2012年10月31日

「まどか☆マギカ」はTV本篇以上のラストを作ることはまず無理だと思う

いきなり愚痴から入るのも恐縮ですが、ローソンのまどかキャンペーンは何店舗か回るも、オリジナルグッズになると、もうどの店も悉く瞬殺状態。それはそれで仕方がないんだろうけど、POPの残骸だけが残っている寂しげな白棚というのはどうにもイメージがよろしくない。知らない人が見ると何だったんだこれはと思うんじゃないのかね。劇場版のプロモーションという観点からすれば、個店にリスクを押し付けない形でもうちょっと品揃えを厚くしてほしかった。

ちなみにQB手帳は再販されるそうです。

【グッズ】鹿目まどからのセリフが毎日一言ずつ書かれている「まどか☆マギカ : キュゥべえ手帳」を11/6から書店でも販売(萌えニュースまとめ)

というわけで10月最後の記事は、まどかの今後の展開についての覚書になります。まず、もともと今回の劇場版は、完全新作「叛逆の物語」」のシナリオがTVシリーズの尺に合わないから劇場版でやるというところが構想の基点になっていて、その制作の間を埋めるために、いわばついでに総集編もやるということだったらしい。そして劇場版「叛逆」は完結編ではなく仕切り直しという。その意味するところはいささか不明瞭だが、いずれにせよ「まどか☆マギカ」という作品の可能性を広げる新作となるらしい。 その辺は虚淵氏もパンフレットで仄めかしていたところではあります。ただ、新房監督は「願望」と前置きしつつ、反逆以後、続編を作るとすれば、後日談というより、もっとサイドストーリー的な、例えば詢子さんの青春時代とかワルプルギスの夜の正体とか、まどかの世界観を広げていくものをやりたいらしい。

多分、その路線でいいのかもしれない。TV本篇以上のラストを作ることはまず無理だろう。 あれはハッピーエンドが書けない病に罹った虚淵氏が希望と絶望は等価という自身の世界観の枠内で辿り着いた最善手だったんだろうと思います。


タグ:アニメ 文化
posted by かがみ at 21:48 | 文化論

2012年10月25日

マミられなかった世界「魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~」

先日、「まどか☆マギカは自己犠牲の物語なのか?」という当サイトの記事をあのMOON CHRONICLE様に取り上げて頂きました!普段は閑散としている当サイトもあの時だけはアクセスが跳ね上がり、久々にニュースサイト砲の威力を実感した。大感謝です(((o(*゚▽゚*)o)))

さて、巷で話題の「魔法少女まどか☆マギカ the different story」上中巻読了。作画は本編コミカライズ版に引き続きハノカゲ先生。まどかマギカにはいくつもの平行世界が存在しているのは周知の設定ですが、本作はその一つを描いたということなのでしょうか。いわゆる「マミられなかった世界」。中盤以降の展開に普通にマミさんが参戦するわけです。ある意味「魔法少女のバトルロワイヤル」という当初のテーマに忠実ともいえるでしょう。





この手の1.5次創作はだいたい残念なアレな感じのが多いのですが、本作はこのストーリーで劇場版作ってもよかったんじゃね?と思うくらいの珠玉の出来。噂に違わずなかなか読み応えのある作品でした。本編ではシュルレアリスムな影絵で語られていた杏子の家庭崩壊劇も具体的に描かれていて、本編の補完としても興味深い。下巻は追って刊行予定。


タグ:アニメ 文化
posted by かがみ at 00:01 | 文化論

2012年10月15日

魔法少女まどか☆マギカ完全新作「叛逆の物語」2013年公開予定!

魔法少女まどかマギカ総集編後編「永遠の物語」封切り。劇場に着いたら。レイトショーしか席が残っていなかった。仕方なく、その辺をぶらついて時間を潰し、ようやく後編視聴。 前編に引き続きなんとか初日に見れました。劇場は総集編とは思えないほどの恐ろしい盛況ぶり…完全新作な次作はどうなることやら((((;゚Д゚)))))))

【ネタバレ】劇場版『まどか☆マギカ』後編「永遠の物語」 2ちゃんねる感想まとめ(ひまねっと)

魔法少女まどかマギカ後編の絶望を富野も見たのかもしれない。(玖足手帖)

杏子の葬式――劇場版『魔法少女まどか☆マギカ 後編』を観て気づいたこと(シロクマの屑籠)

作画が驚く程綺麗なのは前編同様。前編ではマミさんのテーマ(?)がサプライズだったが、後編でも完全新規作画のおしゃれ墓地(?)が登場。ただ、新房監督はやはり第10話から後編をスタートさせるのがベストだと考えていたらしい。そういう意味では苦肉の演出だったのかもしれない。あと中OPにコネクトを据えるのであれば、(大人の事情もあったのかもしれないが)後編冒頭のルミナスは不要だったかもしれない。

真っ白なエンドロールの中を静かに流れる「ひかりふる」に涙腺が緩んだ人も多いでしょう。あれは「まど神教」という宗教の誕生を言祝ぐ賛美歌なんだと思う。

そして最後に2013年公開の完全新作の予告編が流れ、若干拍手がわき起こった。あの劇場で拍手が起きたの初めて見たよ。まどかのシルエットが火の鳥みたいだった。

「魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語」2013年公開予定!劇場版後編にて予告映像公開(ゆるく生きていたい)

虚淵氏はパンフレットの中で3本目の新作で物語は終わらないことを明言している。実際にフィルムとして実現するかは今回の総集編と次作の興収次第ということなんだろうか。「ポストまどかの世界」は広げようと思えばどこまでも広げられると思います。綺麗に終わらせるのも名作たる美学かもしれないが、今回の総集編が単なる序章になるような展開も見てみたい気がします。

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タグ:アニメ 文化
posted by かがみ at 02:07 | 文化論

2012年10月13日

まどか☆マギカは自己犠牲の物語なのか?

劇場版まどかマギカ前編興収2億円突破したそうですね。劇場数を考えれば立派。本日からいよいよ後編「永遠の物語」が封切り。劇場後編に備えてTVシリーズ復習。しかし、改めて観ると。ほむら対ワルプルギス戦はすごい。M72ロケットランチャー、クレイモア地雷、石油満タンのタンクローリー…どこの衛宮切嗣だよ。思想は綺麗に真逆だけどね。劇場版ではもっと派手になっていればいいですね。ついでに小説まどかマギカも読了。書き手は虚淵氏ではなくて別の人。全編がコンパクトに500ページちょっとでまとまっている。ストーリーの復習には最適。うめてんてーのイラストだけでも買いでしょう。ただ、あのまどか視点の一人称語りはどうにも甘ったるくて馴染めなかった。通じて、童話を読んでる感じがしたけどそういう文体が好きならおすすめかもしれない。

ところで、劇場版まどかをみて泣いていた子供がいたとかいうアレ。ネタだったと思ってたけど、えらいシリアスな議論になってるのね。

「まどマギの社会的責任についての問題提起」について(斜め上から目線)

まどマギ騒動に思う(はじめてのC お試し版)

「まどかマギカは誤ったメッセージを発している」というのは誤ったメッセージではないかという話 (Togetter)

なんだかなあ…感じ方は人それぞれなのかな?個人的には、別にまどかがああなったあの結末に自己犠牲賛美のメッセージが込められてるとは思えない。結果的にほむらやさやかは救われるがそれは本当に結果論だろう。むしろ、ずっとコンプレックスを抱えて生きてきた彼女が究極の自己実現を成し遂げたように見えたんですけどね。だって最初に言っていただろう。「私、魔法少女になれたなら、それで願い事は叶っちゃうんです。こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって、胸を張って生きていけたら・・・それが一番の夢だから・・・(第3話)」だと。果たして彼女は魔法少女になった。ただし、通常の魔法少女は世界を救うが、彼女は魔法少女を救う魔法少女になった。希望を願うのではなく、希望を与える選択をした。

だから、あの作品に何かメッセージがあるとすれば、「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、わたし、そんなのは違うって・・・何度でも、そう言い返せます。きっといつまでも言い張れます。(第12話)」というまどかの台詞に尽きるだろう。それはゆるやかに絶望に向かいつつあるこの国の社会に対するとてもシンプルで強い主張だと思う。本日はなんとか早起きして劇場に参りたいと思う次第です。

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タグ:アニメ 文化
posted by かがみ at 01:06 | 文化論

2012年10月10日

まどか☆マギカを見て泣いた子供がいたとかいう話

確かに、劇場ポスターが完全に可愛らしいイラストで猫かぶりしていたのは事実ですけどね。

「『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』を見て泣いた子供がいた」というツイートにまつわる話(Togetter)

TVの時もそういう話題はあったけど、今回も本当の話かネタで言っているのかはわからない。 実際そういう目にあわれた方はお気の毒としか言いようが無い。ただ、映像を生理的に受付ないという感覚の問題は別として、子供が見てはいけないという話でもないかなとは思います。

ストーリーが陰惨だというのは一面的な見方であって、QBの言辞はいちいち腹立たしいが、その哲学はベンサム的な最大多数の最大幸福の原理であって、我々の社会が資本主義で動いている以上その論理は常に内在されている。実際、似たような話は現実には山のようにあるわけで、彼の場合、それが規模的に人類がゴミに見える程のスケールだったというだけのこと。そして、ワルプルギスの夜を一撃で葬ったまどかが「救済の魔女」と化しまさに世界を壊滅させんとした第10話が放映された直後、奇しくも現実社会でもかつて夢のエネルギーとかいわれた原発が爆発して、QBの言葉は冷酷なまでのリアリティを持ってしまった。そうした閉塞した時代状況の中、未来へ希望を持つ意味を少なからず考える素材を提供してくれる作品であることには違いない。虚淵氏がユリイカのインタビューにて、幸せってなんでしょうか?と問われ、「幸福が成立する前提として不幸になる権利がある。何かを犠牲にして掴み取ったときに、失ったものと得たものを比較して、プラスだと思えたら、その人は幸せだったのかな」という趣旨の言葉を語っている。氏がまどかの母親である詢子さんに言わせた「大人になる前に間違え方を勉強しておくんだよ」という言葉は若い視聴者にも向けられているものだろう。綺麗なものばかり見て育ち、世界はすべからく美しいなどと信じ込んで大人になるとか、もう悲劇ですよ。


posted by かがみ at 00:36 | 文化論