【参考リンク】

フランス現代思想概論

ラカン派精神分析の基本用語集

現代アニメーションのいくつかの断章

2021年11月26日

欲望の弁証法とデータベース的動物



* エディプス・コンプレックスと前エディプス期

時は20世紀初頭、精神分析の始祖であるジークムント・フロイトは当時謎の奇病とされたヒステリーをはじめとする神経症の治療法を試行錯誤する中、患者の心的現実を基礎付ける内因的な欲動の存在を想定し、独自の欲動発達論を主張しました。

フロイトによれば、幼児のリビドーは身体の各粘膜部位に性感帯を持つ自体愛的な部分欲動として生後間もなく生じ「口唇期(1歳頃まで)」「肛門期(2〜3歳頃)」「男根期(4〜5歳頃)」という一定の発達段階プログラムを経由して、やがて「部分対象(身体部位)」から「全体対象(他者)」へ向けられることになります。

この点、男根期に入ると幼児は性の区別に目覚め、異性の親に愛着を持つ一方で、同性の親に対する憎悪を抱くとフロイトは考えました。このような幼児の抱く心的観念の複合体をフロイトはギリシア悲劇に倣い「エディプス・コンプレックス」と命名しました。フロイトはこの「エディプス・コンプレックス」の解消のされ方がセクシュアリティの確立や超自我の形成、そして神経症的葛藤の成立における重大な要因となると述べています。

そして、この一見して奇怪なフロイト神話を構造言語学の知見を用いて再解釈したのがフランスの精神分析家ジャック・ラカンです。1950年代においてラカンはエディプス・コンプレックスを〈父の名〉という超越論的なシニフィアンの導入として捉え、精神病の構造的条件を「〈父の名〉の排除」へ求めました。

ところが当時、英米の精神分析臨床において多大な影響力を持っていた対象関係論の始祖、メラニー・クラインはフロイトのいう「エディプス・コンプレックス」という父子関係よりもむしろ「前エディプス期」と呼ばれるゼロ歳児の母子関係を重視していました。では、ラカンはクラインのいう「前エディプス期」をどのように捉えたのでしょうか?


* 妄想分裂ポジションと抑うつポジション

この点、クラインは「前エディプス期」についての集大成的論文「幼児の情緒生活ついての二、三の理論的結論(1952)」において、ゼロ歳児の心性としての前エディプス期を「妄想分裂ポジション」と「抑うつポジション」の二つに分けています。

まず、生後3〜4ヶ月の幼児の主な関心は母親の乳房という「部分対象」に向けられています(註)。ここで幼児は「乳房=部分対象」による欲求充足と欲求不満を繰り返し体験しています。この繰り返しの体験によって、幼児の心的生活に「良い乳房」と「悪い乳房」の区別が導入されることになります。

(註:ここでいう「母親の乳房」とは実母における授乳行為に限らず、養育者による栄養補給措置全般を指しています。)

すなわち、一方の「良い乳房」とは、幼児の欲求を充足させてくれるというポジティヴな価値を持つ愛すべき対象です。そして、他方の「悪い乳房」とは、幼児の欲求を不満足に陥らせるネガティヴな価値を持つ憎むべき対象となります。こうして幼児は「悪い乳房」に絶滅的不安ないし迫害的不安を感じてしまうようになります。結果、幼児は「悪い乳房」を噛み砕き食い尽くしてしまおうとする空想を懐きます。これが「妄想分裂ポジション」です。

けれども、やがて生後4〜6ヶ月頃になると幼児は、これまで噛み砕き食い尽くそうとしてきた「悪い乳房」が実は「良い乳房」と同じく、母親という「全体対象」の一部であることに気づきます。そこで幼児の中に「母親=全体対象」を傷つけてしまったという罪悪感や抑うつ的不安が生じることになります。これが「抑うつポジション」です。

このようにクラインの考えによれば「妄想分裂ポジション」における幼児の「乳房=部分対象」に対する「良い/悪い」「愛情/憎悪」といった二項対立は「抑うつポジション」において「母親=全体対象」の上に統合されることになります。


* 現実的対象と象徴的対象

これに対してラカンは、セミネール4巻「対象関係(1956〜1957)」において、クラインのいう部分対象と全体対象の区別を「象徴界(イメージ)」「想像界(言語)」「現実界(物それ自体)」という独自の枠組みから再解釈します。

クラインの考えでは、妄想分裂ポジションにおける部分対象(乳房)は後に抑うつポジションにおける全体対象(母親)へと統合されることになります。ところがラカンはそのような統合を認めません。なぜなら、乳房と母親は異なる水準にあり、前者が後者に統合されることはありえないからです。どういうことでしょうか?

まず、幼児は「乳房」という「部分対象」と関わりを持っています。この乳房はクラインのいうような快を提供してくれる「良い乳房」と、快を提供してくれない「悪い乳房」に分裂した別々の存在として「現実的な水準」で幼児の前に現れています。

ところが、この時点で幼児はすでに「母親」という「全体対象」とも関わりを持っているとラカンは主張します。この母親は、幼児の知らない何らかの規則=法に従って現前/不在を繰り返す「象徴的な水準」で幼児の前に現れています。

このような見地から、ラカンは子供は「乳房=現実的対象(部分対象)」と「母=象徴的対象(全体対象)」と同時に関係を持っていると考えます。つまりクラインが部分対象と全体対象を前者から後者への統合関係として捉えているのに対して、ラカンは両者を併存関係として捉えていたということです。

そして、ラカンは、このような乳房と母をめぐる状況を「フリュストラシオン」と呼び、これを「象徴的母を動作主とする現実的対象の想像的損失」と定義しています。ここでの「象徴的母」とは始原的な〈他者〉であり〈父の名〉の母胎となる前駆的概念になります。すなわち、ラカンはクラインが母子の二者関係で捉えた前エディプス期にも、エディプス的三者関係がすでに導入されていると考えています。端的に言えばラカンはクラインほどに前エディプス期の優位性を認めていないという事です。


* 欲求の要求と愛の要求

このようにフリュストラシオンにおける「乳房=現実的対象(部分対象)」と「母=象徴的対象(全体対象)」は、それぞれ異なる水準にあります。そしてラカンはこの二つの水準のズレ=裂け目こそが、人間の欲望を構成する原理となると考えました。

ラカンは、フリュストラシオンにおける母子関係は弁証法的であると指摘しています。そして、この弁証法は「欲求」「要求」「欲望」から成り立っているといいます。

まず幼児は生存維持のため現実的乳房に対して生物学的な「欲求」を向けます。そして現実的乳房を得るために子供は象徴的母に対して自分の前に現前するように何かしらの言語表象、すなわちシニフィアンを通じて「要求」する事になります。

ここで「要求」は、現実的乳房に向けた「欲求の要求(要求1)」であると同時に象徴的母に向けた「愛の要求(要求2)」でもあります。そしてラカンは「欲求の要求(要求1)」の特殊性は「愛の要求(要求2)」の無条件性へと変換されることで揚棄(=消去)されるといいます。

こうした「欲求」と「要求」のあいだの「うまくいかなさ」から「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」のあいだには一つの「裂け目=謎」が生じることになります。そしてこの「裂け目=謎」を原因として現れる領野こそが「欲望」です。すなわちラカンによれば欲望とは「愛の要求(要求2)」から「欲求の要求(要求1)」を引き算する事で生じる差異として構成される事になります。


* 欲望の弁証法とラカンの禁欲原則

以上のように、欲望とは「欲求」「要求」「欲望」の三段階を介して発生します。ラカンはこのようなフリュストラシオンにおける弁証法的展開を「欲望の弁証法」と呼びます。そしてそれは単なる思弁ではなく、ラカンにとっては精神分析臨床において欠かすことのできない治療指針でもあります。

そもそも、フロイトが精神分析の臨床において常に問題にしてきたのが「欲望」でした。彼は分析主体が異性の分析家へ擬似的な恋愛感情を抱く「転移性恋愛」と呼ばれる状況を、分析主体の抵抗を強め分析を停滞させるものとして警戒していました。それゆえフロイトは分析治療では「禁欲」を原則としなければならないと述べます。これが有名なフロイトの「禁欲原則」です。

このフロイトのいう「禁欲原則」とは、分析家は分析主体と恋愛関係に陥ってはいけないという当たり前の注意であると同時に、分析家は分析主体の愛の要求を満足させないことで分析主体の欲望を惹起するための技法でもありました。

そしてラカンもまた、その臨床実践において「欲望」を重視しました。精神分析を求めて分析家のもとにやってくる人々は「自分を治してほしい」「自分自身を知りたい」「精神分析を教えて欲しい」「自分を分析家として認めてほしい」などといった様々な要求を携えています。けれどもこれらの要求はいずれにせよ結局のところは「何でもいいからわたしを認めてほしい」といった愛の要求に変換され、その特殊性は無条件性へと揚棄(=消去)されることになります。

そこで分析家には「要求を要求として承認しない」という態度が求められるとラカンはいいます。すなわち、分析家は分析主体の要求を言葉通りに承認する事なく、むしろこれを「フリュストラシオン=欲求不満」へ導くことによって「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」とのあいだに生じる欲望の領野を活性化させ「主体のフリュストラシオンが留められているシニフィアンの再出現(E618)」を目指します。こうした事からラカンの考える精神分析的な解釈とは、分析主体の症状や人生に何かしらの意味を与える「説明」ではなく、むしろ衝撃的な動揺を伴う「神託」のようなものになります。

主体の欲望を開き根源へ至るということ。こうした境域を目指すラカンの技法を、精神病理学者の松本卓也氏は「ラカンの禁欲原則」と名付けています。


* データベース的動物

ところで、我々の生きる現代とはある意味でラカンのいう「フリュストラシオン」が機能不全に陥った時代ともいえます。

例えば、現代を代表する批評家の一人である東浩紀氏はその代表作と目される「動物化するポストモダン(2001)」において漫画・アニメ・ゲームなどのサブカルチャーの愛好者、一般的にはいわゆる「オタク」と呼ばれる消費者の消費行動傾向が「物語消費」から「データベース消費」へ移行している実態を指摘し、氏はここにポストモダンの一般的傾向を見出します。

すなわち、近代とは「小さな物語」の後景には「大きな物語」があり、人々は「小さな物語」を通じて大きな物語にアクセスする「ツリー型世界」であったのに対して、ポストモダンにおいてはもはや「大きな物語」が機能しておらず、その代わりに「大きな非物語=データベース」から無数の「小さな物語=シュミラークル」が生産される「データベース型世界」であるということです。

そして、ここではシュミラークルの水準で生じるドラマへの動物的欲求とデータベースの水準で生じるシステムへの人間的欲望という二つが解離的に共存することになります。こうして東氏は現代社会の人間像を、個人の生の意味づける「大きな物語」への「欲望」より、記号的なキャラクターやウェルメイドなドラマへの「欲求」を優先させる「データベース的動物」と名付け、1995年以降の時代を「動物の時代」として捉えます。

こうした東氏のいう「データベース的動物」とは上記のラカンの議論に照らせば「欲求の要求(要求1)」で充足してしまっている状態にあるといえます。では、こうした時代状況において我々は、松本氏のいうような「ラカンの禁欲原則」に相当するような処方箋を見出すことができるのでしょうか?


* 欲望を開くということ

この点、東氏は「動物化するポストモダン」の続編である「ゲーム的リアリズムの誕生(2007)」所収の論考において「AIR」というPCノベルゲームに注目しています。

このAIRというゲームはプレイヤーを二重の意味で疎外する作品です。まずその第一部において物語の主人公(=プレイヤー)である国崎往人はヒロインである神尾観鈴を延命させる代償として物語からの退場を余儀なくされます。ここでプレイヤーはキャラクターレベルで物語から疎外されることになります(父の不在)。さらにその第三部においては主人公は一羽のカラスでしかなく、観鈴が壊れていく様をなすすべもなく傍観するだけです。ここでプレイヤーはキャラクターレベルのみならずプレイヤーレベルにおいて「AIR」というゲームそれ自体からも疎外されることになります(プレイヤーの不在)。

こうした二重疎外を経由することでAIRはいわゆる「美少女ゲーム」における「父=プレイヤー」の「全能性」と表裏の関係にある「不能性」を告発します。そういった意味から東氏はAIRを、あるジャンルの可能性を極限まで引き出そうと試みるがゆえに逆にジャンルの条件や限界を図らずも顕在化させてしまう「臨界的=批評的な作品」として位置付けています。

フリュストラシオンにおける「欲求の要求(要求1)」と「愛の要求(要求2)」はAIRにおける「キャラクターレベル」と「プレイヤーレベル」に相当します。こうした意味でAIRという作品を規定する構造は先に述べた「ラカンの禁欲原則」と同様の構造から成り立っているといえます。

同作が美少女ゲームという枠組みを超えてゼロ年代サブカルチャーを象徴する作品の一つとして今もなお高く評価される理由の一つには、同作が美少女ゲームにおけるプレイヤーの「要求」の外部にある「欲望」を開いた点にあるように思えます。

そして情報環境の進展ないし肥大化により、更なる「動物化」が加速する現代においては、サブカルチャーに限らず文化全般の領域で、このような意味での「欲望」を開くための想像力が今ますます必要とされているのではないでしょうか。














posted by かがみ at 00:11 | 心理療法

2021年10月24日

統合失調症の現象学−−症例アンネ・ラウ




* 統合失調症とは何か

統合失調症は2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた精神疾患です。主な症状として「妄想」「幻覚」のような陽性症状と「意欲低下」「感情鈍麻」「無為自閉」といった陰性症状があります。これらの症状のほかに患者の社会的、職業的生活における機能のレベルが低下していること、そして、この症状がある程度の期間(6ヶ月以上)持続しており、他の障害ではうまく説明できない場合、統合失調症と診断されます。

幻覚や妄想を呈する病が存在することは古代ギリシアの時代から既に知られていました。しかし統合失調症の典型例がはっきりと示された記録が残っているのは19世紀初頭だと言われています。19世末に近代精神医学を確立したドイツの精神科医エミール・クレペリンは当時「緊張病」や「破瓜病」などと呼ばれていた精神機能が急速に衰退する一連の病を「早発性痴呆」というグループへとまとめ上げました。また20世紀初頭、スイスの精神科医オイゲン・ブロイラーはクレペリンのいう早発性痴呆を「スキゾフレニア」と呼称しました。「スキゾ」は「分裂」で「フレニア」は「精神」の意味です。記述的精神医学からみた統合失調症の特徴的な症状は以下のようなものです。


* 前駆期

統合失調症の多くは「妄想気分」や「妄想知覚」と呼ばれる前駆期を経て発病に至ります。まず「妄想気分」とは目に見えるこの世界は何も変わっていないにも関わらず「何か」が変わったと感じる体験をいいます。この体験は世界が何か不穏で不気味なものに感じられる不安感や、あるいは世界が何か肯定的な煌めきに満たされていくような高揚感を伴って現れてきます。

次に「妄想知覚」とは正常な知覚に対して誤った意味づけを与える二段構成の体験をいいます。この二段構成をドイツの精神医学者クルト・シュナイダーは「二節性」と呼びました。シュナイダーは「妄想知覚」を統合失調症に特異的な一級症状に位置付けています。また妄想気分や妄想知覚と同様の構造を持つ病初期の体験として「実体的意識性」と呼ばれる意識の異常があります。

これら統合失調症の発病時に現れる体験の特徴として「原発性(先行する心的体験から導出されない体験であること)」「無意味性(意味のわからない体験であること)」「無媒介性(患者にとって直接的無媒介的な体験であること)」「圧倒性(圧倒的な力を帯びた異質な体験であること)」「基礎性(のちの症状進展に対する基礎となる体験であること)」が挙げられます。ドイツの精神病理学者カール・ヤスパースはこれらの一次性体験を「要素現象」と総称しています。


* 妄想

このようにまず統合失調症では一次性=原発性の「何か」が生じるわけです。それはその患者がこれまで生きてきた人生の意味の連続性を切断するような新しい「何か」が人生に突然付け加えられるということです。その新しい異質な「何か」が加わるということは患者本人にとっても不可解なことになります。

そして以後その患者はいわば「妄想的人生」を生きていくことになります。このような経過をヤスパースは「病的過程/過程」と呼びます。そして「病的過程/過程」が始まることによってその人の人生が折れ曲がり妄想人生へと展開した時点を「生活史上の屈曲点」と呼びます。

もっとも統合失調症の妄想の全てが「一次性=原発性」に生じているわけではありません。一次性=原発性妄想体験の後に生じた妄想は患者の妄想的人生の内部では意味の連続性は繋がっており、その限りで了解可能な場合はあります。

統合失調症の妄想は、そのほとんどが多かれ少なかれ関係妄想としての性質を有しています。言い換えれば「自分だけが何かに関係している」と確信する「思考の異常」こそが、統合失調症の妄想の基本的な構図を規定しているということです。


* 幻覚

統合失調症における「幻覚」とはほぼ「幻聴」のことをいいます。もっとも統合失調症における幻聴は最初から他者の声として現れるのではなく、むしろ頭の中にたくさんの雑念(思考や意志)が湧き始めるという体験として現れます。これを「自生思考」と呼びます。

自生思考の内容は全く意味不明なものであったり過去の記憶であることもあります。そしてこの自生思考は最初は単に「頭の中に言葉が浮かぶ」という体験ですが、次第に感覚性(聴覚的性質)を持ち始め「自分の声が頭の中で聞こえてくる」という体験に変化します。なお、このような段階にある自生思考をフランスの精神科医ガエタン・ガティアン・ドゥ・クレランボーは「精神自動症」とも呼びました。

自生思考の段階ではまだ思考の自己所属性が保たれていますが、この自生思考が他者化されると「他者の声が外から聞こえてくる」という明確な「幻聴」へ至る事になります。すなわち幻聴は一般に「感覚の異常」と考えられがちですが、妄想と同様に「思考の異常」という事です。

「幻聴」の種類としては「機能幻覚」「対話性幻聴」「命令幻聴」などが挙げられます。「機能幻覚」は現実の生活音の中から何かしらの「幻聴」が聞こえてくる体験です。かの有名な「症例シュレーバー」においても「機能幻覚」の例が見出されます。「対話性幻聴」は「声同士が対話する形」と「声と患者が患者が対話する形」という二つのパターンが存在します。「命令幻聴」は自分の主体性を簒奪するような命令を患者に下す幻聴が命令幻聴です。


* 統合失調症の現象学−−世界に棲まうということ

このように統合失調症といえば一般的に「妄想」と「幻覚」の二大陽性症状がまずは思い浮かべられるでしょう。ところが統合失調症の概念を基礎付けたクレペリンやブロイラーは知性、思考、感情、意志といった精神機能の衰退ないし分裂を統合失調症の特異的な症状として考えており、幻覚や妄想といった症状はむしろ統合失調症以外でも見られる非特異的な症状として考えていました。

すなわち、統合失調症においては、多くの人にとってはある意味で当たり前な「世界に棲まう」という根本的な様式に何らかの障害があり、そこから派生して様々な幻覚や妄想といった症状が出現しているということです。では、こうした個々の症状を超えたところにある統合失調症の基本障害とでもいうべきものを精神病理学はどのように捉えたのでしょうか?

この点、精神病理学において現象学的方法論を導入し、現存在分析の創始者として知られるスイスの精神科医ルートヴィヒ・ビンスワンガーは統合失調症の基本障害を次のような空間論的見地から説明しました。

ビンスワンガーによれば我々の生の空間は日常的な広がりを持つ「水平方向」の軸と超越論的な高みに向かう「垂直方向」の軸により構成されています。いわゆる「普通」の人生とは、その水平方向と垂直方向とが程よいバランスを保っていることによって成り立っているということです。こうした状態をビンスワンガーは「人間学的均衡」と呼んでいます。

ところが統合失調症の患者ではこのような「人間学的均衡」が崩れてしまっているわけです。つまり水平方向が痩せ細る一方で垂直方向が過剰に肥大化してしまっている。このような状態をビンスワンガーは「思い上がり(常軌逸脱)」と呼んでいます。そしてこうした「思い上がり」とはビンスワンガーがいうところの「自然な経験の一貫性の解体」、すなわち統合失調症の基本障害を脱するための起死回生の手段として行われるという事です。

こうしたビンスワンガーの切り開いた現象学的精神病理学を引き継ぎ発展させたのがドイツの精神病理学者ヴォルフガング・ブランケンブルグです。ブランケンブルグは統合失調症の基本障害の本質に迫るべく、妄想や幻覚といった産出的症状が比較的少ない症例に注目しました。次に示すいわゆる「症例アンネ・ラウ」です。


* 症例アンネ・ラウ

アンネは20歳で睡眠薬自殺を図りブランケンブルグのいる病院へ入院してきました。ブランケンブルグはアンネに対して「寡症状性分裂病」という診断を下します。寡症状性というのはつまり症状に乏しいという事です。アンネは妄想や幻覚といった統合失調症に典型的な症状に乏しい一方で豊かな内省性を持っていました。以下はアンネ本人と母親の陳述を元に構成したアンネの生育歴です。


アンネは歩き始めた後、言葉を覚えるのもひどく遅れて2〜3歳までかかったが、その後の発育は順調で大きな病気にはかかっていない。小さい時から行儀の良い物静かな子で、同じ年頃の子供たちともあまり遊ばなかった。父親は彼女のやることなすことが気に入らなかった。アンネは一心に勉強に打ち込み14歳頃までは成績も良かったが、15歳ごろから数学が難しくなり成績がやや下がった。母親はこれ以上の学校に進ませても意味がないだろうと考えた。何より父親がうちにほとんどお金を入れないので、経済的な事情でアンネは進学を諦める以外に道はなかった。

高校中退後、商業学校にはいったがその頃はもう人間関係がうまくいかなくなっていた。人並みに恋愛に興味を持つこともなかった。同じ年頃の男子と接近する機会を彼女は意識して避けた。しかしともかくも商業実習時代はまだ幸せだった。勉強は楽しかったし修了成績も悪くなかった。

商業実習を終えたアンネは当時兄が通っていた大学と同じ市にある会社に就職して父親から離れるため家を出て兄の隣に部屋を借りた。兄の友人たちと知り合いになったが、交際らしきものにはならなかった。家を恋しいと思う反面、母親の拘束が強すぎるという感じを持っていた。母親を受け入れて折り合っていくことが以前に比べてだんだん困難になっていった。これに反して父親の行動については彼女はそれは非難しはするものの、あれこれ思い悩むといった風はなかった。

兄が大学を転校したとき、アンネは別の町で家族のための住宅を見つける仕事を引き受けた。彼女の言葉から察すると、彼女は非常な活躍でうまく住宅を見つけたが、それはいわば彼女が最後の努力を振り絞ったといった感じだった。その間に両親の離婚訴訟が進められていた。両親の離婚が彼女にとって悲しいことだったかと問われた時、アンネは熱にでも浮かされたような笑いを浮かべて「いいえ、ちっとも、私にはどうでもいいことなの」と答えた。彼女の探した住宅に母と弟がやってきて、彼らは4人で一緒に暮らし始めた。最初のうちは父親がまだ時々やってきて、騒ぎを引き起こしていった。

その後アンネは化学工場に就職した。仕事はそれなりに面白かったが人間関係がとても難しく彼女には耐えられなかった。他の人たちが変な眼で彼女を眺め、彼女が少しおかしいことに気づいているようだった。彼女は自分はまだ精神的な成長が遅れているのだ、自分はまだ子どもなのだと考えた。とうとう仕事自体も手につかなくなって、彼女は自分から会社を辞めてしまった。何もせずぶらぶらしているわけにもいかず、彼女は寺院の見習い看護婦になった。しかしそこでもやはり仕事に打ち込むことができず、これまでと同じように、いつも考えごとばかりしていた。いろいろな考えや疑問が頭の中にいつも住み着いていた。

〈あたりまえ〉ということが彼女にはわからなくなった。〈ほかの人と同じだ〉ということが感じられなくなった。人はどうして成長するのかという疑問が頭から離れなかった。不自然でへんてこなことを一度にたくさん考えたりした。何事も理解できなくなり、何をしてもうまくゆかず、何もかもが信じられなくなった。こんな状態がもう何ヶ月も前から続いていた。その間彼女は「精神的疲労」の診断書をもらって3週間病欠していた。次第に自殺念慮が強くなり、住み込みの家政婦としての就職が決まった直前にアンネは睡眠薬による自殺を企てる。町中のあちこちの薬局から睡眠薬を70錠買い集めて、それを全部いっぺんに飲んでしまった。



そしてこの自殺未遂事件の1年後、退院したアンネは主に作業療法のデイケアを施され、その後負担にならない程度の条件で家政婦として働きました。アンネの症状は途中何度かの悪化はあったものの全体的には比較的安定していましたが、1967年の末に著名な悪化に陥ってしまい以降、彼女の自殺念慮は明らかに再度顕著になっていきます。そして1968年の初め、最初の自殺未遂の時と同様、新しい勤め先への就職の直前に彼女は家人の眼を盗んで自らの生命に終止符を打ちました。


* 自明性の喪失

以上のアンネの症例が記述されたこの本は「自明性の喪失」というタイトルですが、このタイトルはアンネ自身の言葉から取られたものです。アンネは最終的にあらゆる〈あたりまえ〉なことが不明瞭になるという状態に至ります。このような状態をアンネは自ら「私に欠けているのは、きっと自然な自明さということなのでしょう」と述べています。そしてブランケンブルグは「我々がこの患者から聞かされたことばそれ自体が、そのまま我々の世界内存在を可能ならしめるいくつかの条件を指し示している」と述べています。つまり我々が世界にうまく棲めているのはそれが「自明」なことであるからだということです。

「自明」であるということは「自ずから」「理解」できるということであり「自明」であることをわざわざ証明したり深く考えたりする必要がないということです。むしろあまりに「自明」なことは、よくよく考えてみるとはっきりとした根拠によって支えられていないことが多いですが、普通は「自明」なことについては誰も根拠を問わないでしょう

我々が人間関係の中でごく自然に振る舞うことができているのは、今この場ではどのようにするのが正しいかを「何となく」理解できているからです。つまり人と人との「あいだ」において、今がどういう状態であり自分を含むそれぞれのメンバーがどう振る舞えばいいのかが間主観的に理解できているからです。それは「自明」なことなのであり、いわゆる「ノリ」と呼ばれるコードに支配された空間とは、まさにそのような「自明」で満ちたものをいいます。
 
ところがアンネにとっては一切の「自明」なことが「自明」であるとは感じられず、その根拠をいちいち自分で考えなければならなくなっています。このように考えると、アンネの体験は極めて現象学的な体験であることがわかります。

この点、現象学では「現象学的還元」と呼ばれる方法を使って、我々が前提としている〈あたりまえ〉を一旦あえて「エポケーする(括弧に入れる)」事で純粋現象そのものに立ち返ろうとします。こうした「現象学的還元」をアンネは四六時中強制され続けていたということです。つまり、アンネにとってこの世界は常にエポケーされたものとして立ち現れていたということです。まさしくこの「生きられたエポケー」こそが統合失調症の基本障害であると考えられるのではないでしょうか。


* 統合失調症の力動的精神医学−−ナルシシズムからサントームへ

最後に力動的精神医学の立場における統合失調症論の概略を示しておきます。力動的精神医学とは精神分析の考え方を精神医学に導入したものです。記述的精神医学は症状の「形式」のみを扱いますが、現象学的精神病理学と力動的精神医学は症状の「内容」をも扱います。特に力動的精神医学は「内容」を意識的なものに限らず「無意識」をも想定し、さらにその内容が刻一刻と姿を変えていく力動的な状態を捉えようとするものです。

まず精神分析の創始者ジークムント・フロイトは1903年に刊行されたシュレーバーの「ある神経病者の回想録」を読み独自の統合失調症の理論を作り上げました。

この点、フロイトは人間のセクシュアリティを3段階で考えていました。まず第1段階は「自体愛/自体性愛」であり、これは自分の身体の諸部分においてバラバラに快を得ている状態です。続く第2段階は「ナルシシズム」であり、これは自分の身体のバラバラな諸部分がまとまってできた身体イメージを性愛の対象とする段階です。そして第3段階が「対象愛」であり、自分の身体イメージではなく外界の他者やモノを性愛の対象とすることができる段階です。

そして、フロイトは統合失調症者においてはセクシャリティの発達がナルシシズムの段階で固着していると考えていました。すなわちフロイトによれば、人生における重大なイベントに直面し統合失調症を発症した患者は、それまで曲がりなりに築いてきた疑似的な対象愛が崩れて「ナルシシズム」への退行が生じ、それまで外的世界に備給されていたリビードが全て撤収される事になります。

結果、リビードの備給を失った外的世界はあらゆる日常的な意味を失って今にも破綻してしまいそうな感覚が訪れる体験が生じます。このことをフロイトは「世界破局」や「世界没落」などと表現しています。そして、統合失調症における妄想形成はこうして破局してしまった世界を再構築する過程の中で生じる回復の試みという事になります。

このようなフロイト理論を継承し英国対象関係論の基礎を築いたメラニー・クラインは人の精神を「妄想分裂ポジション」と「抑うつポジション」という二つの体勢から捉えました。

クラインによると、およそ生後3〜4ヶ月までの時期の子どもはまだ母親を一つのまとまりを持つ全体対象として認識することができておらず、快を与えてくれる「良い対象」と不快をもたらす「悪い対象」という2つの別個の部分対象として捉えています。そして子供は自分を迫害してくる「悪い対象」に対して子供は攻撃性を向けます。これが「妄想分裂ポジション」です。

しかし、生後4〜6ヶ月ごろになるとやがて子どもはこれまで「良い対象」と「悪い対象」と思っていたものが実は同じ1人の母親という全体対象であったことに気づき始めます。となれば、これまで攻撃性を向けていた「悪い対象」が実は「良い対象」でもあったことになり、それによって子供は自分はこれまで「悪い対象」をずっと攻撃してきたけれども、その攻撃によって「良い対象」も同時に破壊しようとしていたのだと気づいてしまい、それが抑うつ状態につながるとクラインは考えました。これが「抑うつポジション」です。

この二つのポジションは生後1年間の幼児の発達の中で前者から後者へと移り変わるものですが、クラインはこの二つのポジションは成人後でも頻繁に入れ替わりながら現れてくるといいます。こうしたクラインの理解からは統合失調症を他の精神障害から区別することは困難な場合が生じます。それは彼女が統合失調症を「妄想分裂ポジション」という誰にでも生じうる体勢から説明しているからです。

これに対して、精神分析中興の祖とも呼ばれるフランスの精神科医ジャック・ラカンは、統合失調症における厳密な鑑別診断論を展開しました。

1950年代のラカンは精神病圏における中核的なメカニズムとして「父性」の機能に注目しました。ラカンにとって精神病とは、エディプスコンプレックスの機能不全によって、人生の重要なライフイベントにおいて「父性」を利用することができず、その時に発病するものです。ラカンはこのような父性の欠損を〈父の名〉の排除と呼んでいます。

もっとも先のアンネのような寡症状的な症例の場合は、単純な〈父の名〉の排除とはいえない側面があります。1970年代のラカンはサンタンヌ病院で行っていた患者呈示を通じて、幻覚や妄想といった症状が顕著ではないにも関わらず、身体感覚の欠如、独特の浮遊感、特異な言語使用、集団からの逸脱といった様々な特徴から精神病圏にある判断せざるを得ない、アンネと似たような傾向を持つ患者と多く出会うことになります。

こうした非定型的な精神病を晩年のラカンは「サントーム」と呼ばれる理論で読み解いています。その頃のラカンは人の精神構造を「想像界」「象徴界」「現実界」の3つの輪からなるボロメオ結びとして捉えていましたが、サントームはこの3つの輪を繋ぎ止める「原症状」としての機能をもっています。

つまり、アンネの症例は〈父の名〉が排除された精神病圏にありながらも、彼女の持つその豊かな内省性の亢進がボロメオ結びの解体を防ぐサントームとして機能していた例であるともいえます。なお、アンネの幼少期における始歩や発語の遅れは、現代では自閉症スペクトラム障害の可能性も検討されるでしょう。統合失調症と自閉症スペクトラム障害は診断学的には別の精神障害ですが「間主観性の障害」という点においては類似した基礎障害を持っている可能性があると言われています。












posted by かがみ at 21:21 | 心理療法

2021年09月27日

デプレッション・欲動の処理不全・紛い物の享楽の洪水の中で



* デプレッションとメランコリー

「新型うつ病」という言葉が定着してそろそろ久しいかと思います。また最近は「コロナうつ」という言葉も聞くことが多いでしょう。これらの「うつ病」は古典的な精神医学用語においてデプレッションに分類されてきました。そして、もう一つの「うつ病」にメランコリーというものがあります。実は両者はまったく出自の異なる概念です。

この点、デプレッションの範例となるのはアメリカの神経学者、ジョージ・ビアードの「神経衰弱」という概念です。ビアードは疲労、不安、頭痛、神経痛、抑うつ気分などを特徴とする神経疲弊状態を「神経衰弱」と名指し、その原因を19世紀中盤のアメリカの産業革命下における非人間的な工場労働に帰しています。

これに対してメランコリーは、18世紀末のフランスにおいて近代精神医学の父と呼ばれるフィリップ・ピネルによって見出され、19世紀末のドイツにおいて現代精神医学を確立したエミール・クレペリンによって体系的位置を与えられました。


* 両者の統合と差異

このような歴史的経緯から、かつてデプレッションといえば内科外来で治療しうる「ストレス反応」であり、かたやメランコリーは精神病院への入院必須な「狂気」という大まかなイメージがありました。けれども三環系抗うつ薬イミプラミンの登場を期に、近年ではメランコリーの中でも外来において治療可能な症例が増加します(イミプラミンはその製品名「トフラニール」として広く知られています)。

こうしてデプレッションとメランコリーは重症度以外では本質的に同じものであるとする見解が主流になっていきます。1980年に改訂された「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」の第三版においては、デプレッションとメランコリーは一括して「感情障害」に分類され、以降両者の鑑別診断を不問とする臨床と研究が世界中を席巻することになります。

もっとも、いかにデプレッションとメランコリーが接近したとしても両者は鑑別可能です。両者を鑑別するための最も有用な特徴とされてきたのは「アンヘドニア」と呼ばれる症状です。

通常デプレッションでは何か楽しいことがあったり、患者を苦痛に至らしめた状況が好転したりすれば、患者は喜びを感じて病それ自体も好転する傾向にあります。他方、メランコリーではどんなに楽しいことがあろうとも、たとえ発病の誘引となった状況が変わろうとも症状は変化しません。「アンヘドニア」とはこのような事態をいいます。

すなわち、デプレッションが「悲しみ」という感情の病であるとすれば、メランコリーとは「感情」それ自体が廃棄された病ともいえます。


* フロイトのデプレッション論

精神分析の始祖であるジークムント・フロイトもまた、デプレッションとメランコリーを峻別する立場を取っています。そして実はフロイトはかなり早い段階でデプレッションへ注目しています。1890年代においてフロイトは、ビアードが「神経衰弱」と名指した雑多な集団から、ある共通した特徴を持つ病態を「不安神経症」として切り離すことに成功しています。

この「不安神経症」の諸特徴(全般的な易刺激性、予期不安、不安発作など)は現代で言われる「パニック障害」のそれとほとんど一致しています。そしてこの分離作業によって「不安神経症」を除く「真の神経衰弱」が残ります。デプレッションとは、この「真の神経衰弱」の中に数多く含まれていると考えられます。そしてフロイトは、このような「不安神経症」と「真の神経衰弱」を合わせた診断カテゴリーを「現勢神経症」と呼びました。

この点、フロイトは(真の)神経衰弱の病因として「自慰」や「夢精」を挙げ、不安神経症の病因として「禁欲」や「中絶性交」を挙げています。ここでフロイトの挙げる病因は現代からすれば何とも奇天烈なものに聞こえてしまいますが、むしろここで注目すべきは、すぐれて「身体」にまつわる事柄が現勢神経症の病因として想定されている点です。


* 欲動の処理不全

この点、フロイトは「身体的な性的興奮の処理」という考えから現勢神経症のメカニズムを説明しています。フロイトによれば(真の)神経衰弱は「(身体的な性的興奮によって生じた緊張状態に対する)十分な加重の解除が不十分な加重の解除によって代替された場合」に起きると言います。フロイトにとって、ここでいう「十分な加重の解除」とは「正常な性交」であり「不十分な加重の解除」が「自慰」や「夢精」ということになります。

ところで、ここで言われている「身体的な性的興奮」とはフロイトによれば「内因性に出現する(性的な)興奮」であり、一定に閾値に達すると心的興奮へと変化することができるという性質を持っています。これは後に「欲動」と名指されるものに相当します。

端的にいえば現勢神経症とは「欲動の処理不全」によって引き起こされるある種の「生活習慣病」ということです。そして、こうした「生活習慣病」を引き起こす要因は個人の側だけでなく社会の側にもあると言わざるを得ないでしょう。


* 資本主義のディスクール

この点、フランスの精神分析家、ジャック・ラカンが1972年〜73年のイタリア講演および「テレヴィジオン」の中で「資本主義のディスクール」と名指した図式は資本主義システムによる享楽と欲望の制御が人をこうした「欲動の処理不全」に否応なしに陥らせているものとして読むことができます。

資本主義のディスクール.png


「資本主義のディスクール」が引き起こすのは享楽の氾濫と欲望の搾取です。高度に消費化/情報化された資本主義システムの下では、人々の要求は、速やかに統計学的処理によりデータベース化され、その最適解は新製品や新サービスとして次々と市場に供給されます。いまや享楽は到達不可能なジュイッサンスから計量可能なエンジョイメントへと変容し、人々は獰猛な超自我に「享楽せよ!」と命じられ、ただわけもわからず資本主義システムという回し車を回し続けるネズミのような人生を送る事になるわけです。

まさにこれはフロイトが指摘した「十分な加重の解除が不十分な加重の解除によって代替された場合」に相当する事態であるといえるでしょう。すなわち、デプレッションを一種の生活習慣病だというのであれば、それはまさに享楽と欲望に関する生活習慣病といえるのではないでしょうか。


* 紛い物の享楽の洪水の中で

こうしてみるとラカンのいう「資本主義のディスクール」から排出される紛い物の享楽の洪水はフロイトが「不十分な加重の解除」の例として挙げる「自慰」「夢精」の現代版と言えなくもないでしょう。では、こうした「不十分な加重の解除」を超えた処にある「十分な加重の解除」に到達するにはどうすればいいのでしょうか。

先に述べた通り、フロイトならばそれは「正常な性交」であると答えるのでしょう。けれども「性関係はない」というラカンの有名なテーゼを経由したところに立つ我々はむしろ、性関係に依存しないひとつきりのシニフィアンと特異的享楽の奪還こそに「十分な加重の解除」を、すなわち資本主義のディスクールを逃れるための道標を見出すべきなのでしょう。

ひとつきりのシニフィアンと特異的享楽の奪還。おそらくその過程は時には壁に突き当たり、時には同じ場所を堂々巡りする困難な道となるでしょう。けれども、そんな傷だらけにして泥まみれの試行錯誤の中にこそ、我々は自らの中に「欲望する主体」を発見する事ができるのではないでしょうか。











posted by かがみ at 00:06 | 心理療法

2021年08月26日

精神分析にとって〈少女〉とは何か



* 女児におけるエディプス・コンプレックス

精神分析の始祖、ジークムント・フロイトは19世紀末のヨーロッパで流行した謎の奇病ヒステリーの臨床において試行錯誤を繰り返す中で、その原因が幼児期の性生活に由来する性的欲望と性的空想のなかにある事を突き止めます。そして、フロイトは自らの「自己分析」を通じて幼児期の性生活の中核には「エディプス・コンプレックス」いう心的葛藤があることを発見しました。

「エディプス・コンプレックス」とは異性の親への愛情と同性の親への憎悪からなる無意識的欲望の複合体をいいます。この点、フロイトは当初、男女においてエディプスコンプレックスは単純な対称性を持つと考えていました。つまり、男児の場合は母への愛情と父への憎悪が、女児の場合は父への愛情と母への憎悪が、それぞれ幼児期の性生活の中核を占めることになります。

だが、いずれにせよエディプス・コンプレックスはやがて抑圧される運命にあります。これを可能とする別の心的葛藤をフロイトは「去勢コンプレックス」と名付けます。つまり母親の身体にペニスがないことを知った幼児は自分のペニスを失う恐怖から母親への愛情を断念して父親への同一化を目指すようになる。このペニスを失う恐怖をフロイトは「去勢不安」と呼びます。

確かに男児に関してならこの説明は一応合理的といえるでしょう。しかし言うまでもなく、女児の場合にはこの説明はまったく整合性を持ちません。女児においては「去勢」はいわば最初に見出され、男児のようにそれを怖れる理由がないからです。では女児においては、どのような過程を経てエディプス・コンプレックスが構成されることになるのでしょうか?


* ペニス羨望と去勢の岩盤

フロイトはようやく1920年代になってこの疑念への暫定解を提示することになります。しかしここでも答えはやはり「去勢」のうちにありました。

フロイトの説明はこうです。女児は自身におけるペニスの不在を知ると自身がひどく「損なわれている」と感じ、男児と同じようなペニスを持つことを熱望するようになる。同時に自らと同様に「損なわれている」存在である母親に幻滅し、父親なら自分にペニス(の代わりの子ども)をくれるかもしれないと、これまで母親に向けていた愛情をまるごと父親の方へ振り向ける。このように父親に転移された欲望こそがやがて女性を「正常な」異性愛へと導いていくだろう云々。

つまり、女児の場合は男児とは逆に「去勢コンプレックス」を出発点として「エディプス・コンプレックス」へと発展していくというのがフロイトの到達した結論です。ここでの女児のペニスへの執着をフロイトは「ペニス羨望」と呼びます。

このようにフロイトは男女のセクシュアリティを「去勢」という同一の基盤の上で考えました。男児は「去勢」を恐れて父親に阿り、女児は既に「去勢」されているがゆえに父親を憧憬する、というわけです。そしてフロイトはまさしくこの「去勢の岩盤」に精神分析の限界をみたのでした。


* アーネスト・ジョーンズのひそかな離反

このようなフロイトの置き残した「宿題」に触発される形で、1920年代から1930年代にかけての精神分析界においては女性のセクシュアリティに関する論争が盛んになります。

この点、フロイトの最側近であり英国精神分析の基礎を築いたアーネスト・ジョーンズはフロイト理論の忠実な守護者を自認しつつも、当時気鋭の女性分析家として頭角を表していたカレン・ホーナイやメラニー・クラインの影響の下で、女児の性的発達に関してフロイト説の実質的な修正を試みる議論を展開しました。

周知の通りフロイトは幼児の性的発達は、口唇期、肛門期、男根期の順に形成されると仮定しました。通常、3歳〜5歳頃と想定される男根期はエディプス・コンプレックスが絶頂に達する時期となります。フロイトはこの時期において男児も女児も共に、その性的関心を方向付けるのは、ペニス(および女児におけるその解剖学的対応物であるクリトリス)というただひとつの性器のみであり、そこではまだ女性性器(膣)が発見されていないことを強調していました。

これに対してジョーンズは1926年の論文「女性のセクシュアリティの早期発達」で「去勢」を相対化する方向へと向かい、あらゆる神経症のベースにある根源的恐怖として性的享楽そのものの喪失を意味する「アファニシス」の概念を導入し、1932年の論文「男根期」においては、男女ともに男根期以前に既に女性器の存在に関する無意識知があるとするホーナイやクラインの側に立ってフロイト説を退けています。

その上でジョーンズは男根期を2つに分割してフロイト説との中和を図りつつ、女児においては母親から自らの女性器を破壊されるかもしれないという根源的恐怖があり、ペニス羨望とは畢竟、この恐るべき結末を回避するための二次的な防衛にほかならないと主張します(こうしたジョーンズの主張は複数の女性同性愛のケースを分析した彼自身の臨床経験に基づいているようです)。つまりここでは去勢不安とペニス羨望はエディプス・コンプレックスからの撤退として一元的に把握されることになります。

フロイトの理論では女児の場合、エディプス・コンプレックスがなぜ始まりいつ終わるのかが今ひとつ明確ではありませんでした。こうしたことから、フロイトは真のエディプス・コンプレックスは男児にのみ生じるという立場を終始とっていました。これに対してジョーンズの立場からは女児においても男児とほぼ同様のエディプス・コンプレックスのメカニズムが作動している事になります。

これをもってジョーンズは「王よりも王党主義的(フロイト本人よりもフロイト主義的)」であることを余儀なくされるなどと嘯いていましたが、実質的に見ればジョーンズの主張はフロイト説からの離反以外の何者でもないでしょう。


* 少女=ファルス

そんな中で、女性のセクシュアリティ論争において全く新しい機軸を打ち出したのが当時の精神分析教育のメッカであったBPI出身の俊英、オットー・フェニフェルです。

フェニヒェルは1936年に発表した論文、その名も「象徴的等式:少女=ファルス」において自身が分析した女装患者のケースを取り上げ、彼の少女願望が自身のペニスへのナルシシズム的愛情と分かち難く結びついていることを指摘して、フロイト以来の象徴的等式である「ペニス=子ども」は時として「ペニス=少女」という形を取ることがあると主張します。

実際、フェニヒェルによれば、少女たちが無意識において自らをペニスに同一視する事実はしばし観察されるといいます。フェニヒェルはこれを「根源的な自己愛的ペニス羨望を克服する方法」の一つと位置付けます。

ここでいう「ペニス羨望」とは、ジョーンズ的な意味ではなく、元々のフロイト的な意味で用いられています。もっとも、ここでフェニヒェルは、ペニス羨望を「父からペニス(の代わりの子ども)を貰う願望」から「父のペニスに『なる』という願望」に置き換えています。

ここで彼が引き合いに出すのは、覗き症の傾向を持つ一人の女性患者のケースです。この患者は2度にわたり「ペニスの代わりに子どもを腹からぶら下げた男(たち)」の夢を見ています。ここには「子ども=ペニス」に同一化するある種の「父体空想」を見出すことができます。

この空想において、少女はペニスのように父の身体にぶら下がります。言い換えれば彼女は父と分かち難く結びつき、父の身体の部分になっています。この部分はあくまでも全体の一部に過ぎませんが、しかし、なくてはならない一部であり、その最も重要な部分に他なりません。

ここに見出されるのは、古来の伝説や御伽噺にお馴染みの、偉大な英雄の危機を救う少女というモチーフです。「彼」は強いけど、私がいないと何もできないのだから−−まさにこの少女の「全能空想」のうちにフェニヒェルはペニス羨望の克服の試みを認めます。

ここからフェニヒェルはペニスの発見により脅かされた少女の幼児的全能はペニスの象徴的等価物たる「ファルス」への同一化によって回復されるという結論を取り出してきます。


* 構造としてのエディプス・コンプレックス

このような1920〜30年代の議論を総括し、1950年代に構造主義の立場からエディプス・コンプレックスを再解釈したのがフランスの精神分析家、ジャック・ラカンです。

ラカンは、形式的にはフロイトの顔を立てつつ、実質的にはむしろホーナイやクラインの説に立つジョーンズの二枚舌を「弁証法的スケーティング」などと揶揄する一方で、フェニヒェルが打ち出した等式「少女=ファルス」への評価は常に肯定的です。

まず前提としてラカンは解剖学的存在としてのペニスと言語的存在であるファルスを厳密に区別します。ラカンはエディプス・コンプレックスを徹頭徹尾「ファルス」という特権的なシニフィアンを軸としたセクシュアリティの構造化の運動として捉えます。

ここでファルスはまず母親(養育者)の現前不在運動の超越論的シニフィエとしての場に現れます。これを「想像的ファルス」といいます。子どもはまずこの想像的ファルスへの同一化を試みます。この点、フェニヒェルが見出した等式「少女=ファルス」という無意識の幻想は、このような子どもの「(母親の)ファルスである」に根ざしているとラカンは述べています。

けれども当然母親(養育者)の現前不在は止まらないので、その同一化は失敗に終わります。そこで子どもそこにひとつの欠如を発見し、これが超越論的シニフィアンの場としてのファルスを構成します。これを「象徴的ファルス」といいます。男女のセクシュアリティはこの「象徴的ファルス」への態度の相違に起因します。

この点、ラカンにおいて「欲望」とは「要求」の間で弁証法的に生じてくるものであり、この二つの水準が男女のセクシュアリティにおける非対称性を生み出すことになります。すなわち、まず男女ともに「欲望の水準」においては「ファルスをもつ」というポジションを取ることになります。

ところが「要求の水準」においては「ファルスである」というポジションが女性のセクシュアリティを構成します。ここでは「少女=ファルス」というポジションが無意識へ一旦抑圧された上で回帰していることになります。そしてラカンはこうした意味での「ファルス」がレヴィ=ストロースのいう親族の基本構造を安定させる装置として長らく機能してきたといいます。

ここでラカンはいわば〈少女〉に導かれる形でセクシュアリティの問題を解剖学的性差から決定的に切り離す事に成功しています。そしてその後、ラカンは言語と享楽(欲動満足)の絡み合いを考えていく中で、女性のセクシュアリティが持つ特異的な享楽を発見し、ここにフロイトのいう「去勢の岩盤」を乗り越える可能性を見出すことになります。

昨今においては、ますます「男らしさ」「女らしさ」などといったセクシュアリティの問題は「生きづらさ」に直結する問題となりました。こうした中、セクシュアリティの問題を解剖学的性差から切り離し、言語と享楽の問題として考えようとするラカンの理論は既存の「男らしさ」「女らしさ」に囚われることなく、我々がそれぞれ自らの特異的なセクシュアリティを生きる上でのひとつの道標を照らし出していると言えるのではないでしょうか。


















posted by かがみ at 22:47 | 心理療法

2021年07月25日

構造と欲望・享楽と希望・その紙一重の先にあるもの



* 実存から構造へ

時は1960年代、フランス現代思想のモードは「実存主義」から「構造主義」へと変遷しました。ジャン=ポール・サルトルに代表される実存主義は、人は独自の「実存」を切り拓いていく自由な存在=主体であることを限りなく肯定しました。ところがクロード・レヴィ=ストロースに代表される構造主義は、我々の文化は主体的自由の成果などではなく、歴史における諸関係のパターン=構造の反復的作動に過ぎないという事実を暴き出しました。

このような中、構造主義の立場から独創的な精神分析理論を立ち上げたのがジャック・ラカンです。ラカンが構築した理論の特徴は、基本的には構造主義の立場に依拠しつつも、その枠組みの中で「構造」と「主体」の統合を試みた点にあります。

すなわち、ラカンによれば「主体」とは「構造」によって産出される存在であると同時に「構造の外部」を絶えず希求する存在でもあります。こうしてラカンは構造主義における一つのリミットを示しました。


* オイエディプスから千の欲望へ

ところが1970年代になると、こうした構造主義およびラカンの理論を乗り越えようとする動きが台頭化します。その急先鋒となった論客がジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリです。彼らが1972年に発表した共著「アンチ・オイエディプス−−資本主義と分裂症(1972)」はいわゆる「68年5月」において人々が求めていた「何か」を理論的に究明し、 1970年代の大陸哲学における最大の旋風を巻き起こしました。

今や目指すべきは構造の解明でも安定でもなく、それ自体の変革あるいは破壊でなければならない。AOでは激烈極まりない精神分析批判、近代資本主義批判が展開されます。オイエディプスの首を切り飛ばし、千の欲望を表出せよ!このようなドゥルーズ=ガタリのメッセージは当時、革命の夢が潰えた時代においてある種の解毒剤の役割を果たしました。こうしてフランス現代思想のモードは「構造主義」から「ポスト・構造主義」へと遷移しました。


* 制御社会と資本主義のディスクール

その後、約半世紀の月日が流れ「68年5月」は遠い記憶となり、フランス現代思想も半ば懐古趣味となってしまいました。2021年現在、オイエディプス的価値観はポストモダン状況の進行の中で完全に失墜し、いまや切り飛ばそうにもその首自体がもはや無いという状況ですらあります。

そして今、我々の生きる現代社会とはオイエディプスよりも「さらに悪いもの」が出現した社会です。こうした社会の到来をかつてドゥルーズは「制御社会」として的確に予見していました。制御社会においては、人々を命令と懲罰で従属させる「規律権力」よりも、人々の生活環境に恒常的に介入する「生権力」が優位となり、様々なアーキテクチャによる統制の下、個人はデータベース化され、あたかもモルモットか何かのように飼い殺されていくことになります。

一方、こうしたドゥルーズのいう制御社会の到来をラカンもかなり早い段階で「享楽」の変容という観点から捉えていました。もともとラカンのいう「享楽」というのは「構造の外部」にあると想定される到達不可能な過剰快楽です。ところが1970年以降の消費化/情報化社会の進行はこの「享楽」を「構造の内部」に取り込み始めます。享楽とはもはや「禁じられた遊び」ではなく「押し売られる商品」へと変わっていきます。こうした享楽のデフレーションを図式化したのが、1972年にラカンが提出した「資本主義のディスクール」です。

資本主義のディスクール.png

高度に消費化/情報化された資本主義システムの下では、人々の要求は、速やかに統計学的処理によりデータベース化され、その最適解は新製品や新サービスとして次々と市場に供給されます。こうしていまや享楽は到達不可能なジュイッサンスから計量可能なエンジョイメントへと変容し、人々は獰猛な超自我に「享楽せよ!」と命じられ、ただわけもわからず資本主義システムという回し車を回し続けるネズミのような人生を送る事になるわけです。

こうした制御社会あるいは資本主義のディスクールの台頭は従来の神経症的欲望の衰退を引き起こします。実際に1952年の初版発行以来、今や精神医学のグローバル・スタンダードとして君臨する「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)」は、1980年発行の第3版において「精神分析の母」とも言える「ヒステリー」を診断カテゴリーから削除しています。では「ポスト・神経症的欲望」とはどのようなものでしょうか?


* ふつうの精神病とふつうの倒錯

この点、ラカン派精神分析では、人の精神活動を「想像界」「象徴界」「現実界」という三つの位相で捉えます。そしてラカンによれば、人の精神構造は「象徴界」を内在化させているか否かで「神経症」「精神病」「倒錯」のいずれかに分類されます。ところが1990年代以降、ラカン派においても「神経症」「精神病」「倒錯」のいずれにも収まらない臨床例が増加し出します。

こうした事態を受けて「École de la cause freudienne(フロイト大義学派)」を率いるラカンの娘婿、ジャック=アラン・ミレールは「ふつうの精神病」なる暫定的カテゴリーを提唱します。「ふつうの精神病」とは古典的な「並外れた精神病」のような幻覚や妄想はないけれど、その心的構造に明らかな精神病的特徴が見られるような主体をいいます。

これに対して「Association Lacanienne Internationale(国際ラカン協会)」を創設したジャン=ピエール・ルブランは「ふつうの倒錯」なる概念を提唱します。「ふつうの倒錯」は「真正の倒錯」と同様「否認」というメカニズムによって基礎づけられます。この点「真性の倒錯」においては「象徴的去勢=享楽の喪失」という「欠如」を「拒絶」するという「積極的否認」により自らを主体化します。けれども「ふつうの倒錯」の場合、この主体化自体を「回避」するという「消極的否認」にその特徴がある。そして、このような「ふつうの倒錯」における主体化を回避した主体を「ネオ主体」といいます。


* 倒錯的な精神病

そして日本では、もっぱらドゥルーズ=ガタリの強い影響下にある現代思想の文脈で「ポスト・神経症的欲望」をめぐる議論が活性化しました。1980年代における浅田彰氏のスキゾ・キッズ支持、1990年代の宮台真司氏のコギャル支持、そしてゼロ年代の東浩紀氏のオタク支持など、それぞれの時代に一世を風靡した言説はまさにこうした流れの中に位置づけることができるでしょう。

この点、千葉雅也氏は「ポスト・神経症的欲望」を〈別のしかたでの欲望〉と名指した上で、これまでの議論を以下の三類型に整理しています。

(a)〈別のしかたでの欲望〉を全く精神分析的ではない「動物的な欲求」へと振り切れさせるパターン。これは東浩紀氏が「動物化するポストモダン(2001)」において展開した議論です。

(b)〈別のしかたでの欲望〉をあくまでも神経症的欲望を前提とした多かれ少なかれの倒錯化として捉えるパターン。これはスラヴォイ・ジジェクや斎藤環氏の立場に近いとされます。

(c)〈別のしかたでの欲望〉を肯定されるべき「分裂病」の解放とみなすパターン。これは古典的なドゥルーズ=ガタリ主義です。

こうした三類型を前提として氏が提示する〈別のしかたでの欲望〉とは「非-精神分析的主義(a)」と「(神経症の前提をカットした)故障させられた精神分析主義(b’)」を「倒錯的な精神病(c’)」を媒介として縫合するという、かなりアクロバティックな欲望です。

その論理はおおまかに言えば次の通りです。ドゥルーズ=ガタリはAOにおいて「神経症の精神病化」を誇張的に肯定したが、その背景にはマゾヒズム論としての倒錯論が潜んでいる。この事実は〈別の仕方での欲望〉をいわば精神病と倒錯のオーバーダブとして捉える立場を示唆している。そうであれば、ドゥルーズ=ガタリの言う「神経症の精神病化」とはいわば「否認的な排除」であり、彼らの狙いは〈倒錯的な精神病〉という折衷案であったことになる、ということです。

こうした千葉氏の議論を現代ラカン派の枠組みの中に無理やり接続するのであれば、おそらく「(ふつうの)精神病」である「かのように」振る舞う「(ふつうの)倒錯」ということになるのではないでしょうか。


* 現代ラカン派の自閉症論

これに対して、松本卓也氏は、現代ラカン派の立場から「ポスト・神経症的欲望」の手がかりを自閉症の臨床に求めます。

ラカン派において自閉症は長らく「子どもの精神病」と考えられてきましたが、1980年代以降、テンプル・グランディンの「我、自閉症に生まれて」や、ドナ・ウィリアムズの「自閉症だった私へ」といった自閉症者の伝記出版が相次ぎ、自閉症者の内的世界が徐々にあきらかになりました。そしてラカン派内部でも、ルフォール夫妻による「〈他者〉の不在」とエリック・ロランによる「縁の上への享楽の回帰」という概念の導入によって、自閉症は精神病から決定的に切り離されることになります。

こうした観点から現代ラカン派における自閉症論を「縁の上の享楽の回帰」「分身」「合成〈他者〉」という三つ組の概念により体系化したのがジャン=クロード・マルヴァルです。このマルヴァルによる自閉症論の体系はドナ・ウィリアムスの次の言葉に集約されています。

これはふたつの闘いの物語である。ひとつは、「世の中」と呼ばれている「外の世界」から、私が身を守ろうとする闘い。もうひとつは、その反面なんとかそこに加わろうとする闘いである。

−−自閉症だった私へ(24頁)


世界から身を守りつつ世界へ加わろうとすること。閉じることによって開かれるということ。自閉症の世界における様々な事象は「症状」というよりも、むしろ世界に棲まうための「闘い」であり、もはやそれは一つの「技法」と呼ぶべきものでしょう。そしてこうした「自閉的技法」は「ポスト・神経症的欲望」を生きる我々現代的主体のパラダイムを照らし出しているように思えます。


* 一般性と特異性のあいだ

こうしてみるとなかなか百花繚乱の感はありますが「ポスト・神経症的欲望」を倒錯的に捉えるか自閉症的に捉えるかという議論は実質的にはかなり重なり合う部分があります。例えば、千葉氏のドゥルーズ論「動きすぎてはいけない(2013)」におけるセルフエンジョイメント論は、松本氏のラカン論「人はみな妄想する(2015)」における一者の享楽論に相当するでしょう。そして両者に共通するのは切断と再接続からなる一般性と特異性のあいだの往還運動です。

人はそれぞれその人だけの特異性をもった存在として、一般性の中で折り合いをつけながら生きています。こうした特異性と一般性の巡り合わせが良ければ、それは「個性」として承認されますが、その巡り合わせが悪ければ「社会不適合者」として排除されてしまいます。

本当に、この差はほんの紙一重なんだと思います。けれどそれでもなお、自らの特異性と上手くやるための試行錯誤をあきらめなければ、あるいはいつか自ずと一般性との巡り合わせも変わってくるかもしれません。こうした一般性と特異性のあいだを往還する中で見出される一つの希望こそが、おそらく「ポスト・神経症的欲望」の核心なのではないでしょうか。
















posted by かがみ at 23:35 | 心理療法