2013年01月27日

日常系というテンプレートに一石を投じた「琴浦さん」

飽和する日常系アニメに新星現る? 『琴浦さん』が面白い!( 日刊サイゾー)

原作はWeb4コマ漫画。ぱっとみありきたりな日常系かと思わせるが、完全にミスリードされた。

「ひぐらしのなく頃に」顔負けの超絶鬱展開から始まる第1話アヴァン。ほのぼのパートとシリアスパートが螺旋状に展開していく本編。番宣や特報からはそんな雰囲気は微塵も感じられなかったところに制作サイドの確信犯性が読み取れる。琴浦さんっていう子はいわゆるテレパス能力者になるんだけど、それが心の声なのか普通の声なのか区別が付かず、心の声も普通に耳で聞こえてしまうというところがポイント。こうなると一体何をスルーして何に反応すべきか解らない。これが一体どういうことを意味するか。普通の日常系萌えアニメと見せかけて恐ろしく重苦しい問いを視聴者に投げかけてくる。真鍋の「お前の心が汚れているから琴浦が吐いたんだ」という言葉にはぎくりとさせられます。

やれ口を開けばコミュ力コミュ力といわれる世の中だが、今求められているコミュニケーション能力と言うのは突き詰めれば上手に嘘をついて相手を傷つけない技術になってしまうんだと思う。上記リンク先記事は「本作の主人公・琴浦さんがうっかり他人の内面を「一方的に」覗き見てしまい、その内面にショックを受けてしまう姿は、Twitterやブログなど、一方的に発信されるSNSツールに翻弄される我々視聴者の姿とダブって見えるのは筆者だけだろうか」と言う。ソーシャルメディア時代の社会病理としてSNS疲れが言われだしてますが、そもそも世界中から祝福される言葉なんてないんですよね。どんなありふれた言葉でもそれが世界中に発信されるものである以上必ず誰かを傷つける可能性があるんです。他人が互いに解りあえるなんていうのは単なる幻想で、それを望むのであればそれこそ人類補完計画のようなことをしないといけない。人は人と向き合えば向き合う程ハリネズミのジレンマにさいなやまされる。けれどもそれが生きていくということなんでしょう。そういうことを色々考えさせられた後、絶妙のタイミングで流れてくる川嶋あいさん作詞作曲のEDは実に素晴らしい。最後に何かが浄化されて救われたような気持ちになれますね。

琴浦さん1 (マイクロマガジン☆コミックス)
えのきづ
マイクロマガジン社
タグ:アニメ web 考察
posted by かがみ at 03:20 | 文化論