2013年05月17日

生活保護法改正問題。一歩踏み外せば奈落に堕ちる社会でイノベーションなど起きるのか。

現行生活保護法は申請保護の原則をとります。本人や親族の申請があって初めて保護手続きが開始するということです。保護の要否決定は「申請のあつた日」から原則14日以内になされることになるが、一旦保護開始の決定が出たら、各種扶助は申請日にさかのぼって適用されます。要するに、申請がいつあったかというのは生活保護法上重要なポイントになるわけです。

「まず書類持って来い」 生活保護申請、コペルニクス的転換(田中龍作ジャーナル)

生活保護申請はこれまで不要式行為とされ本人や支援者が口頭で可能でしたが、改正法案によれば、申請に当たり、「本人の資産」「かつて勤めていた職場の給与明細」「家賃の支払い」など必要書類を揃えて提出を要求され、更に、審査過程において保護申請者本人のみならず親族など扶養義務者の資産まで行政が調査できるようになっているらしい。

従来も所謂123号通知に端を発した「水際作戦」が多くの自治体で展開され、訪れた相談者を役所があの手この手で申請にいたらせない文字通りの「相談」のレベルで追い返してしまうというケースも見られた。札幌市の姉妹孤独死を始めとする惨劇はその帰結と言わざるを得ないでしょう。もとより「水際作戦」の多くの事例は生活保護法上からすれば申請権の侵害と断じ去る他ならなかったわけだが、こういった行政レベルの運用を法律レベルで正当化し更に強化しようとするのが今回の改正の趣旨ということになります。

生活保護法・改悪問題について知っていますか?(ihayato.書店)

プロテスタンティズムの倫理もノブレスオブリージュもそういう思想的基盤が一切何もない日本において再配分というのはもう制度的にやるしかないわけでして、日本国憲法25条で謳われる生存権については一昔前までは国家的努力目標であるというプログラム規定説もあるにはあったが、現在では少なくとも生存権は憲法上抽象的に認められた国民の権利だと解される。そうであれば、申請手続きの本質は抽象的権利の具体化の為の確認行為ということになります。従って、その手続きを厳格化する本件改正案は生存権へのアクセスを遠ざけるという点から憲法上の観点からも問題があると言わざるを得ない。生活保護受給者は現在進行形で右肩上がりに増えており、今回の改正案の趣旨はそういった点を踏まえてのものなんでしょうが、その前になぜ右肩上がりなのかという原因について考えるべきでしょう。順序が完全に逆だと言うとことです。

沿革的には共産圏に対する毒まんじゅうとして憲法典の中に放り込まれた社会権条項ですが、グローバルな要素価格均等化の濁流の中にあってはまた別の意義を持ち始めている。成長戦略とか言っているけど、リスクを取りにいって欲しければ「これ以上は堕ちない」というデッドラインの提示は不可欠です。そうでなければただでさえ普通の幸せが得難いこの時代、優秀な人はみんな公務員を目指すでしょう。現実とアニメをごっちゃにしてはいけないと言いますが、今やろうとしていることは文字通り普通の人にエレンのようになれと言っているようなものです。外に巨人がうようよいるのに世界が見たいからなどと調査兵団を目指し立体機動に命を預けるのは所詮蛮勇の特権であって、合理的思考を有する大多数一般人であれば憲兵兵団を手堅く目指すのが正常な態度です。安寧を投げ捨て一歩間違えれば奈落へ堕ちる綱渡りに身を投じる有為な人材など基本的にはいない、という想定を持って制度は設計するべきです。

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posted by かがみ at 01:03 | 法律関係