【参考リンク】 ラカン派精神分析の基本用語集 現代アニメーションのいくつかの断章

2013年08月15日

映画「風立ちぬ」で宮崎監督が提示した第3の選択肢


今日ようやく宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観てきました。雑感のみ。

風立ちぬ メッセージ

ポニョ以来5年ぶり。堀辰雄氏の「風立ちぬ」原作は主人公とヒロインがサナトリウムに引っ込んじゃって静的な私小説的世界が延々と繰り広げられるんだけど、映画の方は、全く別物になっている。ヒロインの名前やモチーフなど堀氏の別作「菜穂子」からの影響も持ち込みつつ、宮崎流プロジェクトX的「ものづくり」の物語が動的に展開される。ジブリ映画だからって子ども連れて行こうと思っている人は注意した方がいいですよ。キスシーンもやたら多いし男女のナニを暗示するシーンもあるし、あんまり家族で見る映画じゃないかな。

緻密なメカニック描写と美しい日本的田園風景の両極性を高い次元で統合した作画は素晴らしい。久石譲氏の音楽も物語に儚い余韻を添えてきます。中盤に絡んでくる謎のドイツ人カストルプさんはひょっとしてリヒャルト・ゾルゲってことなのかな?そう読んだ方が物語に深みが出て面白いですね。あのピアノシーンが一番の個人的名場面でしたけど。

映画『風立ちぬ』のヒロインが「菜穂子」である理由 | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

『風立ちぬ』 (内田樹の研究室)

映画『風立ちぬ』感想 - 琥珀色の戯言

『風立ちぬ』を見て驚いたこと - sombrero-records.note

「風立ちぬ」感想:仕事に生きるということ - 脱社畜ブログ

監督は意図していないんだろうけれど、ゼロ年代のフィルターを通してみると、病弱ヒロインの無条件的承認というのはかなりエロゲ的です。ひょっとして菜穂子さんは今までのジブリ映画史上で一番、深夜アニメ視聴層の琴線に触れてきたんじゃないかな?

けれど普通のエロゲ(?)だと、選択肢は「1 戦闘機の設計なんかうっちゃって君とサナトリウムに引っ込んで暮らすよ」「2 残念だけど、仕事はほっぽり出せないから離ればなれになるしかない・・・・」の2択しか有り得ないと思うんですよね。ここで「3 俺は戦闘機の設計を続けるけど、君とも離れたくない。だから命を削ってそばにいろ」という、えらく身勝手な選択肢を提示して、それを何の葛藤も見せずに主人公に選ばせてしまうのが宮崎さんの凄いところです。今回のテーマは「矛盾」らしいですが、多分、万人から祝福されるような綺麗な結末にしようとはハナから思っていないんでしょうね。一種の決断主義です。今作で主人公堀越二郎の声を務めた庵野さんが、昔、対談で「宮さんの最近の作品は「全裸の振りして、お前、パンツ履いてるじゃないか!」という感じが、もうキライでキライで。「その最後の一枚をお前は脱げよ!」というのがある」などと言ってましたが、そういった意味で今回の宮崎さんはかなり本気で裸踊りをしようとしたんじゃないかな。

菜穂子
菜穂子
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(2012-09-13)
posted by かがみ at 23:54 | 文化論

2013年06月07日

貞本版エヴァ完結。「逃げたっていいんだ」という貞本さんの世界観。

TVシリーズと同時にメディアミックス展開を開始して18年。遂に完結しましたね。

「貞本エヴァ」ついに完結! ヤングエース7月号発売(みんなのエヴァンゲリオン(ヱヴァ)ファン)

最後は変えてくるんだろうな、って気はしていましたが、ある意味で貞本氏らしい終わり方ですね。これも一つのエヴァの正統な終わり方だと思うんですよ。

例えば新約聖書にだって4つの福音書が並んでいるでしょう。福音書というのはイエスの言行に対する証言録のようなものでして、成立順としてはマルコが一番古く、その後に、後の文献が先の文献を参照するような形で、マタイ・ルカと続き、最後に有名な「ヨハネの福音書」が位置している。先行する3つは割と内容が近いので、3つ併せて「共観福音書」とか呼ばれています。ヨハネだけが別個独立した感があって、キリスト教の思想的な立場が比較的明確に打ち出されている。例えば共観福音書の方はイエスは「人の子」だと言っているのに対して、ヨハネの福音書はイエスを「神の子」だとはっきり明言している。いわば同一の出来事に対する4つの異なる証言があって、そのいずれも正典として新約聖書に取り込んでいるというわけです。

なので、結局漫画版というのは何だったのかというと、新約聖書になぞらえるとTV版・旧劇とともに共観福音書に相当する部分を構成する。個人的にはそういう感じで捉えてますね。

あと面白いことに、マタイとルカの参照元は先行するマルコの他とある文献があって、それは「Q資料」などと呼ばれているそうです。新劇Qのアスカの台詞と漫画版のシンジの行動がある点でリンクしていることなど思えば、これはこれで非常に興味深いところではあります。

ところで貞本版エヴァにはあの有名な「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」っていう台詞がないんですよね。あれは意図してやっているらしくてそこが庵野版との最大の相違を端的に表している。昔、「パラノ・エヴァンゲリオン」か何かの対談で読んだんですけど、貞本さんは逃げたっていいんだっていう前提がある。それでも人は生きていけるんだっていう。それがシンジの性格にも表れていたしああいう飄々としたエンドに繋がっているのかな、と。

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posted by かがみ at 20:50 | 文化論

2013年05月08日

「DAHLIA」のサウンドはもっと評価されるべき

X Japan『紅』を聴こう(異常な日々の異常な雑記)

当時のギターキッズの部屋には大体手垢まみれになった「Blue Blood」の楽譜が転がっていたわけですから、そういう意味では偉大な曲ですね。ただギターサウンド的には3rdのDAHLIAが好きでした。際限なく膨れ上がるアルバムの制作費をペイする為、完成した曲を片っ端からシングルカットして売りさばいたというかなりアレなエピソードを持つ同作ですが、サウンド面だけで言えばXJAPANの最高傑作と思う。このアルバムはHideちゃんがソロで色々実験した成果が反映されていて、当時最先端の機材だったワーミーペダルやらサスティナーやらを積極的に取り入れた面白い音がこれでもかというくらいいっぱい詰め込まれている。マスタリングの音質もずば抜けてて今聴いても音が全然古くさくない。歌詞と曲調はシリアスなのに右チャンネルからは人を食ったようなギター音が聞こえてくるという、あの妙なギャップは後期XJapanの一つの魅力だった。LASTLIVEの「紅」にしろ、そういったDAHLIA的な感じがかなり反映されているような気がします。

ゼロ年代に入ってから音楽が売れない売れないと言われる時代が今に至るまで続きますが、それはああいう風にギターで何か面白いことをやってやろうという人がでてこなかったことと決して無関係ではないでしょうね。来年はHideちゃん生誕50周年。

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posted by かがみ at 03:19 | 文化論

2013年04月30日

Ust限定配信アニメ「宮河家の空腹」はらき☆すた10周年を寿げるか。

4月最後の本日はワルプルギスの夜でしたね。「まどか☆マギカ」のモチーフともなったゲーテの「ファウスト」で描かれる魔女の集会のイメージが強いですが、そもそもの起源は春を迎える為の儀式の一つ。「ワルプルギス」と言う名称はイングランドの聖ワルプルガの名に因んだもので、ドイツ語では「ヴァルプルギス」と発声するみたい。

さて、昨日より始まった5分アニメ「宮河家の空腹」。原作は「らき☆すた」のスピンオフで、宮河ひなた・ひかげの貧乏姉妹が織りなす貧困ホームコメディ。Ust配信で配信期間は昨日一杯という何とも斬新な放映形態です。原作テーマが「勿体ない」だけあって、Webラジオも含めてかなり予算ギリギリ感のチープな空気が漂う。宮河姉妹を含め声優はほとんど新人さんを起用。ひなたさんのあの異様な語尾上げはなんんでしょうか。ひかげちゃんの声優さんはゲームから数えて3代目ですが、そりゃゆかりんや鹿野さんに頼んだらそのギャラだけで予算がぶっ飛ぶ台所事情だったのかもしれません。ネット上では「期待の斜め下を逝ってくれた感じで」「俺が期待して待ち続けた宮河家の空腹は一瞬にして爆破された」「らき☆すたがどれほど秀逸だったかがよくわかった」などの反応が見られました。

「宮河家の空腹」第1話 ヤマカンは5分アニメ監督のレベルに達してなかった(にゅうにゅうす)

ただ本作はそもそも秋に発売されるらき☆すた10巻の作品の特典DVDにつくおまけアニメ。過度な期待というのが酷でして、特典DVDの内容を小分けにして先行配信してくれてると思った方が精神衛生上宜しいです。もっともせっかくのらき☆すた10周年を寿ぐ企画だし、ヤマカン氏がその域に達した矜持の一つでも見せて頂けるのなら、それはとっても嬉しいな。

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posted by かがみ at 23:51 | 文化論

2013年04月12日

ゼロの使い魔の思い出

【訃報】ヤマグチノボル先生

ライトノベル原作のアニメというのは90年代やゼロ年代前半も皆無というわけではなかったが、まだまだ数えるくらいで、アニメ全体の中では傍流に属していた。

ところが2005年くらいから潮目がやや変わってくる。エヴァ以降、業界の主流となった製作委員会というシステムはリスクヘッジとしては効果的な手法である反面、一社あたりの回収利益は当然少ない。2000年以降、採算性の良い深夜アニメの制作がおもむろに活発化することになるのはそういう事情があったわけだが、他方で漫画原作の枯渇も深刻な問題となった。そこで着目されたのがライトノベルである。ラノベは一般小説と異なり既に認知を得たキャラクターイメージがある上、文章で物語が紡がれる以上漫画媒体に比べ原作の拘束力は相対的に弱く演出の自由度は上がるという妙味もある。そういった状況の変化の中、「涼宮ハルヒの憂鬱」「灼眼のシャナ」と並び、ラノベ作品のアニメ化という一大潮流を創りだしたのが「ゼロの使い魔」であった。

【訃報】「ゼロの使い魔」作者 ヤマグチノボル氏が逝去&業界の方から寄せられたお悔みの言葉(にゅうにゅうす)

ゼロ魔からラノベに入った人間としては実に残念です。本当に個人的な印象で恐縮ですが、正直、昔のラノベ作品群といえば無駄に難解な設定と婉曲的な表現ばかりが目に付きいわば「閉じたジャンル」という印象も当時無くは無かったが、その中にあって、ゼロ魔は飛び抜けて読みやすかった。第1巻はそんなにイラストが多いわけじゃないんですが、それこそ文章だけで持ってかれた。流麗かつ華と色気を兼ね備えた筆致で生き生きと描き出されるルイズの可愛さは破壊力満点でした。毒舌家でプライドが高く一方でコンプレックスの固まりで寂しがり屋。今でこそツンデレは萌え要素の一テンプレートに収斂した感もありますが、それはそれこそルイズの功績に負うところがかなり多いはずです。おそらく同じくゼロ魔を入り口にしてラノベの世界に足を踏み入れた人は多いはず。そういう意味で、ライトノベルというジャンル自体の地位を向上させた作家の一人であること疑いないでしょう。御冥福を祈念します。

「ゼロの使い魔」エンディングテーマ  「ホントノキモチ」
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posted by かがみ at 00:19 | 文化論