。すなわち、ここで彼はレギーネを対象 a に還元するファルス享楽を放棄することで「神との聖なる婚約=〈他〉の享楽」に到達したことになります。

しかし、これは「男性側の式」から「女性側の式」への単純な移行を意味しません。「女性側の式」における「〈他〉の享楽」のパラダイムが「神秘主義」的な享楽であるのに対して、キルケゴールにおける「〈他〉の享楽」のパラダイムは二段階の去勢を経由したいわば「禁欲主義」的な享楽といえます。すなわち、ここでキルケゴールは宮廷愛的な「例外」の夢想を超えた「男性側の式」のリミットの外部へ、まさしく「例外そのもの」へと跳躍している事になります。


* 例外なき例外を生きるということ

こうしてみると、キルケゴール哲学における「倫理的実存」から「宗教的実存」への移行とは、ラカンのいうところの「自らを去勢し、愛を諦めること」ではじめて可能となる「実存」への跳躍を、すなわち二段階の去勢を経由した「例外そのもの」への跳躍を指しているように思われます。

このようなキルケゴール的跳躍は19世紀当時においては、まさしく文字通りの「例外そのもの」であったと思われます。けれども「倫理的実存」という名の「ファルス関数」が失墜した現代においては、ある意味で我々は皆、キルケゴール的跳躍が問われているといえます。おそらく人は今や誰もが例外なく「例外そのもの」を、いわば例外なき例外として、自分にとってのひとつきりの真理を、あるいは特異的な享楽を、この人生という名の実存と構造が矛盾する螺旋の円環の中に見出していかなければならないのでしょう。













posted by かがみ at 22:39 | 精神分析

2021年11月26日

欲望の弁証法とデータベース的動物



* エディプス・コンプレックスと前エディプス期

時は20世紀初頭、精神分析の始祖であるジークムント・フロイトは当時謎の奇病とされたヒステリーをはじめとする神経症の治療法を試行錯誤する中、患者の心的現実を基礎付ける内因的な欲動の存在を想定し、独自の欲動発達論を主張しました。

フロイトによれば、幼児のリビドーは身体の各粘膜部位に性感帯を持つ自体愛的な部分欲動として生後間もなく生じ「口唇期(1歳頃まで)」「肛門期(2〜3歳頃)」「男根期(4〜5歳頃)」という一定の発達段階プログラムを経由して、やがて「部分対象(身体部位)」から「全体対象(他者)」へ向けられることになります。

この点、男根期に入ると幼児は性の区別に目覚め、異性の親に愛着を持つ一方で、同性の親に対する憎悪を抱くとフロイトは考えました。このような幼児の抱く心的観念の複合体をフロイトはギリシア悲劇に倣い「エディプス・コンプレックス」と命名しました。フロイトはこの「エディプス・コンプレックス」の解消のされ方がセクシュアリティの確立や超自我の形成、そして神経症的葛藤の成立における重大な要因となると述べています。

そして、この一見して奇怪なフロイト神話を構造言語学の知見を用いて再解釈したのがフランスの精神分析家ジャック・ラカンです。1950年代においてラカンはエディプス・コンプレックスを〈父の名〉という超越論的なシニフィアンの導入として捉え、精神病の構造的条件を「〈父の名〉の排除」へ求めました。

ところが当時、英米の精神分析臨床において多大な影響力を持っていた対象関係論の始祖、メラニー・クラインはフロイトのいう「エディプス・コンプレックス」という父子関係よりもむしろ「前エディプス期」と呼ばれるゼロ歳児の母子関係を重視していました。では、ラカンはクラインのいう「前エディプス期」をどのように捉えたのでしょうか?


* 妄想分裂ポジションと抑うつポジション

この点、クラインは「前エディプス期」についての集大成的論文「幼児の情緒生活ついての二、三の理論的結論(1952)」において、ゼロ歳児の心性としての前エディプス期を「妄想分裂ポジション」と「抑うつポジション」の二つに分けています。

まず、生後3〜4ヶ月の幼児の主な関心は母親の乳房という「部分対象」に向けられています(註)。ここで幼児は「乳房=部分対象」による欲求充足と欲求不満を繰り返し体験しています。この繰り返しの体験によって、幼児の心的生活に「良い乳房」と「悪い乳房」の区別が導入されることになります。

(註:ここでいう「母親の乳房」とは実母における授乳行為に限らず、養育者による栄養補給措置全般を指しています。)

すなわち、一方の「良い乳房」とは、幼児の欲求を充足させてくれるというポジティヴな価値を持つ愛すべき対象です。そして、他方の「悪い乳房」とは、幼児の欲求を不満足に陥らせるネガティヴな価値を持つ憎むべき対象となります。こうして幼児は「悪い乳房」に絶滅的不安ないし迫害的不安を感じてしまうようになります。結果、幼児は「悪い乳房」を噛み砕き食い尽くしてしまおうとする空想を懐きます。これが「妄想分裂ポジション」です。

けれども、やがて生後4〜6ヶ月頃になると幼児は、これまで噛み砕き食い尽くそうとしてきた「悪い乳房」が実は「良い乳房」と同じく、母親という「全体対象」の一部であることに気づきます。そこで幼児の中に「母親=全体対象」を傷つけてしまったという罪悪感や抑うつ的不安が生じることになります。これが「抑うつポジション」です。

このようにクラインの考えによれば「妄想分裂ポジション」における幼児の「乳房=部分対象」に対する「良い/悪い」「愛情/憎悪」といった二項対立は「抑うつポジション」において「母親=全体対象」の上に統合されることになります。


* 現実的対象と象徴的対象

これに対してラカンは、セミネール4巻「対象関係(1956〜1957)」において、クラインのいう部分対象と全体対象の区別を「象徴界(イメージ)」「想像界(言語)」「現実界(物それ自体)」という独自の枠組みから再解釈します。

クラインの考えでは、妄想分裂ポジションにおける部分対象(乳房)は後に抑うつポジションにおける全体対象(母親)へと統合されることになります。ところがラカンはそのような統合を認めません。なぜなら、乳房と母親は異なる水準にあり、前者が後者に統合されることはありえないからです。どういうことでしょうか?

まず、幼児は「乳房」という「部分対象」と関わりを持っています。この乳房はクラインのいうような快を提供してくれる「良い乳房」と、快を提供してくれない「悪い乳房」に分裂した別々の存在として「現実的な水準」で幼児の前に現れています。

ところが、この時点で幼児はすでに「母親」という「全体対象」とも関わりを持っているとラカンは主張します。この母親は、幼児の知らない何らかの規則=法に従って現前/不在を繰り返す「象徴的な水準」で幼児の前に現れています。

このような見地から、ラカンは子供は「乳房=現実的対象(部分対象)」と「母=象徴的対象(全体対象)」と同時に関係を持っていると考えます。つまりクラインが部分対象と全体対象を前者から後者への統合関係として捉えているのに対して、ラカンは両者を併存関係として捉えていたということです。

そして、ラカンは、このような乳房と母をめぐる状況を「フリュストラシオン」と呼び、これを「象徴的母を動作主とする現実的対象の想像的損失」と定義しています。ここでの「象徴的母」とは始原的な〈他者〉であり〈父の名〉の母胎となる前駆的概念になります。すなわち、ラカンはクラインが母子の二者関係で捉えた前エディプス期にも、エディプス的三者関係がすでに導入されていると考えています。端的に言えばラカンはクラインほどに前エディプス期の優位性を認めていないという事です。


* 欲求の要求と愛の要求

このようにフリュストラシオンにおける「乳房=現実的対象(部分対象)」と「母=象徴的対象(全体対象)」は、それぞれ異なる水準にあります。そしてラカンはこの二つの水準のズレ=裂け目こそが、人間の欲望を構成する原理となると考えました。

ラカンは、フリュストラシオンにおける母子関係は弁証法的であると指摘しています。そして、この弁証法は「欲求」「要求」「欲望」から成り立っているといいます。

まず幼児は生存維持のため現実的乳房に対して生物学的な「欲求」を向けます。そして現実的乳房を得るために子供は象徴的母に対して自分の前に現前するように何かしらの言語表象、すなわちシニフィアンを通じて「要求」する事になります。

ここで「要求」は、現実的乳房に向けた「欲求の要求(要求1)」であると同時に象徴的母に向けた「愛の要求(要求2)」でもあります。そしてラカンは「欲求の要求(要求1)」の特殊性は「愛の要求(要求2)」の無条件性へと変換されることで揚棄(=消去)されるといいます。

こうした「欲求」と「要求」のあいだの「うまくいかなさ」から「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」のあいだには一つの「裂け目=謎」が生じることになります。そしてこの「裂け目=謎」を原因として現れる領野こそが「欲望」です。すなわちラカンによれば欲望とは「愛の要求(要求2)」から「欲求の要求(要求1)」を引き算する事で生じる差異として構成される事になります。


* 欲望の弁証法とラカンの禁欲原則

以上のように、欲望とは「欲求」「要求」「欲望」の三段階を介して発生します。ラカンはこのようなフリュストラシオンにおける弁証法的展開を「欲望の弁証法」と呼びます。そしてそれは単なる思弁ではなく、ラカンにとっては精神分析臨床において欠かすことのできない治療指針でもあります。

そもそも、フロイトが精神分析の臨床において常に問題にしてきたのが「欲望」でした。彼は分析主体が異性の分析家へ擬似的な恋愛感情を抱く「転移性恋愛」と呼ばれる状況を、分析主体の抵抗を強め分析を停滞させるものとして警戒していました。それゆえフロイトは分析治療では「禁欲」を原則としなければならないと述べます。これが有名なフロイトの「禁欲原則」です。

このフロイトのいう「禁欲原則」とは、分析家は分析主体と恋愛関係に陥ってはいけないという当たり前の注意であると同時に、分析家は分析主体の愛の要求を満足させないことで分析主体の欲望を惹起するための技法でもありました。

そしてラカンもまた、その臨床実践において「欲望」を重視しました。精神分析を求めて分析家のもとにやってくる人々は「自分を治してほしい」「自分自身を知りたい」「精神分析を教えて欲しい」「自分を分析家として認めてほしい」などといった様々な要求を携えています。けれどもこれらの要求はいずれにせよ結局のところは「何でもいいからわたしを認めてほしい」といった愛の要求に変換され、その特殊性は無条件性へと揚棄(=消去)されることになります。

そこで分析家には「要求を要求として承認しない」という態度が求められるとラカンはいいます。すなわち、分析家は分析主体の要求を言葉通りに承認する事なく、むしろこれを「フリュストラシオン=欲求不満」へ導くことによって「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」とのあいだに生じる欲望の領野を活性化させ「主体のフリュストラシオンが留められているシニフィアンの再出現(E618)」を目指します。こうした事からラカンの考える精神分析的な解釈とは、分析主体の症状や人生に何かしらの意味を与える「説明」ではなく、むしろ衝撃的な動揺を伴う「神託」のようなものになります。

主体の欲望を開き根源へ至るということ。こうした境域を目指すラカンの技法を、精神病理学者の松本卓也氏は「ラカンの禁欲原則」と名付けています。


* データベース的動物

ところで、我々の生きる現代とはある意味でラカンのいう「フリュストラシオン」が機能不全に陥った時代ともいえます。

例えば、現代を代表する批評家の一人である東浩紀氏はその代表作と目される「動物化するポストモダン(2001)」において漫画・アニメ・ゲームなどのサブカルチャーの愛好者、一般的にはいわゆる「オタク」と呼ばれる消費者の消費行動傾向が「物語消費」から「データベース消費」へ移行している実態を指摘し、氏はここにポストモダンの一般的傾向を見出します。

すなわち、近代とは「小さな物語」の後景には「大きな物語」があり、人々は「小さな物語」を通じて大きな物語にアクセスする「ツリー型世界」であったのに対して、ポストモダンにおいてはもはや「大きな物語」が機能しておらず、その代わりに「大きな非物語=データベース」から無数の「小さな物語=シュミラークル」が生産される「データベース型世界」であるということです。

そして、ここではシュミラークルの水準で生じるドラマへの動物的欲求とデータベースの水準で生じるシステムへの人間的欲望という二つが解離的に共存することになります。こうして東氏は現代社会の人間像を、個人の生の意味づける「大きな物語」への「欲望」より、記号的なキャラクターやウェルメイドなドラマへの「欲求」を優先させる「データベース的動物」と名付け、1995年以降の時代を「動物の時代」として捉えます。

こうした東氏のいう「データベース的動物」とは上記のラカンの議論に照らせば「欲求の要求(要求1)」で充足してしまっている状態にあるといえます。では、こうした時代状況において我々は、松本氏のいうような「ラカンの禁欲原則」に相当するような処方箋を見出すことができるのでしょうか?


* 欲望を開くということ

この点、東氏は「動物化するポストモダン」の続編である「ゲーム的リアリズムの誕生(2007)」所収の論考において「AIR」というPCノベルゲームに注目しています。

このAIRというゲームはプレイヤーを二重の意味で疎外する作品です。まずその第一部において物語の主人公(=プレイヤー)である国崎往人はヒロインである神尾観鈴を延命させる代償として物語からの退場を余儀なくされます。ここでプレイヤーはキャラクターレベルで物語から疎外されることになります(父の不在)。さらにその第三部においては主人公は一羽のカラスでしかなく、観鈴が壊れていく様をなすすべもなく傍観するだけです。ここでプレイヤーはキャラクターレベルのみならずプレイヤーレベルにおいて「AIR」というゲームそれ自体からも疎外されることになります(プレイヤーの不在)。

こうした二重疎外を経由することでAIRはいわゆる「美少女ゲーム」における「父=プレイヤー」の「全能性」と表裏の関係にある「不能性」を告発します。そういった意味から東氏はAIRを、あるジャンルの可能性を極限まで引き出そうと試みるがゆえに逆にジャンルの条件や限界を図らずも顕在化させてしまう「臨界的=批評的な作品」として位置付けています。

フリュストラシオンにおける「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」はAIRにおける「キャラクターレベル」と「プレイヤーレベル」に相当します。こうした意味でAIRという作品を規定する構造は先に述べた「ラカンの禁欲原則」と同様の構造から成り立っているといえます。

同作が美少女ゲームという枠組みを超えてゼロ年代サブカルチャーを象徴する作品の一つとして今もなお高く評価される理由の一つには、同作が美少女ゲームにおけるプレイヤーの「要求」の外部にある「欲望」を開いた点にあるように思えます。

そして情報環境の進展ないし肥大化により、更なる「動物化」が加速する現代においては、サブカルチャーに限らず文化全般の領域で、このような意味での「欲望」を開くための想像力が今ますます必要とされているのではないでしょうか。














posted by かがみ at 00:11 | 精神分析

2021年10月24日

統合失調症の現象学−−症例アンネ・ラウ




* 統合失調症とは何か

統合失調症は2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた精神疾患です。主な症状として「妄想」「幻覚」のような陽性症状と「意欲低下」「感情鈍麻」「無為自閉」といった陰性症状があります。これらの症状のほかに患者の社会的、職業的生活における機能のレベルが低下していること、そして、この症状がある程度の期間(6ヶ月以上)持続しており、他の障害ではうまく説明できない場合、統合失調症と診断されます。

幻覚や妄想を呈する病が存在することは古代ギリシアの時代から既に知られていました。しかし統合失調症の典型例がはっきりと示された記録が残っているのは19世紀初頭だと言われています。19世末に近代精神医学を確立したドイツの精神科医エミール・クレペリンは当時「緊張病」や「破瓜病」などと呼ばれていた精神機能が急速に衰退する一連の病を「早発性痴呆」というグループへとまとめ上げました。また20世紀初頭、スイスの精神科医オイゲン・ブロイラーはクレペリンのいう早発性痴呆を「スキゾフレニア」と呼称しました。「スキゾ」は「分裂」で「フレニア」は「精神」の意味です。記述的精神医学からみた統合失調症の特徴的な症状は以下のようなものです。


* 前駆期

統合失調症の多くは「妄想気分」や「妄想知覚」と呼ばれる前駆期を経て発病に至ります。まず「妄想気分」とは目に見えるこの世界は何も変わっていないにも関わらず「何か」が変わったと感じる体験をいいます。この体験は世界が何か不穏で不気味なものに感じられる不安感や、あるいは世界が何か肯定的な煌めきに満たされていくような高揚感を伴って現れてきます。

次に「妄想知覚」とは正常な知覚に対して誤った意味づけを与える二段構成の体験をいいます。この二段構成をドイツの精神医学者クルト・シュナイダーは「二節性」と呼びました。シュナイダーは「妄想知覚」を統合失調症に特異的な一級症状に位置付けています。また妄想気分や妄想知覚と同様の構造を持つ病初期の体験として「実体的意識性」と呼ばれる意識の異常があります。

これら統合失調症の発病時に現れる体験の特徴として「原発性(先行する心的体験から導出されない体験であること)」「無意味性(意味のわからない体験であること)」「無媒介性(患者にとって直接的無媒介的な体験であること)」「圧倒性(圧倒的な力を帯びた異質な体験であること)」「基礎性(のちの症状進展に対する基礎となる体験であること)」が挙げられます。ドイツの精神病理学者カール・ヤスパースはこれらの一次性体験を「要素現象」と総称しています。


* 妄想

このようにまず統合失調症では一次性=原発性の「何か」が生じるわけです。それはその患者がこれまで生きてきた人生の意味の連続性を切断するような新しい「何か」が人生に突然付け加えられるということです。その新しい異質な「何か」が加わるということは患者本人にとっても不可解なことになります。

そして以後その患者はいわば「妄想的人生」を生きていくことになります。このような経過をヤスパースは「病的過程/過程」と呼びます。そして「病的過程/過程」が始まることによってその人の人生が折れ曲がり妄想人生へと展開した時点を「生活史上の屈曲点」と呼びます。

もっとも統合失調症の妄想の全てが「一次性=原発性」に生じているわけではありません。一次性=原発性妄想体験の後に生じた妄想は患者の妄想的人生の内部では意味の連続性は繋がっており、その限りで了解可能な場合はあります。

統合失調症の妄想は、そのほとんどが多かれ少なかれ関係妄想としての性質を有しています。言い換えれば「自分だけが何かに関係している」と確信する「思考の異常」こそが、統合失調症の妄想の基本的な構図を規定しているということです。


* 幻覚

統合失調症における「幻覚」とはほぼ「幻聴」のことをいいます。もっとも統合失調症における幻聴は最初から他者の声として現れるのではなく、むしろ頭の中にたくさんの雑念(思考や意志)が湧き始めるという体験として現れます。これを「自生思考」と呼びます。

自生思考の内容は全く意味不明なものであったり過去の記憶であることもあります。そしてこの自生思考は最初は単に「頭の中に言葉が浮かぶ」という体験ですが、次第に感覚性(聴覚的性質)を持ち始め「自分の声が頭の中で聞こえてくる」という体験に変化します。なお、このような段階にある自生思考をフランスの精神科医ガエタン・ガティアン・ドゥ・クレランボーは「精神自動症」とも呼びました。

自生思考の段階ではまだ思考の自己所属性が保たれていますが、この自生思考が他者化されると「他者の声が外から聞こえてくる」という明確な「幻聴」へ至る事になります。すなわち幻聴は一般に「感覚の異常」と考えられがちですが、妄想と同様に「思考の異常」という事です。

「幻聴」の種類としては「機能幻覚」「対話性幻聴」「命令幻聴」などが挙げられます。「機能幻覚」は現実の生活音の中から何かしらの「幻聴」が聞こえてくる体験です。かの有名な「症例シュレーバー」においても「機能幻覚」の例が見出されます。「対話性幻聴」は「声同士が対話する形」と「声と患者が患者が対話する形」という二つのパターンが存在します。「命令幻聴」は自分の主体性を簒奪するような命令を患者に下す幻聴が命令幻聴です。


* 統合失調症の現象学−−世界に棲まうということ

このように統合失調症といえば一般的に「妄想」と「幻覚」の二大陽性症状がまずは思い浮かべられるでしょう。ところが統合失調症の概念を基礎付けたクレペリンやブロイラーは知性、思考、感情、意志といった精神機能の衰退ないし分裂を統合失調症の特異的な症状として考えており、幻覚や妄想といった症状はむしろ統合失調症以外でも見られる非特異的な症状として考えていました。

すなわち、統合失調症においては、多くの人にとってはある意味で当たり前な「世界に棲まう」という根本的な様式に何らかの障害があり、そこから派生して様々な幻覚や妄想といった症状が出現しているということです。では、こうした個々の症状を超えたところにある統合失調症の基本障害とでもいうべきものを精神病理学はどのように捉えたのでしょうか?

この点、精神病理学において現象学的方法論を導入し、現存在分析の創始者として知られるスイスの精神科医ルートヴィヒ・ビンスワンガーは統合失調症の基本障害を次のような空間論的見地から説明しました。

ビンスワンガーによれば我々の生の空間は日常的な広がりを持つ「水平方向」の軸と超越論的な高みに向かう「垂直方向」の軸により構成されています。いわゆる「普通」の人生とは、その水平方向と垂直方向とが程よいバランスを保っていることによって成り立っているということです。こうした状態をビンスワンガーは「人間学的均衡」と呼んでいます。

ところが統合失調症の患者ではこのような「人間学的均衡」が崩れてしまっているわけです。つまり水平方向が痩せ細る一方で垂直方向が過剰に肥大化してしまっている。このような状態をビンスワンガーは「思い上がり(常軌逸脱)」と呼んでいます。そしてこうした「思い上がり」とはビンスワンガーがいうところの「自然な経験の一貫性の解体」、すなわち統合失調症の基本障害を脱するための起死回生の手段として行われるという事です。

こうしたビンスワンガーの切り開いた現象学的精神病理学を引き継ぎ発展させたのがドイツの精神病理学者ヴォルフガング・ブランケンブルグです。ブランケンブルグは統合失調症の基本障害の本質に迫るべく、妄想や幻覚といった産出的症状が比較的少ない症例に注目しました。次に示すいわゆる「症例アンネ・ラウ」です。


* 症例アンネ・ラウ

アンネは20歳で睡眠薬自殺を図りブランケンブルグのいる病院へ入院してきました。ブランケンブルグはアンネに対して「寡症状性分裂病」という診断を下します。寡症状性というのはつまり症状に乏しいという事です。アンネは妄想や幻覚といった統合失調症に典型的な症状に乏しい一方で豊かな内省性を持っていました。以下はアンネ本人と母親の陳述を元に構成したアンネの生育歴です。


アンネは歩き始めた後、言葉を覚えるのもひどく遅れて2〜3歳までかかったが、その後の発育は順調で大きな病気にはかかっていない。小さい時から行儀の良い物静かな子で、同じ年頃の子供たちともあまり遊ばなかった。父親は彼女のやることなすことが気に入らなかった。アンネは一心に勉強に打ち込み14歳頃までは成績も良かったが、15歳ごろから数学が難しくなり成績がやや下がった。母親はこれ以上の学校に進ませても意味がないだろうと考えた。何より父親がうちにほとんどお金を入れないので、経済的な事情でアンネは進学を諦める以外に道はなかった。

高校中退後、商業学校にはいったがその頃はもう人間関係がうまくいかなくなっていた。人並みに恋愛に興味を持つこともなかった。同じ年頃の男子と接近する機会を彼女は意識して避けた。しかしともかくも商業実習時代はまだ幸せだった。勉強は楽しかったし修了成績も悪くなかった。

商業実習を終えたアンネは当時兄が通っていた大学と同じ市にある会社に就職して父親から離れるため家を出て兄の隣に部屋を借りた。兄の友人たちと知り合いになったが、交際らしきものにはならなかった。家を恋しいと思う反面、母親の拘束が強すぎるという感じを持っていた。母親を受け入れて折り合っていくことが以前に比べてだんだん困難になっていった。これに反して父親の行動については彼女はそれは非難しはするものの、あれこれ思い悩むといった風はなかった。

兄が大学を転校したとき、アンネは別の町で家族のための住宅を見つける仕事を引き受けた。彼女の言葉から察すると、彼女は非常な活躍でうまく住宅を見つけたが、それはいわば彼女が最後の努力を振り絞ったといった感じだった。その間に両親の離婚訴訟が進められていた。両親の離婚が彼女にとって悲しいことだったかと問われた時、アンネは熱にでも浮かされたような笑いを浮かべて「いいえ、ちっとも、私にはどうでもいいことなの」と答えた。彼女の探した住宅に母と弟がやってきて、彼らは4人で一緒に暮らし始めた。最初のうちは父親がまだ時々やってきて、騒ぎを引き起こしていった。

その後アンネは化学工場に就職した。仕事はそれなりに面白かったが人間関係がとても難しく彼女には耐えられなかった。他の人たちが変な眼で彼女を眺め、彼女が少しおかしいことに気づいているようだった。彼女は自分はまだ精神的な成長が遅れているのだ、自分はまだ子どもなのだと考えた。とうとう仕事自体も手につかなくなって、彼女は自分から会社を辞めてしまった。何もせずぶらぶらしているわけにもいかず、彼女は寺院の見習い看護婦になった。しかしそこでもやはり仕事に打ち込むことができず、これまでと同じように、いつも考えごとばかりしていた。いろいろな考えや疑問が頭の中にいつも住み着いていた。

〈あたりまえ〉ということが彼女にはわからなくなった。〈ほかの人と同じだ〉ということが感じられなくなった。人はどうして成長するのかという疑問が頭から離れなかった。不自然でへんてこなことを一度にたくさん考えたりした。何事も理解できなくなり、何をしてもうまくゆかず、何もかもが信じられなくなった。こんな状態がもう何ヶ月も前から続いていた。その間彼女は「精神的疲労」の診断書をもらって3週間病欠していた。次第に自殺念慮が強くなり、住み込みの家政婦としての就職が決まった直前にアンネは睡眠薬による自殺を企てる。町中のあちこちの薬局から睡眠薬を70錠買い集めて、それを全部いっぺんに飲んでしまった。



そしてこの自殺未遂事件の1年後、退院したアンネは主に作業療法のデイケアを施され、その後負担にならない程度の条件で家政婦として働きました。アンネの症状は途中何度かの悪化はあったものの全体的には比較的安定していましたが、1967年の末に著名な悪化に陥ってしまい以降、彼女の自殺念慮は明らかに再度顕著になっていきます。そして1968年の初め、最初の自殺未遂の時と同様、新しい勤め先への就職の直前に彼女は家人の眼を盗んで自らの生命に終止符を打ちました。


* 自明性の喪失

以上のアンネの症例が記述されたこの本は「自明性の喪失」というタイトルですが、このタイトルはアンネ自身の言葉から取られたものです。アンネは最終的にあらゆる〈あたりまえ〉なことが不明瞭になるという状態に至ります。このような状態をアンネは自ら「私に欠けているのは、きっと自然な自明さということなのでしょう」と述べています。そしてブランケンブルグは「我々がこの患者から聞かされたことばそれ自体が、そのまま我々の世界内存在を可能ならしめるいくつかの条件を指し示している」と述べています。つまり我々が世界にうまく棲めているのはそれが「自明」なことであるからだということです。

「自明」であるということは「自ずから」「理解」できるということであり「自明」であることをわざわざ証明したり深く考えたりする必要がないということです。むしろあまりに「自明」なことは、よくよく考えてみるとはっきりとした根拠によって支えられていないことが多いですが、普通は「自明」なことについては誰も根拠を問わないでしょう

我々が人間関係の中でごく自然に振る舞うことができているのは、今この場ではどのようにするのが正しいかを「何となく」理解できているからです。つまり人と人との「あいだ」において、今がどういう状態であり自分を含むそれぞれのメンバーがどう振る舞えばいいのかが間主観的に理解できているからです。それは「自明」なことなのであり、いわゆる「ノリ」と呼ばれるコードに支配された空間とは、まさにそのような「自明」で満ちたものをいいます。
 
ところがアンネにとっては一切の「自明」なことが「自明」であるとは感じられず、その根拠をいちいち自分で考えなければならなくなっています。このように考えると、アンネの体験は極めて現象学的な体験であることがわかります。

この点、現象学では「現象学的還元」と呼ばれる方法を使って、我々が前提としている〈あたりまえ〉を一旦あえて「エポケーする(括弧に入れる)」事で純粋現象そのものに立ち返ろうとします。こうした「現象学的還元」をアンネは四六時中強制され続けていたということです。つまり、アンネにとってこの世界は常にエポケーされたものとして立ち現れていたということです。まさしくこの「生きられたエポケー」こそが統合失調症の基本障害であると考えられるのではないでしょうか。


* 統合失調症の力動的精神医学−−ナルシシズムからサントームへ

最後に力動的精神医学の立場における統合失調症論の概略を示しておきます。力動的精神医学とは精神分析の考え方を精神医学に導入したものです。記述的精神医学は症状の「形式」のみを扱いますが、現象学的精神病理学と力動的精神医学は症状の「内容」をも扱います。特に力動的精神医学は「内容」を意識的なものに限らず「無意識」をも想定し、さらにその内容が刻一刻と姿を変えていく力動的な状態を捉えようとするものです。

まず精神分析の創始者ジークムント・フロイトは1903年に刊行されたシュレーバーの「ある神経病者の回想録」を読み独自の統合失調症の理論を作り上げました。

この点、フロイトは人間のセクシュアリティを3段階で考えていました。まず第1段階は「自体愛/自体性愛」であり、これは自分の身体の諸部分においてバラバラに快を得ている状態です。続く第2段階は「ナルシシズム」であり、これは自分の身体のバラバラな諸部分がまとまってできた身体イメージを性愛の対象とする段階です。そして第3段階が「対象愛」であり、自分の身体イメージではなく外界の他者やモノを性愛の対象とすることができる段階です。

そして、フロイトは統合失調症者においてはセクシャリティの発達がナルシシズムの段階で固着していると考えていました。すなわちフロイトによれば、人生における重大なイベントに直面し統合失調症を発症した患者は、それまで曲がりなりに築いてきた疑似的な対象愛が崩れて「ナルシシズム」への退行が生じ、それまで外的世界に備給されていたリビードが全て撤収される事になります。

結果、リビードの備給を失った外的世界はあらゆる日常的な意味を失って今にも破綻してしまいそうな感覚が訪れる体験が生じます。このことをフロイトは「世界破局」や「世界没落」などと表現しています。そして、統合失調症における妄想形成はこうして破局してしまった世界を再構築する過程の中で生じる回復の試みという事になります。

このようなフロイト理論を継承し英国対象関係論の基礎を築いたメラニー・クラインは人の精神を「妄想分裂ポジション」と「抑うつポジション」という二つの体勢から捉えました。

クラインによると、およそ生後3〜4ヶ月までの時期の子どもはまだ母親を一つのまとまりを持つ全体対象として認識することができておらず、快を与えてくれる「良い対象」と不快をもたらす「悪い対象」という2つの別個の部分対象として捉えています。そして子供は自分を迫害してくる「悪い対象」に対して子供は攻撃性を向けます。これが「妄想分裂ポジション」です。

しかし、生後4〜6ヶ月ごろになるとやがて子どもはこれまで「良い対象」と「悪い対象」と思っていたものが実は同じ1人の母親という全体対象であったことに気づき始めます。となれば、これまで攻撃性を向けていた「悪い対象」が実は「良い対象」でもあったことになり、それによって子供は自分はこれまで「悪い対象」をずっと攻撃してきたけれども、その攻撃によって「良い対象」も同時に破壊しようとしていたのだと気づいてしまい、それが抑うつ状態につながるとクラインは考えました。これが「抑うつポジション」です。

この二つのポジションは生後1年間の幼児の発達の中で前者から後者へと移り変わるものですが、クラインはこの二つのポジションは成人後でも頻繁に入れ替わりながら現れてくるといいます。こうしたクラインの理解からは統合失調症を他の精神障害から区別することは困難な場合が生じます。それは彼女が統合失調症を「妄想分裂ポジション」という誰にでも生じうる体勢から説明しているからです。

これに対して、精神分析中興の祖とも呼ばれるフランスの精神科医ジャック・ラカンは、統合失調症における厳密な鑑別診断論を展開しました。

1950年代のラカンは精神病圏における中核的なメカニズムとして「父性」の機能に注目しました。ラカンにとって精神病とは、エディプスコンプレックスの機能不全によって、人生の重要なライフイベントにおいて「父性」を利用することができず、その時に発病するものです。ラカンはこのような父性の欠損を〈父の名〉の排除と呼んでいます。

もっとも先のアンネのような寡症状的な症例の場合は、単純な〈父の名〉の排除とはいえない側面があります。1970年代のラカンはサンタンヌ病院で行っていた患者呈示を通じて、幻覚や妄想といった症状が顕著ではないにも関わらず、身体感覚の欠如、独特の浮遊感、特異な言語使用、集団からの逸脱といった様々な特徴から精神病圏にある判断せざるを得ない、アンネと似たような傾向を持つ患者と多く出会うことになります。

こうした非定型的な精神病を晩年のラカンは「サントーム」と呼ばれる理論で読み解いています。その頃のラカンは人の精神構造を「想像界」「象徴界」「現実界」の3つの輪からなるボロメオ結びとして捉えていましたが、サントームはこの3つの輪を繋ぎ止める「原症状」としての機能をもっています。

つまり、アンネの症例は〈父の名〉が排除された精神病圏にありながらも、彼女の持つその豊かな内省性の亢進がボロメオ結びの解体を防ぐサントームとして機能していた例であるともいえます。なお、アンネの幼少期における始歩や発語の遅れは、現代では自閉症スペクトラム障害の可能性も検討されるでしょう。統合失調症と自閉症スペクトラム障害は診断学的には別の精神障害ですが「間主観性の障害」という点においては類似した基礎障害を持っている可能性があると言われています。












posted by かがみ at 21:21 | 精神分析