【参考リンク】 ラカン派精神分析の基本用語集

2016年02月21日

問題の本質は保育園が増えないということではない

いまや保育園に入れるかどうかというのは生きるか死ぬかの問題のようです。

「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由 | 駒崎弘樹公式サイト:病児・障害児・小規模保育のNPOフローレンス代表

潜在保育士の問題があるように、もちろん一番の理由は現場の低待遇にあるんだろうけど、記事で言っているように、待機児童の解消というのは重要な政策課題ではあるけど、必ずしも実務担当者レベルでのタスクではない。そんなことより、妙な業者を参入させて何かあったほうが問題になるわけです。あんまり規制緩和をしてしまうとこの間のバス事故みたいなことになってしまうからこのあたりは難しい判断ですが。

ただねえ、そもそも子供が0歳の時点から保育園探しに奔走せざるを得ない社会というのもどうかとも思うわけです。心理学的には3歳くらいまで母子の密接した関係が重視されます。けれども共働きでそんな悠長なことは現実問題言っていられない。育児休業給付の支給は基本1年ですし、なにより2年、3年と休職しようものならキャリアにとって致命傷となってしまう。こういう硬直した雇用構造がこの問題の根っこにあるのは言うまでもないでしょう。

ちなみに、市町村における保育園入所決定の判断は一定の客観的基準によって行われなければならない、行政法学でいうところの羈束裁量行為であり、入所決定の適法性は裁判所で争えるとされています。
タグ:法律 福祉
posted by かがみ at 22:34 | 時評/日記

2015年05月23日

だし巻き卵とは何を巻くかという問題

お弁当おかずのの常連、だし巻き卵。簡単なようでいて奥深い一品。最近ね、なんというか、極意めいたものを掴んだというか。まあ所詮はこれも独断と偏見なんですが。

だし巻きだし巻きって言うけどね、これは何を巻くのかっていう話なんですよ。間違っても卵ではない。いや、もちろん3回巻きとか某パッドのどのレシピにもそう書いてあるし、物理的にはそれで勿論合っているんだけど、主観というか気持ち的には、「だしを巻く卵」というのは文字通り、「だし汁」それそのものを巻くんですよ。

3回巻くっていうのはそうすることで、だし汁の「じゅわっと感」を卵の中に閉じ込めているんです。このだし汁の「じゅわっと感」こそだし巻き卵の本質なんですよ。

なのでレシピ的には卵に加えるのは出し汁だけで充分というか、某パッドの人気レシピみたいに砂糖とかマヨネーズとかいっぱい入れるのもまあ、それはそれで美味しいんだけど、畢竟、正統なだし巻き卵ではないんですよね。

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タグ:生活
posted by かがみ at 00:41 | 時評/日記

2015年01月08日

ピンチはチャンスという発想

「巫」人名用漢字に追加 法務省が規則改正 家裁判断受け - 産経ニュース

巫という漢字をお嬢さんの名前に入れたい人は多そう。さすがに巫女って名前は安直だろうけど、「美」を「巫」に置き換えるパターンはありそう。巫香、巫菜、巫樹、巫里、とか。

さて、七草を過ぎましたが、別に豪勢なものを食べた訳でもあるまいし、特に関係ないと思ってたんですが、基本ベースが爛れた食生活なので、なんか今日は頭痛いし胃の調子も優れなかったんですよね。

なので今日はいつもの爛れた夜食はやめて胃に優しそうなものを作ってみた。

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スープ系はあまり酒にも合わないし、満腹感もないイメージだったので、これまで何となく敬遠してたんだけど、具材をどっさり入れたら結構ボリュームがあって、これはこれはスタンドアローンな料理として成立する。鍋料理なんかも敷居が高いイメージだったんですが、食べるスープ的な発想でやると案外、手軽に作れるんじゃないかな?とかも思ったりもした。


さてさて、最近は寒い日々が続きますね。基本的に冬って嫌いなんだけど、冬だからこそ冬にしかできないことがやれるわけですよね?そして調子が悪い時は調子が悪いなりに、アイデアが出てくるものです。こういう時はFate / Zeroにおけるイスカンダルの揚言を想起する。ギルガメッシュとの頂上決戦の前に宝具ゴルディアスホイールを失うというハンデを負ってなおも言い放つ。「今宵のイスカンダルは、完璧では無いが故に、完璧以上なのだ」。支離滅裂ながらも涵味深い名言。ピンチはチャンス、転んでもただでは起きない、そういう発想で今年はやれたらいいな、と。

そうやって、ひとつ、ひとつと、レシピが増やしていければ、それだけ日々の暮らしの彩りが鮮やかになると、思うんですよね。




posted by かがみ at 23:08 | 時評/日記

2014年04月25日

パーソナリティ障害と男女共同参画

近年の児童精神医学の研究によれば、乳幼児期に母親と安定した関係が築けたかどうかがその後の自我や情緒の安定を左右し、生涯における基本的対人関係のパターンやパーソナリティ形成に影響を及ぼすらしい。

最近クローズアップされることの多いBPD(境界性パーソナリティ障害)にしてもそうなんですが、要するに、子どもにとって父親と母親は互換的な存在ではないということです。

女性の社会進出と父親の育児参加が喧伝される昨今ですが、男女共同参画の進展とパーソナリティ障害の増加の相関性はもっと検証されるべき課題でしょうけどね。

posted by かがみ at 21:12 | 時評/日記

2014年04月24日

少子化とウーマンリブ

少子化の原因を改めて整理してみた : 異常な日々の異常な雑記

少子化問題についてわかりやすい論点整理。企業のブラック化、福祉の貧困、価値観の多様化、高学歴化、男女共同参画、恋愛格差・・・こう見るとまさに社会の縮図と言った感。

あとあえて付け加えるのであれば、家事の機械化、アウトソーシング化で家事共同体として家庭を構成する必要性が低下したこともあるかな。生産性が低かった昔は1人で生きて行くことは難しく、とにもかくにもみんなで寄り添って暮らして行かざるを得なかったから、男女ともにどんなブサイクでも一応の需要はあったんでしょうが、いまやおひとりさまの老後ですからね。困った時代です。

それと男女共同参画について。先日、田母神氏がウーマンリブ運動の背景にはロスチャイルドやロックフェラーが云々という言説を吐いて少々話題になってましたが、あれのソースはアーロンルッソ?本当のところはよくわからないですが、ただ女性を労働者化することで倍の人間に課税が可能となり、家庭と教育を分断することで愚民政策がよく捗るというその論理は、最近取り沙汰される配偶者控除廃止などを思えばさもありなんと思わせるものがある。幸せの定義などひとそれぞれ。望ましいのが女性が意欲と能力に応じて自己実現できる社会であり、何が何でも女性も「働かなければならない」社会では決してないでしょう。

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posted by かがみ at 03:52 | 時評/日記