2015年07月03日

我々は観音菩薩ではない

来談者者中心療法で一世を風靡したロジャーズの理論はいたってシンプルです。枝葉末節まで至ればまあ、色々あるんでしょうけど、フロイトやユングなどの精神分析系に比べれば理論的な難解さはそこまでない。曰く、人は実現傾向を持った存在であり、心理療法家はその自己治癒能力に期待すべきである。そして、神経症などの諸症状は自己概念と経験的自己概念の不一致に起因する。そこで心理療法の目的は畢竟、自己概念と経験的自己を一致させる自己一致となる。つまり心理療法家の役割はクライエントの自己治癒能力に託して、雨乞いの巫女の如く自己一致が起きる過程の援助に徹すべきということになり、かの有名なロジャーズ三原則である無条件受容、共感的理解、自己一致が導かれる。

こういう風に素描してしまうとすごい簡単なんですが、ロジャーズの理論ほど言うは易し行うは難しものもないでしょう。心理療法の過程で治療者はクライエントの転移やアクティングアウトなど様々な事象に直面することになる。そういう局面において、治療者がクライエントを何処まで無条件に受容できるのか。

凡人たる我々は観音菩薩ではないし、罷り間違ってもそうはなれない。ロジャーズが言っていることは疑いなく正しい核心を持っていますが、その理論を教条主義的に適用するようになれば、これはむしろ有害とさえいえる。河合隼雄先生が説かれるように、完全な無条件受容は不可能であることを知りつつも、そこに可及的に到達できるよう、心理療法の諸理論についての造形を深める努力を怠らないというのが凡人の正しい態度でしょう。

河合先生はユング派の分析家ですが、やっていることはロジャーズそのものです。しかし、コンプレックスとかグレートマザーといった概念が不要とは言っていない。それも右のような理論と態度の相補性という点から言えば、こういったスタンスは至極当然ということになります。

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posted by かがみ at 02:15 | 心理療法