2016年04月01日

原因論と目的論

アドラー心理学の特徴は言うまでもなく、その目的論思考にあります。例えば、引きこもりは何か過去のトラウマなどの「原因」があって部屋から出れないのではなく、対人関係に直面して傷つきたくないとか、両親に構って欲しいという「目的」の為、彼は部屋を出ないということになります。

この目的論については「では彼はなぜそのような目的を持ったのか」という「目的」を持つに至った「原因」があるのではないかという疑問が浮かんでくるでしょう?アドラー心理学は個人の判断・決定はその自律的主体性によるものという主体論を取りますから、おそらく先の問いに対しては「彼自身がそういうライフスタイルを取ると決めたから」という答えとなるとおもわれます。

しかしそれでもなお「何が彼のそういうライフスタイルを形成させたのか」という疑問はどこまでも残るわけです。これをフロイト風に「欲動」というかどうかは別として、どうしてもそこには個人の心的過程における意識レベルを超える無意識的な精神力動の存在を措定せざるをえないわけです。

ところで、フロイトとアドラーは一般的には「原因論」対「目的論」という2項対立で理解されますが、フロイトも言われているほど原因論ではないんですよね。確かに初期のフロイトは、幼少期の性的外傷体験が無意識下に抑圧されてヒステリーの核となるという「誘惑理論」なる説を提唱していましたが、ヒステリー患者の父親がみなロリコンというわけでもないでしょう。後にフロイトは誘惑理論を放棄し、ヒステリーの核となるのは実際の外傷体験ではなく、患者の「心的な現実」、言って見れば無意識下に抑圧されたファンタジーであるという風に自らの理論に訂正を加えてることになります。エディプス・コンプレックスなどは(これも結構誤解されていますが)まさに巨大なファンタジーといえるでしょう。

このあたりの変遷が一般的にはうまく理解されていないという点がフロイトの不遇といえば不遇なんですが、このような観点から言えば、目的と原因はいうほど2項対立的ではなく、相補性の原理により円環的に絡み合っているのが実相のように思えます。

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タグ:こころ
posted by かがみ at 22:26 | 心理療法