2013年12月31日

アンチテーゼとしてのマルクス主義経済学

年の瀬にマルクスって言うのもなんですが。

現在のムダな不幸を思えば、マルクスは正しかったのかもしれない

最近、マルクスが読み直されているという話を良く耳にします。資本論は昔から周期的に読もうと思い立っては挫折するという繰り返しなんですけどね。以下は第一章「商品」の一節からの引用ですが、全く以って意味不明です。

「 相対的価値形式と等価形式は、ともに一体的に結合されており、互いに依存しており、切り離せない価値表現の核心なのである。がしかし、同時に、互いに排除しあう、極端に対立する同じ価値表現の両極なのである。この二つは、二つの異なった商品がその価値表現としての関係に置かれた時、それぞれ別々に当てはめられるのである。」

お前は一体何を言っているんだって感じです。最近、池上さんの資本論講義を読んでようやく概略だけは理解できたかなって感じです。

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」
池上 彰
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もとよりマルクス主義経済学の本質は経済学の体裁をとった暴力革命の扇動理論であり、そこに共感できる点は微塵も無いんですが、資本主義社会の病巣を抉り出す鋭い考察過程については今なお参照に値するものは多い。フランスの2月革命を皮肉った「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」や、「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけだ。問題は世界を変革することである」と断じ去った『フォエルバッハにかんするテーゼ』はあまりにも有名。この辺りは普通に至言と言える。大学教授の道を断たれたルサンチマンから出発したマルクスの思想は、決してメインテーゼとはなり得ないだろうが、アンチテーゼとしての輝きは今なお色褪せていないでしょう。

ところでマルクスはものすごいノート魔だったらしいですね。本人が死んだ後にエンゲルスの手によって出版された資本論の第2部以降は膨大な草稿ノートがあったからこそ。もしEvernoteがあったらマルクスはどう使うんだろうか、とか思ってしまいます。

共産主義運動と資本論の構想に明け暮れて窮乏のうちに死んだマルクスですが、私生活では4つ年上の幼馴染と終生を添い遂げて、晩年まで3人の娘や孫から慕われてたみたいです。家族には恵まれていたんですよね。そこだけは少し羨ましいかな。

皆様、良いお年を。来年も宜しくお願いします。
タグ:経済 格差
posted by かがみ at 05:51 | 時評/日記