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現代情報環境論

精神病理学の諸論点

ラカン派精神分析の諸論点

その他

2023年06月27日

精神病における「排除」の諸相



* 統合失調症の構造的条件

統合失調症は2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた精神疾患です。主な症状として「妄想」「幻覚」のような陽性症状と「意欲低下」「感情鈍麻」「無為自閉」といった陰性症状があります。これらの症状のほかに患者の社会的、職業的生活における機能のレベルが低下していること、そして、この症状がある程度の期間(6ヶ月以上)持続しており、他の障害ではうまく説明できない場合、統合失調症と診断されます。

このように統合失調症といえば一般的に「妄想」と「幻覚」の二大症状がまずは思い浮かべられるでしょう。もっとも統合失調症の概念を基礎付けたエミール・クレペリンやオイゲン・ブロイラーは知性、思考、感情、意志といった精神機能の衰退ないし分裂を統合失調症の特異的な症状として考えており「妄想」や「幻覚」といった症状はむしろ統合失調症以外でも見られる非特異的な症状として考えていました。

すなわち、統合失調症においては、多くの人にとってはある意味で当たり前な「世界に棲まう」という根本的な様式に何らかの障害があり、そこから派生して様々な幻覚や妄想といった症状が出現しているということです。

この点、現象学的精神病理学に多大な影響を残したスイスの精神病理学者ルートヴィヒ・ビンスワンガーは統合失調症の精神病理を主に「空間」の観点から論じました。ビンスワンガーによれば我々が生きる生の空間には自身を理想の極みに導こうとする「垂直方向」と、自身の経験や視野を広げていこうとする「水平方向」という二つの方向があり、通常ではこの二つの方向が「人間学的均衡(Anthropologische Proportion)」と呼ばれる適度なバランスを保ちながら拡大・縮小を繰り返していますが、統合失調症者においてはこの「人間学的均衡」が崩れ「水平方向」が痩せ細る一方で「垂直方向」が過剰に肥大化してしまっている状態にあるということです。

また、日本を代表する精神病理学者である木村敏氏は統合失調症の精神病理を主に「時間」の観点から論じました。木村氏によれば統合失調症者が理解し難い理想をたちどころに実現しようとする傾向は、そこには「それ」さえ実現すれば「いままで(過去)」や「いま(現在)」とは根本的に違った〈何か〉が開けるに違いないという「いまから(未来)」への憧れの現れがあり、このため彼らの自己理解はしばしば予感的、先走り的な時間性の構造となっているとして、こうした統合失調症における未来先取的なあり方を木村氏は「アンテ・フェストゥム(まつりの前)」と呼んでいます。

ではこうした統合失調症における特異な「空間」や「時間」の感覚はいかなる構造的条件から生じるのでしょうか。こうした統合失調症が生じる構造的条件を「言語」の観点から論じたのが精神分析中興の祖にして構造主義を代表する思想家でもあるフランスの精神分析家ジャック・ラカンです。

* 抑圧と排除

1951年からラカンは後に「セミネール」と呼ばれる通年講義を自宅で開始します。ついで1953年から1963年までの10年にわたってその講義はサンタンヌ病院で行われるようになります。このセミネールにおいてラカンが初めて本格的に精神病(統合失調症)の構造について論じたのが1955年から1956年にかけて行われた第3回目のセミネール『精神病』です。

まずラカンは『精神病』の初回講義から神経症と精神病における主要なメカニズムとしてそれぞれ「抑圧」と「排除」を位置付けています。ではここでは一体何が「抑圧」されたり「排除」されたりしているのでしょうか。ラカンによればひとまずそれは「去勢の脅威」であるとされます。

すなわち、神経症では「去勢の脅威」が「抑圧」されています。神経症の場合「抑圧」は幼児期の子どもが「去勢の脅威」を経験することで生じます。そして無意識下に「抑圧」されて潜在的なシニフィアンとして存在することが「是認」された「去勢の脅威」が後のトラウマ的出来事と事後的に結びつくことで象徴的に加工され別のものとして表現されることになります。

例えば抑圧されたものが身体の上に表現されれば、それはヒステリーの転換症状となります。そして、このような神経症の症状が持つ意味作用は象徴的に加工されているものであることから、つねに他の意味作用へ回付が可能となります(それゆえに神経症の症状は精神分析的な解釈が可能となります)。すなわち神経症の症状とは「抑圧されたものの象徴界への回帰」であるいうことです。

これに対して精神病では「去勢の脅威」が「是認」されることなく「排除」されています。精神病の場合「排除」された「去勢の脅威」はその発病時に排除されたものが(神経症のような象徴的な加工を受けることなく)そのままの形で出現します。つまり精神病において「去勢の脅威」は他の意味作用に回付することができない「謎めいた意味作用」として再出現することになります。そしてこのような精神病における「謎めいた意味作用」は象徴界のネットワークから切断されたものとして「ひとつきり」で存在します。このような存在の仕方をラカンは「(象徴界の外部としての)現実界のなかに出現する」といいます。

例えば精神病の症例として有名なダニエル・パウル・シュレーバーの回想録(いわゆる症例シュレーバー)では「性交を受け入れる側である女になってみることも元来なかなか素敵なことに違いない」という考えが突然意識の中に現れる事象が記されていますが、これはまさに「去勢の脅威(=女になることの脅威)」が「謎めいた意味作用」として現実界の中に再出現する現象であったと言えるでしょう。すなわち精神病における「謎めいた意味作用」とは「排除されたもの現実界への再出現」であるいうことです。

このように神経症における「抑圧」と精神病における「排除」の違いは「去勢の脅威」の処理の仕方の違いにあります。そしてこうした「去勢の脅威」の処理の仕方の違いが症状の持つ意味作用の違いとして臨床的に現れてくることになります。

精神病発症初期の患者はよく「何が起こったかわからないが、確実に何かが起こっていて不気味である」と語りますが、それはすなわち、世界の中に何か謎めいた意味作用があるということです。そして彼はそれがどんな意味作用かはわからないにも関わらず、その意味作用が重要なものであることは十分に理解しており、さらにその意味作用が自分(主体)に関係するものであることをはっきりと確信しています。

このような現象はラカン派では「困惑」と呼ばれており、一般的な精神病理学でいう「意味妄想(妄想気分)」「妄想知覚」にほぼ相当するものです。この「困惑」は、意味がわからない現象として何度も主体の前に現れます。そして、しばらくの間、彼はこの現象を加工することも統合することもできない状態に置かれます。それは、この現象の核にある「謎めいた意味作用」は象徴化のシステムにそれまで一度も参入したことがない意味作用であるため、それを他の意味作用へと回付させることができないからです。

そのため彼はこの現象をどれだけ否定しようとしても否定できず、それを信じざるを得ないことになります。そのことをラカンは「弁証法の停止」という風に表現しています。すなわち、主体が「困惑」という精神病現象を信じ込んでしまい、それを訂正できないのは、その訂正を可能ならしめる対立項(弁証法における反)が最初から欠けているからです。

このように精神病の症状が持つ謎めいた意味作用は象徴界(言語領域)で処理され得ないものであり、その結果、この謎めいた意味作用は想像界(イメージ領域)へと向かい、そこで処理されることになります。例えば発病時のシュレーバーの「性交を受け入れる側である女になってみることも外来なかなか素敵なことにちがいない」という考え(謎めいた意味作用)が想像界の中で連鎖反応を引き起こした結果が、彼の妄想の完成期に見られる「神の女になり、世界秩序を救う」という誇大妄想です。

* もうひとつの排除

ここまでのラカンの精神病論は⑴精神病では「去勢の脅威」が「排除」され、排除されたものは謎めいた意味作用として現実界に再出現し、主体はその再出現に対して「困惑」させられるという点と⑵精神病者は再出現した謎めいた意味作用を象徴的に仲介(他の意味作用へ回付)することができず、そのためその意味作用は想像的な増殖(妄想形成)によって処理されるという点に要約されます。ところがセミネールの後半になるとラカンはこれまでの「排除」とは異なる位相での「排除」から新たな精神病論を論じ始めます。

まずラカンは「謎めいた意味作用」の出現であるとされていた「困惑」を精神病の発病との関係から新たに位置付け直しています。すなわち、精神病の発病時にはラカンが「禁止された領野」「何一つとして語られることのできない領野」と呼ぶ一つの「穴」が主体に迫ってくるのであって「困惑」はその「穴」の接近の前兆であるといいます。つまりここでラカンは精神病における「語り得ないシニフィアン(シニフィアンの欠如)」を問題にしています。

このような「穴」の接近はいかなる言葉によっても言語化ができないため、その「穴」の周囲(縁)における活発な反応を生み出すことになります。具体的には、その「穴」の存在を暗示するかのようなシニフィアンが頭の中に乱舞する精神自動症や無意味な言葉が次々と聞こえてくる幻聴が生じます。ラカンはそれを「縁取り現象」と呼んでいます。

通常、神経症者においてはシニフィアンはお互いに連鎖したネットワークを形成しており、その中心点にはこのネットワークを束ねる一つのシニフィアン(仮にXとします)があります。しかし精神病者においてはその中心点にあるはずのシニフィアン(X)が欠如している(=「穴」が空いている)ため、そのシニフィアン(X)と連鎖するはずの周囲(縁)のシニフィアンが連鎖を外れてバラバラになってしまいます。

ここで重要なのは穴の周囲のシニフィアンがバラバラになり、それらのシニフィアンが精神自動症や幻聴という形で主体を襲うのに対して、中心が欠けている「穴」そのものはシニフィアンとしては全く−−排除されたものの回帰や再出現としてさえも−−現れてこないということです。

精神病の発病はこの欠如したシニフィアン(X)が何らかの形で呼びかけられることから始まります。この呼びかけは主体がシニフィアン(X)に近接することを要請しますがシニフィアン(X)は象徴界の中に欠けているために、主体はその呼びかけに応答することができません。結果、シニフィアン(X)の周囲(縁)の諸々のシニフィアンの解体が露呈し、その解体したシニフィアンがバラバラとなって主体を襲うことになります。

ラカンはこのような「あるシニフィアンそれ自体に患者が接近する」にもかかわらず「その接近が不可能である」という現象が精神病では頻繁に見られることに注目し、この現象を「排除」と呼ぶようになります。

ではここでは「排除」されているシニフィアンとは一体何なのでしょうか。この点、ラカンはシュレーバーの回想録においてシュレーバーの父親が一回だけしか引用されていないことに注目しています。その唯一の引用も性交に際して最適な姿勢を調べるために父親の著作を調べるという実に奇妙なものであり、ラカンはここにシュレーバーにおける父性機能の不在を見て取っています。

こうしたことから、ラカンは「シュレーバー議長には、どうみても『父である』というこの基本的シニフィアンが欠けている」と結論づけます。つまり、ここで「排除」されているのは「父である」というシニフィアンです。すなわち、精神病の構造的条件とは「〈父の名〉の排除」であるということです。

*〈父の名〉のシニフィアンとかのようなパーソナリティ

この点、ラカンは人間の精神生活を道路に例えることで精神病者の発病とその後の経過を説明しています。その比喩によれば「父である」というシニフィアンは人生の重大な局面において頻繁に参照される「幹線道路」のようなものです。例えば結婚を機に夫となることや、子供を持つことは「父である(家族に対して責任を負う)」という家父長制的シニフィアンを参照することなしには非常に困難であるからです。

しかしシュレーバーのような精神病者においてはこの幹線道路となる家父長制的シニフィアンが「排除」されています。その結果、シュレーバーは父性を担うよう呼び掛けられた際にこの幹線道路を利用することができず、代わりに彼はその周囲(縁)に張り巡らされた小道をさまよいながら妄想的な仕方で父性を実現させることになります。すなわち「神の女となり、世界秩序を救う」というシュレーバーの妄想は、彼が想像界の小道を通って父性をなんとか実現しようとする彷徨の軌跡であるということです。

このように〈父の名〉のシニフィアンを欠いている精神病者は父性が要求されるライフイベントにおいて〈父の名〉のシニフィアンを行使するよう呼び掛けられた時、そのシニフィアンの代わりに「穴」を持って応答することになり〈父の名〉の不在が露呈します。すると穴の周囲(縁)にある一連のシニフィアンが穴それ自体を暗示するような形で出現し一挙に主体を襲うことになります(縁取り現象)。

そしてこれらのシニフィアンはシニフィアン連鎖を解かれた「ひとつきりのシニフィアン」として主体に押し寄せます。そのため主体はこのシニフィアンが産み出す意味作用を他の意味作用へと回付させることができずに、その「謎めいた意味作用」に「困惑」することになります。

なお、ラカンは精神病の構造を持つ人物は発病前には「かのようなパーソナリティ」を獲得することによって日々の生活を送っているといいます。ここでいう「かのようなパーソナリティ」とは1934年にへレーヌ・ドイチュが提唱した概念ですが、ラカンはこの概念を参照しながら精神病の構造を持つ主体のありようを説明しています。

先に述べたように精神病者には人間の精神生活の中心を担う〈父の名〉のシニフィアンが欠如しているため、シニフィアンの全体が何かの拍子に崩壊してしまう危険があります。そのため、前精神病者は同性の友人や兄弟姉妹など特定の人物へ同一化することで〈父の名〉のシニフィアンがある「かのような」振る舞いを行います。

つまり「かのようなパーソナリティ」とは〈父の名〉のいわば想像的な代償です。ラカンは前精神病者におけるこのような代償を「想像的杖」と呼んでいます。すなわち、精神病の発病はこの想像的杖がうまく機能しなくなった時に生じると考えられます。

* エディプス・コンプレックスと精神病

このようにラカンは精神病が発病するのは〈父の名〉のシニフィアンの欠如が露呈する時点であることを明らかにしました。そして、こうした『精神病』における議論を体系化するため以降数年にわたりラカンは「エディプス・コンプレックス」の構造論化に取り組むことになります。

周知の通り精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは神経症の治療法を試行錯誤する中で、人の無意識の内奥に「母親への惚れ込みと父親への嫉妬」という心的葛藤を発見し、このような心的葛藤をギリシアのオイディプス悲劇になぞらえて「エディプス・コンプレックス」と名付けました。

この「エディプス・コンプレックス」なる仮説によれば、幼児は当初、母親との近親相関的関係の中にあり、やがてこれを禁じる者としての父親がもたらす去勢不安によって、幼児の自我の中に両親の審級が落とし込まれ、ここから自我を統制する超自我が形成されることになります。そしてフロイトによれば、男児と女児では去勢不安への反応は異なるものとされます。すなわち、男児はペニスの喪失を怖れる結果、父親のような強い存在になろうとします。これに対して、女児はペニスの不在に気付いた結果、父親に愛される存在になろうとします。

このような一見すると荒唐無稽としか思えない「エディプス・コンプレックス」なるフロイトの神話をラカンは構造言語学の知見を援用してもっぱら精神病の側面から読み直したことになります。こうした意味でラカンの精神病論は人の欲望やセクシャリティの条件をいわば裏側から照らし出している議論であると言えるでしょう。















posted by かがみ at 22:09 | 精神分析

2023年05月26日

自己・時間・生命−−木村精神病理学の軌跡



*「あいだ」の精神病理学

日本を代表する精神病理学者である木村敏氏の名は「あいだ」の思想とともに広く知られています。この「あいだ」の思想の原点は木村氏の学生時代に見出すことができます。当時音楽に熱中していた氏はコンクールで合奏する機会も多く、この時の経験について氏は後年、次のように述べています。

数人で合わせている合奏音楽の全体が、個人の意志を超えたひとつの強大な意志を持ちはじめ、まるで一個の生き物であるかのように感じられてくる。そしてその大きな意志が、私個人のテンポやリズムだけでなく、私がひとつひとつの音に与えるもっと微妙な表情にいたるまで、私自身の演奏行為を支配し、操作するようになる。

(『心の病理を考える』)


木村氏によれば、ここでいう「大きな意志」は「なまなましい実体性」を帯びた「まるで目に見えない生きもの」のようであり、その時に合奏全体を支配する「大きな意志」と私という「個人の意志」は渾然一体となり、いわば二つの意志がひとつになっているように感じられたといいます。

このような「二重意志」は音楽の合奏といった特殊な場のみならず、ありきたりな日常においてもしばし我々の前に姿を表します。例えば多人数でのコミュニケーションにおいて我々は自身の発言の調子や内容がそのコミュニケーションの場全体から規制されているような時です。すなわち「あいだ」とはこのような複数の人間が集まった「場」に宿るものです。

そして木村氏によれば、この「あいだ」とは「リアリティ(理性的な認識対象としての現実)」の境域において認識対象として把握されるものではなく「アクチュアリティ(行為をしている最中に感じられる現実)」の境域において実体的経験として把握されるものであるとされます。では、こうした「あいだ」の思想がどのように精神病理学の理論に結びついていくのでしょうか。

*「あいだ」の病理としての統合失調症

木村精神病理学は大きくいえば「自己論」から「時間論」を経て、やがて「生命論」へと展開されていきます。若き日の木村氏はまず「自己の存在が感じられない」という離人症における問題から出発し、他の精神病理の場合もこうした「自己」の問題を考えようとしました。この点、木村氏によればうつ病ではすでに「自己」が成立しており、その自己と他者の「あいだ」が問題となりますが、統合失調症においては「自己」の成立そのものが問題となります。

「自己・あいだ・分裂病」という論文において木村氏は統合失調症における「自己」の確立に焦点を当て、その自己形成の歴史において何が問題だったかを以下のように説明します。

そもそも「自己」は「自己ならざるもの」とともに、主客未分の根源的自発性から発生しますが「自己」の側の差異化によって「自己」と「自己ならざるもの」が分離されます。こうして「自己」はその都度「自己ならざるもの」を分離しながら、その同一性を反復し続け、その主体性と固有性はこの反復によって維持され、その内面の歴史を形成していきます。

こうした「自己」の内面の歴史は多くの人々や物事との「あいだ」の歴史でもあり、そうした「あいだ」は一旦反復されて歴史を形成すると、それ以降は「自己」の一部となって生き続けます。このように「自己」の歴史は「あいだ」の歴史とともに始まります。生まれたばかりの赤ん坊に「自己」はありませんが、母親との「あいだ」に最初の自他の区別をした時点から「自己ならざるもの」との「あいだ」の歴史がはじまり「自己」が成立し始めるということです

ところが統合失調症の場合、こうした「あいだ」が極めて不安定で、結果として「自己」はその同一性を反復できずその形成は不完全なものとなります。このような事態を木村氏は「ノエマ的自己(意識対象)」が対象化されておらず「ノエシス的自己(意識作用)」が成立していないと説明しています。すなわち、統合失調症とは「自己」と「自己ならざるもの」が同時に発生する場所である「あいだ」の病理であるということです。

*「あいだ」としての「いま」

次に木村氏はこうした「自己」についての問いを「時間」の問題として捉えようとしました。木村氏の代表作である『時間と自己(1982)』においては人間の時間性というあり方と精神病理の問題が現象学的観点から論じられています。その概要は以下のようのものです。

通俗的な時間の観念では「いま」とは時計が指し示す特定の瞬間を言いますが、我々の日常においては「いま」は瞬間ではなく、一定の広がりを持っています。このような「いま」には「私」という主体の行為が含まれており、こうした行為の中に身を置いた「私」のアクチュアリティにおいてこそ「いま」は「過去」と「未来」の「あいだ」の広がりとして感じられることになります。

しかし、離人症という精神疾患においてはこうした「いま」の自明な感覚が消失してしまいます。離人症においてはある瞬間との印象と次の瞬間の印象を「時間」という観点で結びつけることができず、一瞬一瞬の「いま」が無数に出現することになります。すなわち、そこでは「私」のアクチュアリティにおける感覚が失われ「あいだ」としての「いま」が成立していないということです。

* アンテ・フェストゥム

これは「自己」の成立していない統合失調症にも同じことがいえます。統合失調症になる人は青年期に成熟した人間関係や将来を決定する重大な場面に直面すると、それに対処できず、激しい絶望感に襲われ症状が発現します。そして「自己」に対する確実な認知(自己認知)がないため、それが意識や行動にも現れ、独特な雰囲気を醸し出します。

このような「自己」の不確実性を反映した統合失調症の症状として「被影響体験(自分の意志や思考や感情が他者のように思えたり、他者に操られていると感じる体験)」と「つつぬけ体験(自分の意志や思考や感情が他者に伝わってしまっていると感じる体験)」が挙げられます。また統合失調症の典型的症状としての「関係妄想(周囲の出来事が自分に関係していると感じること)」や「幻聴(自分への批評や命令が聞こえること)なども「自己」の不確実さを示しています。

このように統合失調症においては自己認知がうまくいっていないため病者は現在の自己を否定し、実現不可能な未来の可能性に憧れるようになり、理解し難い理想をたちどころに実現しようとします。そこには「それ」さえ実現すれば今までの人生とは根本的に違った〈何か〉が開けるだろうという思考があります。

これは「いままで(過去)」の自己と「いま(現在)」の自己を認知できていないことによる「いまから(未来)」の自己への憧れの現れと言えます。このため彼らの自己理解はしばしば予感的、先走り的な時間性の構造となっています。こうした統合失調症の未来先取的なあり方を木村氏は「アンテ・フェストゥム的(前夜祭的)」と呼んでいます。

* ポスト・フェストゥム

このように統合失調症の時間意識が未来志向だとすればうつ病の時間意識は過去志向であるといえます。うつ病者は未来に目を向けず過去に積み上げてきたものを保守的に維持する傾向があり、うつ病になりやすい人の病前性格として几帳面で真面目で周囲の人間に気を使いすぎる面が挙げられます。そしてこのような行動パターンが破綻するとき、抑うつ気分、抑止症状、焦燥感、不安感、絶望感などうつ病の症状が生じてくることになりますが、その根底には「とりかえしののつかぬことになった」という後悔の意識、負い目があります。

つまり、うつ病においては「あとのまつり」という意識の構造が支配的であるということです。そこで木村氏はこうしたうつ病特有な過去にこだわる時間意識を「ポスト・フェストゥム(後の祭り)」と呼んでいます。

統合失調症では自己が確立される以前に自己の確立そのものが問題になりますが、うつ病においては自己が同一化すべき役割が問題となります。すなわち、うつ病者においては他者が自分に期待する役割に同一化する「役割同一性」が繰り返し再確認され、それまでの過去の在り方が将来のあり方を一方的に規定しており、その状態が危機に陥ると「とりかえしのつかない」「あとのまつり」として体験されることになります。

* イントラ・フェストゥム

このように統合失調症が「未来」にこだわる存在構造でありうつ病が「過去」にこだわる存在構造だとすれば「現在」にこだわる存在構造の精神病理も存在します。その例として木村氏は「癲癇」と「躁病」を挙げています。

この点「癲癇」においては突然何かに襲われたように意識を失って全身を痙攣させるような発作が現れ「躁病」においては感情を抑制できないまま誇大的な気分に任せた行動が見られますが、これらの症状の本質的な特徴を「祝祭的な現在の優位」としてみれば、それは「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)」と呼ぶことができます。

そして、この場合の「現在」は「未来」や「過去」と並列されうるものではなく、むしろ「未来」や「過去」を生み出す源泉ともいえます。すなわち「イントラ・フェストゥム」における「自己」はもはや個別的な自我としては成立せず、宇宙大に拡大した「自己」が自然との和解の祝祭に酔いしれるような状態となり、このときもはや客観的時間軸上の「過去」や「未来」は消滅し、ただただ「永遠の現在」だけが存在します。

そもそも、このような「永遠の現在」は個別的な自我の誕生以前には唯一の時間であったはずですが、やがて人が自己の一回限りの生と死を学び個人間の差異が自覚されるようになったとき「未来」と「過去」という観念が生まれ、客観的時間の起源とも言えるような共同体に共有される時間が成立することになります。

こうした時間の起源からいえば「アンテ・フェストゥム」も「ポスト・フェストゥム」も、もともとは「イントラ・フェストゥム」から生じたことになります。もっとも「アンテ・フェストゥム」的な意識がなければ未来を考慮した行動はできませんし「ポスト・フェストゥム」的な意識なしには社会の秩序は保たれず伝統や慣習の形成は不可能です。こうした意味で我々の世界と日常はこの二つの意識が相補的に作用し合うことにより構成されているといえるでしょう。

*「あいだ」から紡ぎ直される物語

後年の木村氏はヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカーの医学的人間学を参照した独自の生命論を展開するようになります。この点、ヴァイツゼッカーによれば「主体」とは個体内部にあるのではなく「生命それ自身」との「あいだ」の関係を維持しようとするある種の生命維持機構のようなものであり、個別の生命体はいついかなるときにもこの「生命それ自身」との関わりを保つことによってしか生きることができないといいます。すなわち「主体」を主体たらしめているものとは「生命それ自身」との「あいだ」であるということです。

木村氏はこうしたヴァイツゼッカーの思想を高く評価し、様々な精神病理の根底にはこの「生命それ自身」との関係が失われた状態があるのではないかと考えるようになります。そして個人ごとに区切られた個別的でな生命を「ビオス」と呼び、個人を超えた生きとし生きるものすべてに受け継がれてきた根源的な生命を「ゾーエー」と呼びます。

つまり「私」とは個別的な生命である「ビオス」であると同時に根源的な生命である「ゾーエー」にも属しており、個別の身体を持った「ビオス」は「ゾーエー」との関係を保ちながら対象化された「リアリティ」を生み出すことになります。これが「私」の個別化、自己化、主体性の成立ということです。そして、この「リアリティ」が形成されることで「アクチュアリティ」が事後的に発見され「アクチュアリティ」と「リアリティ」の差異が生じることになります。

こうしてみると木村精神病理学は「自己」「時間」「生命」という観点から一貫して「あいだ」の実相をまなざしているといえます。普段、我々はもっぱら「リアリティ」の位相からこの世界を観ています。しかし様々なこころの不調の問題にはこの「あいだ」が支配する「アクチュアリティ」の位相が深く関わっています。そして人がその生の物語を紡ぎ直していく営みもまた、こうした「リアリティ」と「アクチュアリティ」からなる多層的かつ連続的な現実の中に自らを位置付け直していく営みであるといえるのではないでしょうか。




















posted by かがみ at 02:36 | 精神分析

2023年04月25日

精神病理学における垂直方向と水平方向



*「思い上がり」の病としての統合失調症

精神病理学者ルートヴィヒ・ビンスワンガーによれば人間とは本質的に「思い上がる存在」であるとされます。我々が生きる生の空間には自身を理想の極みに導こうとする「垂直方向」と、自身の経験や視野を広げていこうとする「水平方向」という二つの方向があり、通常ではこの二つの方向が「人間学的均衡(Anthropologische Proportion)」と呼ばれる適度なバランスを保ちながら拡大・縮小を繰り返していますが、時に人間は己の「水平方向」の広がり具合に不釣り合いなまでに「垂直方向」が肥大化することがあります。

このような「垂直方向」の肥大化をビンスワンガーは「思い上がり(Verstiegenheit=奇矯な理想形成)」と呼びました。けれども「水平方向」への均衡を欠いた「垂直方向」への「思い上がり」は、あたかも蝋の翼で太陽に接近しようとしたイカロスの如く最終的には墜落=挫折してしまう運命にあります。そして、こうしたビンスワンガーにおける「思い上がり」という空間的モチーフは統合失調症患者の発症状況の綿密な観察によって得られたものでした。

統合失調症は2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた精神疾患です。主な症状として「妄想」「幻覚」のような陽性症状と「意欲低下」「感情鈍麻」「無為自閉」といった陰性症状があります。これらの症状のほかに患者の社会的、職業的生活における機能のレベルが低下していること、そして、この症状がある程度の期間(6ヶ月以上)持続しており、他の障害ではうまく説明できない場合、統合失調症と診断されます。

妄想や幻覚を呈する病が存在することは古代ギリシアの時代から既に知られていました。しかし統合失調症の典型例がはっきりと示された記録が残っているのは19世紀初頭だと言われています。19世末に近代精神医学を確立したドイツの精神科医エミール・クレペリンは当時「緊張病」や「破瓜病」などと呼ばれていた精神機能が急速に衰退する一連の病を「早発性痴呆」という一群へとまとめ上げました。また20世紀初頭、スイスの精神科医オイゲン・ブロイラーはクレペリンのいう早発性痴呆を「スキゾフレニア」と呼称しました。ここでいう「スキゾ」は「分裂」で「フレニア」は「精神」という意味です。そして、このような統合失調症の特徴的な症状である「妄想」と「幻覚」は以下のような形で出現します。

* 統合失調症における妄想と幻覚

統合失調症の多くは「妄想気分」や「妄想知覚」と呼ばれる前駆期を経て発病に至ります。まず「妄想気分」とは目に見えるこの世界は何も変わっていないにも関わらず「何か」が変わったと感じる体験をいいます。次に「妄想知覚」とは正常な知覚に対して誤った意味づけを与える二段構成の体験をいいます。

これら統合失調症の発病時に現れる妄想体験の特徴として「原発性(先行する心的体験から導出されない体験であること)」「無意味性(意味のわからない体験であること)」「無媒介性(患者にとって直接的無媒介的な体験であること)」「圧倒性(圧倒的な力を帯びた異質な体験であること)」「基礎性(のちの症状進展に対する基礎となる体験であること)」が挙げられます。この点、ドイツの精神病理学者カール・ヤスパースはこれらの体験を「要素現象」と総称しています。

そして以後その患者はいわば「妄想的人生」を生きていくことになります。このような経過をヤスパースは「病的過程/過程」と呼びます。そして「病的過程/過程」が始まることによってその人の人生が折れ曲がり妄想人生へと展開した時点を「生活史上の屈曲点」と呼びます。

この点、統合失調症における妄想とは、そのほとんどが多かれ少なかれ「関係妄想」としての性質を有しています。言い換えれば「自分だけが何かに関係している」と確信する「思考の異常」こそが、統合失調症の妄想の基本的な構図を規定しているということです。

そして統合失調症における幻覚とはほぼ「幻聴」のことをいいます。もっとも統合失調症における幻聴は最初から他者の声として現れるのではなく、むしろ頭の中にたくさんの雑念(思考や意志)が湧き始めるという体験として現れます。これを「自生思考」と呼びます。

自生思考の段階ではまだ思考の自己所属性が保たれていますが、この自生思考が他者化されると「他者の声が外から聞こえてくる」という明確な幻聴へ至る事になります。すなわち幻聴は一般に「感覚の異常」と考えられがちですが、妄想と同様に「思考の異常」という事です。

このような幻聴の種類としては「機能幻覚」「対話性幻聴」「命令幻聴」などが挙げられます。「機能幻覚」は現実の生活音の中から何かしらの幻聴が聞こえてくる体験です。かの有名な「症例シュレーバー」においても「機能幻覚」の例が見出されます。「対話性幻聴」は「声同士が対話する形」と「声と患者が患者が対話する形」という二つのパターンが存在します。「命令幻聴」は自分の主体性を簒奪するような命令を患者に下す幻聴をいいます。

* 統合失調症の基本障害としての「自然な経験の非一貫性」

このように統合失調症といえば一般的に「妄想」と「幻覚」の二大症状がまずは思い浮かべられるでしょう。もっとも統合失調症の概念を基礎付けたクレペリンやブロイラーは知性、思考、感情、意志といった精神機能の衰退ないし分裂を統合失調症の特異的な症状として考えており「妄想」や「幻覚」といった症状はむしろ統合失調症以外でも見られる非特異的な症状として考えていました。

すなわち、統合失調症においては、多くの人にとってはある意味で当たり前な「世界に棲まう」という根本的な様式に何らかの障害があり、そこから派生して様々な幻覚や妄想といった症状が出現しているということです。

この点、ビンスワンガーは統合失調症を人間学的視座から徹底的に究明しようとする中で、病者は病前から世界の中の事物のもとに安心して逗留することができておらず、その状況に勝利するか敗北してしまうかという、いわば二項対立的な危機に陥ると考えていました。このような統合失調症の基本障害をビンスワンガーは「自然な経験の非一貫性」と呼んでいます。

この危機的状況において病者が勝利するために選択するのが「思い上がり」という墜落=挫折を運命づけられた理想形成です。病者は世界の水平方向において安らいで住まうことができておらず、垂直方向において文字通り命懸けの跳躍を行いますが、その跳躍は破滅的な急降下へと帰着しまい、病者は自らが高く掲げた理想と矛盾したり理想を拒否したりするような側面に晒され、己の主体としての座を他者に明け渡してしまうことになります。

すなわち、統合失調症という病理はビンスワンガーのいうところの「人間学的均衡」が崩れ「水平方向」が痩せ細る一方で「垂直方向」が過剰に肥大化してしまっている状態にあるということです。

* ハイデガー哲学における頽落と先駆的覚悟性

このようなビンスワンガーによる垂直方向の特権化は彼が自身の精神病理学理論を構築する際に参照した哲学者マルティン・ハイデガーの『存在と時間(1927)』に由来しています。

ハイデガーによれば我々は「現存在(世界内存在)」として世界の中に投げ込まれており、そこで遭遇する他者である「共存在」に「顧慮的気遣い」を行いながら関係することになります。ここでいう「顧慮的気遣い」には、他者を文字通りに気遣い、思いやったり愛したりする態度のみならず、無視したり罵倒したりする態度も含まれます。そして、こうした「気遣い」には二通りの気遣いがハイデガーが「非本来的」「本来的」と呼んでいる「現存在」のあり方に対応しています。

この点、ハイデガーのいう「非本来的」なあり方とは、もっぱら常識的で世俗的な「平均的日常性」を生きる態度です。例えば家族、恋人、友人といった「世人」と面白可笑しく「空談」することで、あるいは美味しいものを食べたり、旅行したりして「好奇心」を満たすことで、我々はやがて到来する「死」から目を背け「生」の安寧を得ています。これはハイデガーに言わせれば「頽落」と呼ばれる「非本来的」なあり方です。

これと反対にハイデガーのいう「本来的」なあり方とは、我々が己が時間との関係の中で本来的な将来としての「死へと関わる存在」であることを了解する「先駆的覚悟性」と呼ばれる態度です。そしてハイデガーによれば、この「先駆的覚悟性」の中でこれまで共同体の中で歴史的に継承されてきたものが伝承される「遺産の伝承」が生じるとされています。

このようにハイデガーにおいては「水平方向」を「非本来的」なものとして価値下げする一方で「垂直方向」を「本来的」なものとして優位に位置付けています。そして、こうしたハイデガーの垂直方向重視のパラダイムをビンスワンガーもまた引き継いでいるということです。

* 症例イルゼ

以上のように要約されるビンスワンガーの統合失調論は以降の精神病理学の思考を決定的に特徴づけることになりました。それは端的にいえば病者の棲まう人間学的空間が自分と超越的他者のあいだの垂直方向の関係で飽和する「垂直方向の精神病理学」と言えます。しかし、このような垂直方向を重視する思考は統合失調症という精神疾患を特権化する「統合失調症中心主義」を招く一方で肝心の「治癒のための理論」としては不十分であったといえます。

事実、ビンスワンガーの主著『精神分裂病(1957)』では綿密な観察に基づく五つの症例が取り上げられていますが、そのうちの四症例が治癒に至っていません。エレン・ウェストは服毒自殺によって命を落とし、ユルク・ツュントはおそらくその一生を精神病院で終えています。また、ローラ・ヴォスは退院はできたもののその妄想は慢性化し、シュザンヌ・ウルバンは姉によって半ば無理やり退院させられたものの人格水準の低下が著名であったといわれています。

もっとも、その一方で同書が取り上げる五つの症例のうちで唯一、治癒に至ったとされる症例がいわゆる「症例イルゼ」です。この症例の概要は次のようなものです。

イルゼという女性患者は幼少期から父に対して熱狂的な愛情を持ち、彼を偶像的に崇拝していました。しかし彼女の父は母に対して日常的に家庭内暴力を働いており、イルゼはそのことに反感を持つようになりました。

父に対する愛情と反抗というこの解決不可能な矛盾がイルゼの生を不調和状態に陥らせ、彼女は世界の中に自然に逗留することができず「自然な経験の非一貫性」に苦しむようになりました。そして彼女は、この不調和状態を燃えさかるかまどの中へ右手をつっこむことによって一挙に解決しようとします。

イルゼのこの「思い上がった」行為は、確かに父の母に対する家庭内暴力を一時的に停止させはするものの、状況にそぐわない突飛なものであったがゆえにその効果は一時的なものでしかありませんでした。そして保養所へと入院した後、幼少期から彼女の人生を規定していた「父への愛」というテーマと、父のために手を焼くという「自己犠牲」のテーマがイルゼ自身を圧倒するようになります。

「父への愛」と「自己犠牲」はかつては「自分が父を愛する」「自分が犠牲となり父の家庭内暴力をやめさせる」という能動的なものでしたが、今や受動的な形を取り「他者たちが自分を愛する(がゆえに自分も他者たちを愛さなければならない)」という形をとる恋愛妄想と、自ら能動的に他者(父)の犠牲になるのではなく受動的に他者たちの犠牲になるという関係妄想として結実します。

しかしイルゼは比較的早期に治癒し、その後、統合失調症を再発することはありませんでした。この点、ビンスワンガーによれば、それは彼女が垂直方向の「理想(父)」に向けた思い上がった理想形成をやめて、その代わりに心理カウンセラーとして水平方向の「隣人」への援助を行うようになったためであると述べています。

もっともビンスワンガーは統合失調症の発病と経過を「思い上がり」という観点から把握することを通じて垂直方向を特権化する一方で肝心の治癒に関わると想定される水平方向についてはほとんど議論を深めることはありませんでした。

* 水平方向の精神病理学とドゥルーズ哲学

こうした中で精神病理学者の松本卓也氏は「症例イルゼ」に伏在していた「水平方向の精神病理学」の構想を提示します。先述したようにビンスワンガーの「垂直方向の精神病理学」はハイデガーの哲学が基盤となっています。これに対して松本氏が「水平方向の精神病理学」において参照するのがフランスのポスト構造主義を代表する哲学者ジル・ドゥルーズです。ハイデガーが20世紀前半を代表する哲学者の1人であったならば、ドゥルーズは20世紀後半を代表する哲学者の1人です。

ドゥルーズはその主著の一つである『意味の論理学(1969)』において我々の生きるこの世界を「高所(真/偽の場)」「深層(物体の場)」「表面(意味=出来事の場)」からなる三層構造で捉えています。そしてドゥルーズはこの三層構造にそれぞれプラトン主義、ニーチェ主義、ストア哲学を対応させています。

この点「高所」への上昇と「深層」への下降は垂直方向への運動といえます。これに対して、ドゥルーズが「表面」と呼んでいるのは「高所と深層から独立し、高所と深層に対抗する」ものでありいわば「反・垂直方向」の哲学が思考するフィールドです。松本氏は『意味の論理学』が「高所」や「深層」ではなく「表面」の追求に向かったものであることを考慮すればドゥルーズの思想ははっきりと「反・垂直方向」に向かうものであると考えられるとします。

また晩年のドゥルーズの著作『批評と臨床(1993)』ではプラトン主義における神々の言葉の吹き込みによって生じる「神的な狂気」と神々とは関わりのない人間的な狂気である「病気としての狂気」の区別を反転させ、むしろ神々によって支えられた垂直方向の狂気こそを「病気としての狂気(思い上がった狂気)」であるとして、反対に神々によって裏打ちされていない水平方向の狂気こそが「健康としての狂気」であると主張します。

なお『意味の論理学』においてドゥルーズは「深層」を体現する作家としてアントナン・アルトーを位置付け「表面」を体現する作家としてルイス・キャロルを位置付けています。同書の第13セリーの最後でドゥルーズは「キャロルの全てを引き換えにしても、われわれはアントナン・アルトーの一頁も与えないだろう」と述べアルトーを称賛する一方で、その直後、すぐさまに「(キャロルが描く)表面には、意味の論理のすべてがある」とも述べています。

そして『批評と臨床』においてドゥルーズはキャロルは「表面」の言語を獲得することで「深層」から華麗に逃れることができたといい、こうした「表面」の言語によって書かれた文学こそが、文学の描く世界のすべてになりうるとまで断言しています。

* オープンダイアローグ

もっとも、松本氏は水平方向を重視するとしても垂直方向が無効化されるべきではないと述べ、むしろ水平方向の重要性が再確認されることで垂直方向と水平方向の新しい「人間学的均衡」が生まれる可能性があるといいます。

ここで氏が取り上げるのが最近注目を集める臨床実践である「オープンダイアローグ」です。

フィンランドの西ラップランド地方トルニオ市にあるケロプダス病院のスタッフを中心に開発された「オープンダイアローグ(OD)」は、従来、薬物や入院が必須と考えられていた急性期の統合失調症を「対話」の力で寛解に導くことで精神医療に大きなインパクトをもたらしました。

ODの実践は一見、極めてシンプルです。クライアントやその家族から電話などで支援要請を受けたら24時間以内に治療チームが結成され、クライアントの自宅を訪問。治療チームと本人、家族、友人知人らの関係者が車座になって対話が行われます。

この対話においてはすべての参加者に平等に発言の機会が与えられます。ミーティングは1回につき1時間から1時間半程度。ミーティングの最後にファシリテーターが結論をまとめます。本人抜きではいかなる決定もされないことも重要な原則です。何も決まらなければ「何も決まらなかったこと」が確認されることになります。このミーティングはクライアントの状態が改善するまで、ほぼ毎日のように続けられる場合もあります。

このようにODの特色は治療者側が「チーム」で介入する点にあります。チームは精神科医、看護師、臨床心理士などで構成されますが、チーム内での序列はありません。皆が自律したセラピストとして対等の立場で対話に加わります。

そして、今後の治療方針を決める治療者同士の話し合いも患者側の前で行われます。これは「リフレクティング」と呼ばれる家族療法家のトム・アンデルセンによって開発された技法です。診断、見通し、治療方針に関する議論を全て患者の前で開示することで、さらなる対話が促進され患者の意思決定も容易になるということです。

こうしてODでは対話の場に参加者の言葉が投入されることで、自律性的に作動する対話システム(対話クラウド)が形成されます。対話システムが作動する目的はその作動それ自体がであり、こうした作動の結果として、患者の中で「新しい現実」が創出され、その副産物、ないし廃棄物として症状の改善や治癒が降ってくるというイメージです。

松本氏によればODは「専門家や患者といった単一の声(モノフォニー)を持つ人物が主体の座を占めることに反対し、多数的な声(ポリフォニー)が鳴り響く空間へと主体を溶解させることを企図するという意味で、反-主体的ないしポスト-主体的な実践なのである」ということになります。

もっとも氏はODは垂直方向の運動すべてを否定するような実践ではなく、むしろ、ODにおいて重要とされる対話には全ての参加者の間で行われる「水平のダイアローグ」と、それによって触発された個人での内部での「内なる声」との「垂直のダイアローグ」の二つがあり、この二つの方向の協働が重要であるといいます。

こうしたことから、松本氏は水平方向における過剰さによる精神医療の平準化やアルゴリズムによる支配を警戒しつつも、現在の精神病理学に必要なことはこれまで注目されてこなかった水平方向の理論を引き出し、そこから新たな「人間学的均衡」としての治療の理論をつくることではないかと述べています。

* 水平方向の精神病理学の可能性

そして、このような松本氏が提唱する「水平方向の精神病理学」における思考は統合失調症論以外のメンタルヘルス一般のケア論にも拡大して適用することができるように思えます。

例えばひきこもり支援の専門家として知られる精神科医の斎藤環氏は思春期や青年期に多く見られる自己愛の否定的な発露として「自傷的自己愛」という概念を提唱しています。

斎藤氏は精神科医として、30年以上に及ぶ臨床経験に基づき「ひきこもり」を「困難な状況にあるまともな人」とみなすことを提唱しています。そして往々にして「ひきこもり」の当事者は、こうした「まとも」であるがゆえに現在の状況が家族の負担になっており世間的な価値観からも批判される状態にあることをよく自覚しており、その結果、彼らは「セルフスティグマ(自分は無価値な人間であるというレッテルの内面化)」を自身に貼り付けてしまい、こうした状況での周囲からの励ましの言葉はしばし逆効果となることがあります。

そして斎藤氏は「ひきこもり」の人々に限らず「自分が嫌い」な人たちというのは、自己愛が弱いのではなくむしろ自己愛が強いのではないかと述べます。つまり、彼らの自己否定的な発言は自己愛の発露としての自傷行為なのではないかということです。その根拠の一つとして氏は彼らが自分自身について、あるいは自分が社会からどう思われているかについて、いつも考え続けているという点を挙げています。だとすれば、それはたとえ否定的な形であり自分に強い関心があるという、紛れもなく自己愛の一つの形といえます。こうした逆説的な感情こそが斎藤氏のいうところの「自傷的自己愛」です。

この点、斎藤氏は自傷的自己愛の歪さを「プライドは高いが自信がない」という端的な言葉で表現しています。ここでいう「プライド」とは「かくあるべき自分(自我理想)」へのこだわりのことをいい「自信」とは「今の自分(理想自我)」に対する無条件の肯定的感情のことをいいます。

これはまさにプライド=垂直方向が肥大化して自信=水平方向が痩せ細っている状態といえます。それゆえに自傷的自己愛の修復においてもやはりまた、垂直方向と水平方向の「人間学的均衡」が必要になってくるといえるでしょう。

また、このような垂直方向と水平方向の二つの相を日本の現代思想シーンの中に位置付けてみると、それは大陸哲学と分析哲学の相であり、また精神分析と認知行動療法の相であり、あるいは否定神学システムと郵便=誤配システムの相であり、同時にアイロニーとユーモアの相であり、さらにはセカイ系と日常系の相であるといえるでしょう。こうしてみると人文知一般を横断的に思考する上でも垂直方向と水平方向という二つの相は極めて強力な参照枠となり得るようにも思われます。

























posted by かがみ at 01:31 | 精神分析

2023年03月31日

心の生ぶ毛とケアの思想



* 統合失調症中心主義と中井久夫

精神病理学や病跡学において統合失調症は長らく特権的な位置に置かれていました。統合失調症はかつて「精神分裂病」と呼ばれており、生涯のうちにこの病にかかる割合はおよそ0.7%であるとされています。統合失調症はおよそ青年期から30代までに発症し、幻覚や妄想などを中心とする陽性症状と感情の平板化や意欲の低下と言った陰性症状が見られ、特に予後が不良な場合には知能、感情、意志という精神機能の全般的な解体にまで至るうる精神障害です。かつてこの病は難治性の疾患であるとされ、その予後に関しては極めて悲観的な見方がされてきました。

そして精神病理学や病跡学の世界では統合失調症を患っていたとされる傑出人に注目し、統合失調症を理想化して「統合失調症者は理性の解体に至る深刻な病に罹患することと引き換えに人間の本質に関わる深淵な真理を獲得するに至った人物である」という統合失調症中心主義というべきパラダイムが出来上がりました。また現代思想の文脈においても1970年代の大陸哲学に旋風を巻き起こしたジル・ドゥルーズ=フェリックス・ガタリの共著「アンチ・オイディプス」の影響により統合失調症(分裂症)にポストモダンの理想像を見出すような言説が一世を風靡しました。

その一方でかつての統合失調症の研究は「いかにして人の精神が破綻し、統合失調症が発症するか」という発症過程のドラマチックな部分に議論が集中し、その後の慢性化した状態に興味を持つ人はほとんどいませんでした。そこには統合失調症が慢性化してしまうと人格が荒廃してしまってもう治らないという諦観ともニヒリズムともつかない考え方がありました。

ところがこうした風潮に抗い、統合失調症は治療により十分に回復可能な病であることをはっきりと示した不世出の精神科医が中井久夫氏です。

* 寛解過程論

中井氏は京都大学医学部卒業後、ウィルス学の研究を専門としていましたが、1966年32歳の時に精神医学に転向します。中井氏は『最終講義−−分裂病私見(1998)』において当時の精神医学において統合失調症を「目鼻のない混沌とした病気」だったと表現し「私の目的は分裂病に目鼻をつけることでした」と回顧しています。

そこで中井氏は下痢や不眠といった患者の身体における事象つぶさに観察し、時系列でグラフ化していきました。そして統合失調症の回復にはいくつかの段階があることを示し、特に急性期から回復期に移行する時期を発見し「臨界期(回復時臨界期)」と名づけました。

統合失調症の経過を精密に明らかにしたこの寛解過程論は画期的な研究として精神医学界から驚きを持って迎えられました。

中井氏はこの回復の過程でどんな身体的変化が起こるのかを症例をもって実証しながら、慢性状態も普段に変化し続ける寛解の過程に他ならない、つまり治る可能性があることを極めて説得的に示していきましま。

慢性化している状態をコンディション(状態)ではなく寛解の可能性を含んだプロセス(過程)に読み換えるということ。このパラダイムチェンジは当時極めて画期的なものであったと言われます。ここから慢性期をプロセス、つまり変化し得るものだと考えることで、諦めと惰性が支配的だった慢性期の治療に一筋の希望が生まれることになります。中井氏は「希望を処方する」という言葉を残していますが、寛解過程論はまさに希望を処方する理論であったといえます。

* 風景構成法

そして中井氏は早くから治療に絵画療法を積極的に取り入れていました。その理由はいくつも考えられるが、絵画は言葉ほど侵襲的ではなく、患者を傷つける可能性が少ないため、慢性期の、あまり多くは語らない患者にも適用できるという点がまず挙げられます。絵画療法の導入によって害の少ない形で話題が広がり、また絵の変化によって患者の状態や回復の過程を窺い知ることができるという意義もありました。

そのような中井氏の臨床現場から生まれたのが有名な「風景構成法」です。これは10個のアイテム(川、山、田、道、家、木、人、花、動物、石)を治療者が一つずつ読み上げて、患者はその都度枠の中に描き入れ、さらに足りないと思うものを描き加えて風景として完成させるというものです。

絵画療法とも描画テストともつかない不思議な手法ですが、言葉数の少ない患者とのコミュニケーションを取り、病の経過を理解する上でとても有効な方法として高く評価され、海外の臨床現場でも用いられています。

統合失調症患者の絵というと病的でどこか不穏な絵というイメージがあり、確かに病期によってはそうした絵を描くこともありますが、中井氏はむしろ良い治療環境で安定した状態で描かれる普通の絵にこそ治療状の意味があると考えていました。

この点、風景構成法は誰が書いても普通の絵になるような工夫が施されています。例えば指定されたアイテムをその都度書き込んでいくので全体の構成をイメージしておくことが難しく、どんな人でもあまり上手な絵にはなりませんし、また10個のアイテムがごく普通のものなので不気味な絵にもなりません。すなわち、病理に引き摺られることなく、いかに本人の中にある健康なものを引き出すかに配慮して作られた手法だと考えることができます。

* 自分が世界の中心であると同時に世界の一部である

中井氏は統合失調症は特異な素因を持つ人の病であるというスティグマにつながる考え方を否定し、誰しもが発症しうる病であると繰り返し訴えていました。

では統合失調症を発症した人としていない人の違いは何でしょうか。その問いに彼はシステム論的な発想からアプローチしています。すなわち、人間には病原体から体を守る免疫システムのように自他を区別し続けるためのシステムがあり、このシステムの維持のために不断にエネルギーを注いで統合失調症状態にならないようにしていると中井氏は考えていました。

言い換えればこのシステムがうまく作動しなくなれば、誰でも発病する可能性があるということです。統合失調症の発病過程として氏は脳の中のわずかな異常が少しずつ広がりやがて脳全体を巻き込んで異常な活動状態になってしまうモデルを想定し、その過程を原子炉の暴走に喩えています。

そして統合失調症の寛解過程の中で中井が特に事細かく観察したのが回復期の患者に起こるさまざまな事象です。回復の進み具合は絵画療法で描かれる絵の変化や夢を見るかどうかに現れます。夢は発症当初にはほとんど見られず、回復期に入ると増えてきます。

このほかの回復の目安として一見矛盾する認識の両立が挙げられる。中井はよく「自分が世界の中心であると同時に世界の一部である」という表現を使っています。統合失調症の方はどちらか一方に偏りやすく急性期に妄想に支配されている時は自己中心的になり、回復期になると今度は自己を抑えすぎて周囲に助けを求めにくくなる傾向があります。矛盾するものの間で折り合いをつけ両立させられるかが回復や精神健康の度合いを知るポイントとなるという指摘は極めて重要です。

また中井が回復の目安として重視していた要素に「あせり」と「ゆとり」があります。統合失調症急性期の患者は乱数発生能力に著明な障害が生じることで知られていまく。「ゆとり」がなければ既存の秩序に従うしかなく「ゆとり」があればでたらめを作ることができるということです。

* 心の生ぶ毛とケアの思想

中井氏は患者の尊厳を徹底して尊重することがそのまま治療やケアにつながることを一貫して主張してきました。

患者の尊厳とともに治療で大切にすべきものとして中井氏が強調しているのが「心の生ぶ毛」と呼ぶ心の柔らかな部分です。自発性や主体性が失われ感情の平板化や鈍麻が生じている慢性期の患者は「心の生ぶ毛」が損なわれた状態にあるといえます。「心の生ぶ毛」とは心の健康度を測る大事な要素の一つであり、中井氏はこのような「心の生ぶ毛」を大切にする治療を強調していました。

こうした意味で中井の治療論には常に「キュア(治療)」ではなく「ケア」の方に視点が置かれていたと斎藤環氏は述べています。診断を下し、それに見合う治療をしっかり行うという考え方よりも、病気の如何にかかわらず徹底して患者に寄り添い、話を聞き、応答し、ケアしていくという思想が一貫してあったということです。

「医者が治せる患者は少ない。しかし看護できない患者はいない」。これは体系化を一切施行しなかった中井が唯一執筆した「看護のための精神医学」に書かれた言葉で中井氏による箴言としてしばし引用されます。ここでいう「看護」は「ケア」と言い換えることができるでしょう。

現在のメンタルヘルス領域では疾患ごとの特異性のないどの病気にも対応できるようなケアの思想で病と向き合っていくという考え方が注目されつつあります。中井が看護=ケアというものの重要性を非常に早い段階から強調していたことは特筆すべき功績でしょう。そして、こうした「ケアの思想」は自身や身近な人のメンタルをケアしていく上でも大いに参考になるようにも思われます。












posted by かがみ at 03:05 | 精神分析

2023年02月25日

自傷的自己愛と自己心理学



* 自傷的自己愛とは何か

ひきこもり支援の専門家として知られる精神科医の斎藤環氏は近著『「自傷的自己愛」の精神分析(2022)』において、思春期や青年期に多く見られる自己愛の否定的な発露として「自傷的自己愛」という概念を提唱しています。

同書は「はじめに」でいわゆる「インセル」や「無敵の人」が起こしたとされる事件を取り上げます。ここでいう「インセル」とは「インボランタリー・セリベイト(不本意な禁欲主義者)」の略称であり、自分の容姿が醜いために女性から相手にされないと確信する男性たちの呼称として用いられ、しばし彼らは女性への憎悪を募らせる男性優位主義者のヘイトグループとされることがあります。そして「無敵の人」とはかつての2ちゃんねる管理人として知られる西村博之氏が2008年に提唱した言葉であるとされており、元々社会的信用が皆無のため逮捕されることがリスクとならず犯罪を起こすことに何の躊躇もないような人々を指しています。

彼らは最も極端な形で「自傷的自己愛」を象徴していると同書はいいます。すなわち「インセル」や「無敵の人」においてはその自己否定の感情が暴走した結果、拡大自殺のような形で通り魔殺人などの事件を犯すことがある、ということです。こうした犯罪の背景にはしばし何かしらの社会批判が見え隠れたりもしますが、同書によればその大元には「自己否定=社会批判」というショートカットがあるわけです(もちろん、これは同書も釘を刺すように「自傷的自己愛」が強い人の犯罪率が高いという意味ではありません)。


* 自傷的自己愛とひきこもり

そして「自傷的自己愛」は斎藤氏の専門領域である「ひきこもり」にもよく見られるといいます。ここでいう「ひきこもり」の定義とは、6ヶ月以上社会参加をしない状態で、かつ何かしらの精神障害を第一の原因としない状態をいいます。現在日本には内閣府の推計で100万人以上の(斎藤氏の推計によれば200万人以上の)「ひきこもり」の当事者がいると考られており、当事者がその保護者と共に高齢化していることを含めて社会的な問題となっています。

「ひきこもり」はしばし視野の狭さや人格的な偏りなどから一種の病気とみなす主張も聞かれることもありますが、斎藤氏は精神科医として、30年以上に及ぶ臨床経験に基づき「ひきこもり」を「困難な状況にあるまともな人」とみなすことを提唱しています。そもそも「ひきこもり」とは、いじめやハラスメント、ブラックな労働環境といった「異常な状況」に対する「まともな反応」として生じるのであり、その意味で、どんな家庭で育ったどんな人でも、いつでもどこでも何歳からでも「ひきこもり」になる可能性がある、と同書はいいます。

そして往々にして「ひきこもり」の当事者は、こうした「まとも」であるがゆえに現在の状況が家族の負担になっており世間的な価値観からも批判される状態にあることをよく自覚しており、その結果、彼らは「セルフスティグマ(自分は無価値な人間であるというレッテルの内面化)」を自身に貼り付けてしまい、こうした状況での周囲からの励ましの言葉はしばし逆効果となることがあります。


* 自己愛の発露としての自傷行為

そして同書はこういった発言をするのは「ひきこもり」の人々ばかりではなく、メンタルな問題を抱える若年層には「自分が嫌い」な人が多いように思うと述べ、この「自分が嫌い」な人はいわゆる格差社会の「負け組」のみならず、社会からの評価も高くて社交性も収入もある、いわば「勝ち組」の中にもいると述べます。

こうしたことから、同書はこうした「自分が嫌い」な人たちというのは、自己愛が弱いのではなくむしろ自己愛が強いのではないかと述べます。つまり、彼らの自己否定的な発言は自己愛の発露としての自傷行為なのではないかということです。その根拠の一つとして同書は彼らが自分自身について、あるいは自分が社会からどう思われているかについて、いつも考え続けているという点を挙げています。

だとすれば、それはたとえ否定的な形であり自分に強い関心があるという、紛れもなく自己愛の一つの形といえます。こうした逆説的な感情こそが斎藤氏のいうところの「自傷的自己愛」です。


* 自己愛性パーソナリティ障害

この点、同書が第一章で述べるように「自己愛」とは従来の精神医学や精神分析の歴史においてはどちらかというとネガティヴな意味で用いられてきた言葉です。

まず、アメリカ精神医学会の編纂した「精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)」には「自己愛性パーソナリティ障害(narcissistic parsonality disorder:NPD)」という診断名があります。

その診断基準とは誇大性、賞賛の要求、および共感の欠如の持続的なパターンであり、このパターンは⑴自分の重要性および才能についての誇大な根拠のない感覚(誇大性)⑵途方もない業績、影響力、権力、知能、美しさ、または無欠の恋という空想にとらわれている⑶自分が特別かつ独特であり、最も優れた人々とのみ付き合うべきであると信じている⑷無条件に賞賛されたいという欲求⑸特権意識⑹目標を達成するために他者を利用する⑺共感の欠如⑻他者への嫉妬および他者が自分を嫉妬していると信じている⑼傲慢、横柄のうち5つ以上が認められる必要があるとされます。

こうしたことから自己中心的な言動を繰り返しながらも我が身を省みず、自分の業績は自画自賛し、少しでも批判されれば激怒して相手を罵倒し、問題が起きてもすべて他人のせいにするような人は、しばしば「自己愛的」と評価されます。日本でも自己愛という言葉は問題行動を起こした著名人や犯罪者を表する際に「精神障害と診断できない困った人」に対するレッテルとして用いられたりもします。


* 精神分析におけるナルシシズム

そして伝統的な精神分析で自己愛とは「ナルシシズム」と呼ばれてきました。周知の通り、この「ナルシシズム」の語源はギリシア神話のナルキッソスの池に映った自分の姿に恋をした話に由来しています。

この点、精神分析の創始者、ジークムント・フロイトは「自体愛」「一次ナルシシズム」「二次ナルシシズム」という概念を提唱しています。

まず「自体愛」とは、まだ生後間もない乳児がリビドー(心的エネルギー)のすべてを口や肛門、性器など自身の体のどこか一部分に備給(心的エネルギーの移動)している状態を指しています(指しゃぶりとかマスターベーションのような行為は自体愛的な行為とされています)。

次に「一次ナルシシズム」とは自他の区別がまだつかない段階の幼児がリビドーのすべてを意識の枢要部である自我に備給している状態を指しています(もっとも最近の研究では乳幼児がかなりの早期から外的対象を認識できるとされており、今日ではフロイトの説はだいぶ分が悪いようです)。

そして「二次ナルシシズム」とは一旦は外的対象、つまり他者をはじめとする外界へ備給したリビドーを、他者への幻滅から再び自己に向け直した状態を指しています。

斎藤氏はこの「二次的ナルシシズム」を病的、退行的とみなす発想が現在の精神科臨床における「自己愛」の低評価につながっているように思われてならないといい「病的ではない二次的ナルシシズム」を「自己愛」と呼びます。


* ラカンの鏡像段階理論

そして、フロイトの精神分析を体系的に発展させたフランスの精神分析家、ジャック・ラカンもやはり「自己愛」を端的に「未熟なもの」として捉えていた、と同書はいいます。

生後しばらくの間、乳幼児は脳や脊髄などの中枢神経系統が未発達であるため、目や口や耳などの感覚器官から得られる身体興奮の束の中で生きています。この点、発達心理学における一般的理解によれば、子どもは中枢神経系統の発達過程の何処かで統合的な「自己(身体イメージ)」を獲得すると言われています。ところがラカンは、こうした中枢神経系統の発達以前に、既に子どもは自身の「自己」を視覚的イメージとして先取りしていると主張しました。

こうした視覚的イメージ化を助けるためのメディアの一つとして「鏡」があります。この点、ラカンは生後6ヶ月から18ヶ月の時期を迎えた乳幼児は「鏡」に映った自分の姿を発見し歓喜に満ちた表情を見せるといいます。すなわち、この時に子どもはそれまでバラバラだった身体興奮の束が「鏡」の中でまとまり視覚的イメージとして「自己」を発見するということです。このような発達過程をラカンは「鏡像段階」と名付けました。


* 想像界という嘘の世界

もっとも鏡が映し出す自身の鏡像とは左右が反転した自分であり、いわば自分そのものではない「嘘」の姿です。けれども人は自分の眼で自分を直接眺めることができないので、その代わりに左右反転した鏡像を自分だと思い込んでいます。鏡の力を借りている限り人が真の自分の姿に辿り着くことはできません。このような状態を精神分析では「主体は自我を鏡像の中に疎外する」などと表現します。

このように鏡像段階とはある意味で「嘘」の世界の起源であり、このような「嘘」の世界をラカンは「想像界」と呼んでいます。そして、ラカンは視覚イメージに魅了されることを多かれ少なかれ「ナルシシズム」の作用と見做しており「自己愛」の起源もまたこの鏡像段階にあると考えます。こうしてラカンにおいて「自己愛」とは鏡の中の自分というイメージを愛する「ナルシシズム」として否定の対象となっていきます。

同書は「自己愛」についてのラカンの功績は一見すると自己愛とは何も関係ないような現象や行動にも「自己愛」が宿ると看破した点にあるいい「自傷的自己愛」という概念もラカンの理論がなければ発見できなかもしれないといいます。けれどもその一方で同書は当のラカン派は「ナルシシズム」という言葉をもっとも批判的な意味を込めて使う人々だと思うと述べています。


* コフートの自己心理学

このようにフロイトやラカンが自己愛を否定的に捉えたのに対して、自己愛を肯定的に捉えた精神分析家もいます。斎藤氏がその代表として取り上げるのが米国の精神分析家、ハインツ・コフートです。

コフート理論はまず自己愛性パーソナリティ障害の治療論として世に出て来ます。この点、フロイト以来の伝統的精神分析は、リビドー備給の正常な発達過程として自体愛から自己愛へ、自己愛から対象愛へと進んでいくモデルを想定しています。これに対して、コフートの慧眼はそれとは別に自己愛独自の発達があると考えた点です。すなわち「未熟な自己愛」から「成熟した自己愛」への発展・昇華ということです。

コフートという人は、その前半生においては米国精神分析学会会長などの要職を歴任するも、後半生からは伝統的精神分析に対する疑念から独自の理論を提唱し始めます。そして、最終的には精神分析理論全領域の大改訂を成し遂げて「自己心理学」と呼ばれる全く新しい理論体系を打ち立てます。

伝統的精神分析と自己心理学の間では、その前提とする人間観が根本的に異なっています。伝統的精神分析が「罪責人間」を対象とするものであるのであれば、コフートの掲げる自己心理学は近年増えてきた「悲劇人間」を対象とするものです。

「罪責人間」とは自らの中にある快楽衝動に抗えず罪責感に苦しむ人をいいます。この点、当時の米国精神分析の主流派であった自我心理学は「自我」を強化する事でこのような葛藤を克服する事を目標としていました。

これに対して「悲劇人間」とは「自分のことを分かってくれない」「認めてくれない」という周囲の承認や共感の欠如に苦しむ人のことであり「罪責人間」とは悩みの構造が異なっています。コフートはこういった「悲劇人間」の増加という社会状況の変化を念頭に置いて、従来の精神分析理論を現代社会に相応しい形へアップデートを行なっていくわけです。


* 自己愛構造体と自己愛性パーソナリティ障害

コフートは最初の著作「自己の分析(1971)」において幼い子どもの自己愛について「誇大自己(完全で万能な自己イメージ)」と「理想化された親イマーゴ(完全で万能な親イメージ)」の二つの機制によって構成される「自己愛構造体」を仮定しました。

つまり子どもの心象風景には「わたしは何でもできる存在で、何でもしてくれる神様が、私をいつでもどんな時でも愛してくれるはずだ」という完全に自分本位の物語があるわけです。

もちろん世の中そうはなっていないわけで、成長するにつれて子どもは現実を悟っていき、誇大的な自己イメージは現実に適応した形で成熟していく、あるいはそうあるべきであるということになります。いわゆる「大人になる」ということは、自分は世界の中心でも何でもなく、社会の歯車に過ぎないというこの無情な現実を受け入れるということに他なりません。

ところが、この現実を受け入れることができず、自己愛構造体が子どものまま発達しない場合があります。こうした発達過程の歪みが自己愛性パーソナリティ障害という病理の根幹を形成するということです。

この点、従来の精神分析理論では自己愛性パーソナリティ障害においては治療者への転移(対象転移)が起きないため精神分析は適用できないとされていました。けれども、コフートは対象転移とは別の「自己愛転移」という特異的な転移を利用すれば自己愛性パーソナリテイ障害は治療可能であると主張したわけです。


* 自己と自己対象

続いてコフートは「自己の修復(1977)」において、旧来の精神分析用語を一掃し、「自己」と「自己対象」の関係性からなる「自己心理学」へのモデルチェンジを果たします。

コフートのいう「自己」とは空間的に凝集し、時間的に連続するひとつの単位であり、その人だけが持っている「パーソナルな現実」を産み出す源泉をいいます。

そして自己の枢要(中核自己)は「野心の極」と「理想の極」という二つの極から成り立つ構造を持っている。これを「双極的自己」と呼びます。

「野心の極」は「自己の分析」でいう「誇大自己」に相当し、「理想の極」は「自己の分析」でいう「理想化された親イマーゴ」に相当します。こうして子どもは「野心の極」により生じる「認められたい」という動機に駆り立てられ、「理想の極」により生じる「こうなりたい」という目標に導かれることで、初めて健全な成長が生じるということです。

そして、この「野心の極」と「理想の極」を確立させるに不可欠な要素、これが「自己対象」です。ここでいう「自己対象」とは自己の一部として体験される人や物といった対象をいいます。

まず「野心の極」を確立させるのは賞賛や承認を与えてくれる自己対象です。これを「鏡映自己対象」といいます。次に「理想の極」を確立させるのは生きる目標や道標を与えてくれる自己対象です。これを「理想化自己対象」といいます。

コフートによれば、こうした「自己対象」に恵まれなければ人は不安に満ちて傷つきやすく尊大な人間になってしまいます。つまり健全な「自己」を確立するには「自己対象」の存在が必要不可欠ということです。


* 鏡映・理想・双子

さらに、コフートは遺作となる「自己の治癒(1984)」において鏡映自己対象・理想化自己対象とは別の第三の自己対象の存在を指摘しています。これが「双子自己対象」と呼ばれるものです。

「双子自己対象」は、野心の極から理想の極へ至る緊張弓に生じる「技倆と才能の中間領域」を活性化させる作用を持つ「私もあの人も同じ境遇の人間なんだ」と実感させてくれる自己対象です。

ここで前述の双極性自己モデルは修正を加えられることになります。すなわち、コフートの最終的な中核自己モデルは「野心の極」「理想の極」「技倆と才能の中間領域」から構成される「三極性自己」ということになります。

以上から示されるように、健全な「自己」とは、「鏡映自己対象」により「野心の極」が確立し、「理想化自己対象」により「理想の極」が確立し、「双子自己対象」によって「技倆と才能の中間領域」が活性化する事で成り立つものだといういうことです。

逆にいうと、これらの三極が機能不全に陥る事で「自己の断片化」が起こり、結果、数々の精神疾患が生じてくる、ということです。

つまり、病んだ心を治療するという事は、治療者が患者の自己対象になる事で、患者の断片化した自己を再び構造化させると同時に、治療者以外の他者を自己対象として上手に依存していく術を学んでいく過程に他ならなりません。


* 共感の科学としての自己心理学

そして、ここで重要なのが「共感」という営みです。コフートによれば共感には二つのレベルがあるといいます。まず一つは、共感とは、患者の立場に身を置いて患者の代わりに内省し患者の内的世界を探索するツールという捉え方です。そしてもう一つは、共感とは、人と人の繋がりという情緒的な絆を感じられることで得られる心理的な栄養補給という捉え方です。

さらにコフートはこういった「共感」を踏まえて精神分析における「解釈」という営みは、患者の内的世界の「受容」という消極的共感からさらに一歩踏み出し「説明」を与えることで患者の内的世界を再構築していく積極的共感だと位置付けます。

すなわち、病んだ自己を健全な自己へと変えていくにはこうした「甘え(消極的共感=受容)」と「究め(積極的共感=解釈/説明)」が高度に統合された営みが必要であるという事なのでしょう。そして、このような共感による「適量な欲求不満による変容性内在化」こそが、自己対象との関係性を成熟したものへと変えていく、とコフートはいいます。その意味では自己心理学とはまさに「共感の科学」であるともいえるでしょう。


* しなやかに依存するということ

こうして、さまざまな自己対象から多くの機能やスキルを取り込むことで自己の構造は複雑化し、安定したものに変わっていきます。この安定状態をコフートは「融和した自己」と呼びます。そして、この「融和した自己」は一つのシステムとして周囲の他者と関わりながら、さらに他者の機能やスキルを吸収し、さらに安定度を高めていきます。

コフートによれば、自己愛の発達のもっとも望ましい条件は青年期や成人期を通じて自己を支持してくれる対象が持続することです。こうした対象が欠けたままでは自己愛を健全に成熟・成長させることが困難になるからです。この点、斎藤氏は「自立とは依存先を増やすこと」という熊谷晋一郎氏の名言を引き、自己愛の成熟とは良き自己対象を増やすことであるといいます。

そして、おそらくその依存先=自己対象とは決して人に限らず、モノであったりライフワークであったりでも良いはずです。こうした意味で自傷的自己愛を拗らせないために最も必要なスキルとは、言ってみれば「しなやかに依存する能力」なのかもしれません。





















posted by かがみ at 23:54 | 精神分析