2013年03月01日

「琴浦さん」の原作は淡々とした進行が独自の空気感を出している

原作のブラックさが薄まって魅力半減なアニメ「琴浦さん」(りきおの雑記・ブログ)

クリエイティブな領域と民主主義というのはとかく相性が悪い。初めはソリッドなアイデアだったものも、民主的な組織を経由することで角が取れて丸くなってしまう。制作委員会方式で描かれるアニメというのはある意味で民主的媒体なので、多数のステークホルダーの利害が絡み合う制作過程を経由しているうちに原作がもっていた妙味が消されてしまうということはよくある話でしょう。「琴浦さん」の原作は1巻だけ読んでみましたが、基本4コマ進行でアニメとは違う独自の空気感を出している。確かに、森谷さんの実家が新興宗教から空手道場に改変されてしまった点は、彼女の印象をだいぶ違うものにしているには否めない。そのためアニメでは、あれだけのクズっぷりを惜しげも無く披瀝しておきながら、あっさり無罪放免になってしまうところにどうしても違和感が残ってしまった。ただ、その他については原作の流れをむしろ良く汲みとっていると思いますよ。その上で、あの神憑った第1話アバンをはじめとした独自の付加価値を付けている。その点は高く評価できるでしょう。


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posted by かがみ at 05:10 | 文化論