【参考リンク】 ラカン派精神分析の基本用語集 現代アニメーションのいくつかの断章

2020年09月27日

誤配される手紙、あるいは「苦海浄土」



* 手紙は常に宛先に届くのか?

フランスの精神分析医、ジャック・ラカンがその難解極まりない事で知られる主著「エクリ」の冒頭に置いた「盗まれた手紙のセミネール(1956年初出)」はラカン派精神分析の基本的思考が集約されたテクストとして知られています(もちろん一読しただけではちんぷんかんぷんなんですけど)。

このセミネールは表題通り、エドガー・アラン・ポーの有名な短編小説「盗まれた手紙」をラカンが解釈するものです。そこでラカンは、ポーの小説の中で特権的な役割を果たす「手紙」に注目し、結論として次のように述べます。

つまり、言うなれば送信機は受信機から自分自身の伝言を逆さまの形式をとおして受け取るのです。それゆえ〈盗まれた手紙〉さらには〈保管中の手紙〉なる言葉の真意は、手紙というものはいつも送り先に届いているということなのです。(E41)


このセミネールでラカンが提出したのは「手紙は常に宛先に届く」というテーゼです。これに対してフランスの哲学者、ジャック・デリダは論文「真理の配達人(1975年初出)」において「手紙は常に宛先に届かない可能性がある」というテーゼを提出します。

届くとか、届かないとか。ここで両者が現実の郵便制度を論じているわけではない事はもちろん明らかですが、なにぶん議論が無駄に抽象的すぎて、一体何を問題にしたいのか、何ともよくわかりません。この点について明快な読解を提示してくれるのが、東浩紀氏の「存在論的、郵便的」です。


* 形而上学と否定神学

東氏によれば「真理の配達人」においてデリダは二重の批判を行なっている事になります。すなわち、それは「形而上学的思考」への批判と「否定神学的思考」への批判ということです。どういうことでしょうか?

まず「形而上学的思考」によれば、全てのシニフィアンはそれぞれ対応するシニフィエに回付され、こうしたシニフィアンの循環運動は最終的には「超越論的シニフィエ」によって担保される事になります。エトムント・フッサールの現象学、バートランド・ラッセルの記述理論、アンナ・フロイトの自我心理学などは、こうした形而上学的思考の典型例とされます。

けれども数々の精神分析の症例が示すように、もちろん世の中はそんなにうまく出来ていない。真理、理想、正義、希望。こうした言語を超えた「過剰な何か」に奇妙なほどに魅入られてしまうのが人という生き物です。

これに対して「否定神学的思考」によれば、シニフィアンの循環運動は不完全であり、最終的には「超越論的シニフィアン=シニフィエなきシニフィアン」によって担保されることになります。こうしたシニフィアンの循環運動の不可能性として「現実界」を想定するラカン派精神分析は否定神学的思考の典型例と言えるでしょう。

すなわち、ラカンがいう「手紙は常に宛先に届く」とは「全てのシニフィアンは常に唯一のシニフィエなきシニフィアンへ回付される」という事です。


* 行方不明となる手紙

否定神学的思考は言語を超えた「過剰な何か」を一見うまく説明できています。けれども同時に、こうした思考法は、唯一の超越論的シニフィアンを想定することで、オブジェクトレベルでシステムを解体したと見せかけて、メタレベルで再びシステムの全体性が回帰することになります。これがいわゆる「クラインの壺」です。まさにデリダはこの点を批判するわけです。

もっとも、ここでのデリダの批判は自己批判の側面もあります。こうした否定神学的思考はデリダ的には「差延」に代表される「ゲーテル的脱構築」に相当するということです。そしてここでデリダが提示しているのは「否定神学的思考=ゲーテル的脱構築」から逃れるもう一つの脱構築です。東氏はこれを「郵便的脱構築」と呼びます。

つまり「手紙」が「デッド(行方不明)」となるのは郵便制度自体の欠陥に起因するのではなく、端的に一つひとつの手紙の、その都度その都度の送付行為の失敗に起因するということです。

すなわち、デリダがいう「手紙は常に宛先に届かない可能性がある」とは「全てのシニフィアンは常に様々な想定外のシニフィアンに回付される可能性がある」ということです。

こうしたシニフィアンの循環運動の決定不可能性をデリダは「幽霊」といいます。この点「現実界」は単数ですが「幽霊」は複数です。コミュニケーションの様々な失敗や揺らぎ。ここから様々な「幽霊たちの声」が出現する。このようなコミュニケーションに内在するメカニズムを東氏は「誤配」といいます。


*「苦海浄土」が描き出したもの

そして、こうした「誤配」が生み出す「幽霊たちの声」はしばし時代を突き動かす原動力となる事があります。東氏が近著「テーマパーク化する地球」において高く評価する「苦海浄土」も、まさにこうした「幽霊たちの声」に真摯に耳を傾けた作品と言えます。

周知の通り、同作は日本の高度経済成長がもたらした負の側面である「水俣病」の存在を一躍、世界的に知らしめる立役者となりました。ところが同作は一見、水俣病被害者の聞き語りをもとに構成されたノンフィクションの体裁をとっているものの、実際はかなりの部分が著者である石牟礼道子氏が「創作」した、いわば氏の「私小説」であるということが現在では広く知られています。

こうした手法は現代におけるエヴィデンス至上主義的な「正しさ」の基準に照らせば当然の如く批判を浴び、著作は回収され著者は謝罪に追い込まれることになるでしょう。

けれど「苦海浄土」はそうはならなかった。それどころか同作が描き出した「虚構」は文学的手法として広く理解され、公害反対運動という「現実」に大きな影響をもたらしました。


*「幽霊たちの声」に耳を傾けるということ

もちろん、このような石牟礼氏の手法が現代においてそのまま通用するかというと何とも言えないところがあります。けれど、ここで気付かされるのは「当事者の声」の「代弁」と「反復」は明らかに違うという事です。

当時の担当編集者に事実関係を問い正された彼女は−−まるでイタズラを見つけられた女の子のような顔で−−「だって、あの人が心の中で言っていることを文字にすると、ああなるんだもの」と、そう答えたそうです。

事実として語られた事だけが全てではない。あの人が心の中で言っていること。その無根拠の闇を引き受けた上で「正しさ」とは何かを問う。それこそが、本当の意味での「当事者の声の代弁」となるときもあるでしょう。

こうしてみると「苦海浄土」という作品が告発するのは水俣病という公害を超えて、現代のエヴィデンス至上主義の中、見せかけの「正しさ」で思考停止する我々の態度そのもののようにも思えてくるわけです。

見せかけの「正しさ」へと回収されない「幽霊たちの声」に真摯に耳を傾けていくということ。おそらくはこうした態度こそが、大きな公共なき現代において我々に残された数少ない、人が人たりうる公共性の在り処となるのではないでしょうか。











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2020年08月30日

〈つながり〉から〈まとまり〉へ−−接続・切断・生成変化



* 見えるものと見えないもの

我々が認識するこの世界は「見えるもの」と「見えないもの」の二つの位相の上に成り立っています。ここで「見えるもの」とは日々繰り返されるこの端的な日常であり「見えないもの」とはこうした日常から外れた異界としての非日常です。

多くの場合、精神的不調や社会的逸脱行動といったトラブルは「見えるもの」への最適化の失敗に起因します。こうした時、問題を「見えるもの」の視点だけで考えても解決しないことが多いわけでして、一旦は「見えるもの」だけでなく「見えないもの」の視点から考えないといけないこともあります。けれども、そのまま「見えないもの」に魅入られてしまうと、今度は「見えるもの」が見えなくなりかねません。

こうして「見えるもの」と「見えないもの」の二つの位相からなる現実の中にいかに自己を位置付けるかが問題となります。そして、こうした問題を「生成変化の原理」として究明したのがフランスの哲学者、ジル・ドゥルーズです。


* リゾームへの生成変化

ドゥルーズ哲学における生成変化の第一原理は「接続の原理」です。これはいわゆる「リゾーム」への生成変化です。

周知の通り、ドゥルーズはフェリックス・ガタリの共著「アンチ・オイエディプス−−資本主義と分裂症(1972)」において、1968年5月のフランスで起きたいわゆる「5月革命」を駆動させた多方向へと迸る欲望を究明し、1970年代の大陸哲学における最大の旋風の一つを巻き起こしました。そしてその続編に当たる「千のプラトー(1980)」において提出されたのが「リゾーム」という概念です。

「リゾーム(根茎)」とは特権的中心点なくして様々な方向に展開していく関係性のことです。要するに、ドゥルーズ&ガタリは、旧来の家父長的規範性からの逃走と偶然的接続による多様な生を「リゾーム」という概念で肯定していくわけです。


* 現働性と潜在性

こうした華々しい「リゾーム」の背景には、ドゥルーズ哲学を特徴付ける「同一性」の批判と「差異」の肯定があります。

通常、我々はある事物Aは次の瞬間もやはりAであるという「同一性」を前提に世界を理解します。Aにどのような変化が起きようが、AはAであることは変わりない。「Aの変化=差異」は「AはA=同一性」に従属している。これが常識的思考です。

ところがドゥルーズはこうした常識的思考を「代理-表象」と呼んで批判します。要するにドゥルーズに言わせれば、「AはA=同一性」というのは所詮フィクションに過ぎず、Aの変化したものはもはや別なA’に他ならないという事です。

こうしてドゥルーズは同一性で区切られた世界の彼岸に、様々な差異が互いに接続する世界を真に実在的なものとして想定する。前者を「現働性」といい後者を「潜在性」といいます。これがドゥルーズにおける「差異の存在論」です。

現働性と潜在性。つまり「見えるもの」と「見えないもの」です。「リゾーム」への生成変化とは「見えるもの」から「見えないもの」へと突き抜けるということです。


* 〈すべて〉は〈ひとつ〉

こうしたドゥルーズの「差異の存在論」は世界中で熱狂的に歓迎されました。「同一性」から解放された様々な「差異」が互いに接続する世界。すべての多様性が祝福されるひとつの世界。みんなちがって、みんないい。そんな理想の桃源郷をドゥルーズは存在論のレベルで肯定しているかのようです。

けれど、それは果たして本当に理想の桃源郷なのでしょうか?そんな世界はどこか危うさを孕んではいないでしょうか?

問題なのは、ここで想定される世界が〈すべて〉は〈ひとつ〉の世界だということです。これをドゥルーズは「存在の一義性」と呼びます。すなわち、存在論的に〈すべて〉は〈ひとつ〉だということです。

こうした点を強調すれば、ドゥルーズ哲学が存在論のレベルで肯定する〈すべて〉の多様性が祝福される〈ひとつ〉の世界とは、裏返せば〈すべて〉を統べる〈ひとつ〉が君臨する世界でもあります。これを世間では「ファシズム」と呼びます。すなわち、ここで現出するのは接続過剰な世界、いわば〈つながり〉という名のファシズムが支配する世界です。


* 欲望の極点としての現実界

こうしたドゥルーズの「潜在性」の理論と似たような思考は他にもあります。その典型がフランスの精神分析医、ジャック・ラカンの「現実界」の理論です。

ラカンによれば、我々の認識する「現象=想像界」とは「システム=象徴界」によって統制されているわけですが、このシステムを中心で駆動させているのが認識不能な「システムの穴=現実界」ということになります。

有名なラカンのテーゼに「人の欲望とは〈他者〉の欲望である」というものがありますが、ここで言う〈他者〉とは「システム=象徴界」のことです。すなわち、人はシステムの中で欲望するということです。そしてこうしたシステムを駆動させる「システムの穴=現実界」を直接目指す欲望を「純粋欲望」と言います。

もちろん現実界とは認識不能な領域であり、そこに行くには端的に言うと死ぬしかない。まさにアンティゴネーの悲劇です。

50年代後半のラカンは人の欲望のオリジナル形態を「純粋欲望」として措定しましたが、実際に人がこんなものに目覚められては困りますので、60年代のラカンはむしろこの「純粋欲望」から退避する方向に向かいます。

ここで用いられるのが「対象 a 」という概念です。「システムの穴=現実界」の前にダミーとしての対象を置くことで「かりそめの現実界」が構成されることになります。このダミーが対象 a です。すなわち人は対象 a に囚われ続けることで、危険極まりない「純粋欲望」に向かうことなく、システムの中で安全に欲望し続けることができるわけです。ゆえに対象 a は「欲望の原因」なのです。

こうしてセミネールⅪ「精神分析の四基本概念(1964)」においては精神分析家の欲望とは「純粋欲望」ではなく「絶対的な差異を得ようとする欲望」と宣明されます。絶対的な差異を得ようとする欲望。これはつまり「純粋欲望」なる欲望のオリジナルから差異化する欲望と言うことになります。


* ドゥルーズ哲学の二つの位相

ドゥルーズの「潜在性」の理論にせよ、ラカンの「現実界」の理論にせよ、共通するのはそこに〈ひとつ〉が〈すべて〉を動員している構図があります。こうした構図を「ホーリズム(全体主義)」といいます。そして〈ひとつ〉へと向かう欲望には〈すべて〉を破滅させるオーバードーズへ向かう危うさが伴っているということです。

この点、千葉雅也氏はドゥルーズ哲学におけるホーリズム的側面を認めつつも、同時にそこから逃れていく非-ホーリズム的な側面もまた確実に内在しているといいます。

ここで氏が注目するのがドゥルーズのデビュー作「経験論と主体性(1953)」以来、主著である「差異と反復(1968)」「意味の論理学(1969)」などにおいて幾度となく再浮上を繰り返すことになるデイヴィット・ヒュームの経験論的哲学、いわゆる「ヒューム主義」です。

ヒューム主義において志向されるのは、バラバラな断片的所与の仮設的な連合と、それらの偶然的な解離からなる多元論的な世界です。これを「連合-解離説」といいます。


* 非意味的切断と再接続

こうしたヒューム主義/連合-解離説からドゥルーズを再読解する事で取り出されるのが、ドゥルーズ哲学における生成変化の第二原理としての「非意味的切断の原理」です。すなわち、リゾームは非意味的に接続されると同時に、非意味的に切断されるということです。

「非意味的切断の原理」によって〈すべて〉は〈ひとつ〉に統合される事なくバラバラな断片となります。そしてこの断片達はホーリズム的全体化とは別の「全体化しない全体」へと「再接続」される。これが「器官なき身体」への個体化です。

そして、こうした個体化の技法として「イロニー」と「ユーモア」があります。法の無根拠さを正面切って告発するイロニーが現働性から潜在性へと向かうサディズム的運動だとすれば、法の解釈をずらすことで嘲笑うユーモアは潜在性の手前で現働性へ折り返すマゾヒズム的運動と言えます。

イロニーとユーモアからなる接続、切断、再接続。サディズムとマゾヒズムからなる自己破壊。こうした運動によって切り出された非意味的断片は暫定的な〈まとまり〉として個体化する。

〈つながり〉から〈まとまり〉へ。これがドゥルーズ哲学における「生成変化の原理」ということです。


* 別の〈まとまり〉への生成変化

イロニーからユーモアへの折り返し。それはすなわち「見えないもの」から「見えるもの」への折り返しという事です。目の前の「見えるもの」だけに囚われず、一旦「見えないもの」へと回路を開き、そこから再び「見えるもの」の中に自らを暫定的な〈まとまり〉として位置づけてみる。

その時「見えるもの」としての世界のかたち、日常のありようは以前とは多少なりとも違って見えるはずです。なぜなら、そこにいるあなたは以前とは別の〈まとまり〉としてのあなただからです。














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2020年07月30日

規範性と特異性の間で−−「誤配の時代」におけるラカン派精神分析



* 実存主義から構造主義へ

1960年代、フランス現代思想のトレンドは「実存主義」から「構造主義」へと変遷しました。ジャン=ポール・サルトルに代表される実存主義は「実存は本質に先立つ」というキャッチコピーのもと、人は独自の「実存」を切り拓いていく自由な存在=主体であることを限りなく肯定しました。ところがクロード・レヴィ=ストロースに代表される構造主義が暴き出しだしたのは、我々の文化は主体的自由の成果などではなく、歴史における諸関係のパターン=構造の反復的作動に過ぎないという事でした。

レヴィ=ストロースの緻密な論証に対してサルトルは有効な反論を提出できず、たちまち構造主義は時代のモードへと躍り出ました。このような中、構造主義の立場から独創的な精神分析理論を立ち上げたのがジャック・ラカンです。


* 構造と主体の理論

ラカンが構築した理論の特徴は、基本的には構造主義の立場に依拠しつつも、その枠組みの中で「構造」と「主体」の統合を試みた点にあります。

この点、サルトルのいう主体とは「意識の主体」です。ここでいう「意識の主体」とは、自由意志による投企を通じて、自らを意識的に更新していく存在をいいます。

これに対して、ラカンのいう主体とは「無意識の主体」です。ここでいう「無意識の主体」とは、その語りの中における−−例えば「言い間違い」などといった−−自由意志によらない裂け目を通じて、自らを無意識的に拍動させる存在をいいます。

このような観点からラカンは精神分析の始祖であるジークムント・フロイトが提唱した「エディプス・コンプレックス」を再解釈して「〈父の名〉」や「対象 a 」といった概念を創り出し「構造」と「主体」を統合的に捉える理論を完成させました。


* ポスト・構造主義の登場

ところが1970年代になると、こうした構造主義およびラカンの理論を乗り越えようとする動きが台頭化します。その急先鋒となったのがジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリです。彼らが1972年に発表した共著「アンチ・オイエディプス−−資本主義と分裂症」において精神分析は人の中に蠢く多様多彩な欲望を「エディプス・コンプレックス」なる家父長的規範へと回収する装置としてラディカルに批判されることになります。

こうしたドゥルーズたちの立場からすれば、もはやラカンの理論など古色蒼然たる父権主義的言説としか言いようがないわけです。今や目指すべきは構造の解明でも安定でもなく、それ自体の変革あるいは破壊でなければならない。こうして70年代におけるフランス現代思想のトレンドは「構造主義」から「ポスト・構造主義」へと遷移しました。


* ラカンはすでに乗り越えられたのか

以上の経緯から今日においてラカンはポスト・構造主義により乗り越えられたものとみなされるのが一般的な理解です。けれども果たして本当にラカンは既に過去の遺物に過ぎないのでしょうか?

この点、精神病理学者の松本卓也氏は、ラカンの理論と実践において、あるいはドゥルーズ&ガタリとの対立において、これまで見逃されていた「核心点」があると言います。そしてこの「核心点」の理解無くして、いわゆるフランス現代思想におけるラカンの位置付けを理解することも、ラカンに向けられた批判を理解することも不可能であるとまで断じます。

では、その「核心点」とは何か?氏によればそれは「神経症と精神病の鑑別診断」です。


* 神経症と精神病の鑑別診断

「神経症」とは生理学的には説明することのできない様々な神経系の疾患を幅広く指します。そして「精神病」とは、幻覚や妄想といった悟性の障害や、精神機能の衰退を含む重篤な精神障害をいいます。

この点、ラカン派における神経症の下位分類はヒステリー、強迫神経症、恐怖症から構成され、精神病の下位分類はパラノイア、スキゾフレニー、メランコリー、躁病から構成されます。

精神分析の臨床においては、ある分析主体の心的構造が神経症構造なのか精神病構造なのかは極めて重要な問題です。両者においては分析の導入から介入の仕方まで全てのやり方が異なってくるからです。

通常、分析家は分析主体の自由連想を解釈して転移を引き起こすことで症状に介入します。ところが精神病構造を持つ主体の場合、この転移が発生しない上に、最悪の場合は状態がさらに悪化して本格的な精神病を発病させてしまう危険があります。

そのため自由連想開始以前の予備面接段階において当該分析主体が神経症か精神病かのどちらの構造を持つかを鑑別する必要があるということです。

松本氏によれば、ラカンの提唱した様々な概念は、突き詰めればこのような「神経症と精神病の鑑別診断」という臨床的な要請によるものであるといいます。そしてドゥルーズ&ガタリが標的としたのもまさにこの「神経症と精神病の鑑別診断」に他ならないということです。


* 鑑別診断論からみるラカン理論の変遷

こうした「神経症と精神病の鑑別診断」という視点による、1950年代から1970年代に至るラカン理論の変遷は以下の通りです。

⑴ 50年代のラカン理論

1950年代のラカンは精神分析に構造主義的言語学の考え方を導入し、神経症と精神病を鮮明に鑑別する手法をもたらしました。

ここで打ち出されたのがエディプス・コンプレックスを構造化した「父性隠喩」というモデルです。子どもは母親(=〈他者〉)の現前不在運動の根源(=〈他者〉の〈他者〉)を問い、やがてこの現前不在運動は「〈父の名〉(le Nom-du-Pe’re)」というシニフィアンによって隠喩化されて象徴界が統御されることになります。

このモデルからは〈父の名〉の導入に成功していれば神経症であり、失敗していれば精神病という鑑別診断が帰結されます。ここで〈父の名〉はある種の「規範性としての構造」として現れているわけです。

そして「〈父の名〉の導入の失敗=〈父の名〉の排除」は、臨床的には「シニフィアン」と「隠喩」という二つの方向性から捉える事が可能であるといわれます。すなわち( a )「〈父の名〉の排除」の直接的証拠となる「要素現象」の有無による鑑別診断と( b )「〈父の名〉の排除」の間接的証拠となる「ファリックな意味作用」の有無による鑑別診断です。精神病者において、前者は「確信」「病的な自己関係付け」という体験として現れ、後者は「困惑」の体験として現れます。

この二つの方向性は1958年に発表された論文「精神病のあらゆる可能な治療に対する前提的問題」におけるシェーマIの二つの穴(「P0(〈父の名〉の不在の効果)」と「Φ0(ファリックな意味作用の不在の効果)」)に概ね対応します。50年代のラカン理論は臨床的に最も鋭くパラノイア(妄想型統合失調症)を鑑別可能な理論と言われます。

⑵ 60年代のラカン理論

このように1950年代のラカン理論において、少なくとも「前提的問題」までは〈他者〉を根拠づける「〈他者〉の〈他者〉=〈父の名〉」を中心にその理論が構築されていました。

ところが50年代の終わり頃になると、ラカンは「〈他者〉の〈他者〉はない」と言い出します。すなわち、精神病、神経症問わず〈父の名〉は排除されており〈他者〉はいかなる根拠も持たず、そこには単に「欠如のシニフィアン=S(Ⱥ)」が存在するだけということです。これは現代ラカン派において「排除の一般化」と呼ばれるものです。

こうして60年代のラカンはシニフィアンに還元不能なものとして「享楽」の側面を重視するようになります。ここで導入されるのが「疎外と分離」という新たなモデルです。ここでは50年代に〈父の名〉と呼ばれていたものが「分離の原理」として捉えられるようになります。このモデルからは「分離」による「対象 a 」の切り出しに成功していれば神経症であり、失敗していれば精神病という鑑別診断が帰結されます。

60年代のラカン理論からは享楽の回帰モードからパラノイアとスキゾスレニー(主として破瓜型統合失調症)が鑑別可能となります。両者はともに精神病ではありますが、パラノイアでは享楽が「〈他者〉それ自体の場」に局在化されるのに対して対してスキゾフレニーでは脱・局在化された享楽が「身体全域」に回帰するという違いがあるということです。

⑶ 70年代のラカン理論

このように「神経症と精神病の鑑別診断」という問題は1950年代のラカンにおいては、主として「シニフィアン」の領域で論じられ、1960年代のラカンにおいては、主として「享楽」の領域で論じられていました。ところが1970年代のラカンにおいては「シニフィアン」と「享楽」が統合的に論じられるようになります。そしてこうした議論が「神経症と精神病の鑑別診断」という問題を相対化させることになります。

70年代のラカンが提示したのは「R(現実界)」「S(象徴界)」「I(想像界)」という三つの位相からなる「ボロメオの環」と呼ばれるモデルです。そして1974年以後はこのボロメオの環に「サントーム」と呼ばれる第四の輪が導入されます。この考え方によれば〈父の名〉とは、もはやサントームの一種に過ぎず、ここで神経症と精神病は一元的に把握されることになります。

ここでいう「サントーム」とは、その人だけが持つ「特異性としての症状」のことです。こうして精神分析は人それぞれが持つ「特異性」と「同一化する/うまくやる」ための実践として再発明される事になります。


* いわゆるラカン

エディプスからサントームへ。規範性から特異性へ。こうして「神経症と精神病の鑑別診断」を軸とした松本氏の読解において示されるのは従来の「いわゆるラカン」とは全く異なる新しいラカンです。

この点「いわゆるラカン」とは1960年代までのラカン理論です。ラカンによれば、我々の認識する「現象=想像界」とは「システム=象徴界」によって統制されているわけですが、このシステムを中心で駆動させているのが認識不能な「システムの穴=現実界」です。

そして「いわゆるラカン」の到達点である「精神分析の四基本概念(1964)」において論じられたのは、この認識不能なはずの「現実界」を「欲動の往還運動」の中に囲い込むことで「欲動の対象=対象 a 」として切り出す概念操作です。つまり精神分析においては、分析家が「対象 a 」の場を演じることで、分析主体の症状を規定する「幻想=$♢a」へ介入が可能となるわけです。

ここで示された理論は、当時において最も革新的な精神分析理論であると同時に、最も洗練された近代哲学であった事は確かです。ところが今日においては、この「いわゆるラカン」が想定していない問題が生じているわけです。どういうことでしょうか?


* 象徴界の機能不全と郵便的不安

1970年代以降のフランスや日本を含む西側諸国では、消費化情報化社会の進展を背景に「ポストモダン」と呼ばれる社会の断片化が加速していきました。こうした社会構造の変化をラカン派の用語では「象徴界の機能不全」と言います。すなわち、ポストモダン化した社会とは、社会を統合する象徴的秩序としての「大きな物語」がもはや機能していない社会であるということです。

こうしたポストモダン的状況で生じる特有の感覚を批評家、東浩紀氏は「郵便的不安」と呼びます。郵便的不安とは「大きな物語」なきところで乱立する個々人の「小さな物語」同士の衝突を恐れる不安のことです。

この点「いわゆるラカン」とは単数的超越性(現実界)がシステム全体(象徴界)を駆動させる構造になっています。これは「否定神学構造」と呼ばれるものです。一方で「郵便的不安」とはまさに複数的超越性同士の衝突から生じるわけです。よって「いわゆるラカン=否定神学構造」では「郵便的不安」の問題を上手く処理できないわけです。

そこで、東氏はある時期のジャック・デリダの著作の読解を通じて「いわゆるラカン=否定神学構造」とは別のモデル−−すなわち、複数の超越性同士の衝突から生じる「誤配」をむしろ正面から肯定することで「郵便的不安」を乗り越える処方箋を提示します。


* ゼロ年代のフランス現代思想

ここで東氏が提示したモデルは「いわゆるラカン=否定神学構造」の相対化を考えるものです。そして2000年代におけるフランス現代思想の潮流においても同様の傾向が見られます。

例えば、カトリーヌ・マラブーは脳神経に物質的な変化や障害が起きれば、その「可塑性(外因的変化)」によって精神は変容を強いられるといい、ラカンの「現実界」とは別に「物質界」を位置付けます。また「思弁的実在論」の論者として有名なカンタン・メイヤスーは「相関主義(ラカンでいう象徴界)」の外部にある「思考不可能な実在(ラカンでいう現実界)」とは別の「思考不可能ではない実在(物質的世界)」を措定します。


* 「うまくやる」ということ

そして「鑑別診断」という視点から捉え直されたラカン理論もまた「いわゆるラカン=否定神学構造」の外側へ向かう新しいラカンです。

すなわち、晩年のラカンが提示したサントームという概念を神経症と精神病の差異を相対化する上位カテゴリーとして捉える時、それは同時に「いわゆるラカン=否定神学構造」の相対化をも意味しているわけです。こうしてラカンは再び、フランス現代思想の最先端に呼び戻される事になります。

規範的幸福のロールモデルが喪われ、幸福の規制緩和が拡大する現代社会において、誰もが自らの特異性と「うまくやる」という問題は避けて通れないでしょう。

人はそれぞれ、その人だけの特異性をもった存在として、一般性の中で折り合いをつけながら生きている。こうした特異性と一般性の巡り合わせが良ければ、それは「個性」として承認され、その巡り合わせが悪ければ「社会不適合者」として排除される。

この差はおそらく、ほんの紙一重なんだと思います。正義が勝つとは限らない。努力が報われるとは限らない。未来が素晴らしいとは限らない。所詮、世界は「巡り合わせ」という名の誤配に規定されたガチャに過ぎないのかもしれません。

けれども、こうした紙一重の現実に、恨み辛みを無闇に述べ立てるよりも、そのガチャを回す機会を1回でも多く増やす努力をする方が遥かに生産的で、希望のある人生ではないでしょうか。こうした「誤配の時代」を生き抜くための実践知として、再びラカンは読まれるべきなんだと思います。













posted by かがみ at 02:50 | 心理療法

2020年06月29日

ポストモダンと誤配の哲学




* 「大きな物語」の失墜と「小さな物語」の乱立

1970年代以降の日本社会は、社会を一つにまとめ上げる「大きな物語」を失い、いわゆる「ポストモダン化」と呼ばれる社会の断片化が加速していきました。

社会が断片化するということは、社会全体を見渡す特権的視点が消滅するということです。もっとも80年代は未だ社会全体を見通す欲望だけは辛うじて慣性的に生き残っていましたが、昭和の終焉、冷戦終結、バブル崩壊などの様々な「終わり」を経て迎えた90年代になると、こうした特権的視点に対する欲望すら不可能となりました。

こうして90年代後半には「大きな物語」は完全に失墜し、人々のアイデンティティは「大きな物語」によってではなく、各人が任意に選択するそれぞれの「小さな物語」によって支えられることになります。


* 象徴界の機能不全

こうした変化をラカン派精神分析の用語では「象徴界の機能不全」と言います。ポストモダン化した社会においては、想像的他者を接続する象徴的秩序が上位審級としてもはや機能していないということです。そして、ここから生じる問題は、いわゆる「政治と文学」の断絶と呼ばれます。

かつて文学(実存)を語ることは、これすなわち政治(社会)を語ることでした。ところが象徴界が機能不全に陥ると、政治(社会)の問題は想像界へと引き寄せられる一方で、文学(実存)の問題は現実界へと旋回します。

すなわち、一方で倫理的問題はもっぱら家族、恋人、友人知人といった身近な関係性の問題となり、他方で存在論的問題は「死」や「世界の終わり」などといった抽象的大問題へと直結することになるわけです。


* 郵便的不安

象徴界の機能不全による政治と文学の断絶。こうしたポストモダン的状況で生じる特有の感覚を批評家の東浩紀氏は「郵便的不安」と呼びます。郵便的不安とは「大きな物語」なきところで乱立する「小さな物語」同士が衝突した時に生じる「誤配」を恐れる不安のことです。

かつて象徴界が上位審級として機能していた時はこうした不安は生じなかったわけですが、いまや象徴界は機能不全を起こしている。90年代以降の日本社会はまさに郵便的不安が前景化した時代であるということです。

こうした郵便的不安から逃れるための処方としてひとまず考えられるのは、一方ではフェイクでもなんでもいいから「大きな物語」を強引に捏造する方向性と、他方ではただただ「小さな物語」の中だけで充足する方向性です。けれども前者が極端化すればこれはオウム真理教となり、後者が極端化すればこれは引きこもりとなる。いずれかの処方に特化するのはこうした危険性が伴うということです。

結局、一番穏当な処方としては両者の間をいく道でしょう。すなわち「大きな物語」なきところで乱立する「小さな物語」の間を横に突き抜けていく契機を作り出すということです。そして「郵便的不安」から逃げるのではなく、これを反転させて、むしろ「郵便的享楽」とでも呼ぶべきものに変えていく方略です。ではそれは一体、どのような方略となるのでしょうか?


* 動物化する情報社会

「郵便的不安」から「郵便的享楽」へ。東氏のデビュー以来の仕事は常にこうした問題意識に支えられていると言って差し支えないでしょう。氏のデビュー作「存在論的、郵便的−−ジャック・デリダについて(1998)」は、かつての「ニューアカデミズム」を牽引した浅田彰氏と柄谷行人氏が編集委員を務める「批評空間」において連載された一連のデリダ論をまとめたもので、同書は浅田氏による激賞とともに世に送り出され、東氏は一躍、現代思想界の俊英として脚光を浴びることになります。

ところがその後、東氏は浅田氏や柄谷氏と対立を深めて距離を置くようになり、2000年代における氏の活動はインターネットの普及を背景とした情報社会論やアニメ・ゲーム・ライトノベルを中心としたサブカルチャー論が中心となります。

東氏の代名詞的著作とも言える「動物化するポストモダン(2001)」において提示されたのは「データベース的欲望」と「シュミラークル的欲求」の解離というべきポストモダンにおける二層構造モデルでした。そして、こうした「二層構造の時代」における新たな民主主義を構想したのが、ゼロ年代における氏の総決算とも言える「一般意志2.0(2011)」です。

同書においては社会契約説で知られる18世紀の政治哲学者、ジャン=ジャック・ルソーが提出した「一般意志」という概念を参照点として、社会に蠢く様々な「つぶやき」を可視化した「データベース」としての「一般意志2.0」が構想されます。

もっとも、よくある誤解のように同書は従来型の議会制民主主義から「一般意志2.0」による直接民主主義への転換を説くものではありません。むしろ同書は「一般意志2.0」を構築することで、従来型の議会制民主主義における「熟議」を再活性化して「熟議」と「データベース」が並走してせめぎ合う新たな公共性の創出を提案しているわけです。


* 「誤配」の再定義

熟議とデータベースのせめぎ合いによる新たな公共性の創出。2010年代当初、東氏はこうした「夢」を当時普及し始めたSNSに託していました。

そして10年。周知の通りSNSに対する評価は「期待」から「失望」に変わっていきました。この10年で明らかになったのは、いくら情報テクノロジーが進化したところで、使う人間が進化しなければ世界は何一つ変わらないという、普通に考えてみればごくあたりまえの事実でした。

この点「存在論的、郵便的」の頃の東氏は「誤配」はネットワークの効果として自然に発生すると考えていました。けれどもネットワークの現実はむしろ「誤配」を排除する方向に作用することが明らかになったわけです。

こうして2010年代における氏の活動は自ら創業した「ゲンロン」を拠点としたある種の哲学的実践へとシフトします。ここで「誤配」は情報空間と現実空間の組み合わせによって能動的に生じるものと考えられるようになります。


* 郵便的マルチチュードとしての観光客

このような実践を踏まえて「二層構造の時代」の時代における主体的成熟のあり方を「観光」という概念へと練成したのが近著「観光客の哲学(2017)」ということになります。

同書はナショナリズムとグローバリズム、コミュニタリアニズムとリバタリアニズム、規律権力と環境管理型権力といった様々な観点から「二層構造の時代」の特質を明らかにした上で、こうした「二層構造の時代」における抵抗の基点として同書は「郵便的マルチチュード=観光客」を位置付けます。

「マルチチュード」とは今世紀初頭、世界的ベストセラーとなったアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの共著「〈帝国〉」において、グローバル環境下で生じる市民運動を哲学的に評価する為に用いられた概念です。もっとも同書によればネグリ的なマルチチュードは実際のところ「連帯は存在しないことによって存在する」という「否定神学的マルチチュード」であり、その内実は「愛」「無垢」「歓び」などといったよくわからないものに頼る、端的に言えば感動的だが無意味な、ある種の信仰告白でしかないわけです。

そこで氏は「スモールワールド(大きなクラスター係数と小さな平均距離の共存)」と「スケールフリー(優先的選択による次数分布の偏り)」といった現代ネットワーク理論に依拠することで「否定神学的マルチチュード」が抱える理論的・実践的困難を乗り越えたものとして「郵便的マルチチュード=観光客」を提示することになります。


* 「憐れみ」によって手を取り合うということ

基本的に人は「郵便的不安」から「誤配」を恐れる生き物です。近年多発するソーシャルメディアにおける炎上騒動の根底には、クラスター間における「誤配」があることは疑いないところです。また「共生社会」「ダイバーシティ」といった社会的課題においても「誤配」の問題は避けて通れません。こうした意味において、東氏の一連の仕事は哲学者の虚構的思弁とかではなく、むしろ我々が生きるこの日常の中で生起する現実的問題を取り扱っているとさえ言えるでしょう。

この点、氏が「一般意志2.0」で参照したルソーは人間嫌いの思想家でした。彼はそもそも人間とは他人が嫌いで、孤独を愛する生き物だと考えた。にも関わらず、なぜ人は社会を作るのか。

ルソーが示す答えは「憐れみ」でした。ルソーによれば「憐れみ」とは、目の前で苦しんでいる人へ、深く考えることなく手を差し伸べる感情のことを言います。もし「憐れみ」がなければ人類などとうの昔に滅んでいた、とルソーはいう。本来、孤独を愛するはずの人は「憐れみ」によって社会を作ったということです。

こうした「憐れみ」を生じさせる契機こそがまさしく「誤配」です。本来的に分かり合えない人と人が−−イデオロギーによる連帯でも共感によるつながりでもない−−「憐れみ」よって手を取りあえる可能性、大きな物語の支えなき公共性を創出していくという営みは、偶然に規定された「誤配」を肯定するところから始めていくしかないという事なのでしょう。















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2020年05月30日

エディプス・リゾーム・サントーム




* 「ツリー」から「リゾーム」へ

「ポスト・構造主義」の代表と目されるフランスの哲学者、ジル・ドゥルーズと精神分析家、フェリックス・ガタリの共著「アンチ・オイエディプス−−資本主義と分裂症(1972)」は、1968年5月のフランスで起きたいわゆる「5月革命」と呼ばれる学生運動/労働運動を駆動させた「多方向への欲望」を究明し、1970年代の大陸哲学における最大の旋風の一つを巻き起こしました。

ここで示された「多方向への欲望」は「アンチ・オイエディプス」の続編にあたる「千のプラトー(1980)」において「リゾーム」という概念で再定義されます。「リゾーム(根茎)」とは「ツリー(樹木)」に対する概念です。これまでの社会(=モダン)は、国家や家父長といった特権的中心点(根・幹)へ派生的要素(枝・葉)が垂直的に従属する「ツリー」によって規定されていました。これに対して、これからの社会(=ポストモダン)は、特権的中心点なくして様々な関係性が水平的に展開する「リゾーム」によって言い表せるということです。

ツリーからリゾームへ。リゾーム的に思考せよ。こうした企てこそが、古い社会を解体して新しいポストモダンの地平を切り開く。こうしたドゥルーズ&ガタリのメッセージは革命の夢が潰えた時代の閉塞感に対する解毒剤となりました。


* 「スキゾ・キッズ」という逃走

そして日本でも「80年代ニュー・アカデミズム」という思想的流行の中でドゥルーズ&ガタリは多大なインパクトをもたらしました。その導線となったのは言うまでもなく、浅田彰氏の「構造と力(1983)」と「逃走論(1984)」です。

浅田氏は、多方向へ逃走しリゾーム的に生成変化する主体を「スキゾ・キッズ」と呼びます。「スキゾ」とはスキゾフレニー(分裂症)を理想化したものです。これに対して(体制/反体制にかかわらず)ひとつの排他的イデオロギーに執着する事をパラノイア(妄想症)に擬え「パラノ」と言います。

こうして氏は「健康化された分裂症」としての「スキゾ・キッズ」への生成変化を現代的な生き方として称えます。近代における「追いつけ追い越せ」の「パラノ・ドライブ」からポストモダンにおける「逃げろや逃げろ」の「スキゾ・キッズ」へ。氏の提唱する軽やかな生き方はバブル景気へと向かいつつあった80年代消費社会の爛熟とも同調し「スキゾ/パラノ」という言葉は1984年の第1回流行語大賞新語部門で銅賞を受賞しました。


* アンチ・オイエディプスとラカン派精神分析

「アンチ・オイエディプス(以下ではAO)」において企てられているのは題名の通りフロイト精神分析の乗り越えです。同書において精神分析は、人の中に蠢く多様多彩な欲望を「エディプス・コンプレックス」なる画一的な規範へと回収する装置としてラディカルに批判されることになります。

これはフランス現代思想史の文脈の中では一般に「ラカンに対する抵抗」として位置付けられます。ラカンとはもちろんあの構造主義のカリスマにして精神分析中興の祖として知られるジャック・ラカンのことです。しかし果たしてAOとラカン派精神分析は真っ向から対立するのでしょうか?事情はそう単純ではありません。なぜならラカン自身もまた、50年代、60年代、70年代を通じて変化し続けてきた人だからです。


* 50年代/60年代ラカン−−神経症と精神病

1950年代のラカンは「無意識は言語によって構造化されている」という有名なテーゼに要約される構造論の立場を取っていました。ここで打ち出されたのがエディプス・コンプレックスを構造化させた「父性隠喩」というモデルです。子どもは母親(=〈他者〉)の現前不在運動の根源(=〈他者〉の〈他者〉)を問い、やがてこの現前不在運動は〈父の名〉というシニフィアンによって隠喩化され象徴的秩序の統御が完了する。

このモデルでは〈父の名〉による隠喩化が成功していれば「神経症(いわゆる正常)」であり、失敗していれば「精神病(いわゆる異常)」ということになります。ここで〈父の名〉はある種の「規範性=正常性」として現れているわけです。

そして1960年代になると、ラカンは「構造」と「構造を超えるもの」の絡み合いを理論の中心に据えることになります。ここで導入されるのが「疎外と分離」という新たなモデルです。ここでは50年代に〈父の名〉と呼ばれていたものが「分離の原理」として捉えられるようになります。すなわち「分離」による「対象 a 」の切り出しに成功していれば神経症、失敗していれば精神病ということになります。


* 機械-対象 a

このように1950年代から1960年代にかけてのラカン派精神分析では神経症と精神病は排他的な対立項として捉えられていました。

これに対してAOが提唱する「分裂分析」の狙いは「神経症の精神病化」というべき点にあります。ここで鍵となるのは共著者の一人であるガタリが導入した「機械」という概念です。

ガタリは69年の論文「機械と構造」において「構造」を重視する50年代ラカンを批判しつつ「構造を超えるもの」としての60年代ラカンが提出した「対象 a 」に注目します。

ただ、この時点でのラカンのいう「対象 a 」には「構造」それ自体を変革する契機は存在しません。ここでいう「対象 a 」はいわば構造の安全装置です。

これに対して、ガタリのいう「機械-対象 a 」は「構造」の中に侵入し、その因果を切断し「一般性」に回収不能な個々の「特異性」を切り出す機能を担います。すなわち「機械-対象 a 」はいわば構造の爆破装置ということです。

ガタリはこのような構造変動モデルを精神病の一種であるスキゾフレニーに求め、神経症と精神病の対立項を「原-精神病」とでも呼ぶべき上位カテゴリーを開くことで脱構築します。後々のドゥルーズ&ガタリ主義における「多方向への欲望」「リゾーム」「逃走」「スキゾ・キッズ」という様々なタームは、こうした「原-精神病」への志向を言い表しているわけです。


* 70年代ラカン−−エディプスからサントームへ

こうした面では確かにドゥルーズ&ガタリは50年代/60年代のラカン理論を乗り越えていると言えます。では70年代ラカン理論はどうでしょうか?

この点、ドゥルーズ&ガタリを含む70年代のフランス現代思想のトレンドが「ラカンへの抵抗」だとすれば、最も強力にラカンに抵抗していたのは他ならぬラカン自身でもありました。

1970年代のラカンが提示したのは「R(現実界)」「S(象徴界)」「I(想像界)」という三つの位相からなる「ボロメオの環」と呼ばれるモデルです。そして1974年以後はこのボロメオの環に「サントーム」と呼ばれる第四の輪が導入され、神経症と精神病は一元的に把握されることになります。

この考え方によれば〈父の名〉とはもはや「サントーム」の一種であり、神経症は精神病の部分集合ということになります。ここにガタリの「原-精神病」との親近性を見て取れるでしょう。

こうして70年代ラカンはエディプス・コンプレックスを相対化して「サントーム」の臨床へと向かいます。サントームとはその人だけが持つ「固有の享楽のモード=特異性としての症状」のことであり、精神分析はこうした人それぞれが持つ「特異性」と「同一化する/上手くやる」ことで終結することになります。


* 「或るめちゃくちゃ」と「別のめちゃくちゃ」の間

こうしてみるとドゥルーズ&ガタリと70年代ラカンは共に「一般性」に回収されない個々の「特異性」を重視した点で共通している一方で、前者はこの「特異性」を多方向に解放する「終わりなき過程」を志向し、後者はこの「特異性」と「同一化する/上手くやる」ことで「終わりある分析」を目指している点で相違していることになります。そういった意味で両者の差異は理論面というよりむしろ実践面にあるとひとまずは言えるでしょう。

もっとも、晩年のドゥルーズは「生成変化を乱したくなければ、動きすぎてはいけない」という箴言を残しています。この点、千葉雅也氏はドゥルーズ哲学の緻密な読み直しを通じて「単独のドゥルーズ」に伏在する「非意味的切断」の面を際立たせる読解を提示します。

ツリーからの切断を「意味的切断」だとすれば、リゾームからの切断は「非意味的切断」です。ドゥルーズ&ガタリの魅力は「リゾーム」という一語に極まる「めちゃくちゃ」へと向かう華やかさと危うさにあります。けれども千葉氏によれば少なくともドゥルーズは「華やかさ」と「危うさ」の裏で、同時に「慎重さ」をも求めています。持続可能な生成変化を行う上では「接続過剰」によるオーバードーズの手前での「いい加/減な切断=非意味的切断」が必要となるということです。

この「非意味的切断」には現代ラカン派における「逆方向の解釈」と共通する要素があります。ここにドゥルーズ&ガタリが示す「終わりなき過程」に「ひとまずの終わり」の契機を差し込む余地もあるでしょう。あらゆる事物が渾然一体となった「極限のめちゃくちゃ」ではない「或るめちゃくちゃ」と「別のめちゃくちゃ」の間にあるものへ。こうした視点からポスト・構造主義の思潮を照らし返してみるとまた新たな発見があるかもしれません。










posted by かがみ at 00:23 | 心理療法