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2026年04月25日

リゾームとリトルネロ、あるいは〈自閉〉から世界制作へ



* ハイモダニティとしての現代社会

現代はしばしポストモダンの時代であると呼ばれます。ここでいう「ポストモダン postmoderne」とはフランスの哲学者、ジャン=フランソワ・リオタールが『ポストモダンの条件』(1979)において提示した近代以降の時代を形容する概念です。それによれば近代とは「大きな物語 grand récit」によって意味と方向を与えられていた時代であり、ポストモダンはそうした「大きな物語」の終焉によって特徴づけられます。この概念をリオタール自身は近代の科学的知の正当化と、その基礎や準拠をめぐる議論のなかで用いていましたが、その後、この概念はリオタール自身の意図からある程度独立して近代から区別されるものとしての現代社会のあり方を表現するものとして広く用いられるようになります。

ここでいう「大きな物語」とは例えば、人間が知や啓蒙によって無知や隷属から解放されるという理念や、歴史が必然的に進歩するといった包括的な物語のことをいいます。こうした物語は科学を含む人間のさまざまな営みの正当化の基礎や準拠となり、それらに意味や方向を与えてきました。すなわち「大きな物語」の終焉であるポストモダンは、人間のさまざまな営みから安定した基礎や準拠が、そして統一的な意味や方向が失われる状況を意味しています。

これに対してイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズは現代社会の様態を近代における世界像の変化のさらなる徹底と浸透を意味する「ハイモダニティ highmodernity」という概念から把握しています。ギデンズによれば近代以前では人々の営みやアイデンティティは彼らの所属する共同体やその伝統といったローカルで具体的な制度に枠付けられていましたが、近代はこうしたローカルで具体的な制度が諸々のグローバルな「抽象的システム」に変化していくことになります。

ここでいう「抽象的システム」とは特定に時間と場所を超えて流通し、利用、参照されるシステムであり、ギデンズはその例としてさまざまな物の交換を可能にする貨幣のような媒体や専門的な知識やサービスを挙げています。こうした「抽象的システム」のさらなる徹底と浸透した世界のあり方、自己のあり方を形容するのが「ハイモダニティ」です。つまりリオタールのいう「ポストモダン」が近代と現代との間にある種の断絶を見出す概念であるとすれば、ギデンズのいう「ハイモダニティ」は近代と現代を連続的に捉える概念であるといえるでしょう。

そして、こうした「ハイモダニティ」の中核に見出されるメカニズムが「再帰性 reflexivity」と呼ばれるものです。再帰性とは制度であれ人間であれ、自らのあり方を何らかの情報に照らして省りみることをいいます。近代以前には、その参照先は共同体やその伝統であり、これらの制度は当の制度自体に対しても人間に対しても、相対的に変化せず安定したものでしたが「ハイモダニティ」における参照先である「抽象的システム」は高度に専門化され絶えず更新され変動するようになります。

その結果、個人は自らのあり方を省みる上で、多様化を続ける情報を絶えず追跡、選択、フィードバックして、それに対する不断のモニタリングと修正が必要となります。しかも、その試みは当のその試みそのものによっても変化していく情報をさらに考慮に入れなければならず、こうなるともはや把握も統御も困難であり、定まった正解もゴールもないといった状態に陥ります。こうして「ハイモダニティ」における再帰性は個人に方向感覚の喪失をもたらすことになります。


* 存在論的安心と存在論的不安

ギデンズはこうしたハイモダニティにおける世界と自己のあり方を精神分析理論を援用し「存在論的安心 ontological security」と「存在論的不安 ontological enxiety」という観点から論じています。まずギデンズは『近代とはいかなる時代か?』(1990)において「存在論的安心」を「人間が自己アイデンティティの連続性に関して、そして行動の社会的および物質的な周囲環境の恒常性に関して持っている確信」と定義します。

我々は普段、自分の心臓が次の瞬間に鼓動を停止するのではないかとは通常考えません。いま歩いている地面が次の一歩で崩落するのではないかとも普通は考えないでしょう。 目を離して視界から消えた対象は、消滅するわけではなく、再び目を向ければそこにあると思っているし、眠るなどして意識が途切れても、自分というものが消えてなくなるわけではないと思っています。

そうした停止、崩落、消滅の可能性は絶対にないわけではなく、むしろ常にその可能性はあるのですが、そんなことをいちいち考慮していたら日々の生活は成り立たないでしょう。つまり、我々の日常が成り立つには自己の連続性と世界の恒常性はあらゆる検証に先立ってまず信じられていなければならないということです。この連続性や恒常性への意識されざる信頼や確信といったものがギデンズのいう「存在論的安心」です。

このように「存在論的安心」はそれを直視したなら日常が破綻しかねないような停止、崩落、消滅などの可能性を「括弧にくくる」こと、あるいはフィルタリングすることを可能にします。そしてギデンズはアメリカの精神分析家エリク・エリクソンの議論に基づいて、こうした「存在論的安心」の源泉を幼児期に母子関係を通して育まれた「基本的信頼 basic trust」に求めています。

エリクソンは『幼児期と社会』(1950)において人間の発達段階の最初期に達成され、アイデンティティの基礎となるものを「基本的信頼」として定式化しています。それは、幼児のさまざまな要求に、その庇護者たる母親が応答すること(世話を行うこと)を通して確立される信頼であり、こうした「基本的信頼」によって幼児は母親がいないときでも母が戻ってくると信じて耐えることが可能となります。いわば幼児は母が「見えなくても、離れていても大丈夫」というかたちで自己の連続性と世界の恒常性が信じられるようになるということです。

ギデンズはまた、イギリスの精神分析家ドナルド・ウィニコットが、やはり幼児期の母子関係のなかで切り開かれると考えられる「潜在空間 potential space」という概念を援用しています。ウィニコットが『遊ぶことと現実』(1971)で「潜在空間」と呼ぶものは幼児が母から分離するという外傷的で破滅的になりうる出来事に際して、現前と不在のあいだのある種の「緩衝帯」の役割を担い、それらを両立させ、なだらかに移行させる中間領域のことです。こうした「潜在空間」は「基本的信頼」を背景に機能するものであり「いま-ここ」という時-空間にないものを潜在的に携えておく力を育んでいきます。

これに対して「存在論的不安」とは、こうした「存在論的安心」における自己の連続性や世界の恒常性を信じることが困難な事態に他なりません。ギデンズは『モダニティと自己アイデンティティ』(1991)においてスコットランドの精神科医R・D・レインが報告する「根本的な存在論的不安の観点からのみ生じると示唆されるであろう不安や危険」を参照し、そのような不安や危険においては、自己の来歴の継続性についての一貫性の感覚の欠如や実存の危機の懸念への強迫的な固執などが見られるといいます。

そしてギデンズはこうした「存在論的不安」が今や病理や障害に限らず、ハイモダニティとその再帰性ゆえに今や多くの人々が「存在論的不安」を生きつつあるという可能性を示唆しています。ギデンズにおいてその可能性を示唆するのが日常的な習慣としてのルーティーンをめぐる議論です。ここでギデンズはその再帰性の中で「存在論的安心」が当然の前提ではなくなり「存在論的不安」が前景化してくるハイモダニティにおいて「存在論的安心」を維持していくものとしてルーティーンを位置付けています。


*〈自閉〉とリトルネロ

これに対して、小倉拓也氏は『〈自閉〉の哲学』(2026)において「存在論的安心なきルーティーン」から〈自閉〉という概念を問い直します。ここでいう〈自閉 Autismus〉とはかつては統合失調症に顕著な外界から内界への撤退を指す言葉でしたが、その後、それからは区別される症候群を指すものとなり、近年では「発達障害」の社会的な前景化、とりわけ「自閉症 autism」への注目をもとに哲学、とりわけ現代思想において大きな関心を集めています。

アメリカ精神医学会が刊行している『精神疾患の診断・統計マニュアル Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders :DSM』の最新版(DSM-V-TR)では「自閉スペクトラム症 Autism Spectrum Disorder:ASD」の診断基準となる行動上の特徴として「社会的コミュニケーションおよび対人的相互作用における持続的な欠陥」に加え「限定的で反復的な行動、関心、活動のパターン」が記されています。ここでいう「限定的で反復的な行動、関心、活動のパターン」とは具体的には⑴常同的、反復的な行動、対象の使用、発話、⑵同一性への固執、ルーティーンへのこだわり、儀式的な行動、⑶きわめて限定的で固定的な関心、⑷感覚刺激に対する過敏と鈍感、環境の感覚的側面に対する並外れた関心です。

こうした〈自閉〉における行動上の特徴をめぐる従来の議論は、それは治療すべき症状であると否定的にみるにせよ、あるいは反対に、それは才能や美点であると肯定的にみるにせよ、いずれにしても、いわゆる「正常」と比べて何かが決定的に「欠けている」という意味での「異常」として捉える点では一致していると思われます。これに対して同書は〈自閉〉についてそれが何が「欠けているか」ではなく、何を「行なっているか」を哲学的に洞察していきます。つまり〈自閉〉における常同的、反復的行為には、それ自体は必ずしも欠如ではない「同じでいる力」「反復する力」があると同書は考えます。

ここで同書の重要な参照項となるものがフランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリがその共著『千のプラトー』(1980)において提示した「リトルネロ ritournelle」と呼ばれる哲学概念です。「リトルネロ」とは本来は音楽用語であり、楽曲のなかの反復し、循環する部分を指すものですが、ドゥルーズとガタリはこれを独自の哲学的な概念へと練成していきます。

ドゥルーズとガタリは前後左右不覚でただ立ち尽くすしかない「カオス」と呼ばれる状況において我々が自己を確保し、歩き出したり、立ち止まったりすることができるのは、あらかじめ備わった一貫した主体性によってではなく、暫定的で局所的なテリトリーを構築しようとする常同的、反復的行為を通してであると考えます。

こうしたリトルネロという観点からいえば、哲学や精神分析において「主体」とか「他者」などと呼ばれる超越論的審級は本来的なものではなく、むしろ常同的、反復的な行為の効果として、それが構築するテリトリーとともに形成されるものであるということです。このことは本来的でそれゆえに内面的とされる秩序やその中心が、実は非本来的でそれゆえ外面的な水準においてその都度形作られることを示唆しています。

すなわち、同書の問う「存在論的安心なきルーティーン」としての〈自閉〉とは、同書が〈現前〉と呼ぶ世界が自己にあらわとなり自己が世界にさらされる無媒介的かつ情報過多的かつ感覚過敏的な状況において、本来的にインストールされているべき超越論的審級なしに、非本来的な常同的、反復的な行為をとおして、外面的な工夫によって生き抜いていくための生の技法であるといえるでしょう。


* それでもひとりでいる力

このように同書は〈自閉〉における常同的、反復的な行為が何を「欠いているか」ではなく、何を「行なっているか」を問います。もっとも、こうした問題提起をすでにウィニコットが半世紀以上前に「ひとりでいる能力」(1958)という名高い論文において行なっているものです。しかしウィニコットが考える「ひとりでいる能力」と同書のいう〈自閉〉には決定的な違いがあります。

この点、ウィニコットは「ひとりでいる能力」をある種の逆説として提示しています。それは、ひとりでいることが「他の誰かがいるときにひとりでいるという経験」に、より具体的には「幼児や小さな子どものように、母がいるところでひとりでいるという経験」に基づいているという逆説です。このウィニコットの逆説は先述した基本的信頼及び潜在空間と同様の論理に依拠しています。つまりウィニコットのいう「ひとりでいる能力」とはギデンズのいう「存在論的安心」と不可分のものであり、それゆえに「存在論的安心」を欠く場合、人は「ひとりでいる能力」を行使することは原理的にできないということです。

またエリクソンにも同様の問題を見出すことができるでしょう。エリクソンは『幼児期と社会』において、子どもの「ひとり遊び」を自分自身の身体を対象にして遊ぶ「自己宇宙 autocosmos」から始まり、おもちゃを思いのままに操作する「小宇宙 microsphere」を経て、他者と共有する世界である「大宇宙 macrosphere」へ至る展開として把握しています。しかし同時にエリクソンは「自己宇宙」における「母との相互作用」を、子どもの生にとって決定的なものとみなしています。すなわち、エリクソンにとって子どもの「ひとり遊び」とは「ひとり」でいるように見えて実際には母との相互作用からなる「基本的信頼」に支えられて、はじめて可能になっているということです。

こうしたことから同書は〈自閉〉における常同的、反復的な行為が持つ、つまりリトルネロにおける「同じでいる力」「反復する力」を基本的信頼や潜在空間や存在論的安心といたものがなかったとしても「それでもひとりでいる力」であると位置付けます。それはすなわち〈現前〉のなかで〈現前〉に抗して〈現前〉とともに生きる力であるということです。


* リゾームとリトルネロ、あるいは〈自閉〉から世界制作へ

周知のようにドゥルーズとガタリは1970年代の大陸哲学に大きなムーヴメントを巻き起こした『アンチ・オイディプス』(1972)において人間の欲望を「欠如」を埋める運動ではなく、生産する力として捉え直し「欲望機械」という概念を提示しました。ここでいう「欲望機械」とは身体、社会、制度といった諸要素が相互に接続しながら現実を生み出す生成の装置であり、欲望はこうした機械的連結を通じて絶えず流れ、切断され、再び結びつくものであるとされます。

そして『千のプラトー』において、こうした欲望観は「リゾーム」と呼ばれる世界観として提示されることになります。ここでいう「リゾーム」とは中心や階層を持たず、どこからでも接続し増殖していく地下茎のようなネットワークであり、欲望機械の連結が社会、文化、知の配置として広がる様態を示すものです。

こうしたリゾームという世界観の展開を支える脱領土化/再領土化という反復運動がリトルネロであるといえるでしょう。つまりリゾームが無数の接続と展開のネットワークだとすれば、リトルネロはリゾームの展開を実際に駆動させる具体的なプロセスだと言ってよいでしょう。こうした意味で「存在論的安心なきルーティン」としての〈自閉〉がもたらす「それでもひとりでいる力」とは同時に「世界を制作する力」であるといえるのではないでしょうか。




















posted by かがみ at 23:00 | 精神分析

2026年03月20日

権力とセクシュアリティ



* アセクシュアルとアロマンティック 

近年においては「LBGT」や「LGBTQ」といった言葉で性的マイノリティの認知度が高まり、そうした人々に対する差別を問題視する考え方も広まりつつあります。その一方で従来の性的マイノリティに関する議論から取りこぼされてきたセクシュアリティとして「アセクシュアル」と呼ばれる人々や「アロマンティック」と呼ばれる人々がいます。

「アセクシュアル」とは「他者に性的に惹かれないという性的指向」のことをいいます。これは世界最大規模のセクシュアルコミュニティであるAVEN(Asexual Visibility and Education Network)のウェブサイトで掲げられている定義です。アセクシュアルの「ア a」という接頭辞は「否定」を意味しています。つまり文法的にいえば「セクシュアルではない」という意味です。またここでいう「性的指向 sexual orientaion」とは「どの性別の人に対して性的に惹かれるのか」を表す言葉であり、異性愛や同性愛、バイセクシュアルやパンセクシュアル(性的に惹かれるかどうかの基準に性別が無関係であるセクシュアリティ)などが含まれます。

「アロマンティック」とは「他者に恋愛的に惹かれないという恋愛的指向」のことをいいます。ここで重要なのは「性的」ではなく「恋愛的」という言葉が使われている点です。ここでいう「恋愛的指向 romantic orientation」とはどの性別の人に対して恋愛的に惹かれるのかを表す言葉です。そしてこの恋愛的指向と性的指向の区別は両者が必ずしも一致しないということを意味しています。恋愛的惹かれはないけれど性的に惹かれることがある場合や、逆に性的惹かれはないけれど恋愛的に惹かれることがある場合や、性的に惹かれる対象と恋愛的に惹かれる対象が異なる場合もあるということです。

これに対してアセクシュアルやアロマンティックではない人は「アローセクシュアル」「アローロマンティック」と呼ばれます。ここでいう「アロー allo」という接頭辞は「他のものに向かう」という意味で用いられています。異性に惹かれる人のみならず同性に惹かれる人であっても他者に惹かれるという意味では同じ括りに入ります。

なぜわざわざアローという言葉が使われるのかというと、アセクシュアルやアロマンティックでは「ない」人は「普通」であるという発想を問い直すためです。すなわち「普通」とされるマジョリティの人々のあり方も性的指向や恋愛的指向の一つとして位置付けられるものにすぎないということです。

またアセクシュアル/アロマンティックとアローセクシュアル/アローロマンティックの間を連続的なスペクトラムとして捉える言葉として「グレーセクシュアル」や「グレーロマンティック」という言葉があります。さらに詳しい要素を言い表す言葉(マイクロラベル)として「デミセクシュアル/デミロマンティック(基本的に他者に性的/恋愛的に惹かれることはなく、情緒的なつながりができた相手にのみ性的/恋愛的惹かれを抱くことがある)」「リスセクシュアル/リスロマンティック(他者に性的/恋愛的に惹かれることはあるが、相手からその感情を返してほしいとは感じない)」「エーゴセクシュアル/エーゴロマンティック(性的/恋愛的表現を愛好したり性的/恋愛的空想をしたりするが、自ら性愛/恋愛に参与したいとは望まない)」などがあります。

そしてこのような様々なマイクロラベルを含めた総称としてAro/Aceという言葉が使われることがあります。アセクシュアル・スペクトラムについて包括的に表す言葉がAceであり、アロマンテック・スペクトラムを包括的に表すのがAroです。このように一方でマイクロラベルの細分化によって多様な経験を言語化しつつ、他方でさまざまなマイクロラベルを包括する総称によって連帯を志向するというAro/Aceにおける実践はセクシュアリティをめぐる様々な常識を根本的に問い直す実践であるともいえます。


* 病理化から性的指向へ

性的欲望が低い状態は19世紀ごろから精神医学の中で「冷感症 frigidity」や「性的不感症 sexual anesthesia」などとみなされ病理化されてきました。このような理解を提示している典型例が性的倒錯の研究で知られる19世紀の精神科医リヒャルト・フォン・クラフト=エビングの著作であり、この議論は日本でも精神医学的な知識として輸入・翻訳されてきました。ここでは性的欲望を欠いている人は端的に病気であり、治療すべきものだとみなされていました。

これに対して20世紀中頃になると、性科学の領域でもアセクシュアルに近い概念が生み出されることになります。その初期の例がアルフレッド・キンゼイの研究です。キンゼイは人間の性的指向は異性愛から同性愛まで連続的なものだという発想から「キンゼイ・スケール」を提示したことでも知られています。この理論は完全な異性愛(0)から完全な同性愛(6)まで7段階のグラデーションがあるというものです。

ところがこの議論の中でキンゼイは7段階のスケールのどこにも当てはまらない人々がいると指摘しています。それが「社交的性的接触または反応でないもの」を指すグループ「X」です。ここではアセクシュアルという単語自体は出ていませんが、性的接触や性的反応を欠いている人々が異性愛-同性愛のグラデーションの外側として位置付けられたことになります。

1970年代後半から1980年ごろになるとアセクシュアルという言葉を性的なあり方のひとつに明示的に位置付ける研究が登場します。そのひとつがマイケル・ストームスの研究です。ストームスは異性に対する性的欲望の程度を横軸に、同性に対する性的欲望の程度を縦軸にしたふたつの軸による四象限図式を提示し、この四象限のうち、異性への欲望も同性への欲望も「低い」という位置が「無性的」と表記されました。この時期からアセクシュアルな人々の存在が意識されるようになったといえます。

その後、アセクシュアルをめぐる議論に大きな影響を与えたのがカナダの心理学者アンソニー・ボガートの研究です。これは1994年にイギリスで行われた全国調査を再分析したもので「誰に対しても性的惹かれをまったく感じたことが一度もない」人の割合が約1パーセントだということを示したものです。この数値をもとにボガードはイギリスのアセクシュアル人口は約1%だと論じています。

これはアセクシュアルの人口割合を計量的に示した画期的な研究であり、アセクシュアルに関する研究や議論を活発化させる大きなきっかけとなりました。そして現在ではアセクシュアルは性的指向のひとつとして扱われており、アセクシュアルを病理とみなす発想が明確に批判されています(もっともボガードが「真の」アセクシュアルは「性的惹かれや性的関心の完全な欠如」であり「ハードコアなアセクシュアル」であると定義した点にはアセクシュアル(あるいはセクシュアリティ一般)の実態に即しておらず、さらに何らかの基準でアセクシュアルを「本物」か「偽物」かに二分することでスペクトラムの人々を無視することになるという批判もあります)。


* DSMの変遷とアセクシュアル

こうした性科学の議論は精神医療の臨床にも影響を与えてきました。そのことを見て取れるのがアメリカ精神医学会が出版している『精神疾患の診断・統計マニュアル Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders :DSM』です。このマニュアルは何度か改訂されており、2013年に第5版(DSM-V)が刊行され、現在ではその修正版(DSM-V-TR)が最新版として使われていますが、第5版に改訂されるまでアセクシュアルは実質的には病気として扱われていました。

まず1952年の第1版(DSM-T)と1968年の第2版(DSM-U)では「冷感症 frigidity」や「膣けいれん vaginismus」や「性交疼痛症 dyspareunia」といった用語が掲載されています。だた、この時期には「性欲がない」状態は治療対象として扱われていませんでした。しかし1980年の第3版(DSM-V)では「性心理的障害 psychosexual disorders」という項目が導入され、そのなかに「機能性不感症」「機能的膣けいれん」「性的欲求の抑制」といったものが含まれていました。

そして1987年に第3版の改訂版が出版されますが、その時に「性的欲求低下障害 Hypoactive Sexual Desire Disorder:HSDD」が記載され、診断すべき病気として扱われるようになります。ここでいうHSDDとは「持続的または再発的に性的な空想や性行為への欲求が欠落している、または欠如している」と定義されていました。その後、1994年の第4版(DSM-W)ではHSDDは「苦痛」を伴うものであるという要件が追加され、当人が苦痛を感じていなければHSDDとは診断しないと明示されました。

こうしたHSDDの診断基準にはアセクシュアルの立場から批判がなされていました。HSDDとアセクシュアルがいずれも「性的関心の欠如」という点で一致していることから、両者が混同されやすいという問題があるからです。また「苦痛」という要件にも疑問が提起されていました。「性的欲望を欠いていることで苦痛を感じる」といっても、その苦痛の原因は「性的欲望を欠いていること」それ自体ではなく、性的欲望があることを「当たり前」で「望ましい」ものとみなす社会的風潮にあるのではないかということです。

こうしたことからアセクシュアルの当事者団体であるAVENはアセクシュアル研究者やフェミニスト研究者とともにDSMの改訂に向けた働きかけを行い、2008年に始まったDSM改訂会議においてアセクシュアルに関する調査報告と提言を行います。そのような活動を通じて第5版(DSM-V)においてはHSDDの代わりに「女性の性的興奮/関心の障害」と「男性の性欲低下障害」という診断項目がそれぞれ設定されることになります。そしてそこでは「アセクシュアルを自認する人は診断されない」という例外規定が明記され、アセクシュアルは「病気ではなく性的指向」して位置付けられることになります。


* 周縁化と規範性

以上で見たようにアセクシュアルは近年まで実質的に「病気」であるとみなされており、現在においても社会では医療や教育の現場を含め、依然としてこうした見方が存在しています。松浦優氏が昨年上梓したAro/Aceについての包括的な概説書である『アセクシュアル/アロマンティック入門』(2025)では英語圏での調査をもとに、こうしたAro/Aceが被る差別や困難を@病理化、A性的/恋愛的衝突、B社会的孤立、C認識的不正義として整理しています。

最後の認識的不正義とはイギリスの哲学者ミランダ・フリッカーの造語で「人種、民族、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍などの社会的アイデンティティに対する悪質なステレオタイプが原因で、一部の人々が知識の主体としての能力を貶められる不正のこと」と定義されます。現在では様々なタイプの認識的不正義があると指摘されていますが、フリッカーが当初に挙げたのが証言的不正義と解釈的不正義です。

まず証言的不正義とは「聞き手、偏見のせいで話し手の言葉に与える信用性 credibility を過度に低くしてしまう」というものであり、Aro/Aceにおける典型例としてはカミングアウトした当事者が「まだいい人に会っていないだけ」などと相手に打ち消されてしまうケースです。次に解釈的不正義とは「人々が自分たちの社会的経験を意味づける際に、集団的な解釈資源にあるギャップのせいで、不利な立場に立たされてしまう」というものであり、Aro/Aceにおける典型例としてはアセクシュアルやアロマンティックという言葉を知る機会がなかったため、自分の経験や感覚をうまく言語化できず思い悩むというケースが挙げられるでしょう。

こうしたAro/Aceが社会の中で周縁化されてしまう背景には恋愛や性愛を「あたりまえ」のものとみなす社会規範があることはいうまでもありません。同書は性的なマイノリティについての研究分野であるクィア・スタディーズの知見をもとに、こうしたAro/Aceを取り巻く「〜べきである」という様々な規範を取り上げています。

この点、クィア・スタディーズにおいてセクシュアリティに関する規範としてまず挙げられるのが「異性愛を当然のものとして誰もが異性愛者であるはずだ」とみなす「異性愛規範 heteronormativity」です。もっとも異性愛が相対化され同性愛差別が批判されたとしても、それでもなお取りこぼされる「誰もがセックスを欲望するはずだ」という思い込みを問い直すため生まれた概念が「強制的性愛 compulsory sexuality」です。また「一対一の恋愛や結婚には特別な価値がある」という思い込みは「恋愛伴侶規範 amatonormativity」と呼ばれます。

これらの概念は英語圏に由来するものですが、日本語圏でも草の根的に提起されてきた関連概念として「対人性愛中心主義」が挙げられます。これはマンガやアニメなどのいわゆる「二次元」の性的創作物を愛好しつつ生身の人間に性的惹かれを経験しないという人々が使い始めた言葉です。本書がいうように、こうした人々は一見するとアセクシュアルとは無縁のように思われるかもしれませんが「生身の人間には性的惹かれを経験しない」という点でアセクシュアルの人々と重なる部分があるといえます。


* 性の言説化とセクシュアリティの装置

では、このようなセクシュアリティや恋愛に関する規範性はどのようにして存在するのでしょうか。またどのようにすれば変化させることができるのでしょうか。こうした規範性を把握するための理論を打ち出した重要な論者として同書はミシェル・フーコーを取り上げます。フーコーは西洋におけるセクシュアリティの歴史を分析した『性の歴史T』(1976)において近代社会においてはセクシュアリティに関する言説が激増したことを指摘しています。例えば「同性愛は抑圧すべきだ」と主張する言説も「同性愛を抑圧することは不当だ」と主張する言説も、その内容は相反していますがどちらも同性愛について積極的に語っています。近代社会では同性愛に限らずさまざまなセクシュアリティについて、こうした性の「言説化」という現象が生じたとフーコーはいいます。

そしてフーコーはこうした性の「言説化」のメカニズムとして人々は性について語ることを「権力」によって煽り立てられていると主張します。ここでいう「権力」の典型例がキリスト教における「告解」です。「告解」というのは司祭に向かって自らの罪を洗いざらい告白するという実践です。告解そのものはカトリックの伝統として近代以前から行われてきましたが、17世紀になると性的なことがらが告解のなかで非常に重大なものとみなされるようになり、自らの性的な行為や欲望について包み隠さず言語化するよう極めて執拗に促されるようになります。さらに18世紀になると性について語らせる仕組みが宗教的なものから科学的なものに広がっていき、性的な事柄は特に医学、精神病理学、教育学、犯罪学などの学問の対象となります。こうした学問をフーコーは「告白という科学」と呼びます。

そしてこうした言説の中で例えば「同性愛者」といった概念が生み出され、こうした分類が出来上がることで同性と性行為をする人々は「同性愛者」という分類を押し付けられ、その結果、彼らに「同性愛者」というアイデンティティが生じることになると同時に「同性愛者」と分類された人々をターゲットとして例えば治療や差別といった形で権力による介入が行われることになります。もちろんこれは同性愛者だけに限った話ではなく、そもそもセクシュアリティなる領域そのものがこうした言説と権力の絡み合いを通して生み出されてきたといえます。こうして誰もがセクシュアリティを内に秘めているという発想とともに「私は何者か」というアイデンティティ問題が性的なことがらと強く紐づけられることになりました。

以上のような事態をフーコーは「セクシュアリティの装置」と呼んでいます。「装置」といっても何かしらの物理的な機械ではなく「性についての言説を生産する仕組み」のことを指しています。こうした意味でのセクシュアリティの装置は様々なものによって構成されており、制度、施設、社会通念、学術的な知識などが要素として挙げられています。


* 権力とセクシュアリティ

では、フーコーはこうした状況を変えるにはどのような抵抗をすればよいと考えていたのでしょうか。この問題についてはフーコーが「権力」というものをどう考えていたかが重要になってきます。権力というと支配者が弱い人を力づくで一方的に従わせるというイメージが強いかもしれませんが、フーコーの考える権力とは「無数の力関係」のことです。フーコーは権力を数多くのモノや人が関わる錯綜した網の目の中を色々な「力」が流れているというイメージで捉えています。

それゆえに権力は変化する可能性に開かれています。一見、強固な権力もいくつかの力の流れが合流することで結果的に出来上がるものであり、水路の水の流れを変えるように、新しい流れを生み出したり、流れの量を調整することで、こうした権力もゆっくりではあるかもしれないけれども変わっていく可能性があるということです。

こうした権力観を踏まえた上でフーコーが提示する抵抗戦略の一つが支配的な言説を逆手に取るというものです。その例としてフーコーが挙げるのが同性愛者の社会運動です。同性愛者の社会運動は精神医学の言説によって生じた「同性愛者」という概念を当事者が奪い取って自分達の反差別運動へと流用することで展開されました。こういった抵抗の重要性をフーコーは高く評価します。

ただし同時にフーコーはこうした戦略の限界も指摘しています。セクシュアリティをめぐる言説を逆手にとって流用するという戦略は依然としてセクシュアリティの装置の内部で起きるものであり、セクシュアリティの装置を構成している個々の要素は変化するかもしれませんが、あくまでセクシュアリティの装置そのものは温存されることになります。

では、セクシュアリティの装置はどうすれば解体できるのでしょうか。換言すれば誰もがセクシュアリティなるものに囲い込まれる状況はどうすれば崩すことができるのでしょうか。この問題についてフーコーは即効的な特効薬は示していませんが、いくつかのヒントや方向性を提示していると同書はいいます。

その一つがセクシュアリティの装置がどのようなあり方をしているのか、精緻に捉えていくというものです。セクシュアリティが重要なものと見做されている状況そのものを、じっくりと分析し、セクシュアリティの装置をメタ的に捉え直すことで、そこから距離をとることが可能となります。フーコーが『性の歴史T』で行ったことはまさしくこの作業であったといえます。

こうしてみるとアセクシュアルやアロマンティックについての議論は例外的な少数者に関する議論ではなく実は多くの人々にも深く関わってくるものといえるでしょう。そもそも人が誰か「好きになる」とはどういうことなのでしょうか。答えはいろいろあるでしょう。性的に魅力を感じる、恋愛感情を抱く、美しいと感じる、面白いと思う、尊敬や憧れを覚える等々。「好き」という言葉には様々な要素が含まれています。そしてこれらの要素は必ずしも結びついているとは限りません。例えば性的魅力と恋愛感情は必ずしも結びついているとは限りません。あるいは性的欲望は必ずしも実際の性交渉への欲望に結びついているとは限りません。

そしてアセクシュアルやアロマンティックと呼ばれる人々はこうした「好きになる」という漠然とした枠組みでは捉えられないような経験を言語化していく過程で性や恋愛に関する認識を精緻化してきました。それゆえにアセクシュアルやアロマンティックに関する議論は一見ありふれた日常的な営みであるとみなされがちな「性」や「恋」をより深く理解する契機にもつながってくるといえるでしょう。























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2026年02月26日

交換・誤配・享楽、あるいは世界を制作しなおすということ



* 4つの交換様式

戦後日本を代表する文芸批評家の1人である柄谷行人氏はデビュー作『畏怖する人間』(1972)において小林秀雄、江藤淳、吉本隆明に続く次世代を担う評論家として注目されますが、氏にとって文芸批評とは単なる文学作品の解釈でなく、あくまで自身の実存的な危機意識に基づく「存在の自覚」「自己の資質の検証」というべき思索であり、やがて氏は文芸批評そのものからの脱却を試みるようになり、この脱却作業において「他者」や「外部」といった概念が提出されることになります。さらに、こうした「他者」や「外部」の問題は後期になると、それらとの邂逅や交流の問題へとシフトして、ついには共同体と共同体のあいだの「交換」という問題に行き着きます。

柄谷氏は後期の主著である『世界史の構造』(2010)において「交換様式A(互酬)」「交換様式B(略取-再配分)」「交換様式C(商品交換)」という3つの「交換」のあり方から社会や歴史を論じています。ここでいう「交換様式A(互酬)」とは北アメリカの北西岸に広がる「ポトラッチ」のように互いに贈与をし合う「交換」をいい「交換様式B(略取-再配分)」とは王と臣民の関係のように征服者が略取によって得た富をあらためて自分に従う側に再配分する「交換」をいい「交換様式C(商品交換)」とは近代市民社会に広く流布している貨幣を媒介とする「交換」をいいます。

このような「交換」の三つ組の概念はもともと経済人類学者カール・ポランニーによって社会統合の基礎概念として提出されたものですが、柄谷氏はこの概念を利用しながらもポランニーとは異なった独自の構想を発展させていくことになります。この点、柄谷氏によればこれら3つの「交換」はそれぞれが持つ固有の権力に基づいた社会を構成することになります。すなわち、まず「交換様式A(互酬)」は「掟」に基づく「ネーション」を構成します。次に「交換様式B(略取-再配分)」は「暴力(武力)」に基づく「国家」を構成します。そして「交換様式C(商品交換)」は「貨幣」に基づく「資本」を構成します。そして近代社会においてはこれらの3つの「交換」が三位一体として一つの複合体を構成しており、このような「交換」の複合体を柄谷は「ボロメオの環」に準えています。

このように柄谷氏は近代における「交換様式A(互酬)」「交換様式B(略取-再配分)」「交換様式C(商品交換)」からなる共時的な相補的構造を論じるとともに、同じ交換様式論を使って近代に至るまでの社会構成体の通時的な展開過程を説明します。

ここで氏はカール・マルクスが『経済学批判』で挙げている初期氏族社会の無階級原始社会、農業と専制を特徴とするアジア的生産様式、古代の奴隷制社会、中世の封建制、ブルジョワ的資本主義的生産様式といった5つの発展形態を踏まえつつ、自身の立てた交換様式論に照合して社会構成体の展開過程を次のように分類します。

すなわち⑴交換様式A(互酬)を特徴とする氏族的社会構成体と⑵交換様式B(略取-再分配)を特徴とするアジア的社会構成体、古典古代社会構成体、封建的社会構成体と⑶交換様式C(商品交換)を特徴とする資本主義的社会構成体という分類です。その上で氏は交換様式A(互酬)を特徴とする氏族的社会構成体において「定住」を強調します。つまり、論理的にはそれ以前には「定住」がなかった遊動的な段階があることを想定しています。

こうして交換様式Aの彼岸に「遊動民」という特別な観念が立ち上がることになります。そしてこのような「遊動民」によって行われる「交換」のあり方を氏は「交換様式D(氏はしばしこれをXと表現しています)」として位置付けます。

この新たに立てられた「交換様式D(ないしX)」には「交換様式A」と同じく互酬の原理が当てられていますが「交換様式D」は「交換様式A」への単純な回帰ではなく、それを否定しつつも、高次元において回復するものであると氏はいいます。すなわち、交換様式Dとは定住を開始する前の遊動民にみられる「交換」のあり方です。遊動民においては生産物を蓄積することができないため、その生産物は共同体間で平等に分配されることになります。また他の部族と遭遇した場合に戦争を避けるために贈与を行うことがあったとしても、その遭遇は一期一会のものであるため、返礼の義務は発生しません。このように遊動民は交換様式Bや交換様式Cとは無縁であり、つまり交換様式Dは資本制的な結合体に回収されないものとなります。

そして、このような「交換様式D」に対応する社会構成体ないし運動体を氏は「アソシエーション」と呼び、その理念を体現する「遊動民」の範例をかつて柳田国男が探求した山人論ないし固有信仰論に見出していきます。

もっとも柄谷氏自身は具体的にこの「交換様式D」につきあいまいな規定しか明示しておらず「アソシエーション」とはいかなる実践を表すのかという問いはいまだに開かれています。現代において交換様式Dは具体的にいかなる実践として捉えられるべきでなのでしょうか。


* 誤配と訂正可能性

日本における現代思想の古典的名著『動物化するポストモダン』(2001)で知られる哲学者・批評家の東浩紀氏は近年において、この交換様式Dを「誤配」から捉え直す議論を提出しています。氏は『観光客の哲学』(2017年)において現代を「ナショナリズム」と「グローバリズム」という二つの層が折り重なって併存する「二層構造の時代」と位置づけ、今世紀初頭に世界的ベストセラーとなったアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの共著『帝国』(2000)が描き出すグローバリズム(帝国)における市民運動の担い手である「マルチチュード」を先行モデルとしつつも、ネグリたちのいう「マルチチュード(否定神学的マルチチュード)」が抱え込む神秘主義的な欠陥を回避すべく、ネットワーク理論の知見を導入し、人間社会というネットワークの「つなぎかえ=誤配」を担う主体である「観光客(郵便的マルチチュード)」を構想しました。

続いて同書は「観光客」のアイデンティティを「家族」という言葉に求め、その構成原理として「強制性」「偶然性」「拡張性」の3つを挙げています。人は皆何かしらの形で「家族」に属していますが、その「家族」は一方的に押し付けられるものであり(強制性)、その選択に必然的な理由はありません(偶然性)が、その境界は実に柔軟であるともいえます(拡張性)。すなわち、ある視点から見れば閉鎖的で抑圧的な共同体であり、別の視点で見れば開放的で自由な共同体でもある「家族」の構成原理はこのように調和しない3つの性格が共存しているということです。

ここから同書は柄谷氏のいう「ネーション」「国家」「資本」とは、それぞれ同書のいう「家族」「国家」「市民社会」に対応するものであるとして、柄谷氏のいう「アソシエーション」を「家族」の「高次元での回復」として捉え直します。換言すれば、柄谷氏のいう「交換様式D」は観光客のもたらす「誤配」から捉え治されるということです。

そして東氏は同書の続編である『訂正可能性の哲学』(2023年)において「観光客」がもたらす「誤配」の作用をルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタインとソール・クリプキの言語哲学を参照し「訂正可能性」という概念から理論化しています。20世紀を代表する哲学者の1人であるウィトゲンシュタインは後期の代表的著作である『哲学探究』(1953)において「人は言語を使ったゲームをルールを知らないままプレイしている」という驚くべき主張を行い、こうしたウィトゲンシュタインの発見をクリプキは『ウィトゲンシュタインのパラドックス』(1982)において「ルールとは共同体がプレイヤーを選別することではじめて確定する」という裏返った共同体論によって論証しました。

もっとも、このような「訂正」は共同体からプレイヤーに向けられるだけではなく、同時にプレイヤーから共同体に向けられることにもなります。すなわち、共同体のルールとは静的に確定したものではなく、常に動的に流動するものであり、しかもいつの間にか「じつは・・・だった」という形で更新されてしまう「訂正可能性」を孕んでいるということです。

確かに柄谷氏が交換様式Dの理念を体現する遊動民にみられる「交換」のあり方は、交換というよりむしろ「誤配」といった方が相応しいようにも思えます。そしてそこにはもちろん、共同体間のルール、あるいは共同体同士のルールが「じつは」の論理で更新されていく「訂正可能性」を見出すこともできるでしょう。


* 享楽社会と分析家のディスクール

また精神病理学者の松本卓也氏は『享楽社会論』(2018)においてフランスの精神分析家ジャック・ラカンの理論を援用し、柄谷氏のいう「交換様式D」はちょうどラカンが「分析家のディスクール」を「資本主義からの出口」と評したことに対応するとしています。

精神分析を創始したオーストリアの精神科医ジークムント・フロイトはヒステリーをはじめとする神経症の治療を試行錯誤していく中で神経症患者の心的現実を基礎付ける根源的衝迫を「欲動」と規定し、ラカンはこうした欲動が満たされた状態を「享楽」と名付けました。もっとも、こうしたフロイト=ラカンの観点からすれば欲動の本質とは「死の欲動」であり、その性質上、欲動の完全な満足という事態はあり得ません。それゆえにラカンのいう「享楽」とはそもそもの意味では「不可能」と同義でした。

こうしたことから1960年代中盤までのラカン理論においてはあくまで享楽とはシニフィアンの取り逃した〈もの〉としての現実界の側にあり、シニフィアンの世界である象徴界からは「対象 a 」を通じて辛うじて「侵犯」することができるものとして捉えられていました。ところがラカンは1960年代後半から、社会における様々な言説(ディスクール)を分類した「4つのディスクール」の理論を導入する事で、享楽とはむしろシニフィアンという装置により「生産」されるものとして捉え直すことになります。

4つのディスクール.png

ここでいうディスクールとはその字義通りの言説のみならず広い意味での社会的紐帯のあり方を意味しています。すなわち、主人のディスクールは主体の構造を、大学のディスクールは強迫神経症者のあり方を、ヒステリー者のディスクールはヒステリー者のあり方を、分析家のディスクールは精神分析の構造を、それぞれ示しています。

さらに上記の4つのディスクールが出そろったのちに、ラカンは「新しい主人のディスクール」と言うべき「資本主義のディスクール」を提出します。この資本主義のディスクールにおいて「主体($)」が「主人(S1)」に向けて述べたてる要求は統計学的処理によってデータベース的「知(S2)」を構成し、その最適解として市場には新製品や新サービスという「対象(a)」が氾濫することになります。

資本主義のディスクール.png

こうして資本主義システムにおける享楽とは、もはや到達不可能なジュイサンスではなく大量生産されるエンジョイメントへと変容し、こうした享楽の変容のもと、人々は獰猛な超自我に「享楽せよ!」と命じられるままに、市場に氾濫する対象 a の洪水の中でただわけもわからず資本主義システムという回し車を回し続けるネズミのような人生を送ることになるのでしょう。

このようなエンジョイメントとしての「享楽」が氾濫する社会を同書は「享楽社会 society of enjoyment」と呼びます。その上で同書はこうした「享楽社会」からの突破口を「分析家のディスクール」に見出しています。ここでいう分析家のディスクールとは例えば「エディプス・コンプレックス」のような既存の知(S2)の専制を脱し、主体の自体性愛的な享楽(身体の出来事)が刻まれた一つのシニフィアン(S1)を析出させる営為ですが、ここで析出されたシニフィアン(S1)こそがラカンのいう〈一者〉的な、ひとつきりの享楽のシニフィアンであり、新たな主体化の核となり己の人生を非エディプス的なかたちで特異的=単独的なかたちで新たに生き直すことを可能とするものです。

換言すればそれは人々を画一的な「すべて」にしようとするエディプス的な力に抗い「すべてではない(すなわち、決して「すべて」を構成しない)」生のあり方を発明し、それを生きることにつながるであろうと氏は述べています。このように来るべき新たなシニフィアンは「すべて」の論理によって構成される世界を「すべてではない」ないものとして撹乱し、世界の見え方を根底から変えてしまうポテンシャルを持っており、ちょうど革命的な作家がまったく新しい文学を創作するときのように、それを知る前と知った後では世界の見方が一変してしまうようなシニフィアンを到来させることがオルタナティヴを可能にするのであるということです。

ここにはまさに「誤配」による「訂正可能性」のメカニズムを見出すことができるでしょう。世界は常に「じつは」の論理で変わっていくということです。


* 自由になるための自己破壊としての「深い勉強」

そして千葉雅也氏は『勉強の哲学』においてこのような「分析家のディスクール」を理論的基盤として同書が「深い勉強」と呼ぶ「有限化」の技法を提示しています。同書は受験勉強や資格試験や生涯学習などといった人生における何かしらの局面において「勉強」が気になっているすべての人を「深い勉強(ラディカル・ラーニング)」へと誘う本です。

まず同書は「勉強」の本質とは人が「自由」になるための「自己破壊」であると規定します。すなわち、人がその生において多様な可能性を開いていく上では、これまでの自分を壊していく必要があるということです。そして、こうした「自由」とは自身が現在置かれた「環境」に「いながらにして距離を取る」ことから生じるものであると同書はいいます。

ふつう我々は日々、学校や会社や家庭といったある一定の「環境=他者関係」の中で「こういうもんだ」というある種のお約束に従って生きています。このようなお約束を同書は「環境のコード」と呼び、こうした「環境のコード」への依存を「ノリ」と呼ぶ。そして、こうした「環境のコード」から生じる「ノリ」から「自由」になるための鍵として同書は「言語」に注目します。

そもそも人は「言語」を通じて特定の環境におけるノリを身につけます。けれども「言語それ自体」はこの現実(と思っている世界)とは異なる秩序に属しています。つまり、ある環境における言語の意味づけは必然的ではなく、その「意味」はいつでもバラしてしまうことが可能であるということであるということです。こうしたことから同書のいう「深い勉強」とは言語の持つ解放的な力について考えるところから始まります。

この点、いわゆる一般的にいう「勉強」とはある「ノリ」から別の「ノリ」へ引っ越すという事を意味しています。これに対して同書は、このような「ノリ」と「ノリ」の「あいだ」に注目します。そこには「環境のコード」から切り離された「ただの音」としての「言語」があります。そして本書はこの「ただの音」としての「言語」を様々な意味を生み出す可能性を秘めた「器官なき言語」と呼びます。

通常、人はある環境の中で言語を「道具的」に使用しています。しかし、そのような環境から切り離された時、人は言語を「玩具的」に使用できるようになります。すなわち「深い勉強」とはこうした意味での「言語」との出会い直しによって、これまでの環境のノリを引き剥がし、自己目的的なノリを獲得する「自己破壊」を目指す営みになるということです。

* アイロニー・ユーモア・享楽

そして、このような同書のいう「深い勉強」は「アイロニー」「ユーモア」「享楽」を頂点とする「勉強の三角形」によって成り立っています。まず、ここでいう「アイロニー」とは、いわゆる「ツッコミ」のことです。日常の場面で生起する様々な「こういうもんだ」という「環境のコード」にツッコミを入れて、それをなるべく大きく抽象的なキーワードとして括り出して行くことで勉強のテーマを見つけていきます。

けれども、ここで注意すべきなのはアイロニーをやり過ぎないという事です。アイロニーによって「環境のコード」の根拠を疑った結果、その上位コードである「超コード」が出現し、この「超コード」に対してさらにアイロニーを入れると、さらなる「超コード」が出現するというように、そのプロセスは無限に遡行して、最終的に言語の意味づけは「無意味(言語なき現実のナンセンス)」に至ってしまいます。

そこで時に人は「アイロニーの有限化」により特定の価値観を絶対化してしまう「決断主義」に陥ってしまいます。もちろん、これは一つの精神安定のための処方箋としてはあり得るかもしれませんが、これはある種の「信仰」であって、決して「勉強」ではありません。そこで本書はこうした弊害に陥らないため「アイロニー」を突き詰める事を一旦やめて「ユーモア」に折り返すことを勧めています。

「ユーモア」とは、いわゆる「ボケ」のことです。ある「環境のコード」の中であえてボケてみることで、勉強のテーマは多重化されることになります。けれどもユーモアもやはり無限に飽和して、やはり最終的に言語の意味づけは「無意味(意味飽和のナンセンス)」を帰結します。そこで今度は思考をズレた方向に広げる「拡張的ユーモア」から思考のある特定のポイントに過度に集中する「縮減的ユーモア」に転回することになります。

この「縮減的ユーモア」を規定しているものが「意味」以前に自身に刻まれた偶然的で強度的な「享楽的こだわり」としての「非意味(形態のナンセンス)」です。すなわち、個々人が持つ「享楽的こだわり」がユーモアの飽和を非意味的に切断し有限化することで思考の足場をいわば「仮固定」するということです。このような「ユーモアの有限化」としての「仮固定」を同書は「決断」との対置で「中断」と呼びます。そしてこの仮固定された享楽の場に再びアイロニーを入れていくことこそが同書のいう「深い勉強」ということになります。

こうした「アイロニー」「ユーモア」「享楽」を頂点とした「勉強の三角形」というべきサイクルを繰り返すことで、人は環境に振り回されるだけの「ただのバカ」ではなく、環境と距離を置きつつも上手くやる柔軟な思考を身につけた「来たるべきバカ」へと変身することができると同書はいいます。

同書のいう「享楽的こだわり」とは分析家のディスクールで析出される〈一者〉的な享楽のシニフィアン(S1)を想起するものがあり、こうした意味で同書が示す「言語」から「享楽」へ旋回する「深い勉強」とはある種の自己精神分析の実践であるともいえるでしょう。


* 世界を制作しなおすということ

さらに千葉氏は『勉強の哲学』の文庫版に追加した「補章 意味から形へ−楽しい暮らしのために」において「勉強の哲学」をさらに「制作の哲学」へと展開させています。もとより同書における勉強論は「自分自身を作り直す」ような何らかの制作行為につながるものであると氏はいいます。文章を書いたり、料理をしたり、あるいは部屋の模様替えをすることまで含めて、言ってみればすべてが「自己制作」ということです。そしてそのための具体的な方法として氏は同書が展開するアイロニーとユーモア、そして自分の身体にもとづく享楽という三つの頂点を持つ「勉強の三角形」を応用した「楽しい暮らしのモデル」を提案します。

まず価値観の本質的な無根拠性を暴くアイロニーから別の価値観を提示するユーモアへの折り返しを実生活で応用してみると、他者とのコミュニケーションやメディアの情報など生活空間に溢れるさまざまな言葉に対して、多様な解釈のいわば「交差点」としての、ただ言われたこと、ただ起こっている出来事に向き合うことができるようになります。これはいわば世界を「小説」のように捉えるということです。つまり純文学小説のように両義性や多義性を重んじ、あたかも自然を観察するかのように出来事をありのままの複雑さで記述していくという態度です。

また、このように言葉についての価値判断や、それに結びついた喜怒哀楽の変化を一時停止して、ただ自然を観察するようにしてみると、さまざまな言葉や行動はそこに付随する「意味」から離れ、ただの動きとしての「運動の形」になってきます。そうするとだんだん世界が自己目的なダイナミックな「運動=リズム」の連鎖として立ち現れてきます。それはすなわち、日々の出来事を「ダンス」としてみるということです。

そして、このような世界を「運動=リズム」として捉えるというダンス的な見方をさらにラディカルに言語そのものに向けると、そこには「詩」が発生します。とりわけラディカルな現代詩になってくると常識的な意味伝達はそこで崩壊して、曖昧な比喩であったり、言葉のダジャレ的なつながりだったり、言葉自体が持つ物質性とでもいうべきものを操作するようになります。つまり現代詩は言葉そのものを「面白い形」として取り扱っているということです。

この点「5・7・5」「5・7・5・7・7」という定型的なリズムのなかでリズムと意味の両面で遊んでいる詩が「俳句」や「短歌」です。とりわけ俳句はある風景を瞬間的に切り取るものが多く、その面白さは「写真」に近いものがあるでしょう。そうであれば逆に写真を撮る時は何か意味を伝えるという発想なしで、ただ、ある形やリズムを切り取ればいいという俳句的発想でとってみればいいということです。

このように同書は言語を「運動の形」で捉えることを提唱していますが、より直接的に「形で遊ぶ」ジャンルとして「絵画」があります。ここでも同書は家とか自然とか動物などといった一定の記号性をもつ対象をその記号性を全否定はせずに、いわば記号への抵抗運動としての何か記号的ではない線や記号から逃れていく線を書くという意識の持ち方を勧めてており、同様に「音楽」においても一般的な近代西洋音楽のルールから外れて、形それ自体に、リズムそれ自体に向かっていくという方向性を提示します。

以上のように同書はアイロニーからユーモアの折り返しにより、さまざまな芸術のジャンルをただの形として操作し、ただその無意味な享楽を楽しんでみることでみるという「制作」のあり方を論じています。そしてこうした「制作」のあり方を突き詰めていけば、そこには自分自身のミニマムで根本的な「個性=特異性」が現れてくることになります。さらにこうした「制作」のあり方はひいては芸術的制作だけでなく日常生活や仕事という広義の制作における意識の持ち方にもつながってくるといいます。

そしてここで提示される「意味からリズムへ」という論点は千葉氏の近著『センスの哲学』(2024)においてさらに深く論じられることになります。アイロニーからユーモアへと折り返すことでさまざまな物事における「意味」が蒸発し、ただの非意味な出来事として「リズム」の表れます。そしてこうしたリズムの反復と差異のなかに見出される「どうしようもなさ」としての享楽的なこだわりを追求することで、そこから新しい世界が立ち上がってくることもあるでしょう。こうした意味で「勉強の哲学」と、その更なる展開としての「制作の哲学」とは「有限化」という観点から、いわば世界を制作しなおす哲学であるといえるでしょう。























posted by かがみ at 23:56 | 精神分析

2026年01月22日

享楽社会と分析家のディスクール



* ジュイサンスからエンジョイメントへ

精神分析を創始したオーストリアの精神科医ジークムント・フロイトはヒステリーをはじめとする神経症の治療を試行錯誤していく中で神経症患者の心的現実を基礎付ける根源的衝迫を「欲動」と規定しました。そして、フランスの精神分析家ジャック・ラカンはこうした欲動が満たされた状態を「享楽」と名付けました。もっとも、こうしたフロイト=ラカンの観点からすれば欲動の本質とは「死の欲動」であり、その性質上、欲動の完全な満足という事態はあり得ません。それゆえにラカンのいう「享楽」とはそもそもの意味では「不可能」と同義でした。すなわち、人の欲望や神経症、あるいは様々な芸術的創作やイノベーションはこうした「不可能」の関数として産み出されるということです。

こうしたことから1960年代中盤までのラカン理論においてはあくまで享楽とはシニフィアンの取り逃した〈もの〉としての現実界の側にあり、シニフィアンの世界である象徴界からは「対象 a 」を通じて辛うじて「侵犯」することができるものとして捉えられていました。ところがラカンは1960年代後半から、社会における様々な言説(ディスクール)を分類した「4つのディスクール」の理論を導入する事で、享楽とはむしろシニフィアンという装置により「生産」されるものとして捉え直すことになります。

4つのディスクール.png

「4つのディスクール」の理論の基本構造は「真理(左下)」「動因(左上)」「他者(右上)」「生産物(右下)」という4つの位置と「主人(S1)」「知(S2)」「主体($)」「対象( a )」の4つの要素との対応関係を問うものであり、その基本的な法則は「真理」によって支えられた「動因」が「他者」に命令し、結果「生産物」が産出されることになります。もっとも、「真理」と「生産物」の間は遮蔽されており、両者を一致させることは構造的に不可能とされます。

ここでいうディスクールとはその字義通りの言説のみならず広い意味での社会的紐帯のあり方を意味しています。すなわち、主人のディスクールは主体の構造を、大学のディスクールは強迫神経症者のあり方を、ヒステリー者のディスクールはヒステリー者のあり方を、分析家のディスクールは精神分析の構造を、それぞれ示しています。

さらに上記の4つのディスクールが出そろったのちに、ラカンは「新しい主人のディスクール」と言うべき「資本主義のディスクール」を提出します。資本主義のディスクールとは主人のディスクールを基本としつつ、そこに大学のディスクールとヒステリー者のディスクールの特徴を組み合わせたものになります。

資本主義のディスクール.png

まず資本主義のディスクールにおいては主人のディスクール同様「主人(S1)」が「知(S2)」に働き掛け「対象( a )」を生み出す構造をとります。ところが、資本主義のディスクールの「真理」の位置には大学のディスクール同様に「主人(S1)」が来きます。さらに主体と対象 a は遮蔽線ではなく実線で結ばれています。つまり、資本主義のディスクールにおける「主体($)」とは主人のディスクールのように「対象( a )」と遮断された「欲望の主体」ではなく、大学のディスクールのように「対象( a )」から再生産される「疎外された主体」であるということです。そして、このような「主体($)」がヒステリーのディスクールと同様、動因の位置にくることになります。

ここで生じているのは剰余享楽の「喪失」なき「回復」に他なりません。資本主義のディスクールにおいては、「主体($)」が「主人(S1)」に向けて述べたてる要求は統計学的処理によってデータベース的「知(S2)」を構成し、剰余享楽は計量可能なものとなり、その最適解としての新製品や新サービスとして次々と市場に供給されていくことになります。

結果「主体($)」は市場のそこらかしこに氾濫する無数の製品、サービスといった「対象( a )」の終わりなき消費を通じて、資本主義システムという「主人(S1)」の自覚なき奴隷の一人となります。つまり、資本主義のディスクールにおける「主体($)」とはまさに現代を生きる我々消費者の姿そのものに他ならないということです。

こうして資本主義システムにおける享楽とは、もはや到達不可能なジュイサンスではなく大量生産されるエンジョイメントへと変容し、こうした享楽の変容のもと、人々は獰猛な超自我に「享楽せよ!」と命じられるままに市場に氾濫する対象 a の洪水の中でただわけもわからず資本主義システムという回し車を回し続けるネズミのような人生を送ることになるのでしょう。

この点、現代ラカン派を牽引する精神病理学者の松本卓也氏は鮮烈なデビュー作となったラカン論『人はみな妄想する』(2015)に続けて公刊した『享楽社会論』(2018)において、いま述べたような資本主義のディスクールが前面化した現代社会の病理を論じています。

先述のように1970年代になるとラカンは「享楽」を到達不可能なジュイサンスとしてではなく資本主義システムによって大量生産されるエンジョイメントとして捉え直すようになりました。そして、このようなエンジョイメントとしての「享楽」がいたるところに氾濫する社会を同書は「享楽社会 society of enjoyment」と呼びます。ここから同書は現代ラカン派の展開を踏まえ、こうした「享楽社会」におけるラカン的な〈政治〉はいかにして可能かを論じることになります。


* レイシズムと統計学的超自我

まず同書は「レイシズム2.0?−−現代ラカン派の集団心理学1」において現代におけるレイシズムの発生を「享楽」を鍵概念として論じています。この点、1970年代においてラカンは現代的レイシズムにおける排斥の原因となる文化的差異を「享楽のモード」の差異である考えました。さまざまな人種や民族や出自の人々が共存する世界では飲食や性行為や冠婚葬祭など生活の中で快を得たり不快を処理する方法としての「享楽のモード」には多様なバリエーションが共存することになります。ここでしばしマジョリティはマイノリティの享楽のモードを「発展途上」であると見做して、自分たちの享楽のモードを彼らに押し付けたりもします。ここにレイシズムが発生するとラカンは述べています。

さらにここでラカンは、そもそも人は本質的に自らの享楽を〈他者〉の享楽を介してしか位置付けることができないという逆説を強調します。つまり言語(象徴界)の主体である人にとって言語化不能な領域(現実界)にある完全な享楽は常に既に失われたものでしかなく、それゆえに人はラカンのいう「性関係のなさ(享楽の不可能性)」に悩まされることになり、この「性関係のなさ」は「どこかに十全な享楽を得ている人物=〈他者〉が存在しているにちがいない」という「空想的決めつけ」を生み出してしまうということです。

このように「性関係のなさ」に悩まされている人の前に自分と異なる「享楽のモード」を取る人物が現れた場合、しばし彼/彼女の中で「どこかに十全な享楽を得ている人物=〈他者〉が存在しているにちがいない」という「空想的決めつけ」が活性化してしまいます。そして、ここから「私が十全な享楽に到達できないのは、この人物が私の享楽を盗んでいるからにちがいない」という「妄想的決めつけ」が引き出されるとき、そこにレイシズムが生まれることになります。

次に同書は「享楽の政治−−現代ラカン派の集団心理学2」において現代における「秩序」はどのように基礎付けられるかという問題を「知性」と「享楽」の関係から論じています。まず同書は人は知性では動かされず、むしろ感情や情動や情熱の水準で初めて動かされる存在であるという事実から出発する必要があるという近来の政治理論を踏まえて、今日の非-知性的な政治動向をラカン派の哲学者スラヴォイ・ジジェクに倣い「享楽の政治」と名指し、ここから今日におけるレイシズムや極右の言説を想像界における享楽の病理として位置付けています。

そして同書によれば今日におけるレイシズムや極右の言説は「象徴界のフラットな使用」とでも名付けられる手法を用いているとされます。すなわち、彼らは想像界において享楽を動員する一方で、象徴界においては「データ」とか「ファクト」とか「エヴィデンス」という名で呼ばれる「括弧付きの知性」を用いるということです。

こうしてレイシズムや極右の言説における「享楽の病理」は「法は法だ」「事実は事実だ」というフラットな象徴的論理を介しても展開されることになります。そしてこのような享楽を動員するフラットの象徴的論理を支えているものとして同書は精神分析家マリー=エレーヌ・ブルースがいうところの「統計学的超自我 surmoi statistique」をあげています。

今日においてブルースのいう「統計学的超自我」の力は政治、経済、労働、医療、教育、福祉といったあらゆる領域において急速に高まりつつあります。こうしたことから同書はラカンの「世界中が恥ずべき合意形成へと滑り落ちていく際に発せられる『否 non』というシニフィアン」という言葉を引用し「この惨澹たる現状そのものに対して大文字の『否』を突きつけることである」と述べています。


* 大文字の「否」の否定性から肯定性の移行へ

そして同書は一連の論考の締めくくりとなる「ラカン的政治のために」において、こうした大文字の「否」の先にある「ラカン的政治」の可能性を論じています。ここで同書はやはりジジェクを参照し「よく知っている」にもかかわらず「知らないかのように振る舞う」というシニシズムと精神分析における「否認」の構造の類似性を指摘し、現代におけるイデオロギーにおいては、その当のイデオロギーが決して見ようとしない外傷的な穴を塞ぐため何らかのフェティッシュとなる覆いとしての対象 a を用い、何らかの空想(幻想)を作り上げているといいます。

すなわち、こうしたイデオロギーに従属する主体は従属すると同時にイデオロギーの欺瞞性に気づく主体でもあるということです。しかしこの分裂した主体はイデオロギーの欺瞞性を知っている(「私だけは気づいている」)ことを担保にして、自分がイデオロギーの外部に脱出「しうる」こと、そして現行の体制を侵犯「しうる」ことを空想しながら、それゆえにますますイデオロギーに従属する主体になります。このようなラカン=ジジェク的な主体においてはイデオロギーは外部を持たないのではなく、むしろその内部に外部を安全装置として包摂しているということです。

実際に現代の政治状況の悲惨を作り出しているのはレイシズムや極右の言説をあやつる支配者たちであると同程度に、彼ら支配者の言説に対して「それが最悪であることはわかっているが、それでも・・・」というシニカルな論理を用いる大衆の側でもあると同書はいいます。そしてこうしたシニシズムを克服するには当のイデオロギーが覆い隠そうとする耐え難い光景=外傷的な穴を、すなわちそのイデオロギーが依拠する空想に潜む享楽の次元を暴露しなければならないといいます。

もっとも同書は2010年代の日本においてはこうしたシニシズムの終わりが見えつつあるといい、20万人を動員した2012年7月の脱原発デモや2013年ごろから盛り上がり始めた反レイシズムのカウンター・デモにシニシズムを克服するための通路を見出し、こうした運動のひとつの接合点としての2015年8月に行われた安保法案反対デモにラカンがかつて語っていた「世界中が恥ずべき合意形成へと滑り落ちていく際に発せられる『否 non』というシニフィアン」を見出しています。

その一方で同書はこの大文字の「否」というシニフィアンはその否定性の側面が強調されるだけでは安定した政治的アイデンティティを持続的に支えることはおそらくできないとして、この大文字の「否」を契機としてなんらかの肯定性=実定性なものに名前が与えられなければならないといい、そのための政治運動は「オルタナティヴは可能だ」という確信を市民に与えるようなものへと変化していく必要があり、そしてそこで提示されるオルタナティヴとは、人々を享楽の水準において動員する「楽しいもの」でなければならないと述べます。

このように同書は既存の体制に対して刻まれた大文字の「否」のシニフィアンは、実際には否定性を持つものではなく、享楽しうる要素を持つものであることを強調し、その享楽に新しい名前を与え、認識しうるものにしていく必要があるとして、こうした大文字の「否」の否定性から肯定性の移行という議論の重点の移行をラカン左派の政治理論の中に見出していきます。


* ラディカル・デモクラシーとクッションの綴じ目

エルネスト・ラクラウとシャンタル・ムフは『民主主義の革命』(1985)という共著で、かつてのマルクス主義が持っていた階級還元主義を脱色した「ポスト・マルクス主義」を提唱しました。「ラディカル・デモクラシー」という政治的マニフェストに合流した彼らの理論は今日において民主主義の根源的条件を考えようとするものにとって極めて重要な参照軸となっています。

彼らのラディカル・デモクラシーの中心課題は人々が不平等な状態にただ服従している状態から抜け出すために運動し、大文字の「民主主義」が実現されるようになるための条件の理論化にあります。そのため彼らが持ち出すのが「クッションの綴じ目 point de capition」という古いラカンの概念です。

当時のラカンは言語秩序(象徴界)は〈父の名〉という特権的なシニフィアンによって他の全てのシニフィアンがシニフィエとの関係の中で安定化されているとして、もしそのような特権的なシニフィアンによって言語秩序が綴られていなかったとしたら、全てのシニフィアンは孤立してバラバラになってしまい、頭の中で様々な意味不明のシニフィアンが鳴り響く精神自動症が生じてしまうと考えていました。

ラウラクとムフはこのラカンの図式を民主主義論への転用します。すなわち大文字の「民主主義」は複数の社会運動が連鎖を形成し、ある一つの特権的シニフィアン(クッションの綴じ目)によってキルティングされることによって実現するのであるということです。

例えばかつてのマルクス主義の運動では「階級闘争」が「クッションの綴じ目」として機能し、全ての運動の中心点となっていたと考えることができます。すなわち、この「階級闘争」というシニフィアンによって統御された場合、民主主義は「搾取の合法的形態としてのブルジョワ的・形式的民主主義」とは違う「真の民主主義」となり、フェミニズムは「階級に条件づけられた分業の結果としての女性の搾取」への抵抗となり、エコロジー運動は「利益を追求する資本主義的生産の論理的帰結としての自然資源の破壊」への抵抗となり、平和運動は「平和にとっての最大の脅威は冒険主義的な帝国主義」とみなすものになるということです。

つまり何が「クッションの綴じ目」になるかによって我々の政治空間はその装いをがらりと変えうることになります。そしてそのような綴じ目にキルティングされた運動は非常に大きな影響力を発揮することがあります。それゆえに政治運動においてはこうした「クッションの綴じ目」となるような新しい民主主義のシニフィアンを発明しなければならないということです。

もっとも彼らの議論の問題点は、いかなるシニフィアンでもあらゆる社会的要求を束ねる「クッションの綴じ目」となりうるところにあります。すなわち、彼らの議論はどのようなシニフィアンが「クッションの綴じ目」になるのかは全く偶発的であるという点で相対主義的な考えに転落してしまう可能性があるということです。

さらにこのような思考はおよそ60年代のラカン理論に一致することになります。よく知られるようにラカンはセミネール6『欲望とその解釈(1958〜1959)』のなかで「〈他者〉の〈他者〉はある」というこれまでの立場から「〈他者〉の〈他者〉はない」という立場への転回を表明していますが、それは言い換えればどんな主体においても、またどんな社会においても「クッションの綴じ目」としての〈父の名〉は実際に存在せず、もしある主体や社会が実際にそのような特権的なシニフィアンによって統御されているとすれば、それは単に偶発的なことに過ぎず、その体制は常に変わりうる可能性を持っているということです。ゆえに現存の社会的紐帯は「その根底において詐欺」であり正統なものなどなにもなく、このようなある意味で相対主義的な態度をラカンは「イロニー」と呼んでいます。


* ポスト基礎付け主義とサントームの政治

もちろんラカンを援用する政治理論は単にこのような相対主義的な結論に終わるわけではありません。例えばオリヴァー・マーチャートと山本圭氏は、ラカン理論を援用するラクラウとムフなどを「相対主義」とみなす批判に対して彼らを「ポスト基礎付け主義」とみなすことによって応答しています。

ここでは社会や政治を何らかの普遍的な原理によって基礎づけられうるものとみなす立場を「基礎付け主義」と呼び、反対にそのような普遍的原理など存在しないというローティーの相対主義の立場を「反・基礎付け主義」と呼ばれます。この二つの立場の対立は社会や政治を統御する「基礎」が存在するか否かという二者択一における両極端な立場であるといえます。

これに対してポスト基礎付け主義はむしろこの両者の「あわい」に位置付けられるような立場です。ここでマーチャートのいう「ポスト基礎付け主義」とは社会や政治の基礎付けを無批判に前提としているわけではなく、その意味では「反基礎付け主義」同様に基礎付けの不在を認めています。しかし同時に「ポスト基礎付け主義」はその基礎付けの不在に居直るのではなく、むしろ基礎付けの不在を、社会が何らかの基礎を必要としており、さらにはその基礎は最終的なものではなく、堅固さを持たない暫定的な基礎であることを意味すると捉えます。

そして松本氏は基礎づけをめぐるこのような三つの立場を1950年代から1970年代におけるラカン理論の変遷と対応させ⑴基礎付け主義は普遍的な理念(=〈父〉)を存在させようとする前近代的な立場(フロイト理論に依拠した50年代のラカン)を、⑵反基礎付け主義は〈父〉の不在を認め、さまざまな理念や価値観の並立を言祝ぐリベラル・アイロニスト的な立場(戯画化された60年代のラカン)を、⑶ポスト基礎付け主義は〈父〉の不在を認めるけれども、それでも弱毒化された〈父〉を非抑圧的な仕方で利用しようとする「サントームの政治」の立場(70年代ラカン)をそれぞれ想起させると述べます。


* 享楽社会と分析家のディスクール

こうしたことから「ラカン的政治」としての来るべき民主主義の条件とは、さまざまな社会運動を連鎖させ、そこに「クッションの綴じ目」となる新しい民主主義のシニフィアンを発明することだけでなく、そのシニフィアンそれ自体に肯定的な享楽の実体としての価値を持たせ、それをサントーム化することが必要であるということになります。ではそれはどのような実践としてなしえるものなのでしょうか。

ここで同書は柄谷行人氏が『世界史の構造』(2010)で展開した交換様式論を参照します。柄谷氏は同書において世界史を「A互酬(贈与)」「B略取と再分配」「C商品交換」という交換様式から捉えます。大まかに言えば原始的な氏続社会においては贈与と返礼からなる交換様式Aに規定されていましたが、帝国の時代には主権者である王は臣民の生み出した富を略取しその上で再分配を行う交換様式Bが一般的になり、資本主義の時代には商品交換を活発化させる交換様式Cが導入され、現代ではおおむね交換様式BとCが混ぜ合わせた形態をとっているということです。

こうした3つの交換様式の後にくる交換様式Dこそが柄谷氏によれば真にオルタナティブとなる交換様式となります。氏はこうした交換様式Dの範例として定住を開始する前の遊動民にみられる交換様式があります。遊動民においては生産物を蓄積することができないため、生産物は仲間と平等に分配され、また他の部族と遭遇した場合に戦争を避けるために贈与を行うことがあったとしても、その遭遇は一期一会のものであるため、返礼の義務は発生しません。こうしたことから遊動民における交換様式Dは交換様式BやCからなる資本制的な結合体とは無縁なものであるとされています。

そしてこのような交換様式Dを松本氏はラカンが「資本主義からの出口」と評した分析家のディスクールに対応させています。ここでいう分析家のディスクールとは例えば「エディプス・コンプレックス」のような既存の知(S2)の専制を脱し、主体の自体性愛的な享楽(身体の出来事)が刻まれた一つのシニフィアン(S1)を析出させる営為ですが、ここで析出されたシニフィアン(S1)こそがラカンのいう〈一者〉的な、ひとつきりの享楽のシニフィアンであり、新たな主体化の核となり己の人生を非エディプス的なかたちで特異的=単独的なかたちで新たに生き直すことを可能とするものです。

換言すればそれは人々を画一的な「すべて」にしようとするエディプス的な力に抗い「すべてではない(すなわち、決して「すべて」を構成しない)」生のあり方を発明し、それを生きることにつながるであろうと氏は述べています。このように来るべき新たなシニフィアンは「すべて」の論理によって構成される世界を「すべてではない」ないものとして撹乱し、世界の見え方を根底から変えてしまうポテンシャルを持っており、ちょうど革命的な作家がまったく新しい文学を創作するときのように、それを知る前と知った後では世界の見方が一変してしまうようなシニフィアンを到来させることがオルタナティヴを可能にするのであるということです。

以上のような現代ラカン派の議論を日本の現代思想シーンに接続するのであれば、例えば東浩紀氏は『観光客の哲学』(2017)においてラウラクらの系譜を継ぐアントニオ・ネグリとマイケル・ハートが提唱したグローバル環境下における政治運動の主体である「マルチチュード」を「否定神学的マルチチュード」と名指した上で、そのオルタナティヴとして「郵便的マルチチチュード=観光客」を提示していますが、この両者はそれぞれ松本氏のいう「反基礎付け主義」と「ポスト基礎付け主義」に対応しているといえるでしょう。また東氏は同書において「郵便的マルチチュード=観光客」のもたらす「誤配」の効果を柄谷氏のいう交換様式Dに位置付けていることから、そのメカニズムは分析家のディスクールから理論化することもできるでしょう。

あるいは千葉雅也氏が『勉強の哲学』(2017)において「深い勉強(ラディカル・ラーニング)」として提示する「アイロニー・ユーモア・享楽」という頂点から構成される「勉強の三角形」と呼ばれる「有限化」の技法もこうした分析家のディスクールが基盤となっています。さらに千葉氏がこうした「有限化」の技法を「主体化」の局面において展開したものが『現代思想入門』(2022)であり「制作」の局面において展開したものが『センスの哲学』(2024)であるといえます。また三宅香帆氏が『考察する若者たち』(2025)において「考察」のオルタナティブとして提唱する「批評」もやはり「最適解」という一般性から逸脱する特異的=単独的なかたちを希求する分析家のディスクールから捉えることができるでしょう。

こうしてみるとラカン的政治の実践としての分析家のディスクールとは極めて汎用性の高い実践であるといえるでしょう。そしておそらくそこにはアテンションエコノミーによってますます加速する資本主義のディスクールとプラットフォームアルゴリズムと生成AIという統計学的超自我が猛威を振るう現代情報環境における確かなオルタナティヴのあり方が示されているといえるのではないでしょうか。




























posted by かがみ at 21:16 | 精神分析

2025年12月25日

欲望一元論の哲学



* ドゥルーズ哲学の限界性

20世紀を代表する哲学者の1人であるジル・ドゥルーズは彼の名前をフランス哲学界に知らしめた最初期の著書『ニーチェと哲学』(1962)で「思考することは、生の新たな可能性を発見し、発明することを意味するだろう」と述べています。つまり「思考」によって我々の「生」は変化するということです。

ドゥルーズの仕事は哲学にとどまらず、精神分析、文学、絵画、映画といった諸領域を変幻自在に横断するものであり、そこではさまざまな革新的な概念が創出されることになります。そして、このようなドゥルーズ哲学の枢要部にある哲学原理を國分功一郎氏は『ドゥルーズの哲学原理』(2013)において「超越論的経験論 L'empirisme transcendantal」と呼んでいます。この一見する語義矛盾のように思われる表現はいわばディヴィッド・ヒュームの経験論哲学とイマヌエル・カントの超越論哲学を総合するものであるといえます。

よく知られるようにヒュームは経験論という哲学を説き、人間の知性や認識の基礎を経験に求めました。これに対してカントはこのような経験そのものを可能とする条件を問います。このようなカントの問いは経験に先立つ先験的な「超越論的」と呼ばれる領域を切り開くことになります。これについてドゥルーズは『カントの批判哲学』(1963)において「超越論的とは、経験が必然的に我々のア・プリオリな表象に従う際の原理を指す」と定義しています。

ドゥルーズはカントによる超越論的なものの発見を高く評価します。その一方でドゥルーズはヒュームにこのようなカントが問うことをやめてしまった発生の問いを見出しています。こうしたことからドゥルーズはカント的な超越論的哲学の可能性を引き継ぐとともに、そこで喪われた発生の問いをヒューム的な経験論哲学によって補完します。これがいわば「発生を問う超越論哲学」としての「超越論的経験論」と呼ばれるものです。

こうした超越論的経験論の出発点としてドゥルーズは彼が「無人島」と呼ぶ自他未分の世界を想定し、そこに現れる超越論的な要素を「出来事 événement」ないし「特異性 singularité」と呼びます。この「出来事-特異性」によって我々の主体というものが発生されることになるということです。

ではこのドゥルーズの哲学原理たる超越論的経験論からは、いかなる実践の哲学が現れ出るのでしょうか。この点、ドゥルーズが実践の問題として追求したのはもっぱら「思考」の問題です。この論点はドゥルーズの最初の主著となる『差異と反復』(1968)で大々的に展開されることになります。同書においてドゥルーズは「人間たちは、事実においては、めったに思考せず、思考するにしても、意欲が高まってというより、むしろ何かショックを受けて思考するということ、これは「すべての人」のよく知るところである」と述べます。なぜそのように言えるのでしょうか。

ここでいう「事実」とはドゥルーズのいうところの「習慣 habitude」を指しています。ドゥルーズは『経験論と主体性』でヒュームに依拠しながら、習慣は常に経験に接続するが経験に依存していないといいます。通常「習慣」とは反復される行動様式を指しています。しかし反復される具体的な行為は一つ一つ全く異なったものであり、完全に同一の行動が繰り返されているわけではありません。その意味で反復は毎回が交換不可能、置換不可能であるといえます。

ところが習慣はそうした一つ一つが交換不可能、置換不可能である経験の反復から「何か新しいもの、すなわち(…)差異を抜き取る」ことで成立します。そうして成立した習慣が人間の行動の規範となります。このような習慣の位置する次元をドゥルーズは「一般性 généralité」の次元と呼びます。一般性とはどの項も他の項と交換可能であり、置換可能であるという視点を表現しています。つまり先の「事実」とは経験に後続はするけれども、それに依存しないという、この「習慣」という「一般性」の次元を指しています。

このように人は反復の中から「差異を抜き取る」ことで習慣を生きています。なぜなら人は新しさに毎度毎度直面していては日常生活をつつがなく生きていけないからです。こうしたことから習慣の生成をドゥルーズは「受動的総合」と呼び「受動的総合という至福が存在するのだ」とすら述べます。人間は基本的にこの「至福」の中に佇むことを望みます。だから思考に向かう積極的意志など持たないということです。

したがって人がものを考えることがあるとすれば、それはもう、仕方なく、やむをえず、強いられてのことでしかありえません。それゆえに思考とはそれを強制する何かしらのシーニュ(しるし)との出会いがあってはじめて発動します。けれども、だからといってただ待っていれば思考を強制するシーニュとの出会いが訪れるわけではありません。シーニュは読み取られねばならず、またその読み取り方は習得されねばなりません。したがって思考を偶然の出会いによって強制されるものと捉える理論は、出会いそのものを組織する「習得」の理論、あるいは「学び」の理論と切り離せないということです。

さらに晩年のドゥルーズは『シネマ1』(1983)、『シネマ2』(1985)において映画を論じる中でこのような思考の理論を行為へと延長してみせます。ここでドゥルーズはアンリ・ベルクソンの再認論を参照しつつ「失敗」としての「注意深い再認」こそが潜在的なものを現働化し、新たな主体性を生み出すと論じています。

ところがこのように思考の理論を行為へ延長したとき露呈したものが、新たな主体性とは「失敗」によって定義されるということです。人は意図して失敗を目指すことはできません。ここにドゥルーズ哲学におけるある種の限界性を見出すこともできるでしょう。もちろん他ならぬドゥルーズ自身、こうした自身の哲学の限界性に気づいていたと思われます。それゆえにこの限界性を打ち破るため、彼はほとんど賭けといってもよいひとつの実験に打って出ます。それが1969年から開始されたフェリックス・ガタリとの協働作業です。


* アンチ・オイディプスの生成

フランソワ・ドッスの評伝『ドゥルーズとガタリ−−交差的評伝』(2007)によればドゥルーズとガタリが初めて直接対面したのは1969年6月とされています。ドゥルーズはガタリの斬新なアイデアや概念を次々と創造するところに魅了され、二人は対話を重ね、協働作業を始めることになりました。

その最初の成果である『アンチ・オイディプス』(1972)は次のような手順で書かれたといわれます。まずドゥルーズはガタリに朝起きたらすぐに机に向かい自分の考えを紙に書き付け、それを読み直さず、手直しもせず、そのまま自分のところに送るよう求めました。ガタリはその決まりを守りひたすらドゥルーズにメモを送り続けます。ドゥルーズはこの膨大なメモをひたすら読み漁り、頭の中をガタリのアイデアで満たしていきます。

このときドゥルーズはまるでガタリによって憑依されたシャーマンのようになり、その憑依が何らかの閾値を超えたところでドゥルーズはペンを握ることになります。その後、ガタリによる訂正と共同の推敲作業を経て、1971年12月31日にテクストが完成し、出版されたのは翌1972年3月です。このように『アンチ・オイディプス』はガタリでもドゥルーズでもなくまさに「ドゥルーズ=ガタリ」としか呼びようのない何者かによって書かれたエクリチュール実験の産物なのであるということです。

とはいえこの方法はドゥルーズの著作の方法を応用したものと考えることもできます。もともとドゥルーズは特定の哲学者を論じたモノグラフを「自由間接話法」というスタイルで書いており、ここでは「語られる側」の判断が「語る側」の判断であるかのように現れます。ドゥルーズはこのような独自の仕方で論文や著作を書いていました。ドゥルーズとガタリが行った実験はこの方法をさらに推し進めたものとなっているといえます。

客観的に見ればガタリが書き送ったメモをドゥルーズがまとめ直しているのですから、ガタリは「語られる側」に、ドゥルーズは「語る側」にいることになります。実際、同書の概念のほとんどがガタリに由来するものです。しかしドゥルーズはこのような「ガタリの思想」の外側にいて、それを観察者として眺めて報告しているわけではありません。

この時「語る側」にいるドゥルーズは自由間接話法を用いて哲学者を論じていた時のように「語られる側」にあるガタリに生成変化しているといえるでしょう。その唯一の違いはドゥルーズのモノグラフがすでに完成された著作や作品を相手にしていたのに対して、この実験ではドゥルーズが生成途中にあるガタリの思想を生け捕りにするように相手にしていた点にあります。では、こうしたガタリとの協働作業はいかなる理論的要請から生じたものなのでしょうか。


*「機械」とは何か

まずドゥルーズとガタリの理論上の結節点となったのは彼らが初めて対面した1969年6月にガタリが準備していた「機械と構造」というテクストです。このテクストは当時隆盛を極めていた構造主義の乗り越えを目指しています。ここでガタリは一般性の次元に関わる「構造 structure」に代えて、特異性の次元に関わる「機械 machine」の概念を提示することでそれを達成しようとしていました。そこでは出版されたばかりの『差異と反復』などドゥルーズの著作が参照されています。このことはガタリがドゥルーズの著作の中に構造主義的な「構造」の概念に収まりきれない何かを見出していたことを意味しています。

この点、ガタリのいう「機械」の特徴は彼の出自でもあるラカン派精神分析との関係において明確となります。当時、構造主義の旗手の一人として知られていたフランスの精神分析家ジャック・ラカンはジークムント・フロイトが創始した精神分析を受け継ぎつつ、フェルデナン・ド・ソシュールが立ち上げた構造言語学から借用した「シニフィアン(一般に言語記号の音声面を指す)」を用いて独自の精神分析理論を打ち立てました。その概要は以下のようなものです。

ラカンによれば人間は出生時の寄る辺なさを補おうと母子関係という想像的双数関係に入り、束の間の平安を得ることになります。ところが母とのこの想像的同一化は母が子の動物的欲求を満たす以上の過剰な欲望を注いでいるという意味で不均衡を抱えています。これは母は言語の担い手であるが子はそうではないというズレから生じることになります。

子には母の欲望はわかりません。その結果、子はこの想像的双数関係のナルシズム的融合の不可能性を知ることになります。ここに生じる母と子の欲望のズレをラカンはフロイトのオイディプス・コンプレックスにおける〈父〉の役割と重ね合わせるとともに、言語による幻想的母子関係の破壊を「去勢」と呼びます。

フロイトのオイディプス・コンンプレックス理論によれば子は〈母〉を恋人にしようとし、それを邪魔する〈父〉を憎みます。ラカンはこの物語を高度に抽象化して先のズレを〈母〉になくて〈父〉にあるもの、すなわち〈男根=ファルス〉に置き換えます。そして子は「ファルス(φ)でありたい」という欲望を抱くものの〈父の名=父の否〉によってその断念を迫られることになります。

この断念の瞬間に「ファルス(φ)でありたい」という子の欲望は「ファルス(Φ)を持ちたい」という欲望に変換され、このΦが最初のシニフィアンとして無意識にしまい込まれることになります。フロイトが仮定した「原抑圧 Urverdrängung」という過程をラカンはこのように説明しました。


* 代理=表象批判と欲望の複数性

こうして人はこのΦを求め続けることになります。ですがそれは決して手に入らない「永遠の欠如」に他なりません。従って人はその代わりになるものを探し続けることになります。つまりこの最初のシニフィアン(Φ)を意味=シニフィエとして持つような別のシニフィアンを探し求めるということです。これが欲望の原因をなす対象、すなわち「対象 a 」と呼ばれるものです。

このように対象 a を追い求める過程でシニフィアンとシニフィエの対としての「記号」が生まれることになります。こうして第一のシニフィアンから始まる記号の連鎖が「シニフィアン連鎖 chaîne signifiante」 であり、その開始によって人間は「象徴界」と呼ばれる言語的な秩序に入るとされます。

このようにラカンは記号の意味作用の根源に欲望を想定します。何かが何かを意味するのは主体がそう意味させたいと欲望するからです。それゆえにラカンにおいては「一つのシニフィアンは他のシニフィアンに対して主体を代理=表象する」という定式が生じることになります。

しかしなぜ「一つの」シニフィアンが主体「そのもの」を代理=表象するといえるのでしょうか。それはそこで想定されている欲望が常にただ一つであるからに他なりません。いかなる欲望も対象 a を、根源的にはつまりはΦを求める欲望であることになります。すなわち、それは最初にあった母子間の欲望のズレ、ただ一つの喪失、決定的な欠如を埋め合わせようとする欲望以外の何者でもありません。そのように考えられているからこそ一つのシニフィアンが主体そのものを代理=表象するのである、ということができるのです。

そうであればこの代理=表象の問題は欲望を単一の原因で説明しようとするラカン派精神分析の理論上の設定そのものに関係していることがわかります。そしてガタリがいうようにもし「機械」の概念を導入することによって代理=表象が機能しなくなるのであれば、それは「機械」によってこの設定に変更が加えられたことを意味します。すなわち、それは単一の欲望の「欠如」なる原因から説明するのをやめ、欲望を複数の流れとして捉えるということです。まさしくここには「欠如のイデオロギー」を批判して欲望の複数性を唱える『アンチ・オイディプス』の理論的萌芽を見ることができるでしょう。


* 構造主義はなぜそう呼ばれるのか

ではなぜドゥルーズはガタリのこうしたアイデアに惹かれたのでしょうか?それはおそらく彼自身がかなり強い構造主義的な発想をもっていたからだと思われます。そのことを物語っているのがドゥルーズの論文「構造主義はなぜそう呼ばれるのか」です。ドゥルーズはこの論文において、ある思想が構造主義たりうるための六つあるいは七つの基準を抽出しています。

第一の基準は「象徴的なもの le symbolique」の発見です。構造主義は感性的に把握できる現実でも頭の中に思い描かれる想像でもなく、あくまで象徴的水準を扱います。例えばラカンが語る〈父〉とは現実の父親でも想像的な父のイメージでもなく「原抑圧」を遂行する〈父の名=父の否〉の構造的な担い手を指しています。

第二の基準は「局所あるいは位置 local ou de position」です。象徴的秩序においてある項は単独で積極的に存在するのではなく、その象徴的秩序、すなわち構造の中での役割・意味の担い手として存在します。つまり父がいて、その父が「否」というのではなく、むしろ「否」という役割を与えられている構造内の一項が〈父〉と呼ばれているということです。

第三の基準は「微分的なものと特異的なもの le différentiel et le singulier」です。いま述べたように構造内の諸項は周辺の項との関係の中でその価値が決定されますが、こうした作業をドゥルーズは「微分」と呼びます。例えばレヴィ=ストロースの親族組織の理論によれば一方に兄弟/姉妹、夫/妻という対があり、他方に父/息子、母方のオジ/姉妹の息子(オイ)という対があり、これら「親族の基本構造」という「微分的関係 reqqort différentiel」が「親族間の態度」を規定することになります。もっとも実際にある社会でどの態度が選択されるかはこの構造だけではわからず、この微分的関係に還元できない力をドゥルーズは「特異点」と呼びます。

第四の基準は「異化=分化するもの、異化=分化 le différenciant,le différenciation」です。構造主義のいう構造はすべて無意識的であり、潜在的なものです。例えば言語のように潜在的にはすべての項が構造の中に相互依存的に共存しており、そのうち一部の関係が「今、ここ」の語りによって現働化することになります。ドゥルーズはこのような潜在的なものの部分的な現働化を「異化=分化する」といいます。

この辺りからドゥルーズは構造主義を自分の思想として引き受け始めており「構造主義は発生や時間を語れない」という構造主義に対するありがちな批判に対する反論を始めますが、むしろここでは構造主義が扱う発生や時間の限界が露呈することになります。例えばラカンは主体が発生するプロセスにおいて原抑圧なる出来事とその担い手としての〈父〉を遡行的に名指し、それによって人間が象徴界に入るという時間を見出していますが、これはあくまでも構造の枠内における理念的な発生や時間でしかないということです。


* 構造における空白のマス目

第五の基準は「系列的 sériel」です。構造主義においては微分的関係において捉えられた象徴的要素をセリー状に編成することによって構造は十全に定義されることになります。例えばラカンは無意識を個人的なものでも集団的なものでもなく間主観的なものとして捉えていましたが、これは無意識が〈母〉や〈父〉といった象徴的審級との関係でセリーを織り成しながら形成されていくことを意味しています。

第六の基準は「空白のマス目 la case vide」です。ここでいう「空白のマス目」とはセリーの間を行き交い構造間の項が絶えず移動することを可能にするものですが、それが「空白」と呼ばれるのは、それ自身は何ものでもないからです。例えばラカンのいうファルスや対象 a がこれにあたり、こうしたものをドゥルーズは「対象=x」と呼びます。

ところがドゥルーズは同時にこの基準の必然性に一定の疑問を呈しています。構造における「対象=x」の規定が真であれば構造化可能な領域はことごとくこの特殊な逆説的対象によって規定されることになります。例えばラカンはどこにでもこの逆説的対象を発見しています。しかしそれはもともとあった理論を特定の分野に無理矢理当てはめているからではないのでしょうか?すべての欲望は対象 a を、ひいてはファルスを巡っているという理論的前提があるからこそ、すべての領域に対象 a を、つまり「対象=x」を発見できるということではないのでしょうか?

この論文でドゥルーズはひとまずは構造における「対象=x」の必要性を肯定することになります。しかしここにはドゥルーズの揺らぎが見てとれます。この時点でドゥルーズは構造主義的体制が抱える問題点に確実に気づいています。だが自分もまたこの体制に非常に近い立場にいて、そこから抜け出せる方策も見えていない状態にあるということです。


* 欲望一元論の哲学

ここからドゥルーズは構造の変動に関わる最後の基準である「主体から実践へ du suject à la pratique」に至りとりあえずの結論を出しています。その答えはある意味で単純です。構造主義における「対象=x」の特徴とは⑴それが常に主体に付きまとわれていることと⑵それが空白であり、自らの自己同一性や場所を欠いているという点にあります。従って構造を変動させる条件の一つ目はこの対象=xに主体が付きまとわない事態(シニフィアンの消去)であり、もう一つはその逆で対象=xという空白のマス目が埋められてしまう事態(シニフィエの消去)であるということです。

しかしながらこれは実践というには極めて抽象的な結論であると言わざるを得ないでしょう。そしてこのようなシニフィアンが消えたりシニフィエが消えたりといったアクシデントを待つというこの結論は「失敗を目指す」というドゥルーズ哲学の限界性と完全に相関関係にあるといえます。

こうしてみるとドゥルーズとガタリの間には共通の理論的な問題意識があることがわかります。それはまさに構造主義的な構造、すなわちセリー的構造、すなわち「原抑圧」という仮説的出来事により生じるファルスという名の「対象=x」によって統合された構造とは別の仕方でのモデルを構築することに他ならないでしょう。

こうしたことから『アンチ・オイディプス』においてはファルスの欠如としての欲望とは別の仕方での欲望から社会が考察されることになります。そして、そこでは「なぜ人々は、あたかも自分たちが救われるためででもあるかのように、自ら進んで従属するために戦うのか」という問題が浮上します。換言すれば、それは人はなぜ自由になることができないのか?いや、なぜ人は自由になろうとしないのか?どうすれば自由を求めることができるようになるのか?という問いであるといえます。

そうであれば『アンチ・オイディプス』の続編である『千のプラトー』(1980)とは、こうした問いを起点として、欲望という視座から社会の諸領域において作動する権力装置の分析を試みたものであるといえます。もちろんそこでドゥルーズが現代社会に下した診断は決して希望に満ちたバラ色のものではありません。けれどもここでドゥルーズがガタリと共にプラグマティックな権力分析を伴った〈欲望一元論の哲学〉を完成させたことは確かであり、そこでは人間の自由が問い直されることになります。いわばここでドゥルーズは自身が構築した「失敗を待つ哲学」を乗り越える「自由を志向する哲学」を見事に打ち出したといえるでしょう。











posted by かがみ at 23:07 | 精神分析