2016年01月29日

通知カードも裏面に個人番号を記載しておけば本人確認書類として利用できたのでは?

もう誰でも知っている話題と思いますけど、TSUTAYAが、マイナンバーが記載された「通知カード」を入会・更新手続きの本人確認書類として利用していたそうです。

ツタヤ:通知カードを会員登録に利用 政府「適切でない」 - 毎日新聞

通知カードは個人番号が基本4情報が載った表面に記載されている為、提供規制の制限(番号法19条)との関係で民間の商取引において本人確認書類としては使えないと解されます。番号法上、通知カードは個人番号利用事務・関係事務における「番号確認」(番号法16条)に使えるので、あるいはTSUTAYAがこれを曲解したかのかもしれないですね。

TSUTAYAとしては通知カードを本人確認書類としてい利用しないよう指導するとのことだそうですが、個人番号カードにしたって、個人番号が裏面に載っていますから、取り扱いに注意しないといけないのは同様でしょう。TSUTAYAの入会申込書には本人確認書類の番号記載欄があるので、フランチャイズ店も含めて現場のオペレーションを徹底しないと、新人アルバイトが間違えてうっかりごく普通に個人番号を控えてしまう可能性もあるでしょうね。

ただ、通知カードはあくまで提供規制制限の反射的効果として本人確認書類として使用不可なわけですから、通知カードの仕様として最初から裏面に個人番号を記載していたら、身分証として使えたはずなんですけどね。あえてそれをしないというのは、多分、将来的なワンカード化を見据えて、個人番号カードを普及させたいとか、そういう意図も関係するんでしょうか。

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タグ:法律 話題
posted by かがみ at 23:03 | 法律関係

2016年01月20日

【書評】『嫌われる勇気』。

フロイト・ユングと並び称され、欧米で絶大な支持をもつと言われるアドラーの個人心理学をソクラテスメソッドでわかりやすく説くというコンセプトで書かれてベストセラーとなった『嫌われる勇気』。続編については前々から出る出ると言われていましたが、タイトルは『幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII』になった模様。

前作では「哲人」が語る「トラウマを否定する」「承認欲求も否定する」「叱ってもいけないが褒めてもいけない」「計画的な人生など不可能」「不幸な人は自分で不幸を選んでいるだけ」などといった「アドラーの教え」に対し「青年」がサディストだの危険思想だの悪魔的教唆だのと、いちいち憤激するという三文芝居がループする展開が普通に読み物として面白いんですが、続編では青年が3年ぶりに哲人と再会し、今度は「アドラーを捨てるべきか否か」などと更にめんどくさい人になって帰ってくる設定らしく、これはもう期待しないわけにはいかないでしょう。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
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先の哲人の言葉にあるようにアドラーの主張は一見、常識へのアンチテーゼのようにも見えますが、現在の認知行動療法などアドラー心理学をあたかもマニュアル化したものではないのかと思うほど、心理療法的にはむしろ恐ろしく普遍性に満ちているといえるでしょう。なんでこの本が出るまで日本でアドラーがあまり知られていなかったのか不思議で仕方がないくらいに。フロイトと袂を分かち自由精神分析協会を立ち上げたところから始まった個人心理学ですが、現在の精神分析の主流派がフロイト的欲動論から徐々に離れて、アドラーの主張とどんどん親和性を帯びてきているという潮流もある意味うなずけます。

アドラーに言わせれば、「悩み」は過去のトラウマなどといった「原因」から生じるのではなく、人生の本当の課題に直面したくないという「目的」が作り出している「嘘」であり、その典型が「背が低いから運動ができない」とか「顔が悪いから異性にもてない」などといった劣等コンプレックスであるという。このような「だから私は何々ができない」という「言い訳」があれば、ひとまず自分の心を守ることができるからです。このような思考は認知行動療法でいうとところのスキーマあるいは自動思考の歪みに相当するものであり、その矯正のための方法論は現在数多く開発されていますが、これらは本質的にはアドラーのいう「ライフスタイルの転換」の変奏曲であって、要は本質的には同じものを手を替え品を替え「何とか療法」としてパッケージし直して出しているわけです。

アドラー自身が提示する処方はまず「課題の分離」であり、これは『嫌われる勇気』という書名にも繋がってきます。そしてその究極的な到達点は「共同体感覚」であるとされます。ここでいう共同体という概念は、学校、職場、地域社会のみならず、国家や人類などを包括した全てであり、時間軸においては過去から未来までも含まれ、さらには動植物や無生物まで含まれるという壮大なものです。これはアドラー心理学の鍵概念であり本書が言うように賛否両論あるなかなか掴み所のない概念ですが、多分、アルティメットまどかちゃんみたいな境地なんだと思うんですよね?共同体感覚って言葉を見た時に、なんかそういうまどかちゃんのイメージが浮かんで。アドラーの説く「幸せの定義」からすれば、イメージとしてはあながち間違ってはいない気がします。

タグ:書評 こころ
posted by かがみ at 23:22 | 心理療法

2016年01月19日

2分アニメという隙間産業

今期見ている数少ない作品の一つに『大家さんは思春期』というネット配信のみのアニメがありますが、今期放映作品をざっと見渡しても、ごちうさ難民の受け皿になりそうなのは多分この作品しかないという印象です。

いくら時短系が流行りとはいえ放映時間2分というのはなかなか凄いですが、それはそれでむしろパンクロックのような潔さのようなものが感じられます。正直、いくらなんでも日常系で23分もだらだらやられるのは普通にちょっと辛いという部分もあるので、いろんなメディアによる可処分時間の奪い合いがますます加速していっている昨今における方法論としては正しい。何かの作業の合間にサクッと観れる隙間産業的な良さがあります。

Wikipediaには「就職を機に6畳風呂なしのアパートで一人暮らしを始めた前田さんと、そのアパートの大家さんとの日常を描くピュアほっこり(ハートマーク)な半同居コメディ」という割と誤解を招きそうな紹介がされていました。ちなみにその大家さん、里中チエちゃんのWikipediaにおける紹介文字数は1497文字ですが、これは作品の現状におけるポジションから言えば異例の記述量のような気がします。参考までにごちうさのチノちゃんは1164文字で、ひだまりスケッチのゆのちゃんは1060文字です(2016年1月19日時点)。どなたか熱心なストーカー・・・いや、ファンの方が既にいらっしゃるんでしょうね。

TVアニメ「大家さんは思春期!」オフィシャルサイト 2016年1月放送開始!

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タグ:アニメ
posted by かがみ at 23:40 | 文化論

2016年01月11日

【書評】『人生がときめく片付けの魔法』。

人生がときめく片づけの魔法
近藤麻理恵
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親しみやすい言葉で紡がれる文章で、片付けが楽しくなる本。各論的(例えば取扱説明書や給与明細など)にはさすがにともかくとして、一般論としては正しい核心を持っている。例えば、モノを一度全部ばーっと出して、「寝た状態」から「起こした状態」にするというのはかなり直感的な説明ですが、心理学的には十分に根拠があることで、このような儀式を経由することでいわゆる「隔離の機制」が作動し、モノを過去のしがらみなどから心理的に切り離すことが可能となります。そして、もっとぶっちゃけていえば、一度床にモノを広げた以上、必ず片さないといけないわけですから、戻すものは少ない方がラクに決まってます。なので自然と選別眼は厳しくなってくるという仕組みです(笑)。つまり、ラクをしたいという人の心理を逆手にとっているわけです。

本書で展開されている「片付け理論」を早速少し適用してみたら、本当にかなりのものが捨てることができてびびりました。結果、なんだか部屋の視界が開けたような気分というか、実際ごちゃごちゃとしたものがないと掃除が楽しくなるだろうし、それでますます部屋がキレイになるという好循環が起きると思います。これがミニマリズムならぬコンマリズムということなんでしょうか。たかだか片付けで人生がときめくのかとも思われますが、「行動」を起点として「気分」「認知」さらには「身体」への好循環を生み出すという認知行動療法の発想からすれば、確かにありうる話でしょう。

こんまりさんは元巫女さんらしく、九十九神的な発想なのか、捨てるものも含めモノに対する畏敬の念が叙述の随所に感じられます。その片付けの裏テーマはずばり「お部屋を神社のような空間にする」だそうで、要するにあなたはパワースポットに住みたいのか、物置小屋に住みたいのか、ということを本書は問うているわけです。
posted by かがみ at 18:36 | 時評/日記