2016年02月21日

問題の本質は保育園が増えないということではない

いまや保育園に入れるかどうかというのは生きるか死ぬかの問題のようです。

「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由 | 駒崎弘樹公式サイト:病児・障害児・小規模保育のNPOフローレンス代表

潜在保育士の問題があるように、もちろん一番の理由は現場の低待遇にあるんだろうけど、記事で言っているように、待機児童の解消というのは重要な政策課題ではあるけど、必ずしも実務担当者レベルでのタスクではない。そんなことより、妙な業者を参入させて何かあったほうが問題になるわけです。あんまり規制緩和をしてしまうとこの間のバス事故みたいなことになってしまうからこのあたりは難しい判断ですが。

ただねえ、そもそも子供が0歳の時点から保育園探しに奔走せざるを得ない社会というのもどうかとも思うわけです。心理学的には3歳くらいまで母子の密接した関係が重視されます。けれども共働きでそんな悠長なことは現実問題言っていられない。育児休業給付の支給は基本1年ですし、なにより2年、3年と休職しようものならキャリアにとって致命傷となってしまう。こういう硬直した雇用構造がこの問題の根っこにあるのは言うまでもないでしょう。

ちなみに、市町村における保育園入所決定の判断は一定の客観的基準によって行われなければならない、行政法学でいうところの羈束裁量行為であり、入所決定の適法性は裁判所で争えるとされています。
タグ:法律 福祉
posted by かがみ at 22:34 | 時評/日記

2016年01月11日

【書評】『人生がときめく片付けの魔法』。

人生がときめく片づけの魔法
近藤麻理恵
サンマーク出版
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親しみやすい言葉で紡がれる文章で、片付けが楽しくなる本。各論的(例えば取扱説明書や給与明細など)にはさすがにともかくとして、一般論としては正しい核心を持っている。例えば、モノを一度全部ばーっと出して、「寝た状態」から「起こした状態」にするというのはかなり直感的な説明ですが、心理学的には十分に根拠があることで、このような儀式を経由することでいわゆる「隔離の機制」が作動し、モノを過去のしがらみなどから心理的に切り離すことが可能となります。そして、もっとぶっちゃけていえば、一度床にモノを広げた以上、必ず片さないといけないわけですから、戻すものは少ない方がラクに決まってます。なので自然と選別眼は厳しくなってくるという仕組みです(笑)。つまり、ラクをしたいという人の心理を逆手にとっているわけです。

本書で展開されている「片付け理論」を早速少し適用してみたら、本当にかなりのものが捨てることができてびびりました。結果、なんだか部屋の視界が開けたような気分というか、実際ごちゃごちゃとしたものがないと掃除が楽しくなるだろうし、それでますます部屋がキレイになるという好循環が起きると思います。これがミニマリズムならぬコンマリズムということなんでしょうか。たかだか片付けで人生がときめくのかとも思われますが、「行動」を起点として「気分」「認知」さらには「身体」への好循環を生み出すという認知行動療法の発想からすれば、確かにありうる話でしょう。

こんまりさんは元巫女さんらしく、九十九神的な発想なのか、捨てるものも含めモノに対する畏敬の念が叙述の随所に感じられます。その片付けの裏テーマはずばり「お部屋を神社のような空間にする」だそうで、要するにあなたはパワースポットに住みたいのか、物置小屋に住みたいのか、ということを本書は問うているわけです。
posted by かがみ at 18:36 | 時評/日記

2015年05月23日

だし巻き卵とは何を巻くかという問題

お弁当おかずのの常連、だし巻き卵。簡単なようでいて奥深い一品。最近ね、なんというか、極意めいたものを掴んだというか。まあ所詮はこれも独断と偏見なんですが。

だし巻きだし巻きって言うけどね、これは何を巻くのかっていう話なんですよ。間違っても卵ではない。いや、もちろん3回巻きとか某パッドのどのレシピにもそう書いてあるし、物理的にはそれで勿論合っているんだけど、主観というか気持ち的には、「だしを巻く卵」というのは文字通り、「だし汁」それそのものを巻くんですよ。

3回巻くっていうのはそうすることで、だし汁の「じゅわっと感」を卵の中に閉じ込めているんです。このだし汁の「じゅわっと感」こそだし巻き卵の本質なんですよ。

なのでレシピ的には卵に加えるのは出し汁だけで充分というか、某パッドの人気レシピみたいに砂糖とかマヨネーズとかいっぱい入れるのもまあ、それはそれで美味しいんだけど、畢竟、正統なだし巻き卵ではないんですよね。

ごちそうたまごレシピ
浜内 千波
日本文芸社
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タグ:生活
posted by かがみ at 00:41 | 時評/日記

2015年01月08日

ピンチはチャンスという発想

「巫」人名用漢字に追加 法務省が規則改正 家裁判断受け - 産経ニュース

巫という漢字をお嬢さんの名前に入れたい人は多そう。さすがに巫女って名前は安直だろうけど、「美」を「巫」に置き換えるパターンはありそう。巫香、巫菜、巫樹、巫里、とか。

さて、七草を過ぎましたが、別に豪勢なものを食べた訳でもあるまいし、特に関係ないと思ってたんですが、基本ベースが爛れた食生活なので、なんか今日は頭痛いし胃の調子も優れなかったんですよね。

なので今日はいつもの爛れた夜食はやめて胃に優しそうなものを作ってみた。

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スープ系はあまり酒にも合わないし、満腹感もないイメージだったので、これまで何となく敬遠してたんだけど、具材をどっさり入れたら結構ボリュームがあって、これはこれはスタンドアローンな料理として成立する。鍋料理なんかも敷居が高いイメージだったんですが、食べるスープ的な発想でやると案外、手軽に作れるんじゃないかな?とかも思ったりもした。


さてさて、最近は寒い日々が続きますね。基本的に冬って嫌いなんだけど、冬だからこそ冬にしかできないことがやれるわけですよね?そして調子が悪い時は調子が悪いなりに、アイデアが出てくるものです。こういう時はFate / Zeroにおけるイスカンダルの揚言を想起する。ギルガメッシュとの頂上決戦の前に宝具ゴルディアスホイールを失うというハンデを負ってなおも言い放つ。「今宵のイスカンダルは、完璧では無いが故に、完璧以上なのだ」。支離滅裂ながらも涵味深い名言。ピンチはチャンス、転んでもただでは起きない、そういう発想で今年はやれたらいいな、と。

そうやって、ひとつ、ひとつと、レシピが増やしていければ、それだけ日々の暮らしの彩りが鮮やかになると、思うんですよね。




posted by かがみ at 23:08 | 時評/日記

2014年04月25日

パーソナリティ障害と男女共同参画

近年の児童精神医学の研究によれば、乳幼児期に母親と安定した関係が築けたかどうかがその後の自我や情緒の安定を左右し、生涯における基本的対人関係のパターンやパーソナリティ形成に影響を及ぼすらしい。

最近クローズアップされることの多いBPD(境界性パーソナリティ障害)にしてもそうなんですが、要するに、子どもにとって父親と母親は互換的な存在ではないということです。

女性の社会進出と父親の育児参加が喧伝される昨今ですが、男女共同参画の進展とパーソナリティ障害の増加の相関性はもっと検証されるべき課題でしょうけどね。

posted by かがみ at 21:12 | 時評/日記