「虫が好かない」という言葉があります。ある特定の誰かを見るとなぜが無性にイライラしてしまうという経験はありませんか?別に具体的に実害を被っているわけでもなく、いやむしろ公正に考えれば好人物のはずなのに、どうも何か嫌な感じを覚えてしまうという、そういう人が今まで一人や二人、いませんでしたか?
ユング心理学ではこれを「影の働き」であると考えます。
ユングによれば、影とは無意識に潜む自我と相反する傾向を言います。つまり影とはエゴアイデンティティの形成過程で切り捨てられた「生きられなかったもう一人の自分」に他なりません。
人は自分の影を否定するため、その影を誰か他人に投影するということはよく見られる傾向です。冒頭の例はまさにそういうことを言っているわけです。
また、自我の統制が弱くなったとき、普段抑圧されている影が姿を表すことがあります。例えば、普段はおどおどしていて自己主張できない人が、酔っ払った時に急に強気な言動を取ったりする現象はユング的には影の作用として説明できるでしょう。さらにその極端な例として二重人格が挙げられます。
******
このような影元型の端的な例としては「イブホワイト・イブブラック」が非常に有名ですが、「化物語」の最後を飾る「つばさキャット」も典型的な影の物語と言えるでしょう。
主人公、阿良々木暦のクラス委員長である羽川翼は、博学聡明、品行方正、そして誰に対しても公平で優しい委員長中の委員長。けれどもそれは、羽川の錯綜した家庭事情ゆえに「非の打ち所のない良い子」としてエゴアイデンティティを形成せざるを得ない結果でもあった。
高校3年のゴールデンウィーク、羽川は車に轢かれた猫の亡骸を埋葬したことがきっかけで、怪異「障り猫」に取り憑かれてしまう。結果、裏人格としてブラック羽川が出現。町中を暴れまわり傍若無人の限りを尽くすことになる。
ブラック羽川は羽川翼が両親や阿良々木暦に対するストレスの結果として、生み出された怪異です。「障り猫は委員長ちゃんにどんぴしゃだ」と忍野メメは言います。羽川翼は障り猫を取り込むことで、「博学聡明、品行方正、そして誰に対しても公平で優しい委員長中の委員長」というエゴアイデンティティを一切損ねることなく、同時に全く別人格のブラック羽川としてストレスを解消していた。
つまり、ユング的な読みから言えば、ブラック羽川とは、羽川翼が自らの清く正しく美しい善性を維持するために切り捨てられた影元型の顕現に他ならないということです。
******
ユングは意識体系の中心をなす「自我」に対して、無意識をも含めた心の全体の枢要に「自己」という元型を仮定します。そして、両者の間の適切な相互作用関係を確立する過程を称して「自己実現」といいます。
「自己実現」とは自己が自らの全体性を回復に向けて、相対立なものを円環的に統合していく相補性の原理が作用しています。その意味では、自らの影との対決は、まさしくこれもひとつの「自己実現」の過程であるということです。
ここで冒頭の例に戻りますと、「虫が好かない人」というのは、これまで自分が抑圧してきた思考や願望を投影していたりする対象なのかもしれません。
なので、そういう人に対して「あいつは嫌いだ」って決めつけて距離を置くののではなく、あえて立ち止まり、なぜ自分はそう思うのかというのを客観的に考えてみるのも決して悪くないでしょう。そこには案外、人生を実り豊かなものにするヒントが隠れていたりもするわけです。
化物語 ブラック羽川 (1/7スケール PVC製塗装済み完成品)
posted with amazlet at 18.02.27
アルター (2011-10-13)
売り上げランキング: 36,240
売り上げランキング: 36,240