2013年04月05日

社会システムにおける理論と感情

党派性やどうでもいい体験談で少子化問題を矮少化するなよ(異常な日々の異常な雑記)

例えば我々がルールだったり制度だったりと何か社会システムを論ずるとして、そこに万人を納得させるための怜悧かつ客観的な理論構成というのは、必ず必要になってくるんだろうけれども、それだけでは人の心に絶対に響かないでしょう。少なくとも社会科学の領域に関していえば、結局のところは人間を対象にしているわけですから、ゼロサムな自然科学と違って最終的にその理論の正否を決めるのは本質的には他者の共感なんですよね。 古人曰く覚くの如く。「個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破するうえで一番重要なことではないかと感じたのだ」と。結局のところ決め手になるのは実に主観的で素朴な泥くさい感情論だったりするわけです。

だから出生率2.0の議論にしてもそうなんでしょう。少子化問題を論ずるとなれば、経済政策から社会保障や労働問題に至るまでいろいろな幅広い観点からの理論的なアプローチはあるだろうし、それは政策論的にそれぞれ重要な論点であることは疑いないでしょう。けれども、同時にそれらは、かつては町の至る所に何気なく存在した「普通の家族の普通のしあわせ」がどんどん手の届かない世の中になっているけどそれでいいんですか?っていう価値観の問い掛けの問題でもおそらくあるんですよね。やっぱり単純な話、弟妹がいたほうが楽しいですよきっと。

【参考】

インターネットと路地裏と私たち(雪見、月見、花見。)

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タグ:経済 福祉 格差
posted by かがみ at 01:28 | 時評/日記